【SIDE】第六騎士団長ザカリー 中
【御礼】6/15発売の書籍をお手に取っていただいた方、ありがとうございました。感想もいただきまして、とても嬉しいです。
おかげさまで、「重版出来です!」(←すいません、言ってみたかっただけです)
改めまして、どうもありがとうございました。
3度目に会った時、フィーアはクェンティンと一緒だった。
フィーアはやけに取り澄ましており、先日の宴席とは異なった他人行儀な笑みを張り付けてきた。
……やはりあの3歳児並みの腹を披露したことを恥じて、なかったことにしたいのだろう。
オレは先日の決意を思い出し、騎士としてフィーアの腹のことは忘れると改めて自分に誓った。
フィーアと連れ立っていたクェンティンについては、長期遠征の影響で脳に不調をきたしているとシリルが心配していたが、全くその通りだった。
身だしなみに問題を感じたことがないクェンティンが、びしょびしょに濡れた状態で御前会議に現れたのだから、通常通りであるはずがない。
驚いてどうしたのかと尋ねると、フィーア様から口に含んでいた水を吹きかけられたと真顔で答えられた。
濡れたなら、なぜ拭わない?
新人騎士であるフィーアになぜ敬語を使い、あまつさえ様付けで呼ぶ?
不審に思って遠巻きに眺めていると、フィーアから言葉選びのセンスが最悪だと罵られたクェンティンは必死になってフィーアに取りすがっていた。
気持ちが悪くて、背筋がぞくぞくする。
……やべぇ、クェンティンが本格的におかしな嗜好に目覚めてしまったように見える。
人間ってのは、こんなに突然おかしな癖に目覚めるものなのか?
クェンティンは孤高の存在だった。
一人でいることを好み一人でいることが多いが、必要に応じてきちんと部下を統制できる立派な騎士団長だった。
口数は少ないが、必要な忠告や助言はきちんと差し挟むことができる有能な騎士だったのに。
それがわずか半年ほど見なかった間に、こんな風になってしまうとは。
シリルが言うように原因は全て長期遠征の疲労で、時間とともに治ることをただ俺は願った。
御前会議の場に総長が入室してきたことで一通りの収まりをみたかと思い安心したが、今度はシリルとクェンティンでフィーアを取り合いだした。
……これは、増殖する病なのか?
シリルは筆頭公爵家の当主であり筆頭騎士団長でもあるため、現状把握能力が突き抜けて高い。
どんな場面でも自己の感情は二の次にし、他人の感情を上手く制御して自分に有利になるよう誘導する……はずだったのだが、今までは。
シリル、お前までどうしちまったんだ?
混乱した場を収めるつもりで、「オレのところにこい」とフィーアに言うと、シリルとクェンティンの二人が凄い速さでオレを振り返り睨んできた。
やべぇ、二人とも重症だ。
けれど、最も重症なのはフィーアかもしれない。
シリル、クェンティン、オレの3択から一人を選ぶ場面だったのにも拘わらず、なぜだか初対面のクラリッサ第五騎士団長を選択した。
なぜだ? オレにはさっぱりフィーアの思考が読めねぇ。
……フィーアの思考回路が全く理解できずに苦悩しているオレを尻目に、フィーアはクラリッサの後ろについてご機嫌だった。
幸せな奴だ。ああいう奴は、いつだって、どんな場面だって、一人だけ幸せなのだ。
そして、その分周りが苦労する。
オレは少しだけシリルに同情した。
その後、オレは少々小生意気な印象があるクェンティンのところの副官、ギディオンまでもがフィーアに陥落しているところを目撃した。
常に斜めに構えていたようなギディオンが自分の半分程の背丈しかないフィーアの足元に跪いて、何かを乞うている。
うわ、マジで気味が悪くなってきた。
あれは本当にギディオンなのか? 別人じゃないのか?
けれど、声を掛けたオレに対する対応は通常通りで、本人であることに疑問の余地はなくなる。
フィーアにかかわる者が次々に異常行動を取りだすことに気味の悪さを感じたものの、その日は黒竜探索という一大事を控えていたため、それ以上深く考えることは止めて気持ちを切り替えた。
そして、それは正解だったと後になって思う。
なぜならその日経験した出来事は、それまでの全てを吹っ飛ばすような大事件だったのだから、今までの悩み事は些末事のレベルに下がってしまった。些末事に時間を掛けるのは無駄だろう。
大事件……つまり、黒竜と遭遇したフィーアの行動は常軌を逸していた。
初めから終わりまで。
まず、夢緑やフラワーホーンディアの討伐における数々の助言。
百歩譲ってクェンティンとフィーアが主張したように黒竜からアドバイスを受けてそのまま口に出していたとしても、フィーアは落ち着き払いすぎていた。
あれだけの凶悪な魔物を目にしたら、慌てふためいて平静を失うのが普通だ。
それなのに、ここぞというタイミングで次々に的確な指示を出す。
あの完璧な指示全てが黒竜の傀儡として動いていた結果だとしたら、それはそれですげぇ話だ。
それから従魔の統率。
クェンティンもフィーアも黒竜の力だと証言したが、指示を受け入れる際に従魔たちが見つめていたのは、黒竜ではなくフィーアだった。
間違いようがねぇ。従魔たちの指揮官はフィーアだ。
だが、オレが気付くくらいの話だ。魔物騎士団長であるクェンティンは、当然気付いていたはずだ。
なぜ、クェンティンは黒竜の力だとあえてミスリードしたのか。
……これは後で問い詰めないといけねぇな。
さらに、フィーアに一直線に向かってきた青竜たち。
オレは、いつぞやのシリルご立腹のフィーア指揮問題を思い出していた。
そもそもあの問題は、現場にいた指揮官がフラワーホーンディアにふき飛ばされて前後不覚に陥り、指揮する者がいなくなったことが発端だった。
Bランクのフラワーホーンディアですらその場の指揮官を一瞬で見分け、かく乱するために真っ先に指揮官を襲ってくる。
フラワーホーンディア以上の知能を持つSランクの青竜が、なぜオレやクェンティンではなくフィーアを初めに狙ったのか?
