56 サザランド訪問3
サザランドには10日間滞在する予定となっている。
滞在中、訪問団の一行はシリル団長の館で寝泊まりする予定だ。
一部屋に数人ずつ泊まるとはいえ、100名も一度に泊めることができる館ってすごいと思う。
持ってきた荷物を整理し、一旦与えられた部屋にて軽く休憩した後、私たちは一部屋に集められてサザランドでのスケジュールを説明された。
説明によると式典は7日後に行われるので、それまではサザランドの地でゆっくりと住民たちと触れ合いながら過ごすとのことだった。
―――式典。
それは、慰霊の地で命を落としたサザランドの住民たちに祈りを捧げる催しだ。
説明された話によると、10年前、シリル団長のお母様である当時の公爵夫人がサザランドで命を落とされた。
その場に居合わせたシリル団長のお父様―――当時の公爵は、サザランドの民に原因があると思い込み、騎士を率いて住民を攻撃した。
騎士たちと住民たちとの攻防が続いたのはたったの2日だったけれど、戦力差は明らかで、数百人もの民が犠牲になった。
後になって当時の状況が明らかになったけれど、住民たちの罪状については白黒はっきりつけられない結果だった。
つまり、公爵夫人は不慮の事故により海の中に投げ出された。
住民は公爵夫人の事故に一切加担はしていないけれど、溺れていた公爵夫人を積極的に助けようともせず、結果として公爵夫人は溺死した。
国は領主夫人の危機に際して、住民は積極的に救命行動を起こすべきだったとの見解を示し、住民たちの反感を買った。
また、戦いの中で公爵が命を落とされたこともあり、サザランド公家は公爵夫妻をともに失うという痛手を受けたことを理由に、いくらかのペナルティを与えられはしたものの、そのまま一族が公爵家と土地を引き継いでいくことになったことも住民たちの不満を買った。
このため、仲間を殺された住民たちの公爵家と騎士に対する嫌悪感は強く、10年経過した今でもその関係は改善されていないとのことだった。
そのこともあってか、「サザランドの嘆き」と呼ばれた事案について、後に国は一定の罪科を認め、毎年王族が慰問のためにこの地を訪れている。
そして、事件発生日に合わせて式典を行い、亡くなられた住民たちの安寧を祈っているとのことだった。
「う―――ん」
説明を受けた私は、こてりと首をかしげた。
聞いた限りの話では、住民たちに明らかな罪はないと思う。
事件が起こった海は流れが速く、助けに行くのに危険を伴うという。
海に飛び込むのを躊躇したとしても、仕方がないんじゃないだろうか。
なのに、一方的に多くの仲間が殺された上に、救助行動をしなかったことに問題があったと国から裁定が下されている。
対して、住民たちに手を下した騎士は軽い罰しか受けていない。
怒り狂っても当然だと思う状況にもかかわらず、住民たちは抗わずに黙して全てを受け入れている。
騎士たちを指揮した公爵の一族がこの地を統治し続けているこの10年間、一度も反乱を起こすことなく耐えている。
王族の慰問にしたって、受け入れる義理はないのだ。
「あなた方の気持ちは受け入れない」と突っぱねたっていいのに、―――まぁ、実際には色んな理由をつけて婉曲に断ることになるのだろうけれど―――それもしないで、黙って受け入れている。
……うん、サザランドの住民はすごく心優しいんじゃないかな。
私はぼんやりと300年前を思い返していた。
サザランドの民は、いつだって楽しそうに笑っていた。
「大聖女様」「大聖女様」と誰もが全力で好意を表してくれた。
美味しいものを作ってくれたり、綺麗な花を摘んでくれたり、楽しい話をしてくれた。
一時だって、私を一人にはしてくれなかった。
……うん、優しくて、親しみ深くて、義理堅い住民たちだったわ。
多分、あれが彼らの本質だから。
だから、シリル団長と分かり合ってくれるといいなと思う。
シリル団長は、優しくて思いやりのある騎士だ。
自分の騎士団の騎士たちを、(独身にもかかわらず)自分の子どものようだと可愛がり、面倒を見ている。
