【SIDE】第六騎士団長ザカリー 下
オレはため息を一つ吐くことで、胸の内に溜まっていた不甲斐ない自分に対する苛立ちを吐き出した。
そして、これからのことに気持ちを切り替える。
振り返ると、黒竜探索の際に分けられた隊毎に昼食を取っている騎士たちが目に入った。
騎士たちを見ながら「どうしたものか……」と思わず声が漏れる。
黒竜探索に参加した騎士は3隊に分けていたが、それぞれの隊でフィーアに関する認識と理解に差異がある。
今後のフィーアに何事かが起こった際に多くの者が対応できるよう全員で情報を共有するべきか、あるいは問題の重篤さを考慮してできるだけ少ない人数で情報を秘匿するべきか……
二択の選択肢の間で揺れ動きながら、隣に立っているクェンティンをちらりと見やる。
……現時点では、正しい判断をするための情報が少なすぎる。
まずは、できるだけ多くの情報を集めるところからだな。
「クェンティン、お前に聞きたいことがある。ちょっと来い」
クェンティンを騎士たちから離れた木立の中に誘導すると、物事を問い詰める時の癖で、至近距離から顔を覗き込んだ。
「クェンティン、今朝オレが今回の探索における黒竜との遭遇率を尋ねた時、お前は10割だと答えたな。お前、……前からフィーアの従魔は黒竜だと知っていただろう?」
「いかにも」
落ち着き払ったクェンティンの回答に、怒りを触発される。
「いかにもじゃねぇだろ! お前、何でそんな重大なことを黙っているんだ!?」
「フィーア様の従魔が黒竜王様だという決定的な一言は、フィーア様からも黒竜王様からも聞いていないからだ。……つまり、フィーア様が表明されていない事実をオレがべらべらしゃべることは、間違いだということだ」
「いや、間違っているとかそういう問題じゃねぇから! 黒竜だぞ!? 黒竜を従魔にするってことがどれだけすごいことかはお前が一番分かっているだろう! なぜ、そんな状態のフィーアを放っておく!」
「それは、オレが一番魔物について詳しいからだ。ザカリー、従魔の証の幅が、魔物を調伏するまでの時間と比例することはお前も知っているだろう?」
言いながらクェンティンは自身の袖を捲り上げ出した。
クェンティンの服の下からは、手首から二の腕までぐるぐると巻き付いた蛇のように斜めに続いているうろこ状の従魔の証がのぞいていた。
「見ろ、Aランクのグリフォンを従えさせた時のオレの従魔の証だ。調伏させるのに時間が掛かったからこの証は肩まで続いているし、グリフォンが抵抗したから証は一本の線にはならず、ところどころで途切れている。これが、普通だ。……が、フィーア様は全然違う。SSランクの黒竜王様を従えるのに、従魔の証の幅は1ミリだし、全く途切れがない1本の線になっている。たった1周で完結する幅1ミリの、最短で完全なる従魔の証。……最強の魔物である黒竜王様が、まばたきほどの時間で完全調伏されたということだ」
「……なるほど」
頷くオレに対して、クェンティンは否定するかのように首を左右に振った。
「いや、ザカリー、お前は分かっていない。……完全調伏した魔物は、契約者の感情を読み取れるとのことだ。つまり、契約者からの命令などなくても、従魔が契約者の希望を自ら忖度し、先回りして契約者の希望を実現させる。……いいか? 一度もご自分の従魔が黒竜王様だと明言されていないフィーア様の了承なしに、フィーア様の従魔は黒竜王様だと暴露してみろ。一瞬で黒竜王様に忖度されて、話をした者も話を聞いた者も全員まとめて肉塊だ! 少なくとも、その恐れがある」
「………………」
クェンティンの言いたいことが分かってくると、ぞくりとした感触が背中を這った。
クェンティンはそんなオレを見て頷くと、先を続けた。
「オレはフィーア様から黒竜王様を従魔にした時の話を伺った。大怪我をして幼体化していた黒竜王様を、フィーア様が回復薬を飲ませることで治癒したとのことだ。……正直言って、疑問しか残らない。自己治癒能力が最大限に高い古代竜種が治せない怪我を、外部からの働きかけで治すなんてこと、どんなに考えても不可能だ」
その時のことを想像しているのか、クェンティンは髪をかき上げながら虚空を見つめた。
「が、フィーア様が偽りを口にされる必要はないから、事実なのだろう。ただ、間違いなく、フィーア様は話の中核を省略されている。だから、全体像がオレには掴めていない。掴めないが、本人が話すつもりがないことをオレからは決して尋ねられない。少しでもフィーア様のご希望ではないと黒竜王様が判断されたら、その瞬間にオレは肉塊だからな」
「恐ろしい話だな……」
想像もしていなかった話を聞かされ、思わず呟く。
「……いいか? ここで、恐ろしいのは、黒竜王様が判断されたらというところだ。事実として、フィーア様の意に沿ったか沿わないかは問題ではないのだ。意に沿わなかったのでは、と黒竜王様が判断された時点でアウトだ」