答えは一つだ。
あの場で最も価値がある存在が、フィーアだったということだ。
フィーアのどこに価値があるのか、オレには分からねぇ。
分からねぇが、少なくとも青竜はフィーアに価値を見出していた。
あのわずかな時間で見いだせる程、圧倒的な何らかの価値がフィーアにあるということだ。
そして、フィーアのことを、身を挺して庇った黒竜。
大陸における三大魔獣の一角であり、伝説の古代種である黒竜が完全にフィーアに隷属していた。
黒竜の圧倒的な強大さを見せつけられた後では、フィーアがどうやって従魔の契約を結んだのかは想像もつかないが、事実としてあの絶対的な黒き王はフィーアに盲従していた。
フィーアを庇い、フィーアのために戦い、フィーアのために自らの角を落としてみせた。
特に最後の角を落とした行動は、隷属を超えていたと思う。
フィーアの背後には自分がいるのだと強烈に印象付ける威嚇行動。
フィーア、……お前はどれだけ黒竜に執着されているんだ。
オレは自然と深いため息をつくと、なぜこうも一度に問題が積み重なるのだと胸の内で悪態をついた。
だが……腹立たしさだとか不満だとか色んな感情が胸の内を吹き荒れていったが、最後に残ったのはフィーアへの感謝だった。
フィーアは何かを隠している。
そして、フィーアがこれまで起こしてきた一連の不可思議な行動は全て、その隠匿したものに紐付いているに違いない。
―――が、結局フィーアは善人なのだ。
その秘匿したモノはフィーアにとって重要なのだろうが、秤にかけた時フィーアは必ず、秘密を守ることではなく騎士の安全を優先している。
一生懸命何かを隠しているけれど、騎士たちの安全が侵されると、全てを捨てて救いに行く。
結果、騎士たちの命は一つも落とすことなく全て拾われたのだ。
これがどれほどありがたいことかは、死と対面したことがある者しか分からないだろう。
「……けどなぁ」
フィーアに恩義を感じながらも、思わずといったように声が出た。
「あんなずさんな隠匿じゃあ、フィーアが隠そうとしている秘密なんて、すぐにでも白日の下に晒されるんじゃあねぇのか?」
そもそもフィーアは秘匿する際の気概が足りねぇ。
何かを本気で隠したいと思ったら、死人が出ようと大事なものを失おうと、全てを切り捨ててでも隠し通さないといけない。
そこまでできないというのならば、どうせ隠蔽なんて成功しないのだから、はなから諦めるのが正解だ。
フィーアのからくりは不明だが、重大な問題を種明かしすると、非常に単純だったということは多々ある。
多分、フィーアの隠匿しようとしていること、不可思議な行動の原因は、単純なんだろう。
そして、本人以外の人間からしたら、さほど重要ではないのかもしれない。
本人にしたら大事な秘密だが、他の人間が聞いてみたら大した事はなかったという事例は、往々にしてあるのだから。
そう助言したいのだが、先ほどフィーアが陥ったショック症状を見ると簡単に話せとは言えなくなる。
多分、フィーアはオレらに秘密を告白すべきかどうかを逡巡し……その結果、倒れ込むほどの不調をきたしたのだろうから。
フィーアにとっては、告白してみようかと考えるだけでショック症状を引き起こす程の問題なのだろう。
そして、迷った末、それを話せないと言った。
―――話す相手としてオレは信頼が足りてないから。
その時の情景を思い返したオレは、自分の不甲斐なさにぎりりと唇を噛みしめた。
フィーアは全身から汗をふき出させながら、呼吸をすることも難しいといった態で地面に倒れこんでいた。
目を瞑ったまま苦し気な呼吸を繰り返し、やっと口がきけるようになった途端、何も話せないと言い切った。
睨むように見つめてきた、フィーアの視線の厳しさが思い出される。
―――あの目は、何かを守ろうとしている目だ。
フィーアのこれまでの行動を鑑みると、守ろうとしているのはフィーア以外の誰かだろう。
そして、その守ろうとしている誰かには、心底情けないことに、きっとオレも含まれているはずだ……
フィーアは隠している何らかの力をさらけ出してまで、騎士たちを―――オレを救うことを優先した。
それなのに救われたオレ自身は、フィーアが心配事を吐き出せないほど頼りない。
あまつさえ、フィーアはオレを守るつもりでいるなんて……
オレは肺の奥深くから、深いため息を吐いた。組んだ腕に力がこもる。
……騎士団長が聞いて呆れるな。
新人騎士一人を守ることも、悩みを打ち明けられることもできないなんて。
だから……
―――オレは、もっと強くならなければならない。
誠実で、理解のある騎士にならなければならない。
フィーアがオレを必要としたときに、今度こそきちんと頼られることができるように。
次に強大な魔物と遭遇した時に、せめてフィーアの盾となれるように。
―――それが、騎士団長を名乗る者の務めだ……