団長は住民たちも同じように慈しみ、大事にして面倒を見たいのじゃあないだろうか。
だから、歩み寄ることもできず、一方的に拒絶されている今の状況は辛いだろうな……
住民たちがシリル団長のことを知ってくれたら、きっと仲良くなれるのに。
私は立ち上がると、窓辺に移動した。
窓からは、海と山に囲まれたサザランドの美しい景色が広がっている。
……サザランドは、シリル団長にとって悲しみの地なのかもしれない。
10年前のシリル団長は17歳だ。
17歳の時に相次いで両親を亡くすなんて、酷い悲しみだったろう。
しかも、寿命だとかどうにもならない病気だとかではなく、不慮の事故や戦死だ。
救えたかもしれないと、繰り返し後悔しているかもしれない。
その上、自分の両親が原因で守るべき住民たちを死なせている。
結果、住民たちからは壁を作られ近寄ることもできていない。
……うん、私の知っているシリル団長なら、耐えられない状況だろうな。
「フィーア、今日はもう自由にしていいみたいだから、一緒に周りを探索しない?」
ぼんやりとしていたところに突然声を掛けられ、私は驚いて目をぱちぱちと瞬かせた。
いつの間にか皆は解散しており、ファビアンだけが私を待っていてくれた。
「ファビアン。……ご、ごめん。ちょっとぼんやりしていた。うん、一緒に行く!」
慌てて答えると、ファビアンはにこりと笑った。
「よかった、これで一人で回らなくてよくなったよ。どこに行きたい?」
「え、どこでもいいの? だったら、海を見てみたい! それから、サザランドの街並みを!」
「フィーアは、サザランドは初めてなの?」
「……え、あ、う、うん。そう」
本当は前世で一度訪れたことがあるけれど、滞在したのはたったの数時間だったし、領主館から一歩も出なかったので、この地は初めてと言っても間違いではないだろう。
「サザランドの海を見てみたいと、ずっと思っていたの。それから、太陽にきらきら反射するっていう白壁の街並みも」
前世で別れを惜しんでくれた住民たちに、「もう一度訪れるから、次はゆっくり街並みを見て回る」と約束していたことを思い出した。
……ああ、結局果たせなかったんだわ。
だったら、今世でその約束を果たさないとね。
私はファビアンと連れ立って海辺に歩いて行った。
海から吹く風が潮の香りを運んでくる。
足元で感じるさくさくとした砂の感触が気持ちいい。
私は一旦立ち止まると、周りを見渡した。
美しい青い海がどこまでも広がっている。
……ああ、これが前世で護衛騎士だったカノープスが愛した土地ね。
そして、この美しい土地は300年たった今も、住民たちに愛されているのだわ。
波打ち際まで近付いた時、一際強い風が吹いて私の髪を巻き上げた。
「あ、あ、くしゃくしゃになる……!」
慌てて髪を手で押さえていると、背後から「大聖女様!」と可愛らしい声が掛けられた。
振り返ると、5~6歳の子どもが数人、きらきらした目でこちらを見ていた。
「金の目! 赤い髪! 大聖女様だ!!」
嬉しそうに言いながら駆け寄ってくると、次々に私に抱き着いてきた。
咄嗟にしゃがみ込んで受け止めようとしたけれど、3人目くらいで子どもの勢いに耐え切れず、後ろに倒れこんでしまう。
「あははははは、大聖女様ぁ!」
子どもたちは面白がって倒れた私の上から抱き着いてくるものだから、私も楽しくなって声を上げて笑う。
「あはははは、子どもたち! 私を転がすとは、大した腕前ね!」
ごろりと転がって横に逃げ、子どもたちを笑いながらくすぐっていると頭上から声がした。
「楽しそうですね、フィーア」
子どもたちと一緒に振り返ると、シリル団長とカーティス団長が連れ立っていた。
「あ、あら、シリル団長。ええ、まぁ、その、ちょっとした訓練ですわ」
慌てて立ち上がり、団長たちに向き直りながら子どもたちをちらりと見ると、子どもたちは笑いを収め顔を強張らせていた。
あ、あら、今まで笑っていたのにどうしたのかしら?