「……フィーアは、なんちゅうものを飼っているんだ」
クェンティンの話を理解したオレは、思わずそう口に出した。
……フィーアの奴、いくら怪我をしていたからといって、黒竜を簡単に拾うもんじゃねぇだろ。
簡単に拾えるものでもないのだろうが。
脱力するオレに対して、クェンティンは高揚したように続ける。
「もちろん、伝説級の古代種、黒竜王様だ! いいか、黒竜王様は離れていてもフィーア様の感情を読み取れるらしいから、下手なことはするなよ?」
「……八方塞がりじゃあないか」
クェンティンからの追加情報を受け取ると、さらに出口が見えなくなる。
がくりとうなだれるオレをクェンティンは憐れむように見つめてくると、何かを思い出したように言葉を追加してきた。
「ザカリー、お前はフィーア様に対してもう少し慎重であるべきだ。先ほどだってそうだ。お前がフィーア様に不用意な質問をしたおかげで、フィーア様は発作的な苦しみに襲われていた。あの時、フィーア様が咄嗟にお前を恨んでいたら、黒竜王様が空間を切り裂いて現れ、お前を肉塊に変えていたはずだ」
「………お前! そういえばあの時、突然オレらと距離を取ったよな! フィーアを落ち着かせるために、お前の気配で邪魔しないよう離れたのかと思ったが! お前、黒竜が襲ってきた時に巻き込まれねぇように離れたな!」
「役割分担だ。お前が肉塊になった時に、誰かがこの一連の話を報告しないといけないだろう。お前がその役割を全うできないならば、オレしかいない」
「お前の言うことは、間違っていねぇ。間違っていねぇが、……なんでお前を殴りたい気持ちになるんだろう?」
「それはお前が狭量だからだ」
「ははは、お前はもう黙っとけ。殺意が積み重なるだけだから」
クェンティンを殴りたい衝動を抑えるため、は――っと深く息を吐くと、腕を組んで近くの木にもたれかかった。
クェンティンはそんなオレを見つめると、真顔のまま言葉を続ける。
「だから、事は慎重の上に慎重を期することを要する。オレらが総長に今回の一件を余すことなくご報告したとして、その報告がフィーア様の意に沿わないものだと判断されたら、黒竜王様のターゲットには総長も含まれることになるからな」
「………………」
……マジで出口が見えねぇ話だな。
「だが、恐れ多くもありがたいことに、黒竜王様はご自身の角を残していかれた」
「……それがどうした?」
「あんな他には存在しない物質で剣など作ったら、目立って仕方がない。そうして、黒竜王様から角をへし折ることなんてことはほぼ不可能だから、誰だって黒竜王様が自ら角を我々に差し出したと分かる。つまり、黒竜王様が角を与えられたことは、我々の味方についているということを明示してもよいというお許しだと考える。だから、……必要最小限の人数ならば、黒竜王様がフィーア様の従魔であることを伝えてもよい……のではないかと考える」
「確信はどのくらいだ?」
「せいぜい3割だな」
「お前、……黒竜遭遇率発言の時の強気はどうした?」
「事は総長を始め騎士たちの命の問題だ。希望的観測で語れる話ではない」
「お前は……、フィーアから離れるとまっとうに頭が働きだすんだな」
発した声は意図せぬところで、呆れたような響きを帯びた。
「黒竜王様はフィーア様を非常に大事に思われている。だから、フィーア様のお許しなく何かを口外したとしても、それが結果としてフィーア様のためになるならば、黒竜王様はお許しになるはずだ」
「フィーアのためねぇ……あいつ、黒竜がバックについているなら、既に最強じゃねぇか? オレらができることなんてあるのか?」
オレは首元を手で撫でながら、思わず独り言ちた。
「それ以上に、フィーアはすげぇ危険人物だ。お前の話を聞く限り、今やフィーアと黒竜は同義ということだ。あいつをこれまで通りに野に放っていいものか……」
「問題ない。フィーア様は慈愛の方だ」
「ああ?」
突然突拍子もないことを言い出したクェンティンに、思わず視線をやる。
「人間の感情は揺れ動く。一つの言動に対して、瞬間的に物凄い怒りや殺意が湧いたりするものだ、……普通は。もちろん、しばらくするとその感情は収まるが、魔物にはその心の動きは理解できないだろう。何故なら、魔物は嫌いだと思ったら、我慢せずにその場で殺すからな」
「まぁ、そうだな。魔物にとったら自己の感情と力が全てだからな」
話の帰着点が見えないながらも、クェンティンに相槌を打つ。
「だから、黒竜王様が人間の感情は揺れ動くものだと学習されるまで、フィーア様が怒りを覚える度に幾人もの人間が肉塊に変えられていても不思議じゃあなかった。しかし、今まで誰一人として黒竜王様に肉塊に変えられた者はいない。……多分、フィーア様は誰かを深く嫌ったり、恨んだりはなさらないのだろうな。うちのギディオンがフィーア様に対して相当失礼な対応をした際にも、黒竜王様は子供じみた嫌がらせで返されたらしい。きっと、フィーア様の感情が嫌がらせレベルの怒りだったのだろう」
