【SIDE】護衛騎士カノープス(300年前) 5
それからすぐに、宴席が設けられた。
セラフィーナ様は忙しく、今回の訪問ではこの宴席しかもてなす場がないということを理解している住民たちは、大急ぎでセラフィーナ様の席をしつらえた。
庭の一角に色とりどりの綺麗な布を敷き、その上に鮮やかな刺繍が施されたクッションを幾つも重ねる。
セラフィーナ様はそのクッションを見て、きらきらと目を輝かせた。
「まぁ、離島の伝統技術ね。美しいわ!」
お国の技術を褒められて、嬉しくない訳がない。
住民たちはにこにこと笑いながら、セラフィーナ様を席に案内した。
セラフィーナ様が腰を下ろすかどうかというタイミングで、次々に料理が運ばれ始める。
まずは、素早く準備できるものが集められたようだ。
本日の朝食用にと昨晩焼かれていたパンに、朝採り野菜で作られたサラダ、一晩煮込んでいたスープに焼きたてのお肉。
普段は長く煮込んでトロトロの状態で食する魚も、あっさりと焼いた状態で出てきている。
セラフィーナ様はそれらを見ると、目を輝かせた。
「まぁ、何て美味しそうなの! この2日間きちんとした食事をしていないから、今日はどれだけでも食べられそうよ! ありがとう、皆さん」
「大聖女様に食べていただけるなんて、こんなに嬉しくて名誉なことはありません! 厨房では、料理人が腕を振るっているので、まだまだ沢山の料理が出てきますからね」
「まぁ、嬉しい!」
そう言いながら、セラフィーナ様は目の前にあった卵料理を、ぱくりと素早く口に入れられた。
はっとして思わず駆け寄った私を目で制すると、セラフィーナ様は「魔力回復薬を飲んだから大丈夫」と小さく呟かれた。
王族はいつだって、毒殺されるリスクを負っている。
第二王女であるセラフィーナ様も然りだ。
ただし、セラフィーナ様は強力な聖女のため、毒物については問題ない。
毒物を取り込んだ瞬間、聖女の力によって、意識せずとも自己解毒が始まるからだ。
しかし、魔力切れをおこしている時は例外だ。
確かにセラフィーナ様は魔力回復薬を飲まれたけれど、つい先ほどの話だ。
しかも、ゆっくりと魔力が回復するタイプの薬を服用された。
もしも服毒してしまった場合、自己解毒できるほど魔力が回復しているかは判断できない。
心配する私を知らぬ気に、セラフィーナ様はこれでもかという程ぱくぱくと、色々な料理を一口ずつ口にされている。
……ええ、分かります、分かりますよ。
この短時間で料理が出てきたことからも、きっとそれぞれの料理は異なる料理人が作っており、それぞれの料理に使われている食材もまた、異なる人々がそれぞれ集めてきただろうということは。
だから、皆の気持ちを受け取るためにも、色々な料理を口にされるというのは分かります。
けれど、その分服毒のリスクは高まるわけで……
「カノープス、眉間に皺が寄っているわよ。あなたもこちらにお座りなさい」
思わず瞬きも忘れるくらい、食事をするセラフィーナ様に見入っていると、近くへ呼ばれた。
普段なら遠慮するところだが、より近くで警護したいという気持ちが勝り、セラフィーナ様の斜め後ろに座する形で位置取った。
この地では領主という立場のため、セラフィーナ様のお近くに侍ったとしても、不敬ということもないだろう。
ちょうど腰を下ろしたタイミングで、住民たちの向こう側から、族長が走り寄ってくるのが見えた。
族長は黄紋病に罹患していなかったので、この館には滞在していなかったはずだ。
きっと、自宅から慌てて駆けつけたのだろう。
族長はセラフィーナ様の少し前で立ち止まると、地面に頭を擦り付けんばかりに平伏した。
「大聖女様、この度は一族を救っていただきまして、誠にありがとうございました。私たち一族は未来永劫、大聖女様に感謝と忠誠をお誓いします」
「族長ですね? まぁ、頭をあげてちょうだい。感謝するのは私の方よ。……一族の方々を率いられ、この国を支える一角であり続けていらっしゃることに、感謝するわ。私が国の民を助けることは、当然のことよ。私たちは助け合って生きているのだから、出来る者が出来ることをするだけだわ」
にこりと微笑まれるセラフィーナ様に対して、族長は一瞬絶句すると、感極まったように口を開いた。
「な、な、なんと尊きお言葉……。わ、私たちを国の民と呼んでくださると……。た、助け合ってと……。ああ、お、お約束します! 私たち一族は決して、この国内で誰とも争いません。誰とも助け合って生きていきます」
「……ええと、気に入らないことがあったら、きちんと喧嘩をしてもいいと思うわよ。私も時々我慢できなくなって、カノープスと言い合いをするの」
族長の熱意に押されたセラフィーナ様は、動転されたのか、必要のない情報まで口にした。
その言葉を聞いた私の眉間に、深いしわが寄る。
……なぜここで、私との言い合いを引き合いに出されたのだ?
