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【アニメ化】転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す  作者: 十夜


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【SIDE】第一騎士団長シリル 後

10歳になった頃、私は王都と領地を行き来する生活を始めた。


その頃には、父が持っている爵位の一つである伯爵位を名乗ることが許されていたので、王城へ登城することにも不都合はなかった。


母は王都が嫌いなようで、領地で生活をしていた。

きっと、彼女が王妃となっていれば手に入れていたはずの多くの物を、王都で目にすることに耐えられなかったのだろう。


私は定期的に母の元を訪れて、不足する物はないかと尋ねたが、多くの場合は返事を返してもらうことすらできなかった。

母は母に話しかける私には視線もくれずに、お茶を飲み続けたり庭先の花を見続けたりと、私をいないものとして扱った。


また、彼女はとても聖女らしい聖女だった。

つまり、気位が高く、自分の望みを常に優先し、引くことを知らない。

誰よりも何よりも自分が高位だと信じており、この上なく丁重に扱われることを望んだ。


そのため、彼女はこの地の民を忌み嫌った。

この地の民の大多数は、離島出身者で構成されている。


離島の民は外見に特徴があり、一目で離島出身だと見分けることができたが、その差異を彼女は拒絶した。

離島の民特有の褐色の肌に紺碧の髪を汚らわしいと蔑み、長年の海での生活によって水かき付きに進化した手を呪われていると罵った。

彼女には王都から呼び寄せた貴族出身の侍女や侍従が多くいたが、常に彼らとサザランドの民を比較しては、民たちの不調法さと品のなさを嘲笑った。

元々内地に住んでいた人間こそを至上と考える母にとって、外見が異なる離島の民が自分の周りにいること自体が、侮辱されたと感じるようだった。


一方、幸か不幸かこの地の聖女様方は、聖女様らしからぬ方々ばかりだった。

この地の聖女様の多くは離島出身者であり、同族の民たちを癒すことに衷心した結果かもしれないが、聖女様たちは傲慢でもなければ自分勝手でもなかった。


ただ、残念なことに聖女としての力は弱い方々が多く、母の力の方が何倍も強力だった。

そのため、大怪我や大病が出る度に、母の元へ助けを求めて住民たちが駆け付けたが、母はただの一度も彼らを治癒することはなかった。


幼い娘が火傷を負ったので助けてくれと駆けつけた娘の父親には、「ああ、相変わらずの離島の民特有の訛りの酷さ! 何を言っているのか聞き取ることもできやしない」と言って、父親の話を途中で遮り追い返した。


年老いた父が魔物に襲われたと血だらけの老父を背負ってきた壮年の男性には、「忙しい」と会うこともなく執事に返事をさせ、自分は庭で花を愛でながら紅茶を飲み続けていた。


それでも彼女は当代一の力を持った聖女で、時々きまぐれのように人々を治しては跪いて感謝されていた。

けれど、治癒された人の多くは遠方から母を訪ねてきた貴族であり、一人として離島出身者は含まれていなかった。


不思議なことに、これだけ粗雑に扱われながらも住民たちは母を敬っていた。


貴族ならば幼い頃からの教育で聖女は絶対的存在だと教わっているだろうが、住民たちはそこまで深い教えは受けていないはずだ。

何が彼らをここまで聖女に傾倒させているのだろうか?


