51 第一騎士団復帰2
「フィーア、あなたは言いましたね。友人というものは、一緒に話をしたり、外出したり、眠ったりするものだって」
シリル団長は涼し気な声で話をしてきたけれど……
まて、まて!
最後のは、おかしかったわよ!
「だ、団長! 団長の友人関係に口を挟む気は毛頭ありませんが、私は異性の友人と一緒に眠ったりはしません!!」
「それはよかったです。私もなかなか自由すぎる考え方だなと思いながら、あなたの話を拝聴していましたので、訂正いただき安心しました」
「ぐぅ…………」
だめだ。
私が話したことにされてしまった。
覚えていない時の話を持ち出されても、分が悪すぎる。
「そ、それで? 確かに友人というものは、多くのことを共有すると思いますけど、団長は何を共有したいのでしょうか?」
だから、話を変えてみる。
「……そうですね、『思い出』でしょうか。あなたに、私の思い出を共有していただきたいのです」
「思い出?」
シリル団長の内面に触れる話のような気がして問い返すと、にこやかに微笑まれた。
「ええ、私には思い出の地があります。毎年、自分の過去の行いを忘れないために思い出の地を訪問しているので、ご一緒いただけないかと思いまして」
「……な、何だかすごく個人的な案件で、私が同行してもよいのかは不明ですが、団長がいいと言われるならばご一緒します。場所はどちらですか?」
「私の領地になります」
領地! 領地持ちなんて、やっぱり貴族じゃないかしら?
そう思いながら、さりげなさを装い聞いてみる。
「ところで、シリル団長の家名は何でしたっけ?」
「……フィーア、あなた、ちょっと忘れたといった風に質問していますけれど、どうせ私の家名なんて最初から知りもしないのでしょう? サザランドですよ」
「サザランド!!」
何てことだろう。
前世で私の護衛騎士だった『青騎士』の領地だった場所じゃあないか。
「シ、シリル団長は『青騎士』の子孫なんですか?」
驚いて尋ねると、シリル団長から逆に驚いて尋ね返された。
「あなたは『青騎士』の伝承を聞いたことでもあるのですか? よくもまぁ、そんな知名度の低い騎士をご存じですね?」
「知名度が低い? 王国の青と白の国旗に基づいて、代々騎士団の中から最も優秀な二人が『青騎士』と『白騎士』に選ばれてきましたよね? 騎士団の中で最も有名で、最も誉ある騎士たちだと思いますけれど?」
「……フィーア、王国の国旗が青と白で構成されていたのは300年以上も前の話ですよ。今はナーヴ王国の国旗は赤地に黒竜の紋章です」
……そ、そうだった!
確かに前世の記憶がよみがえってから驚いたことの一つは、国旗が変わっていたことだ。
現在の王家の家名もナーヴなので王朝は変わっていないようだったから、どうして国旗を変更したのだろうと不思議に思っていたのだ。
「ええと、ということは今一番高名な騎士は『赤騎士』とでも呼ばれているのですか?」
「……フィーア。赤は禁色です。使うことが許されない色なのですよ」
「ふぇ? そ、そうなんですか?」
「ええ。赤は大聖女様の色です。私たちは、『大聖女様の赤』を大聖女様にお返ししたのですよ」
大聖女の赤……?
初めて聞く単語に目をぱちくりとさせる。
確かに、大聖女と呼ばれていた前世の私は今と全く同じ赤い髪色をしていた。それにちなんだ何かなのだろうか?
それとも、私の死後に幾人かの大聖女が現れて、彼女たちが赤にちなんだ何かを行ったのだろうか?
こてりと首を傾げて考えてみたけれど、ここ300年の動きが分からない私に答えが分かりようもなく……そうして、頭が切れすぎるシリル団長とこの会話を続けるのは危うい気がして、話を変えてみる。
「な、なるほどですね。そういえば赤い服とかカーテンとか売ってないですよね。赤が禁色だったのならば納得です。そ、それで、シリル団長は『青騎士』の子孫なんですか?」
それでもやっぱり、シリル団長が『青騎士』につながっているのかどうかが気になって、再度聞いてしまう。
シリル団長は自嘲的な笑みを漏らすと、小首を傾げた。
「そんなに気になりますか? 残念ながら、私は『青騎士』の子孫ではありませんよ。あなたが言っているのはきっと、サザランド姓を名乗っていた最後の『青騎士』のことでしょう。彼には名を継がせる子がいなかったので、彼の代でサザランドの領地は一旦、王家に召し上げられたのです。それからずっとあの土地は王家が管理していたのですが、30年ほど前に私の父があの土地を拝領したのです」
「な、なるほど……」
共に過ごしていた昔の同僚のその後の話を聞くのは、不思議な感じだった。
『青騎士』が私の死後も息災で、長生きをしたのか聞いてみたい気もしたけれど、やはり触れるべきではないとも思う。
私の死が彼の心を乱すことがなかったならばよいのだけれどと、遅まきながら願ってみる。
……うん、300年ほど遅いけれどね。
「了解しました、団長。お供させていただきます。出発はいつですか?」
―――私は突然の寂寥に襲われ、再びあの青い空と海に囲まれた美しい土地を見てみたくなった。
『青騎士』はサザランドの土地を愛していた。
彼の墓標はきっとサザランドにあるだろう。
シリル団長に同行するついでに、拝ませてもらおう。
「そうですね、あなたも少し体を休めたいでしょうから、3日後の出発にしましょう」
にこりと微笑むシリル団長に同意すると、私は団長室を後にした。
団長と友人になるというのは、私に無理なお願いごとを押し付けるための布石かと思ったけど、たいしたお願いごとじゃあなかったな……、と団長室の扉を閉めながら思った。
うんうん、やはり、団長は常識的な騎士だったわ……
◇◇◇
