49 第六騎士団長主催査問会2
6/15発売の書籍に、幾つかの店舗で特典SS(短編)を付けてもらえることになりました。
直前情報で本当にすみません。詳しくは活動報告に記載しています。
また、本ページの一番下に書籍の口絵をアップしました。
ザカリー団長って男前だなーと思いながら、改めて団長を見つめていると、隣からクェンティン団長が言葉を差し挟んできた。
「ザカリー、お前が挙げ連ねたフィーア様の偉業の数々だが、黒竜王様の御力によるものだと推察される」
「黒竜だと……?」
ザカリー団長が訝し気に繰り返す。
「ああ。既にお前も分かっているだろうが、フィーア様が肩に乗せられていた青い鳥型の魔物は黒竜王様の擬態した姿だった。黒竜王様については、千年以上前から書物に記述がある。つまり、黒竜王様は千年分の知識と力を持たれた存在ということだ。魔物の特性を知っていること、遠方の魔物の把握、他騎士隷属の従魔の統制。これらは全て、黒竜王様の御力によるものだろう」
「……そうなのか、フィーア?」
ザカリー団長が尋ねてきたので、私は一つ一つ考えてみる。
「え? えーと……、魔物の特性はもちろんザビ、……黒竜は知っているでしょうね。各小隊が遭遇した魔物の種類と数については、確かに黒竜から教えてもらいました。従魔の統制も……そういえば、黒竜に特殊な威嚇音を出して、手伝ってもらいましたね」
あ、あれ? 実際に、ザビリアにほとんど手伝ってもらっていたのね?
ま、まぁ、どれもこれも聖女本来の業務ではないし。私のできが悪いという話ではない……ですよね?
一気にできの悪い感が出てしまった私は、しょんぼりとザカリー団長を仰ぎ見る。
ザカリー団長はしばらくの間、黙って私を見つめていたけれど、何かを納得したかのように頷いた。
「それがお前の回答なら、オレは受け入れよう」
……え? 何だか、含みのある言い方ですね。
いえいえ、実際にそれが真実ですよ?
聖女である部分を除いたら……ですけど。
聖女の部分……魔物の特性に詳しいのは前世で聖女として多くの魔物を倒した経験によるものだとか、従魔を統制できたのは聖女の血の力によるものだとか、………これは言えないよね。
それとも……ここが、聖女だということを告白するタイミングなのかしら?
そう考えた瞬間、突然全身がぶるぶると震えだした。
一瞬にして動悸が激しくなり、顔から背中から汗が滴り落ち始める。
呼吸をすることすら難しくなり、浅く短くなる。
「フィーア?」
ザカリー団長が私の不調を見て取り、訝し気な声を掛けてきた。
心配されているから安心させないと、……そう思ったけれど全身から力が抜け、上半身から地面に突っ伏してしまう。
倒れたままはくはくと口を開くけれど、苦し気な呼吸音が漏れるだけで声にならない。
――――――ああ、無理だ。
私は地面に伏した形で、前世に思いを巡らせた。
――――――絶対的に力が違う。
ザカリー団長は強い。クェンティン団長も強い。
ザビリアだって物凄く強い。サヴィス総長もシリル団長もどうしようもなく強い。
………………けれど、魔王の右腕は、それを遥かに凌ぐ………………
私が聖女だと分かったら、あの魔人は即座に私を殺しに来るだろう。
もしザカリー団長が、クェンティン団長が、ザビリアが、サヴィス総長が、シリル団長が………私を守ろうとしてくれたら、出来上がるのは騎士たちと黒竜の屍の山だ。
―――――――とても、そんな未来は見ていられない。
私は地面に伏したまま、浅い息を繰り返した。
喉からはひゅーひゅーとおかしな音が漏れ始め、息をすることが難しくなる。
ほとんど呼吸ができない苦しさから、自然と涙がぽろぽろと零れ落ちる。
……苦しい。
けれど、命を絶たれることは、もっと苦しい。
私の代わりに騎士たちやザビリアが命を絶たれるとしたら、もっともっと苦しい。
ザカリー団長は男気を見せてくれたけれど、私はそれに応えられない……
だって、今告白をすることは、騎士たちが犬死にする未来を描くことだから。
勇気と無謀は違う。魔王の右腕は、騎士たちが100回戦っても一度も勝てない相手だ。
なのに、私が告白した瞬間から、ザカリー団長はリスクを負うだろう。
私が聖女だという情報―――それは、魔王の右腕に知られたら致命傷となる情報だから、知っていること自体がリスクとなる。
ザカリー団長は、騎士たちを救いたいと行動した私の選択を認めてくれた。
私が何を話したとしても秘密は守ると、騎士団長の名の元に約束してくれた。
だから…………
……苦しい。
誠意を見せてくれたザカリー団長に、真実を告白できないことが、何一つ誠意を返せないことが、とても苦しい……
私は何を言うこともできず、目から涙がこぼれるにまかせ、ただ苦し気な呼吸を繰り返していた。
「……フィーア」
ザカリー団長の声が上から降ってきたので、目線だけ動かす。
ザカリー団長はそんな私を静かに見下ろすと、倒れ伏していた私を慎重に抱き起こして腕の中に抱え込んだ。
私の頭がザカリー団長の心臓に位置する形で抱き込まれる。
私の喉からは変わらず不自然な音が漏れ続け、息を吸うことも吐くことも難しくなってきた。