せっかくセラフィーナ様は素晴らしい話をされていたというのに、半減するじゃあないか。
思わず半眼になって見つめていると、セラフィーナ様は楽しそうにくふふと笑われる。
「知っているかしら、族長? カノープスは優しいのよ。私と言い合った後、必ず反省して自分が悪かったと謝ってくるの。時々言葉が足りなくて、なんでこんなことをするのかしら? って思うけど、いつだって結果を見ると私のためなの。……きっと、この穏やかで豊かな土地が、カノープスを育んだのね。ありがとう、族長。こんなに素晴らしい騎士を、私のもとに届けてくださって」
「………………」
「………………」
……セラフィーナ様は卑怯だと思う。
こんなに突然、何の脈絡もなく、敬愛する主人から最上級に褒められてしまったら、どうすればよいのだ?
族長は心底羨ましそうな目で私を見ている。
「セ、セラフィーナ様……」
話すべきことが思い浮かんだ訳でもなかったが、この状況に耐えられないと思い、お名前をお呼びする。
すると、セラフィーナ様は何かを思いつかれたように、「ああ」とおっしゃられた。
「そうだわ、族長。先ほど皆さんの黄紋病を治療したから、……皆の体の中を回復魔法が通っていく過程を体験したから、この病を完全に理解できたわ。だから、私は専用の回復薬を作ることができるようになったの。王城に戻ったら、薬を作って届けさせるわね。今後も発病者が出てくるだろうけど、発症直後の軽い状態なら治癒薬で十分治るはずだから」
「あ、ありがとうございます! な、何から何まで、本当にありがとうございます!」
もう完全に族長の頭は地面に擦り付けられていた。平伏しすぎだと思う。
そして、それも仕方がないことだなとも思う。
誰よりも尊く、国の至宝と言われている大聖女様。
その大聖女様が……
自分たちのために無理を押して、よろよろの姿になってまで、遠いサザランドの地へ駆けつけてくれた。
誰もが治せなかった病を治し、滅ぶところであった一族を救ってくれた。
虐げられ、同列とは決して見なされていない私たちを、同じ国民と呼び、慈しんでくれた。
さらには私たちの未来にまで思いを馳せられ、これから発症するかもしれない者のために薬まで作り届けてくださるとは。
……ああ、私には未来が視える。
セラフィーナ様が治癒されたこれまでの者と同じように、族長を始めとした一族の誰もが、この尊くも慈悲深い大聖女様に傾倒し、心酔し、崇め奉り出す未来が。
ほっと溜息をついたところで、楽器の音が響き始めた。
セラフィーナ様に披露する踊りが始まるようだ。
まずは前座ということで、子供たちが色鮮やかな民族衣装を身にまとい、列をなして踊り出した。
セラフィーナ様は愛らしい子どもたちの姿に惹き付けられたようで、目をきらきらとさせて見つめている。
「まぁ、可愛らしいわね! ううーんと、あれはクラゲの踊りね」
閃いたように口を開かれるセラフィーナ様を前に、私は冷静に返事をする。
「水中の生き物を模しているという発想は、素晴らしいです。ただし、あれはクラゲではなくイルカですね」
「あ、ああ、大きく括れば、クラゲとイルカは同じだものね」
「……申し訳ありません。そのような大きな括り方は、私の理解の範疇外です」
さらに口を開こうとされたセラフィーナ様を遮るように、住民たちが割り込んできた。
「大聖女様、新しいお料理ができました! これは私たちの伝統料理でして、深海に棲む貝を小麦粉と一緒に焼いたものです!」
「まぁ、初めて見るお料理ね。深海というけれど、どのくらい深いのかしら?」