この地は元々大聖女信仰が強い土地ではあったけれど、ここまで母の傍若無人さを受け入れる住民たちが不思議だった。


けれど、その住民たちの母への無償の敬愛も終わりを迎える。


―――発端は、1本の木だった。


公爵家の玄関前には広い庭が広がっているが、その真ん中に樹齢300年の大木が植わっていた。


樹高は30メートルにも達しており、青々と生い茂る枝は縦横無尽に伸びていた。

正面から入ってきた客人はまず、この木に視線を奪われる。

そもそも公爵家はこの木に遮られて、門扉からは建物の一部しか見えなかった。


この公爵家の庭を占領する大木は、大聖女様を記念して植樹されたものだった。

300年前にこの地を訪れた大聖女様が若木の枝を手折り、この地の民とともに自ら植えられたという。

それが公爵家の目印となるくらいに大きく育っていた。


この地では年に一度、大聖女様の訪問を記念した祭りが開かれる。

その際に公爵家の庭を開放しているが、村人たちはこの木を中心にイベントを行う。

木の前で踊りを捧げ、1年の無事に対する感謝の言葉を述べるのだ。


母はそのことについて特段の興味を示したことはなかったけれど、ある時、住民たちが大事にするこの木が、大聖女様由来によるものだということを知ってしまう。

母にとって、自分よりも優れていると言われる大聖女様由来のものを住民たちが大事にするという事実は、我慢ならないことだった。


母はすぐさまその木を切り倒させると、その幹で庭に設置するテーブルと椅子を作らせた。

そして、そのテーブルと椅子を使ってお茶を楽しむことで溜飲を下げた。


母にとってはなんてことない1本の木だったけれど、住民たちにとっては大聖女様の象徴だった。


母によってその木が切り倒されたことを知った住民たちは、あからさまに母を避けるようになった。


母が外出した際には、住民たちは蜘蛛の子を散らしたようにさっと姿を隠し出し、母の元を訪れる治癒希望者もいなくなった。


けれど、そのことが母には不満のようだった。


強力な聖女の存在自体が尊ばれるものであり、誰もかれもが彼女に跪いて崇めたてるべきだというのが母の理論だった。


不満を募らせた母は、ますます住民たちに当たるようになった。

離島出身というだけで、罵られ馬鹿にされる住民たち。

その頃には、母と住民たちの亀裂は決定的になっていた。


―――そして、あの事故だ。


その日、母は珍しい薬草を求めて岬へ来ていた。


海に面した切り立った崖の上で、母は住民たちに指図をしていた。

「その草ではない! もっと下まで降りないか。お前の足元にある草だ、それを摘め」

崖の淵ぎりぎりに立って見下ろしながら、岩壁に張り付いて薬草を摘む住人に直接指図をする母の腕に住人の一人が手を掛けた。

「公爵夫人、そのように身を乗り出されたら危のうございます。後ろにお下がり……」


しかし、その住民は最後まで言葉を続けることができなかった。

母が掴まれた手をばしりと叩き落としたからだ。

「下賤の者が私に触れるな! ああ、なんと汚らわしい! よいか、私とお前たちでは、天と地ほどに身分が異なる! お前たちから私に話しかけてはならぬ! 触れるなどもっての外だ! いかなる理由があっても、いかなる状況であっても、お前たちのような下賤の者が私に触れるなど、あってはならないことなのだ! 次に繰り返せば、その手を切り落とし、お前の親兄弟から子や孫に至るまで厳罰に処すぞ! 分かったら私から離れろ!」


そして、その直後に強風に煽られて足を踏み外し、崖から落下したのだ。


煌びやかなドレスを身に着けた母は、ドレスの重さからかそのまま浮かび上がってこなかったという。

母に同行していた侍従や騎士たちが慌てて海に飛び込んだが、流れが速く、前日の雨で濁った深い海では母の姿を見つけることができなかった。


たまたまその場を通りかかった父が見たのは、激しい波に揉まれながら自分の妻を探す騎士や侍従たちと、崖の上で立ち尽くす住民たちだった。


騎士たちは海から上がってくると、「公爵夫人を海の中で見失った」と父に報告した。


父は思わず、報告した騎士を殴り倒したという。

「天からお預かりした聖女様を、お前たちはみすみす溺れさせたのか!!」


それから父は、崖の上から海を眺めたという。


視界一杯に広がる海は、濁った箇所はあるもののどこまでも青いだけで、ドレスの切れ端も人影の一つも見えなかった。

公爵夫人の生が絶望的であることは、誰の目にも明らかだった。


父はふらふらと振り返ると、腰に差していた剣を抜き、その場にいた住民たちに切りかかった。

「お前たちはなぜ誰も、聖女様を助けに入らなかった! 国の礎たる、王国の次席聖女様であらせられるぞ! 何たる不作為か! ここにいるお前たちと、その一族全ての命で聖女様に償え!!」

そうして、父は騎士に住民たちの討伐を命じた。


これにより、2日間に渡る騎士と住民たちの争いが始まった。

不運にも父はその争いの中で命を落とし、けれど父の死がきっかけとなり抗争は終結した。



◇◇◇



「……あのいびつな夫婦の形は、見たものしか理解できないでしょう。父はずっと母に引け目を感じていました。我が国随一の聖女様を正しく評価できていないと、心を痛めていたのです」


私はそう言葉を結んだ。


話をしたことで閉じ込めていた記憶と感情がよみがえり、濁った澱のように心の中に降り積もる。


「私はその場にいなかったため、あくまで聞き取った範囲での判断ですが、あの事件に関しては、父と母に原因があったと思っています。ただ、そう思ってはいても、国の裁定が出た以上、私が口を差し挟むことはできません。悪いと思っても、謝罪することもできないのです。私の身分と立場が、私の行動を制限する……」

思わず心の内を零すと、フィーアはこてりと首を傾げた。

「おっしゃる通りですね。団長が謝罪をすると、前公爵の命を受けて住民を討伐した騎士たちにまで、罪が及ぶことになります。現在は両成敗という形で裁定が下り、どちら側にも更なる罰は与えられていませんから、このまま受け入れることが最小限の被害で済みますね」

