52 第一騎士団復帰3
サヴィス総長と別れた後、私はファビアンとともに通常訓練に参加した。
久しぶりの訓練だったけれど、サヴィス総長に呼び出された内容が気になって身が入らない。
なのに、詩歌の先生からは、「やっと常識的な詩歌を作成できるようになりましたね」と褒められた。
ファビアンからも、「フィーアの詩歌は、半分ぼんやりしていた方が良い出来だね」と言われる始末だ。
色々と納得がいかない。
チェスの訓練では、久しく顔を出さなかったデズモンド団長が現れた。
本当に今日は、色んな人と会う日だ。どうなっているんだろう?
デズモンド団長はチェスを指しながらちらちらと私を見てくるけれど、いつもの軽口が冴えない。
もごもごと訳の分からないことを話していたと思ったら、最後に思い切ったようにザビリアのことを聞いてきた。
「フィーア、その……お前には従魔がいるらしいな」
「はい、いますけれど……」
言いながら、私は突然、思わせぶりな態度を練習したことを思い出した。
そもそもは、シリル団長が第四魔物騎士団へ出向する私を心配して授けてくれた策だ。
想像により生み出されるモノは現実を上回るので、思わせぶりな態度を貫いて実際よりも強い従魔を想像させれば、従魔の強弱で騎士間の上下関係を作る第四魔物騎士団では粗雑に扱われないだろうとの話だった。
けれど、これを実践することは難しく、第四魔物騎士団のギディオン副団長に試してみたところ、正反対の現象が生じた。
つまり、最強の魔物である黒竜を最弱の魔物と認識させてしまうという……
これではいけないと思った私は、総長やシリル団長を相手に思わせぶりな態度を特訓してみた。
そして、その特訓の成果は……
私はちらりとデズモンド団長を見ると、今がその成果を試すべき時だと理解した。
「まぁ、何と言いますか、私の従魔は他に類を見ないような魔物でして……。黒っぽいというか、竜っぽいというか、王様っぽいというか……」
そうだわ、実際よりも強いモノを想像させるということは、黒竜ではなく、ザビリアが目指している黒竜王とやらを想像させればいいのだわ。違いが分からないけれど。
「フィ、フィーア! 止めろ!! オレは、従魔の種類を聞きたかったわけじゃない!! というか、本当に黙ってくれ!! これ以上は、オレの命が危ない!!」
「ふぇ?」
「分かっている!! お前の従魔が最強最悪の魔物だということは、オレは十二分に分かっている!!」
大声で叫びながら、広げた両手をガードするように突き出してきたデズモンド団長は、本気で私の従魔を恐れているように見えた。
こ、これは思わせぶりな態度の特訓成果が表れたということかしら!?
「で、できた……!! 思わせぶりな態度が、完成した!!」
私は立ち上がり、チェステーブルに両手をつくと、感動に打ち震えた。
対するデズモンド団長は、これ以上はないというくらいがくがくと震えている。
「よ、よし、オレはもう帰る。だ、だが、フィーア、これだけは肯定してくれ。オ、オレはお前に従魔の正体を明かすことを強制していないよな? 一切、何の圧力もかけていないよな?」
私に話しかけているのかと思ったが、デズモンド団長は自分の上空を見つめて話をしている。
何をやっているんだろうと思いながらも、とりあえず肯定する。
「はい、その通りです」
デズモンド団長は大きく安堵のため息をつくと、やはり上空に向かって話をし出した。
「お聞きの通りですよ! オレはフィーアに対して、一切何の圧力もかけていませんからね!!」
明らかに挙動不審なデズモンド団長を前に、私はこてりと首をかしげた。
……どうしよう、クェンティン団長だけかと思ったらデズモンド団長まで異常行動を取りだしたんだけど。
ご立派で有能なはずの騎士団長が次々におかしくなっているんだけど、何だこれは?
