7 聖女の力 お試し
『成人の儀』から3日間、私は部屋に籠って過ごした。
多すぎた情報をうまく処理できなくて、力が抜けて、ぼーーーっとしてたってのが真実だけど。
けど、案外、これが兄さん避けに役立った。
アルディオ兄さんは、天才の性で、どうしても黒竜との従魔契約について知りたがった。
1つ1つ理詰めで追い詰めてくる兄さんと話しても、私が全てを白状している未来しか見えない。
これはいかんと部屋に籠れば、なんとしたことだろう。
「氷の騎士」と呼ばれる崇高な騎士様は、婦女子の部屋にむやみに立ち入ったりしないのだ。
たとえ、相手が妹でも。
ははは、素晴らしいわ!さすが、崇高なる「氷の騎士」!!
そして今朝、父さん、兄さんたち、姉さんの全員が騎士団に戻るというので、やっと部屋から抜け出してお見送りをし、館の裏手にきている。
3日間部屋に籠ったことで、頭がすっきりした。
記憶も主な部分は思い出したし。
まず、私が大聖女として生きていた時代から、約300年が経っている。
そして、今世も前世と同じ国に生まれている。
前世の私は伝説となっていて、現王室にその血が受け継がれたと言い伝えられているが、これは嘘だ。だって、私は、結婚どころか恋もしないままに死んだしね。あ、思い出したら、灰色の前世に気が滅入ってきた……
前世では、誰もが魔力を持っていて、「攻撃魔法を使える者」と「回復魔法を使える者」のいずれかに分かれていた。比率としては、1:9で回復魔法使いが圧倒的に多かった。
ただ、攻撃魔法とは術式が全く異なるのか、回復魔法の使用には膨大な魔力を必要とする。平均的な魔力持ちが、回復魔法を1回使用したら、魔力切れを起こしてしまうほどに。
だから、前世では、誰もが精霊と契約をしていた。
契約することで、大気中の魔素をエネルギーとして使用できるようになり、魔素9:魔力1で回復魔法を使用することができるようになるからだ。
ここからは推測だけど、この300年の間に、何らかの理由で精霊との契約が失われてしまったのだと思う。
精霊との契約者は手の甲に契約紋が刻まれるけど、今世の聖女に契約紋があるという話は聞いたことがないから。
……となると、現在の聖女の力はどこからくるのか?
答えは、「精霊の契約者の子孫」だと思う。
精霊は、とても面倒見がいい。
契約者の子、孫、…と血が連なるものにも契約の力を与えるほどに。
ただ、その力はどんどん弱まっていくので、前世では、血の継承による力には頼らずに、それぞれが精霊と直接契約を結んでいた。
時期ははっきりと分からないが、例えば100年前に精霊との契約が失われたとしたら、現在の聖女の力は、100年前に結んだ精霊との契約の力が、そのひ孫だか玄孫だかに受け継がれたものだということになる。
つまり、3代も4代も前の契約に頼る、ものすごく弱い力だ。
そもそも、祖先がよっぽど強い精霊と契約を結んでいない限り、途中で力が無くなってしまい、継承できていないだろう。
「そう考えると、今世の聖女が極端に少ないことも納得ね……」
精霊の契約の力を何とか継承できた者で、かつ、たまたま回復魔法の素養を持っている女性が、今世では「聖女」と認定されているってことだから。
そして、今世では、ほとんど、誰も、回復魔法を使えないから、その力がどんな卑小なものでも、歓迎されるんだろう。うん、聖女が崇め奉られるのも納得だわ。
………。
……私が。
私が「聖女」だとバレたら、前世で私を殺した魔物が探しにくる……よね。
前世で死の間際に、そう宣言されたし。
……………………。
……うん、確実に死ぬな。
私の剣の腕は、一人で魔王の右腕を撃退できるほどではないし。
前世の兄さん3人は、どうしようもなく卑劣だったけど、尋常じゃなく強かったもんね。
もともと聖女は回復役に特化しているので、攻撃役と組み合わせることで上手く機能する。
一人で突っ込んで行っても、間違いなく無駄死にするだけだ。
「……よし、決めた! 前世の兄さんレベルの剣士が3人くらい仲間になってくれるまでは、「聖女」の力は封印しておこう!!」
私は、すっきりした気分で、空を仰いだ。
もし、聖女の力が役に立つというのなら、力になりたい。
「だから……」
私は、剣を抜くと腰をかがめた。
目をつぶり、体中に流れる魔力を確認する。
これこれ、これを確認するために、そもそも館の裏にきたのよね。
「《身体強化》攻撃力2倍! 速度2倍!」
真横に剣を振るうと、樹齢10年程の木がきれいに切断される。
「おぉ、すごい!」
今までなら決してできなかった動きに歓声を上げた。
……よしよし、いい感じだわ。
この分ならば、前世でできた聖女の力が結構使えるんじゃないかしら。
威力はおちるし、回数も減るけれど。
魔力のみで回復魔法を使用するならば、前世で私を殺した魔物には見つからないはずだ。
今世では「回復魔法を使える者」のことを聖女と呼ぶみたいだけど、前世では「精霊と契約した者」を聖女と呼んでいて、魔物は精霊の残滓から聖女を探すから。
精霊の力を使わないなら、精霊の残滓も残らないし、大気中の魔素も乱れない。気づかれようがないわ。
「……むかしっから、異常に騎士に固執していたわけが分かったわ。心の奥深くでは、聖女になると殺されるってことを覚えていたから、聖女以外の職に何が何でもなろうとしていたんだわ」
騎士団の入団試験まで、あと3か月。
一つ一つ聖女の力を試してみて、自分ができることを確認していこう。