「………………」


フィーアは鋭い。基本的に抜けているし、とぼけているが、肝心な時には物事の本質を掴んでいる。

私が沈黙を保っていると、フィーアは何とも言い難い表情で唇を噛みしめた。


「……悲しい話です。多分、何か一つが正されていたら、起こらなかった事件じゃないでしょうか」

フィーアはぽつりと呟くと、自分の広げた両手を見つめた。


「私は聖女様というのは、職業の一つだと思っています」

「……職業の一つですか? 聖女様が?」

思ってもいない発言を聞いて、私は心から驚いた。

神から選ばれた御力を持った者だけがなれる聖女様が、職業の一つだなどと……


「はい。料理が上手な方が料理人になるように、回復魔法が使える方が聖女様になると思っています。ですから、聖女様の立場が歪んでしまっていることに、全ての原因があるように思います」

「ああ、あなたは聖女様に独特の考えをお持ちでしたね……」


言いながら、私は手に持っていたグラスをテーブルに置くと、フィーアに向き直った。


「フィーア、アルコールが入っていた時の話なので覚えていないのかもしれませんが、以前、あなたは聖女様のあるべき姿について意見を述べました。『聖女は女神と異なり、遠くて、気まぐれ程度にしか救いを与えない存在ではない。聖女は騎士の盾だ』と。その言葉を聞いた瞬間、私は胸を射抜かれたような気持ちになりました……」


フィーアの言葉を聞いた瞬間の感情が甦り、一瞬、胸を刺される。

私は気持ちを持ち直すように、ぐっと拳を握りしめると、言葉を続けた。


「私がこれから口にする言葉は、あなたにとってフェアではありません。けれど……私は、人は立場によって言葉が変わると考えています。今のあなたの言葉も、あの夜の聖女様についての言葉も、あなたが騎士だから言えた言葉でしょう。もし、あなたが聖女様であったならば、決して同じ言葉は言えません」

「……………………」


フラワーホーンディアを討伐した夜、フィーアの聖女についての衝撃的な発言を聞いた時から、私は繰り返し考えていた。

フィーアの言葉の意味を。フィーアがなぜ、あのように発想し、発言することができたのかということを。


……考え尽くした結果の結論は、『フィーアが聖女様ではないから』だった。

騎士という立場であったからこそ、理想と希望を込めて、『聖女は騎士の盾だ』との発言をしたのだと、私は結論付けた。私の知りえる知識の範囲では、それ以外考えつかなかったと言い換えてもいい。


「……ええ、分かっています。私の発言は、あなたにとってフェアではありません。あなたが聖女様でないのは、あなたのせいではないのですから」


私の発言を聞いたフィーアは、まっすぐに私を見つめてきた。

そうして、何とも表現し難い不思議な表情をすると、凛とした声で返事をした。

「……そうですね。でも、シリル団長、もしも私が聖女様だったとしても、私は同じことを言います」


不思議なことに、フィーアのその言葉はすとんと胸の中に落ちてきた。


……ああ、そうかもしれない。

フィーアならば、聖女様であったとしても同じ発言をするかもしれない。


なぜだか、素直にそう思うことができた。

そう思うと同時に、心の奥底に沈殿している濁り汚れたものが、少しずつ浄化され、減っていくように感じる。


「……ふふ、あなたが聖女様でなくて助かりました。もしもあなたが聖女様で、その御力を持ちながらあのような発言をされたら、私は一も二もなくあなたの信奉者になって、跪いているところでしょうからね」


私の発言を聞いたフィーアは、仮定の話だというのに、なぜだか凄く嫌そうな顔をした。

「い、嫌です! 私はシリル団長のような信奉者はいりません。私は将来的に恋人を作って結婚する予定なので、信奉者であるシリル団長はその邪魔者でしかありません」

「ふふ、その時は、私が私の聖女様の恋人を査定してあげますよ」

「お、お断りです! 誰だって査定をする時には、自分を基準にするんです! シリル団長が基準になったら、誰一人残りませんよ!!」


必死で言い募るフィーアを見て、私は声を上げて笑った。


……ああ、フィーアは本当に聖女かもしれない。


この時期の私はいつだって気が滅入っていて、陰鬱な気分に支配されている。

なのに、どうだろう。

私は今、声を上げて笑っているじゃあないか。


フィーアは、人の心を救えるのかもしれない。

それはもう、聖女様と同等の力ではないだろうか?


穏やかな気分で微笑む私の前で、フィーアは変わらず顔をしかめていた。


そんなフィーアを眺めながら、私は久方ぶりに穏やかな気分でグラスを傾けたのだった。


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どうぞよろしくお願いします。

― 新着の感想 ―
「押すな押すなよ?!」ムーブした瞬間、押されることなく自分で落ちちゃった聖女ママ(笑) この聖女()サマは笑いの神に愛されたな。
かなり歪んだ聖女の認識に苦しめられてきたみたいだけどフィーアのおかげで少しマシになれたならよかった。母親が母親じゃないなんてしんどい
[一言] これまた最悪な両親を持ったな あんなクソ女が死んで怒りだす父の心境が一番判らんww 僕なら祝杯上げるわ それが命令されてこき使われてたせいで、 現場にいることになった平民を皆殺しにするとか、…
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