騎士団長たちに次々に伝染する異常行動が心配にはなったけれど、……他団の団長だし、私にはそう影響がないだろうと見て見ぬふりをすることにした。
……一介の騎士が騎士団長様を心配するなんて、偉そうにもほどがあるわよね、うんうん。
◇◇◇
夕方近くになって、サヴィス総長の時間に余裕ができたということで、シリル団長とともに総長室を訪問した。
総長の執務室は独立した専用建物になっているのだけれど、その建物「黒盾棟」は各団の建物に囲まれるように配置してあった。
第一騎士団の建物は隣のため、黒盾棟の外壁を目にする機会は多く、「あの建物だけ明らかに豪華だよねー、中はどうなっているんだろう」と、常々思っていたのだ。
わくわくしながら玄関に入ったけれど、顔を上げた私は「ひいっ」と後ろに飛び退った。
驚いて絶句している私を見たシリル団長が、「ああ」と納得したかのように微笑む。
「フィーアはこの肖像画を見るのは初めてでしたね。伝説の大聖女様ですよ」
……し、知っています。
前世で嫌になるくらい、目にした顔ですから。
黒盾棟の玄関をくぐると、そこは3階分の広い吹き抜けになっていた。
縦も横も広い空間が訪問者を圧倒するけれど、一番驚くのはその吹き抜けの正面に飾られている大きな肖像画だ。
黒いドレスを纏い、膝まである赤い髪をなびかせて、一輪の深紅の薔薇を手首に巻いた少女が描かれている。
……わぁ、戦闘服じゃないか。
前世の私は戦いに出る時は必ず黒いドレスを着用したし、薔薇を一輪手首に巻き付けていた。
この絵は正しくそれを表しているけれど……絵の中の少女がきりりとしすぎていて、何だかすごく恥ずかしい。
私は無意識に1歩、2歩と後ろに下がり、背中が玄関の扉に当たってしまった。
シリル団長はそんな私を不思議そうに見つめると、小首をかしげてきた。
「どうしました、フィーア? 圧倒されるほど、大聖女様の肖像画は迫力がありますか?」
「えーと、いやー、何というか、こ、ここは、騎士団の頂点である騎士団総長の専用建物ですよね? で、でしたら、大聖女様もいいですけど、高名な騎士の肖像画を飾るべきではないのかな、と思いまして」
しどろもどろになりながらも、最初に浮かんだ疑問を口にする。
シリル団長は「ああ……」と言いながら、肖像画を仰ぎ見た。
「あなたのご意見はごもっともですけれど、300年前からずっと、この建物にはこの肖像画が飾られているのですよ」
「さ、300年も前から……。ま、まぁ、確かに肖像画は一度飾ると、なかなか掛け替えるタイミングが難しいですよね」
前世の私は魔王を封じはしたけれど、早世したので大聖女として活躍した期間は長くはない。
だから、私の死後に登場し、長生きした大聖女たちの方が生涯実績は高いんじゃないだろうか。
どうしても大聖女の肖像画を飾りたいならば、彼女たちのいずれかの肖像画に掛け替えてもいいと思うのだけどな……
そう考えていた私の気持ちを読んだかのように、シリル団長が言葉を続けてきた。
「掛け替える時期を見極めるのが難しいと言うよりも、掛け替えられないと言った方が正確ですね。黒竜騎士団の初代総長が、この場所には未来永劫この肖像画を掛けておくようにと、そう命じられたのです」
「……………………」
私が生きていたころは黒竜騎士団なんてなかったから、初代総長なんてもちろん知り合いではない。
黒竜騎士団の初代総長は、なぜそれほど300年前の大聖女に固執したのだろうか……?
「も、もしかして……私のファン?」
過去は美化されるものだし。
魔王を封じる代わりに命を落としたなんて、希代の吟遊詩人の手にかかれば、それはそれは美しい話になるのじゃないかしら。
「あ、いや、まって。そういえば、歴史が書き換えられていたんだった……」
……そうだ。
大聖女は、ともに魔王を封じた勇者と結ばれたことになっていたんだった。
それで大聖女の子孫が王家を創ったことになっていたはず。
……あれ、でも、どういうことかしら?
ナーヴ王家は前世の私が生まれるずっと前から続いていたし、今もナーヴ王家だから途切れてはいないわよね。
大聖女の時代に「新生王家の誕生」みたいな、新しい風がほしい何かがあったのかしら?
そのため、新生王家を印象付ける目的で、国旗や騎士団を刷新した?
「う―――ん」
全く分からなくなり思わずうなってしまった私に、シリル団長が心配そうな声を掛けてきた。
「フィーア、大丈夫ですか? 先ほどから、思考が声になって漏れていますけれど」
「へ? あ、し、失礼しました。大丈夫です」
私はあわてて取り繕うと、にこりと笑ってみた。
「……気分が悪くなったりしたら、教えてくださいね」
シリル団長はまだ少し心配そうに言葉を続けてきたけれど、大丈夫だと答えた私とともに総長室に向かった。









