【SIDE】第六騎士団長ザカリー 上
本日、書籍が発売になりました。どうぞよろしくお願いします。
幾つかの店舗で特典SSを付けていただいたのですが、既に売り切れている店舗があるとのことで、楽しみにしていただいた方ごめんなさい。
第六騎士団長であるオレ、ザカリー・タウンゼントがフィーアを初めて見たのは、騎士団の入団式だった。
例年通り入団式が進行する中、突然サヴィス総長の模範試合参加が告げられ、驚いて司会席を振り返ったのを覚えている。
咄嗟に司会が言い間違えたのかと思ったが、真っ青な顔でこちらを見つめている司会を見た時に、ああ、間違いじゃねぇな、総長が仕掛けたなと気付いた。
総長は規範を原理として動く大人のように見えて、茶目っ気を起こす場面が多々ある。
しかし、進み出てきた小さな少女騎士を見た時、総長の茶目っ気がおかしな方向に作用したなと首を傾げずにはいられなかった。
……総長はこの少女騎士を相手に、何を確認する気だ?
総長が相手じゃあ一撃ももたないだろうし、そもそも足が竦んでろくに動くこともできないんじゃねぇか?
案の定、少女騎士は右手と右足を同時に出すという奇妙な歩き方を披露し出した。
部下の騎士たちが披露したならば笑いを誘うところだが、総長を相手にした少女騎士が相手だと憐れみが湧いてくる。
同情を込めて見ていると、「氷の騎士」と名高いアルディオとその弟レオンが少女騎士の元に駆け寄ってきて、何やら話をし出した。
……ああ、あれはドルフのところの娘か。
第十四騎士団副団長のドルフは騎士団に3人の子どもがいる。
ということは、あれが4番目か?
ドルフの娘にしては小さいし細い。残念ながら、体格には恵まれなかったようだ。
騎士家出身ならば多少の剣の腕はあるのかもしれないが、……あの体格では総長相手に一撃ももたないだろう。
総長にお相手いただくなんて一生に一度のことだろうし、いい記念くらいに思ってくれればいいんだが。
そう思いながら見ていると、少女騎士―――フィーア・ルードは名乗りを上げ、総長へ向かって走り出した。
……ほぉ、足が竦まないだけでも大したもんだ。
感心していると、総長の5メートル程手前で突然フィーアの速度が上がった。
尋常じゃない速度で抜刀すると、総長に切りかかる。
ごきんと鈍い音がして、受け止めた総長の全身に力が入ったのが見て取れた。
―――なんだ、あの剣は?
ものすごく重い剣だぞ、あれは。
驚いて見ていると、フィーアは次々に総長に打ち込んできた。
どんどん速度がのって、一撃一撃の音が時間とともに重みを増していく。
だが、真に注目すべきはフィーアが総長の片側だけに集中して攻撃をしていることだった。
―――なんだ、何を狙っている?
フィーアの狙いが分からず睨みつけるように戦いを観戦していると、それは不意にフィーアの剣が弾き飛ばされたことで終わった。
総長の勝利に騎士たちは歓声を上げたが、オレは悔し気に唇を噛みしめている総長に視線が吸い寄せられた。
……なんてことだろう。サヴィス総長が負けた気になっておられる。
果たして総長は、試合の無効を宣言された。
その後、フィーアが使用していた剣が物凄い効果を付与された魔剣であることが判明したが、それ以上に問題となったのは、なぜフィーアが総長の片側にだけ攻撃をしたのかということだった。
総長に問い詰められたフィーアは、総長の動作から足の怪我を見抜き、弱い左側に攻撃をしたと告白した。
―――すげぇ新人がいたもんだ。
オレは信じられない思いで小さく頭を振ると、改めてフィーア・ルードを眺めた。
総長が会場に入られてから、わずかな時間しか経過していない。
このわずかな時間で、フィーアは誰も気づかない総長の古い怪我を看破したというのか?
いくら魔剣を所持していたとはいえ、あれほど圧倒的な強さを醸し出している総長を相手に、竦むことなく向かっていくことができたというのか?
直前に看破した総長の怪我を考慮し、攻撃に取り入れることができたというのか? この短い時間で?
―――ありえねぇ話だ。
だが、最もあり得なかったのは、弱点を狙って攻撃したフィーアが、総長に対し「騎士道精神です」と胡散臭い真顔でうそぶいたことだった。
……こいつ、総長相手に嘘をつくなんて。
すげぇな、鋼の心臓をしているぞ。
その日、総長がフィーア・ルードの名を覚えたと宣言されたが、オレにもその名は深く刻み込まれた。
◇◇◇
次にフィーアと会ったのは、宴席だった。
その日はオレが団長を務める第六騎士団の騎士たちが魔物討伐に出かけた日で、成果として持ち帰った魔物の肉で肉祭りをしようと無礼講の宴席が設けられた。
しかし、宴席が始まるよりも前に、シリル第一騎士団長から呼び出されることになる。
確かにその日は訓練として第一騎士団の新人を2名同行させていたが、何か問題でも発生したのだろうか?