「……まぁ、確かにフィーアは他人を恨んだり憎んだりするタイプには見えねぇな」
「そう簡単に人間は変容しない。フィーア様が今のままなら、何の問題もないだろう。それに、力のある者を力があるという理由だけで隔離しなければならないならば、お前もオレも、総長やシリルだってそうだ。お前がその気になったら、騎士の100人くらい殲滅できるだろう?」
「………………」
「だが、お前が変容すれば騎士が皆殺しにされるからという理由でオレはお前を危険人物として扱おうとは思わない」
「ありがてー話だな」
我ながら感情が乗ってない声だなと思いながら返事をすると、ふとフィーアの家族が気になり出す。
「……あいつ、末娘だったよな。よっぽど家族に大事に育てられたんじゃねぇのか? 皆に大事にされて育ったから悪意を知らず、疑ったり嫌ったりすることがないんだろうよ」
思いついたことを口にすると、クェンティンも同意してきた。
「その可能性は高いな。フィーア様は天真爛漫だ。きっと、家族どころか領内の誰からも愛されて、自由に育ったのだろう」
オレは背中を預けていた木から身を起こすと、クェンティンを伴って騎士たちの元に戻った。
歩きながら腹が決まる。
……今回の情報は、積極的に広げる話ではねぇな。
対応の方向が決まったオレは、その足で各隊を回った。
隊毎に聞き取りを行い事柄を整理するとともに、情報は隊の騎士内のみで留めておくよう指示をする。
それからオレは、クェンティンとギディオンを伴うと総長の元に向かった。
実に表面的な報告をするために。
総長へは黒竜と遭遇したがとても隷属させられるような大きさじゃなかったこと、霊峰黒嶽の石を投げたことで黒竜はねぐらに帰って行ったことのみを報告した。
時期が来れば追加でご報告申し上げると付け加えると、総長は何かを感じ取られたようで「ご苦労だった」との労いの言葉とともにオレらを解放してくれた。
……そう。なにも馬鹿正直に全てを報告することが総長のためになるとは限らねぇ。
報告を受け取ることで総長が黒竜に狙われるかもしれないというリスクを負われるならば、情報を取捨選択して報告することがオレの責務だ。
リスクは……血気盛んなシリル第一騎士団長様と、全てを知っておく立場のデズモンド憲兵司令官殿に背負ってもらおう。
この2人に全ての情報を開示し、しばらく待っても黒竜が手出しをしてこないというのならば、黒竜が公開を許容した情報だと見做せるだろう。
そうなった時に初めて総長へご報告だ。
オレはクェンティン、ギディオンとともに、シリルとデズモンドを待たせている会議室へ向かった。
―――結果だけみると、シリル、デズモンドともに事柄を了承した。
了承はしたが、……控えめに言っても、報告の場は紛糾し大荒れに荒れた。
だが、シリル、クェンティン、ギディオンと、ことフィーアに関する限り異常行動を起こす病持ちが3人もいたのだから仕方のないことだと納得する。
……つもりでいたのだが、やはり、飲み込めないものが残っていたのだろう。
その夜、騎士たちが倒したフラワーホーンディアの肉で再度肉祭りが開かれたが、少々飲みすぎたことは自覚している。
が、酒の影響を受けないシリルとクェンティンが常にない姿を晒していたので、オレの醜態は許容範囲だろう。
フィーアは楽しそうに笑っていたし、肉が旨いと膨らんでいく腹を気にせずにどんどん食べていたから……結果、悪くない一日だったのだろう。
……ああ、実際に一日を思い返してみても、あれだけのことが起こったのに誰一人死人がでなかったなんて重畳だ。
結局、フィーアは第四魔物騎士団へ派遣された目的を全く果たさないまま第一騎士団へ戻ることになった。
傍から見たら、フィーアは第四魔物騎士団に数日間滞在しながら全く役割を果たしておらず、ただ遊んでいたように見えるだろう。そのことを快く思わない騎士たちがフィーアへ辛く当たらないだろうかと心配になる。
……しばらくは、フィーアを気に掛ける必要があるな。
ただ、オレがフィーアを気に掛けるという行為自体が特別扱いに見做され、更なるフィーアへの不満に繋がるかもしれないという恐れがあるのだが……
同僚たちからの不満を解消する意味でも、あと数日フィーアを第四魔物騎士団に置いておいて職務を全うさせろと助言したのだが、シリルが聞く耳を持たなかった。
駄目だな、今のシリルは雛鳥を守ろうとする母鳥そのものだ。
シリル第一騎士団長様の独断で、フィーアは明日からしばらくシリル同行業務だ……
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