「成人した者の中でも、特に潜る技量に長けている者しかたどり着けない程には深い海です。私たちの手には水かきがあるので、深い海へ潜ることができます。私たち一族以外に、この貝を取ってこれる者はいません」
「まぁまぁ、ではこの貝はとっても貴重ということね……あむっ。あ、やだ、なにこれ、美味しい! 独特の歯ごたえで、ちょっと苦みがあるけど、美味しいわ! ああ、こんな料理なら毎日でも食べたいわ。このお料理は何ていうのかしら?」
セラフィーナ様はきらきらした目で、興味深そうに住民たちに尋ねられた。
対する住民たちは、嬉しそうに誇らし気に答えている。
「深海貝焼きです」
「オアチィーね。覚えたわ」
「ふふふ、大聖女様。少し違いますよー」
皆で笑い合っていると、小さな子どもたちが近寄ってくる。
「大聖女様、お花、お花をどうぞ!」
「大聖女様、私は花輪を作りました。黄色い花なので、赤い髪に似合うと思います」
子どもたちの手を見ると、明らかにこの領主館の花壇に咲いていたと思われる花々を、山のように握っていた。
……うん、見なかったことにしよう。
一瞬、額に青筋を浮かべた庭師の姿が浮かんだが、頭を振って追い出す。
セラフィーナ様は楽しそうだし、住民たちもこの上なく幸福そうだ。
今日は何かを咎めだてる日ではないはずだ。
子どもたちの踊りが終わり、次の踊り手たちと場所を入れ替わったところで、皆はセラフィーナ様がクッションに埋もれていることに気付いた。
子どもたちにもらった花を握り、頭に花輪を乗せたまま、セラフィーナ様は気絶するかのように眠りについていた。
「思ったよりもったな。……2昼夜馬を駆け通しで、魔力切れを起こすまで力を使われたのだ。限界だったのだよ、眠らせてあげてくれ」
私の言葉に、住民たちから反対の声が上がるはずもなかった。
その後、私はセラフィーナ様に捧げられている踊りを、セラフィーナ様の代わりに数曲鑑賞した。
頃合いを見てセラフィーナ様を抱え上げると、住民たちがはっとしたように走り寄ってくる。
「皆には悪いが、大聖女様はお帰りの時間だ。残り時間は2日半しかない。セラフィーナ様はあと半日滞在したいと希望されていたが、希望を通せば、セラフィーナ様は復路も往路と同様に、命を懸けて2昼夜馬を走らせなければならない」
そこまで説明すると、引かれてきた馬の鐙に足をかけ、セラフィーナ様を抱えたまま馬に乗る。
「往路ではスピードが落ちるからと、私と相乗りすることすら厭われたのだが、今の大聖女様は疲労困憊だ。きっと丸一昼夜は目を覚まされないだろう。だから、その間は私がお抱きして移動することで休んでいただく」
「ああ、ということは残りの2日半、カノープス様が大聖女様を抱えられて城までお戻りになるという事ですね! カノープス様、決して大聖女様を落とさないでくださいよ!」
住民の言葉を聞いた私は、思わず顔をしかめた。
……何ということだ。もう始まったぞ。
私はしかつめらしい表情を作ると、住民たちに話しかける。
「私の話をきちんと聞いていたか? 私は丸一昼夜、大聖女様を抱えて移動すると言ったのだ。2日半ではない。お前たちは気付いていないようだが、私も2昼夜半もの間一睡もしていないのだ。少し私を働かせすぎではないか?」
「でも、カノープス様は騎士じゃないですか! 騎士は姫君を守るものですよ!! それに、カノープス様が大聖女様は疲労困憊って言ったんですよ! 大聖女様を休ませてください! カノープス様なら、あと2日くらい眠らなくっても大丈夫ですよ!」
……きたぞ、きたぞ。
私は住民たちのあまりの変わりように、むすりとした表情になる。
前回訪問した時までは、「カノープス様、カノープス様」と慕ってくれ、尊重してくれていた住民たちが、セラフィーナ様を前にした途端に私を邪険に扱い出した。