「あれ、フィーア?」
団長室から出て廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、銀色の王子様が立っていた。
ファビアンだ。
「まぁ、ファビアン。ちょっと会わなかっただけで、また一段と王子っぷりに磨きがかかったわね! どうやったら、そのきらきらエフェクトが出せるのかしら?」
ファビアンの銀の髪だけではなく、彼の周りがきらきらしているような錯覚にとらわれ、思わずつぶやいてしまう。
ファビアンは可笑しそうに笑いながら近づいてきた。
「相変わらず、常人には理解できない発言をするねぇ、フィーアは。そこが面白いのだけど。第四魔物騎士団はどうだった?」
改めて問われると、何と答えてよいかが分からなくなる。
「う――ん、それがねぇ、ここだけの話、当初の目的を全く果たせないまま帰ってきてしまったのよ」
「ええ?」
「第四魔物騎士団のクェンティン団長が長期不在中で、ギディオン副団長が団長業務を代行していたのだけれど、私が気に入らないみたいで別業務を割り当てられてしまって。シリル団長に頼まれた業務は全く手も付けられなかったのよね」
「それは、残念な話だね。第四魔物騎士団は排他的な面があると聞くから、第一騎士団所属のまま第四魔物騎士団の業務を手伝おうとしたフィーアが気に入らなかったんじゃないかな。第四魔物騎士団の性質だと思って、仕方がないと諦めるしかないね。……大丈夫、フィーアが一生懸命仕事をするってことは皆知っているから。当初の目的を果たせなかったのはフィーアのせいではないよ」
にこやかに笑いながら、さり気なく私の気持ちを軽くしてくれようとするファビアンを見て、イケメンだなーと思う。
外見も中身もイケメンって、最強じゃないかコレ。
「ありがと、ファビアン。シリル団長からも、業務を遂行できていなかったことについてのお叱りが全くなかったのよ。団長のことだから、苦情がきていたとしても自分が受け止めて、私には何の問題もないって笑顔でごまかしそうだから、気付かないところで迷惑をかけていないか心配で」
「ふふ、フィーアはいい子だね。大丈夫だよ、シリル団長は見境なく庇われるわけではないから。庇われるとしたら、庇われる者にも理由があるんだよ」
「え? ……一人では耐えしのげないほど、頼りないと思われているってこと?」
確かに、百戦錬磨のシリル団長からしたら、私なんて幼子のようなものでしょうけど……
心配になって尋ねると、ファビアンはぷっと吹き出した。
「ふふ、フィーアの発想は面白いよね。第四魔物騎士団で何が起こったかなんて私には知りようがないけれど、昨夜の宴席を見れば、よっぽどの馬鹿じゃない限り、君が大きなことをやり遂げたってことは分かるよ。シリル団長やデズモンド団長はまだしも、クェンティン団長とザカリー団長までもがフィーアの側を離れようとしないんだもの」
「え? あの……」
「言わなくていいよ。どうやら、フィーア関連の出来事については、緘口令が敷かれてるみたいだから。……でも、面白いね。肝心の君には、何も口止めしてないんだ? 君が語る分には自由ってことなのかな?」
不思議そうにつぶやくファビアンを見て、私は目をぱちくりさせた。
……え、何なのその観察力。
騎士団長のポジションにいる団長たちならまだしも、ファビアンまで。
私の周りの騎士たちが有能すぎて、ちょっと嫌なんだけど。
実際に嫌そうな顔をしてファビアンを見つめてみたのに、ファビアンは気にした風もなく言葉を続けた。
「そういえば、シリル団長は近々、サヴィス王弟殿下の名代でサザランド公領を訪問されるらしいね」
「え…………?」
……今、サザランドって言った?
サザランドって、今度シリル団長と一緒に訪問する土地だよね?
あれ、シリル団長はプライベート旅行みたいな言い方だったけど、公式行事ってこと?
しかも、王弟殿下の名代って……?
「ファ、ファビアン、騎士団総長ではなく、王弟殿下の名代って言った?」
王弟殿下の名代だとしたら、騎士団業務ではなく、国としての公式行事として執り行われるということだ。
そこに名代として出席するならば、シリル団長の領地訪問は国を挙げての重要行事じゃないか!
驚きすぎてしどろもどろになって尋ねると、ファビアンはこともなげに肯定した。
「そうだね。あの地は10年前に戦場になった。『サザランドの嘆き』と呼ばれる内乱だ。それ以降は毎年、王族が追悼のためにあの地を訪問されているんだよ」
「こ、公式行事って、聞いていないんだけど! 名代を立てられるということは、今回、サヴィス総長はお忙しいから訪問できないってことかしら。で、でも、総長……違った、王弟殿下の名代をシリル団長が務められるなんて凄いのね。ひ、筆頭騎士団長の権限って、果てしないわね」
「いや、今回のシリル団長の立場は、王位継承権を持ったサザランド公……」
「フィーア」
ファビアンの声を遮るように名前が呼ばれた。
振り返るとサヴィス総長が立っていた。
まぁ、今朝は次々に知り合いに会う日だとは思っていたけれど、とうとう総長様まで現れましたよ。
SSランクの要人遭遇! ですね。
ファビアンと一緒に体ごと総長に向き直り、騎士の礼をとる。
サヴィス総長は大きな歩幅で近付いてくると、私を見下ろした。
「フィーア、シリルとともにサザランドを訪れるらしいな。……少し話があるから、後でシリルとオレのところにこい」
まぁ、騎士団総長から直々にお呼び出しなんて、ただ事ではありませんよ。
……シリル団長、これではっきりしました!
サザランド訪問は、シリル団長がイメージさせたような気楽なものでは、全くありませんね!!









