63 サザランド訪問10
私は手早く昼食を食べた後、庭に出て住民たちを手伝った。
祭りの準備は騎士たちが手伝うことが通例となっているようで、周りの騎士たちも手慣れた様子で作業をしている。
住民たちは変わらず打ち解けない様子ではあるけれども、完全に拒絶するというわけでもなく、必要な言葉をぼそぼそと騎士たちにかけていた。
ふふ、お祭りっていいわね。
普段より開放的な気分になるから、敵対的な関係でも改善するもの。
『大聖女様の木』と呼ばれている記念樹が切り倒された後も、住民たちはこの木が植わっていた場所を中心に祭りを開催しているようで、切り株の正面にイベントスペースを設置していた。
その周りに色とりどりの飾り布を飾ることで、お祭りらしい楽し気な雰囲気ができあがってくる。
夕方になり、一通りの準備が終わったかなと思った頃、騎士たちが記念樹の切り株を囲むように、庭のそこかしこに旗の立て台を設置し始めた。
何をする気だろうと不思議に思って見ていると、騎士たちはその立て台にナーヴ王国の国旗を差し始める。
「へ? あれは何をやっているの?」
にぎにぎしい祭りの情景の中に、赤地に黒竜が描かれた国旗というミスマッチな情景に驚き、隣にいるファビアンに質問する。
「ああ、大聖女様を記念する祭りには、国旗の使用が許されているんだよ。つまり、赤は禁色だけど、国旗には使用されているよね? 国旗の赤は大聖女様の髪色と全く同じだと言われているから、大聖女様の名を冠する祭りの際は、大聖女様を偲ぶ意味で国旗を掲示できるんだ」
「へー」
言いながら、そういえばサヴィス総長も私の髪色が国旗と同じ赤だと言っていたなと思い出す。
そうそう、あの時は、私の髪色と国旗の色を比べてみたいと、城の最上階まで連れていかれたんだった。
否定するつもりで、「赤と一言で言っても、色んな赤がありますよね」と総長に言ったのだけど、「同じ赤に見える」と返されたんだったわ。
ふふ、国旗の赤が私の髪色と同じだなんて、すごい偶然ね。
おかしく思いながらも、準備が整ったので早々に大広間に行き、急いで夕食を食べる。
明日は、日の出と共に祭礼が始まるとのことなので、その前……つまり、まだ暗い時間に起きないといけない。早めに眠らないと……
と思っていたら、一瞬で眠っていたようだ。
同室の女性騎士たちが身支度をする音で目が覚める。
私は急いで準備をすると、館の前庭に向かった。
前庭にはすでに大勢の騎士や住人たちが集まっており、にぎにぎしい雰囲気だった。
整列している騎士の中に潜り込み、時間がくるのを待つ。
やがて、昇り始めの太陽から一条の光が差し込むと、それを合図に祭礼が始まった。
まずは、領主であるシリル団長ことサザランド公爵が皆の前に立ち、赤い花を付けたアデラの枝一振りを切り株の上に捧げた。
シリル団長が頭を下げると同時に、その場の全員が頭を下げる。
しばらくそのままの姿勢でいると、そこかしこからすすり泣きが聞こえてきたので、驚いて目をやる。
見ると、何人もの住民たちが顔を両手で覆ったり、嗚咽を漏らしたりしている。
「大聖女様……」
「あ、ありがとうございました、大聖女様」
「ああ、どうぞ、……もう一度この地をご訪問ください」
私はほっこりと温かいものに胸を満たされた気持ちになり、もう一度深く頭を下げた。
―――ありがとう。たった一度訪れただけの私に対して、どうもありがとう。
私は心の中でお礼を言うと、この地の住民たちが、健やかで幸せでいられるようにと祈った。
祭礼は滞りなく進められ、住人たちが大聖女に踊りを捧げる時間となった。
この頃になると、始まりの時にあった厳粛な雰囲気は消えてなくなっており、皆、思い思いに振舞っていた。
騎士たちの半分くらいは、出店された屋台に突撃しており、気の早い者は既に食べ始めている。
私はステージの前に敷かれた布に座る住民たちに混じって、彼らの踊りを一緒に見ることにした。
踊りの開始まで時間があるようだったので、ぼんやりと待っていると、後ろに座った住民たちの声が聞こえてきた。
「アデラの花が咲く季節になると、大聖女様が訪れてくださるのじゃないかと期待してしまうわね」
「そうね、一度でいいからお会いしたいわね」
私はびくりとして、振り返りたい衝動をなんとか抑える。
……あ、あれ?
