59 サザランド訪問6
顔見知りの大人を見たことで安心したのか、小さな男の子は私に抱き着くとわっと泣き出した。
私は男の子の背中を撫でながら、耳元で尋ねる。
「海で一緒だったお友達と森にいったの? そこで、魔物に襲われたのかしら?」
「そ、そ、そう。西の森で……」
「西の森ね。場所を覚えている?」
「う、う、うん」
「おりこうさんね。だったら、私が抱っこしていくから、森まで一緒にきて場所を教えてくれる? 魔物なら心配しなくていいからね。すごく強い騎士がいるから、あっという間にやっつけてくれるわ」
安心させるようにゆっくりと話しかけると、男の子は少し顔を上げて、私の背後に立っているシリル団長たちを見つめた。
けれど、ぱっと顔を伏せると、諦めた様につぶやく。
「む、む、無理だよ! 騎士はサザランドの人間を助けないんだ!」
はっとしたように体を強張らせたシリル団長に気付かない振りをすると、私は男の子に向かって話しかけた。
「そうなの? 私は騎士になる時に、『弱い者を絶対に守ります』って約束したの。騎士はみんな、その約束をして、一度した約束は絶対に守るのよ。だから、大丈夫だと思うけどな。……困った時に、騎士に『助けて』って言って、助けてもらえなかったことがある?」
「……い、今まで騎士に『助けて』って言ったことがないから、分からない」
私は男の子を抱え上げると、同時に自分も立ち上がった。
「そうなのね。でも、今、あなたは『助けて』って言ったから、私はあなたを助けるわ。後ろにいる騎士たちもあなたの言葉が聞こえたから、一緒にあなたのお友達を助けるわよ」
男の子はじっと私を見つめると、声を出さずにこくりと頷いた。
それを見たシリル団長は、焦れた様に手を伸ばしてきた。
「フィーア、よければその子は私が抱いていきましょう。あなたが抱いたまま移動すると、スピードが落ちてしまいます」
けれど、手を伸ばしてきたシリル団長を見た男の子は、「ひっ」と喉の奥で呟くと、ぎゅっと私にしがみついてきた。
それを見たシリル団長の手が、だらりと下に落ちる。
すると、今度はカーティス団長が男の子に話しかけてきた。
「こんにちは、私はサザランドを守っている騎士だから、私の顔は見知っているだろう? ほら、君たちがいつも『水色団長』と呼んでいる騎士だよ」
「あっ……」
カーティス団長をちらりと見上げた男の子は、何かに思い当たったような声を上げた。
カーティス団長は優し気な表情で男の子に話し続ける。
「お友達は怖い思いをしているから、急いで助けに行った方がいい。私が抱いていった方が早いから、抱き上げてもいいかな?」
男の子は一瞬だけ迷ったけれど、すぐにカーティス団長に向けて両手を差し出した。
……まあ、騎士の中でカーティス団長だけはこの地の住民に受け入れられているとシリル団長が言っていたけれど、本当ね。
私はするりと腕の中から抜け出ていって、カーティス団長にしがみついている男の子を見てそう思う。
周りに集まっていた大人たちは黙って成り行きを見守っていたけれど、私たちが動き出そうとすると、はっとしたように口を開いた。
「あ、あの、子どもたちは時々森に入るけれど、いつだって入り口付近をうろうろしているから、……入り口付近の魔物ならオレらでも何とかなりますから、オレらが行きます」
「そ、そうです。オレらで子どもたちは助けるから、騎士の皆さんの手を煩わせる必要はありませんから」
子どもが魔物に襲われているという緊急事態にもかかわらず、あくまで騎士たちの手を借りたくないという住民たちの言葉だった。
それを聞いたシリル団長は、やるせなそうな表情をしながらも、感情を抑えつけて平坦な声を出す。
「ご協力を申し出ていただき、ありがとうございます。けれど、ここ最近は大陸中の魔物が常にない動きをしていますので、森の入り口付近であっても強力な魔物が出現する可能性があります」
シリル団長の言葉を聞いて一様に押し黙った住民たちを見まわすと、団長は言葉を続けた。
「私は第一騎士団長のシリルと申します。私が間違いなく子どもたちを連れて戻りますので、お任せください」