生憎とオレは別件で宴席の時間ぎりぎりまで外出していたので、部下からの報告を聞く時間がなく、状況が把握できないままに呼びに来た第一騎士団の騎士とともに食堂へ向かう。
食堂に着くと、部屋の一部を区切って作られた個室に通された。
ぐるりと周りを見渡すと、本日討伐に出かけた第六騎士団の騎士たちが起立しており、対面する形で不穏な笑みを浮かべたシリルと表情を読ませないサヴィス総長がいた。
……ただ事ではないな。はっきり言うと、厄介ごとだな。
我が団の騎士たちの表情を見ながら、オレは総長とシリルの前まで歩を進める。
シリルは硬質な笑みを浮かべると、オレを正面から見つめてきた。
「お呼びたてして申し訳ありません。本日は、騎士たちが魔物討伐で素晴らしい成果を上げたので、その雄姿を称賛する意図で集まっていただいたのですよ」
……嘘だな。
オレはシリルの硬い微笑を見ながら、部下たちをぐるりと眺めた。
……お前ら、何をやった? 筆頭騎士団長様は、これ以上はないというくらいご立腹だぞ?
答えを聞く前に、入口から2人の騎士が入ってきた。そのうちの一人はフィーアだった。
……なるほど。本日我が団の魔物討伐に同行した新人騎士の一人がフィーアだったのか。
シリルはフィーアを含めたその場にいる騎士全員を椅子に座らせた。
そうして、座った騎士たちを見下ろすような位置に立つので、オレも黙って近くに立つ。
総長は少し後ろに控えられたので、どうやら成り行きを見守られるようだった。
総長が同席なされるなんて、いよいよもってただ事ではない。
オレは腕を組んで騎士たちに向き直ると、成り行きを見守ることにした。
シリルの話はこうだった。
本日の討伐に深淵に棲む魔物が出現した。
それなのに、誰一人死者を出すことなく魔物を追い詰めていった手腕は素晴らしい、褒め称えよう。
―――――が。
シリルが偶然居合わせた時、魔物討伐を指揮していたのは経験豊富な第六騎士団の騎士たちではなく、第一騎士団の新人騎士であるフィーアだった。なぜか。何を考えているのか。
シリルは尖った氷のような声音と魔王もかくやというほどの凍り付いた微笑みで、部下たちを追い詰めてくる。
シリルが最大級の怒りを覚えているのは、誰の目にも明らかだった。
オレは自分を落ち着かせるために一瞬目を瞑ると小さく息を吐いた。
そうして目を開くと、睨みつけるように部下たちを眺めた。
……お前らは、何をやっているんだ?
しかし、賢明な部下たちは沈黙を守り、揃って口を開かないものだから、情報不足で口の差し挟みようがない。
唯一口を開いたのは、シリルに名指しされたフィーアだった。
状況を把握しようと真剣に話を聞いていたはずのオレだが、フィーアが言っている内容は全く理解できなかった。
なぜならフィーアは、深淵に棲む初見の魔物の討伐指揮を、図鑑の知識と夢で見た経験だけで行ったと言い出したのだから。
―――そんなこと、できるはずがない。
初見でもありその森の固有種でもある魔物相手に、冷静に沈着に魔物の動きを観察しながら、明らかに不足している戦力で、一手も間違えることなく追い詰めていく?
―――絶対的に無理な話だ。そんなに簡単ならば、どいつもこいつもあっという間に有能な指揮官に成り上がり、森の魔物はとっくの昔に殲滅されているはずだ。
フィーアのあまりの発言に驚き呆れているオレを尻目に、続けてフィーアは、魔物と対峙していた時間―――つまり、わずかな時間で初見の魔物の特性を見抜き、相対した個体の生命力と残存生命力を量ったとのたまった。
フィーアは生命力の量り方を説明していたが、……ははは、あんなやり方、幾百、幾千、幾万の魔物を討伐しないと身につかないはずだ。無理だろ、これ。
何だ、この新人騎士は。
騎士の中に、一人だけ異質なモノが混じっているぞ。
けれど、最もオレを震撼させたのは、フィーアがシリルに噛みついたことだ。
シリルが魔王のような笑顔で騎士たちを脅迫する中、当然の帰結として誰もが血の気を失い、暗鬱たる気分で下を向いているというのに、フィーアはしっかりと顔を上げるとシリルを見つめ、自分の手は美味しい肉と酒を掴むためにあると言い切ったのだ。
……こいつ、すげぇな。
総長が臨席する前で、筆頭騎士団長に啖呵を切ったぞ。
フィーアに対して改めて興味が湧いたけれども、―――その夜の記憶の一部は騎士として忘れるべきだと思っている。
フィーアの腹が3歳児並みにぽっこりと膨れていた、という記憶を。
毎日騎士として訓練をしているのに、筋肉がつかないのだと嘆かれた。
どうすればよいのかと問われ、オレは宴席で初めて答えに窮した。
そして、今までの自分を深く反省した。
―――フィーアの言う通りだ。
フォーパックで文句を言うなんて、恵まれた人生だ。世の中にはフィーアの腹のように、どうにもならないことがあるというのに。
その日から、オレは自分の腹筋を嘆くことを止めた。
同時に、正しい騎士道を歩む者として、フィーアの腹の記憶を忘却することにした。