シリル団長が大聖女は今までに一人しかいなかったって言っていたから、話題になっているのは前世の私のことよね?
ええ? 前世の私は300年前に死にましたけれど?
私は聖女であって、不死を司る魔物とかではないですからね?
300年もの間、生き続けるなんて無理ですよ。
……だから、訪問を待っているってのは、どういうことかしら?
話の続きが気になって、後ろの二人組に集中していたけれど、大聖女の話はすぐに終わり、昨夜の晩御飯に話題が移ってしまった。
ま、まぁ、そうですよね。
300年前の大聖女の話なんて、晩御飯よりは重要度が低いですよね。
そう思ってしょんぼりしていると、楽器の音が響き出した。
いよいよ踊りが始まるようだ。
わくわくとした気持ちで待っていると、綺麗に着飾った女性が10人程現れ、しゃらんしゃらんと鈴の音に合わせて踊りだした。
女性たちが着用した色とりどりの布が目にも鮮やかで、とても楽しい気持ちになる。
けれど……
「ふうん。初めは子どもたちの踊りから始まるかと思ったのに、すごく本格的なものから始まるのね」
思わず独り言をつぶやくと、隣に座っていた女性がちらりと私の赤い髪を見ながら教えてくれる。
「大聖女様がこの地を訪れた際、私たちの踊りを1曲しか見てくださらなかったの……。だから、祭礼では1曲目に1番重要な踊りを捧げることが習わしになったのよ」
「へ……っ? あ、いや、違いますよ! あれは、不可抗力です!! 皆さんの踊りはすごく楽しみだったんだけど、思わず、疲れて眠ってしまったんですよ!! いや、でも、子どもたちは可愛かったし、十分歓待していただきました!!」
突然の話に動揺して、思わず言いつくろってしまったけれど、いや、待って。前世の話だし、私が言い訳する方がおかしいわよね。
しまったなと思って辺りをうかがっていると、周りの住民たちから驚愕したかのように見つめられていることに気付く。
ああ、ですよね。意味の分からないことを話している、赤髪のおかしな騎士に見えますよね。
「……い、今の話、……なぜ大聖女様が観覧なされた踊りが、子どもたちのものだって知っているんだ?」
「あの赤い髪。やっぱり、大聖女様の……」
「赤い髪に金の瞳。大聖女様の御印だ……」
「大聖女様……」
なにやら驚いたようにつぶやかれるけど、ええ、確かに私は赤い髪ですよ。
……先ほどの私の失言に呆れて、住民たちは色々と発言しているのかと思ったけれど、聞こえてくるのは「赤い髪」という単語ばかりなので、これは例の「赤い髪拒絶反応」ではないかしらと思う。
「赤い髪拒絶反応」。……この地は大聖女信仰が強い土地なので、基本的に赤い髪は受け入れられるんだけど、「サザランドの嘆き」を体験した住民たちは話が別で、前公爵夫人の赤い髪を思い出して拒絶反応を起こすとの説明だった。
ぱっと見回した限りでは大人ばかりだから、全員が10年前まで存命だった前公爵夫人をご存じで、私の赤い髪にその姿を思い出しているのかもしれない。
きっと、『また赤髪の者が騒動を起こしている。今度は、おかしなことを言い出したぞ』とか、そういうことだろう。
私は住民たちの感情を逆なでしないように大人しくしておこうと思い、さりげなく舞台に視線を戻す。
けれど、私が黙っているにもかかわらず、周りのざわめきは大きくなる一方で、どうしたものかと困ってしまう。
すると、近くに座っていた恰幅のいい男性が、恐る恐るといった感じで私に尋ねてきた。
「赤髪のお嬢さんは、あの舞台では何の踊りが披露されていると思う?」
「ええと……」
私は舞台に集中すると、女性たちの踊りについて考える。