見慣れた光景ではあったけど、まさか我が同胞にして、私の領地の住民たちまでこうなるとは……
私は呆れたように小さく頭を振ると、もう一度足掻いてみることにする。
「あ――、その何だ。さすがに私も5日も眠らないで、2日以上大聖女様を抱えっぱなしってのは無理だと思うぞ。だから……」
領地の領主様が発言の途中だというのに、住民たちは容赦なく発言を遮る。
「何を腑抜けたことを言っているんですか! こんなに小さい大聖女様が、不眠不休で2日も頑張られたんですよ! 大聖女様の倍の体重があるカノープス様なら、倍の時間働けるに決まっているじゃあないですか!」
「……いいかね、お前たち。お前たちは知らないようだけれど、体重と労働量との間に比例関係はないのだよ」
至極真っ当なことを言っているのに、誰も聞いてくれる人がいない。
「残念ですよ、カノープス様! 少し眠らないくらいで泣き言を言うなんて、見損ないましたよ!!」
「少しって、……丸2昼夜だし、馬を飛ばしてきたし。お、お前たちは眠らないまま、同じことをもう一度やれと言っているんだぞ?」
住民たちの常識に訴えようとしてみたが、私の言葉は誰にも響かなかったようで、次の訪問の話に話題を切り替えられてしまう。
「カノープス様、次にお帰りになる時は絶対に、絶対に大聖女様を連れてきてくださいね!」
「約束ですよ!」
「い、いや、大聖女様はお忙しくてだな。それに、そんなにすぐにあの木は花を付けないだろう」
私はたじたじとなって、住民たちの勢いに押されないよう防御する。
「だったら、カノープス様もお側について、お忙しい大聖女様をお守りしなければならないですね!」
「そうですよ、大聖女様に何かあったら大変ですからね! 私たちの代わりに一番近くでお守りしてください!」
「うわぁ、私の領民たちが、大聖女様と一緒でなければ、領地に帰ってくるなと言っているぞ!!」
冗談めかして泣き言を言ってみると、私の言葉を聞いた領民たちはうんうんと頷いた。
「さすが、カノープス様! 素晴らしい理解力ですね!」
「大聖女様とご一緒にお戻りになられることを、楽しみにしています!!」
「………………」
……このように完全敗北した私は、セラフィーナ様とご一緒でなければ、自分の領地にも戻れぬ身の上になってしまった。
はあとわざとらしく大きなため息をつくと、私は皆に別れを告げて馬を走らせた。
住民たちと別れ、姿が見えなくなった後もずっと、「大聖女様、ありがとうございます!!」という声が背後から聞こえ続けていた。
……私は馬を走らせながら、胸元に抱き込んだセラフィーナ様を見下ろす。
セラフィーナ様はすーすーと安らかに寝息をたてられてはいたものの、目の下にはくっきりと隈ができており、手綱を握りしめ続けていた指先はがさがさになっていた。
……いつもいつも、無茶をされる。
私は知らず、深いため息をついた。
……いつだってセラフィーナ様は、ご自分の限界を超えてまで頑張ろうとされる。
ああ、やはり私がお側について、お守りしなければ……
私は晴れ渡った空を見上げた。
そして、つい数時間前の出来事を思い返していた。
―――暁の光の下、全ての住民を救ったセラフィーナ様の神々しいお姿を。
私を素晴らしい騎士だと褒めてくださった時の、セラフィーナ様の微笑みを。
―――私は良い主を持った。
心からそう思った。
そして、そう思える自分は何と幸福だろうと思った。
ふと、セラフィーナ様の護衛騎士に選ばれた日を思い出す。
あの日、騎士団副総長は立派な一振りの剣を渡しながら、護衛騎士の心構えを私に説いた。