すると、シリル団長の言葉にはっとしたように、一部の住民たちがざわつき出した。
「だ、第一騎士団長って、ご領主様じゃあ……」
「サザランド公家の……」
シリル団長はざわめく住人たちには一切取り合わず、踵を返すと森の方向へ向かって走り出した。
カーティス団長も後に続こうとしたけれど、走り出した足を止め、心配そうに顔を寄せ合っている住民たちに声を掛ける。
「私たちは手練れの騎士だから、安心して。ああ、子どもたちが怪我をしていた時のために、聖女様を呼んできてくれるかな?」
その言葉を聞いた数人の住民が、教会へ向かって走り出す。
どうやら、カーティス団長は住民たちの心配を取り除くとともに、聖女を呼んでくるという役割を与えることで、仲間意識を植え付けることに成功したようだった。
……まあ、カーティス団長は人を動かすことに物凄く長けているかもしれないわ。
そう思いながら、私は皆に遅れないように街の入り口まで走った。
運がいいことに、街の入り口に馬を止めていたので、西の森まではすぐだった。
子どもの足だから森の奥まで入ってはいないだろうという予想は当たり、その場所は森の入り口から5分程度の場所だった。
確かに子どもの足でも入れそうな場所で、普段なら魔物が出ることはないだろう。
けれど、魔物の行動が必ずしも予測の範囲内に限られる訳もなく、実際に子どもたちは魔物と対峙していた。
幸運なことに、子どもたちが魔物に追い詰められていた木の根元には、複数の子どもが入り込めるほどの深い樹洞があり、その穴の中に上手く入り込んだ子どもたちに魔物は手を出しあぐねていた。
樹洞の狭い入り口から入り込めないほど大型の魔物であったことも、功を奏したようだ。
子どもたちに対峙していたのは、3メートル程のトカゲのような形態をした魔物、バジリスクだった。
バジリスクはBランクの魔物で、普段ならば森の奥深くにいる魔物だ。
シリル団長が言うように、魔物の行動範囲がおかしくなっているのかもしれない。
そのバジリスクが2頭もいる。明らかに4人で対峙するには分が悪い戦いだった。
どうしたものかなと思っていると、シリル団長に声を掛けられた。
「フィーア、あなたはその子どもの守護をお願いします。2頭であれば3人いれば十分ですので」
まぁ、体よく追い払われましたよ……
そう思ったものの、シリル団長の判断は的確だなと思う。
ええ、この中では私が抜きんでて弱いし、子どもの守護役は必要ですね。
けど、Bランクの魔物2頭に3人で十分というのはどうかしら?
バジリスクは強力な毒を吐くし、皮膚は固い。そして、動きは素早い。
いくらシリル団長が強くて、カーティス団長とファビアンが一緒だとしても、2頭は厳しいのじゃないだろうか。
そう思っている私の目の前で、シリル団長はしゃらりと剣を抜いた。
あ、強い。
シリル団長が剣を抜いた瞬間、空気がきんと引き締まったように感じて、思わず息を詰める。
剣を握ったシリル団長は、全く異なる生き物に変化したように見えた。
サヴィス総長と戦った時やフラワーホーンディアと対峙した時など、シリル団長が剣を握ったことは何度か見たことがあったけれど、今の団長の纏う雰囲気は、それらのどの時とも異なっていた。
ああ、シリル団長は状況によって強さが変わるタイプなのね。
私はほっと息を吐くと、隣で心配そうにシリル団長たちを見つめる男の子に話しかけた。
「剣を抜いた騎士が、このサザランドの領主様よ。大丈夫。あの領主騎士は強くて、必ず私たちを守ってくれるから」
私の言葉を聞いた男の子は、無言でぎゅっと私の腰に手をまわしてきた。
私は男の子ににこりと笑いかけると、腰にまわされた手を上からぎゅっと握りしめた。
【お礼&ご連絡】
多くの方に書籍を買っていただきました。ありがとうございます。
お陰様で続巻の話をいただきましたので、その作業に入ります。
更新頻度が乱れたら、すみません(小声)。
好きなだけ加筆可能と言われたので、感想欄にいただいていた要望を参考に、お話を書く予定です。
いつもいつも、感想をありがとうございます!









