53 第一騎士団復帰4
初めて入る総長室は、それは立派なものだった。
まず、部屋が異常に広い。
十分広いと思っていた騎士団長の執務室が複数個入るくらい広い。
部屋の最奥に執務机が置かれているのだけど、その背後の壁一面に立派な彫刻が施されている。
執務机の左右には黒竜騎士団の旗が飾られており、横壁には何本もの剣や盾が飾られていた。
……うん、明らかに武人の部屋ですね。
サヴィス総長は書類仕事をしていたようだったけれど、その周りには1ダース程の騎士が控えていた。
ちらほらと見知った顔があるので、第一騎士団が警護をしているのだと分かる。
入り口付近に控えていた騎士にソファへ案内されたので、シリル団長とソファの横に立って総長を待っていると、すぐに総長が執務机から移動してきた。
「座れ」
着席の許可が下りたので、総長が腰を下ろしたことを確認した後にソファに座る。
サヴィス総長は数秒間じっと私を見つめた後、口を開いた。
「3日後にシリルとサザランドへ発つらしいな」
「はい」
その通りです、総長。詳細は全く知らされていませんが。
心のつぶやきを拾われたのか、シリル団長が話を引き取った。
「フィーアには詳細は説明していません。……総長の御前で説明をした方がよいかと判断しましたので」
「そうか」
短く相槌を打つと、総長は考えるかのように口元に手をやった。
「フィーア、サザランドは10年前に内乱が起きた地だ。そして、未だ多くの者がその傷から癒えていない。彼らの多くは、当時あの地の紛争を上手く収められなかった騎士団を歓迎しないだろう」
総長の長い指が、右目の眼帯をなぞる。
「お前は、まだ訓練中だ。『将来、騎士として在る者』として赴け。騎士という立場ではなく、公平な立場であの地を見てこい。お前のその目で……誰が、弾劾されるべき者なのかを」
静かに語った総長の隻眼が、形容し難い感情をのせていた。
説明された内容が少なすぎて総長の真意が分からないけれど、これは肯定するしかない状況だと理解する。
まぁ、そもそも、総長相手には、「はい」か「応」しかありませんけれどね……
「了解しました。シリル団長とともに、サザランドを訪問してまいります」
そう答えると、シリル団長はふうっと体の力を抜いた。
「フィーア、あの地は大聖女信仰が強い土地です。……それを、10年前の私は真に理解していなかったのです」
「聖女様ではなく、大聖女様ですか?」
不思議に思い尋ねてみる。
……大聖女って、今までにそう何人もいないと思うんだけどな。
なんで、わざわざ大聖女だけを慕うのかしら?
「あれ、そういえば大聖女様って、今までに何人ほどいたんですか? 一番人気がある大聖女様って、どの方なんですか?」
質問しておいて、答えが急に気になりだす。
……あ、待って。すごく不用意に聞いてしまったけど、これは答えによってはへこむわよね。
いやいやいやいや、300年前よ。新しい大聖女の方が人気なのは、当たり前だわ。
だから、前世の私があまり人気がないとしても、それは当然……
「もちろん、セラフィーナ大聖女様ですよ」
「えっ!?」
セ、セラフィーナって、私の前世の名前だよね!?
わ、私がナンバーワン!??
両手で頬を挟むようにしてにへらっと顔がゆるんでしまった私に対して、シリル団長は頷いた。
「当然です。なぜなら、大聖女様は今までにお一人しかいらっしゃいませんから」
「……………………………………は?」
…………ひ、一人??
一人だけ?
大聖女の尊称を与えられたものが、たった一人だけ?