「このひらひらと戯れる感じは………クラゲ、と見せかけて、イルカね! ふふふ、引っ掛け問題のつもりでしょうけれど、私は間違えませんよ」
得意げに答えを披露すると、さらに驚愕したように見つめられ始めた。
「イルカって、……全くイルカらしい動きがないのに、どうして……」
「やはり……大聖女様の…………」
何人もの住人が立ち上がりだし、観客席は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
もはや、ゆっくりと舞台を鑑賞するような雰囲気ではなくなっている。
騒ぎを聞きつけて走り寄ってきたカーティス団長が、私を見つけて驚いたような表情をする。
「フィーア、何があったんだ? 酷い騒ぎになっていて、その中心が君のように見えるんだけど」
確かに、イベントスペースあたりは、ちょっとした騒ぎになっていた。
始まりの踊りは終了したようだけれど、次の演目は始まらず、舞台は一時中断した形になっている。
観客席に関しては、今や全員が立ち上がっていて、私を囲むような形で住民たちが何やらひそひそと囁いていた。
囲まれた私は、一人涙目だった。
「し、し、知りません! 始まりの踊りは何を模しているって聞かれたから、イルカって答えたら、騒ぎになったんです」
「え、そんなことで?」
カーティス団長が全く理解できないといった表情で、大袈裟に首を傾げる。
「そう、そんなことでですよ! カーティス団長、イルカの踊りを踊るって言ったら、サザランドでは失礼に当たるんですか?」
「いや、そんな話は聞いたこともないけれど。遠目に舞台を見ていたけど、あれはクラゲを模しているよね? あんまり異なる答えを君が言ったから、みんなは呆れてしまったのかな?」
「カ、カーティス団長! 呆れているとか、そんな雰囲気ではないですよね?」
私はキッとカーティス団長を仰ぎ見ると、抗議した。
カーティス団長は安心させるように微笑みながら、さり気なく私を住民たちから見えないように、自分の背中に隠してくれる。
「私はこの地を管轄している第十三騎士団長のカーティスだ。今日は大聖女様のご訪問を記念した祭りということで楽しみにしていたのだが、仲間の騎士がどうかしたのか? もしも問題を起こしたのであれば、謝罪するが」
カーティス団長はこの地の民に受け入れられていると、シリル団長は言っていた。
果たしてにこりと微笑みながらカーティス団長に話しかけられた住民たちは、強張っていた表情を緩めて返事をする。
「あ、ああ、いや、問題ではなくて、この赤髪のお嬢さんは、その、何者なのだろうと思って……」
「そう、そうなんだ。まるで暁のような赤髪をしたこのお嬢さんは……」
「フィーアは、今年入りたての王国の騎士だ」
カーティス団長が答えると、住民たちは用心深げな表情になった。
「騎士。騎士か……」
「いや、でも、大聖女様は騎士を信用し、大事にされていたと聞く」
「ああ、騎士ってのは本来、国や民を守る仕事だろう? 大聖女様の選択としては、ありそうじゃないか」
ざわざわと騒めき続ける住民たちの間から、一人の老人が進み出てきた。
祭礼時に離島出身民族の族長として紹介された男性だ。
「初めまして、お嬢さん。私は離島出身民族の族長でラデクと言います」
族長はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
ちょっとだけ、私の好きな作品の話をさせてください。
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明るいファンタジーが好きな方は、楽しいのじゃないかなと思いますので、よかったらどうでしょう(*´▽`*)