「王族の護衛は命を懸ける仕事だ。決して命を惜しむな」
―――言われるまでもない。
私は絶対に命を惜しまない。必ずセラフィーナ様のために命を捧げよう。
―――その時の私は、心の底からそう思っていた。
まさか、この誓いを果たすことができず、セラフィーナ様をお一人で死なせてしまう未来が訪れるなど、この時の私には想像することも出来なかった……
◇◇◇
―――けれど、現実はいつだって想像よりも悪く。
残された気の遠くなるような長い時間、叶わぬことと分かっていながら、私は誓い続けた。
『もう一度あなた様にお仕えできるのならば、今度こそ、誰からも、何からも、この世の全てから、あなた様をお守りいたします』
―――それは、私の祈りの言葉となった。
ただ、救いを求めるかのように祈る日々。
………その日々も、死という解放によって、終わりを告げた………と、そう思ったこと自体が夢だったのか。
あるいは、今見ているものが夢なのか。
夢の中の私は、赤い髪、金の瞳の女性騎士を仲間として、共に仕事をしていた。
どういうわけかこの赤髪の騎士は、住民たちからあの方の生まれ変わりだと見做されていた。
確かに、見た目の色と、基本的な性格は似通っているけれど……そう考えていると、ふと赤髪の騎士がどこにも見当たらないことに気付く。
胸騒ぎがして探しに行くと、裏通りで住民たちに囲まれているところに遭遇した。
正に誘拐されんとする雰囲気を見て一歩踏み出しかけたけれど、住民たちの不手際で目的は達成されなかった。
ほっと安心したのもつかの間、赤髪の騎士は誘拐されそうになった相手に、のこのこと付いて行く。正気だろうか。
後から注意しなければと思いながらも、後を付けていくことにする。
着いた先は、洞窟で。
私の理性が残っていたのも、そこまでだった。
―――薄暗い洞窟の中、多くの者たちに囲まれた赤髪の騎士を見た瞬間、突然理性がこと切れた。
長い時間の中、私が何度も何度も想像した、あの方の最期の景色と似通ったものがあったから。
突然、意識が覚醒したかのように、鮮明になる。
ガラス越しに覗いていたような景色が鮮やかな色を持ち始め、感情も自分のもののように胸に響き始める。
『……私は、誰だ? ……私の役割は、何だ?』
頭の中で同じ質問が繰り返されるけれど、その答えが出るより先に、より強い声が頭の中に響く。
『お助けしなければ!』
『誰からも、何からも、この世の全てからお守りしなければ!』
―――そうしなければ、また、あの方を失ってしまう!
長い長い絶望の日々を思い出し、一瞬にして全身が氷のように冷たくなる。
突然襲ってきた激しい頭痛と吐き気に加え、誰のものか分からない記憶が流れ込んでくる。
―――落ち着け。この絶望の日々は、誰の記憶だ?
確かに頭の一部では、そう冷静な声がするのに、体も心も誰のものかも分からない記憶に引っ張られる。
焦燥の気持ちのそのままに剣を抜き、住民たちに切りかかっていくも、やはり夢なのか、その体は私のものと異なり、思うように動かない。
あっという間に、住民たちから切り伏せられてしまう。
『……ああ、なんということだろう。私はまた、お守りすることができないのか』
意識を失う直前に見えたのは、心配そうに私を覗き込む女性騎士で………、暁の髪と金の瞳で……
―――これは、夢なのか。
再び、あの方を失う夢。
次に目を開いた時、私が感じるのは、変わらぬ後悔と罪の意識なのだろうか……
「……ラ……フィー……様、……お下がりくだ……」
ずきずきと痛む頭、朦朧としてきた意識の下、かろうじて呟いたあの方の名前は、風に溶けていった……