「……そ、それは一番になるはずだ―――」
前世の自分が大人気だと勘違いして喜んだ自分が恥ずかしくなり、がくりとうなだれた私の上から総長の声が降ってくる。
「フィーア、シリルの言葉通りだ。あの地は大聖女信仰が強い」
「……はい、そういう話でしたね」
うなだれていた顔を上げて総長を見つめると、真剣な目で見返された。
「あの地の住人は皆、伝説の大聖女と同じ色を持つお前の髪と瞳に強烈に反応するだろう。……何が起こるか予測がつかないから、お前は決して一人になるな」
「………………ああ、ええ、なるほど。はい、了解しました」
そうだ。
私は前世と全く同じ髪と瞳の色をしている。けど……
「お前の色の組み合わせは唯一無二だ。……繰り返すが、気を付けろ」
「はい、気を付けます」
……総長のお言葉だ。
私が反対のことを思っていたとしても、「はい」か「応」しか答えられないのだった。
◇◇◇
「唯一無二の組み合わせって総長には言われたけれど、う――ん?」
寮への帰り道、私は独り言をぶつぶつと呟いていた。
総長の言葉に真っ向から反論はできなかったけれど、こんな色はどこにでも…………あれ?
あ、何かを思い出してきたわよ……
そうだ。そういえば、前世で「こんな赤い髪は見たことがない」とは言われたわねぇ……
『こんな血の色とも見紛うばかりの深紅の髪なんて、どれだけ精霊に愛されるおつもりですか?』
『聖女の血色と同じ髪色なんて、恐ろしいほどの器だな!!』
……うん、思い出したら色々言われていたわ。
総括すると、ここまで血の色に近い髪色って見たことないってことだったと思うけど……確かに、色んな人から繰り返し言われていたし、珍しいのかもしれない。
……あ、総長の言葉が正解でしたね。失礼しました。
―――その日は、今までで一番前世を思い出した一日だった。
だからだろうか。
ぐったりと疲れて、早々にベッドに潜り込んだ。
そして、初めて前世の夢を見た。
夢の中で、私の護衛騎士だった『青騎士』のカノープスが私を見下ろしていた。
腰まである見事な紺碧の髪をなびかせ、端正な顔をゆがめている。
『殿下、何度申し上げたらご理解いただけるのですか!!』
夢の中の私は思う。
ほほほ、カノープスったら。何度申し上げられても、ご理解しないことは分かっているでしょうに。
けれど、夢の中の私は巧妙で、神妙な顔を作ると悲しそうな声を出す。
『理解が悪くて申し訳ないわね、カノープス。あなたにも苦労をかけます』
『殿下!!』
けれど、間髪入れずにカノープスの反論が返ってくる。
『そのような演技は結構です! ああ、もう、ホント、希代の大聖女が何をやってくれているんですか!!』
流石だわ、カノープス。私の表面的な表情には一切騙されないなんて、さすが私の護衛騎士です。
夢の中の私は取り繕っていた表情を改めると、カノープスに向かってにこりと微笑んだ。
『だって、カノープスの領地を少しでも早く見てみたかったんだもの。だから、ちょっと急いだだけよ』
『ちょっと? ちょっとですか? ははははははは、馬を何頭も乗り換えながら、休みなく丸二日間馬を走らせ続けることを、あなた様は『ちょっと』と表現されるのですか!? いいかげんになさいませ!!』
『……ごめんなさい』
本気で心配してくれているカノープスの気持ちが分かった夢の中の私はしゅんとする。
カノープスは諦めたようなため息をつくと、私の前に跪いた。
『お願いですから、無茶をする前に、私が何のためにここにいるのかをお考え下さい。私はあなた様の護衛騎士です。あなた様をお助けし、お守りするための存在なのですよ』
『……分かっているわ。衝動的な行動をして、ごめんなさい』
心から悪いと思った夢の中の私はもう一度謝罪をする。
すると、やっとカノープスはしかめていた顔をもとに戻した。
『お分かりいただけたようで、安心いたしました』
そうして、頭を地面につくほど下げると言葉を続けた。
『至尊の大聖女にして、王国第二王女であられますセラフィーナ・ナーヴ殿下におかれましては、私の領地をご訪問いただきましたこと、心より深謝いたします。私ども領民一同は、殿下のご訪問を心より歓迎いたします』
カノープスの後ろに位置する少しだけ開いた扉から、領民の顔がちらほらと覗いていた。
誰もかれもが、歓迎のための笑顔になっている。
……ああ、カノープスは領地の誰からも愛されていた。
ねぇ、カノープス。
あなたの代わりに、300年後のあなたの領地を見てくるわ。