意識が朦朧としてきた私に、ザカリー団長が普段よりもゆっくりとした声を掛けてくる。
「フィーア、オレの心臓の音が聞こえるか?」
耳元に意識を集中すると、とくんとくんとザカリー団長の心臓がゆっくりと力強く脈打っているのが分かった。
とても声を出せる気がしなかったので小さく頷くと、ザカリー団長はいつもよりも穏やかな声で続けた。
「いい子だ。オレの鼓動にお前の鼓動を合わせろ。息をゆっくり吸え。そして、もっとゆっくり息を吐け。…………そうだ、お前は上手いな」
ザカリー団長の大きく温かい手が、ゆっくりと私の背中を上から下に撫でる。
私の目から零れ落ちた涙でザカリー団長の騎士服は濡れていったけれど、団長は気にする風もなく落ち着いた声でゆっくりと呼吸を促し続けてくれた。
そのまましばらくザカリー団長の声に合わせて息を吸って吐くことを繰り返していると、呼吸が元に戻ってきた。合わせて震えも収まり、汗が引いていく。
それでもしばらくの間、目を瞑って静かにしていると、混乱していた頭の中が落ち着いてきた。
―――ザカリー団長には不義理をするけれど、仕方がない。
同じ場面が100回巡ってきても、私は同じ選択をするだろう。
前世で……騎士たちは私に繰り返した。
大聖女と騎士では価値が異なると。
騎士は大聖女の盾になるもので、逆はあり得ないと。
けれど、私は一度だってそれを承服しなかった。
騎士であろうと聖女であろうと、その価値に違いはない。
騎士が聖女の盾になるのならば、私も騎士の盾になる。
―――そう言って、私は騎士たちの命を拾ってきたのだ。
騎士たちが私の命を守ってくれたように。
だから……私は聖女であることを告白しない。
それが、ザカリー団長のリスクになる限り。
私は心を決めると、ふうぅと大きくため息をついた。
ザカリー団長は私が落ち着いたのが分かったのか、撫でていた手を止め、私の背中から手を離した。
「フィーア、悪かった。無理をさせたな。話はここまでにしておこう。……水が飲めるようなら、飲んだ方がいい」
言いながら、水の入った器を渡してくれる。
私はちょっとだけ唇を湿らせるつもりで口を付けたけれど、一口飲むと美味しくて、ごくごくと全部飲み干してしまった。
水を飲むと体がすっきりし、元気がでてくる。
私はザカリー団長の胸に手を置くと、顔を仰ぎ見てにこりと微笑んだ。
「ザカリー団長、ありがとうございます。落ち着きましたし、元気がでました」
「………お前の回復力は、驚異的だな」
ザカリー団長はホッとしたように小さく笑うと、小さな子をあやすようにぽんぽんと背中をたたいてきた。
私は小さく笑い返すと、ザカリー団長を正面から見つめてお礼を言った。
「ザカリー団長、私の行動を認めてくれてありがとうございます。私が何を話したとしても秘密を守ると約束してもらえて、嬉しかったです。だけど、……ごめんなさい。これ以上は、何も話せません」
ザカリー団長は私の真意を確かめるかのようにじっと見つめてきた。
ここが踏ん張りどころだと思って睨むように見返していると、しばらくの後、何かを読み取ったのか、ザカリー団長は小さく頷くと「分かった」と呟いた。
そうして、真剣な顔で私を見つめてきた。
「フィーア、オレらがお前に感謝していることは覚えておけ。お前が話したくないと思ったのなら、話さなくていい。……だが、オレはいつだって聞く用意がある。だから、オレが必要になったらいつでも呼べ。―――それが、オレの謝意だ」
ザカリー団長はそこで口をつぐむと、私を立たせる形でザカリー団長の膝から降ろした。
「フィーア、お前は疲れただろうから先に城へ戻っておけ。オレは皆と話があるから同行できねぇが、代わりに騎士を数人お前につける」
皆にするという話を私は聞かなくていいのかなと思ったけれど、体がふらふらなのを自覚し、このまま残っても全く役には立たないなとも思う。
騎士団長が私を不要と判断したのなら、邪魔にならないように城に戻るのが正解だと思いながらも、他の騎士を巻き込んでしまうことに申し訳なさを覚える。
「ええと、私は城に戻りますが、皆さんお忙しいでしょうから一人で大丈夫ですよ?」
「…………あいつらも城に用がある」
一拍置いてザカリー団長は続けたけれど、嘘が下手だなと思う。
……うん、これは完全に私を心配して付けてくれたんですね。
でも、もう元気になったし、もし馬から落ちたりすることを心配しているのなら大丈夫ですよ?
そう思いながらも、好意を無にすることは無粋な気がして黙って受け取ることにする。
帰り支度をしながら馬に荷物を載せていると、見送りに来たザカリー団長が重々しく口を開いた。
「フィーア、今回の件は事が事だけにサヴィス総長にご報告しないわけにはいかない。……だが、報告内容は精査する。お前に、悪いようにはしねぇ」
ザカリー団長の言葉を聞いて、結局のところ私は、ほとんど何も説明しなかったなと改めて思い当たる。
つまり、現時点でのザカリー団長の情報は限られており、その中から情報を整理して総長に報告することは困難を極めるだろう。
それなのに私のことを思いやり、未だ情報が整理されていない状況の中にあってさえ、私を安心させようと声を掛けにきてくれるなんて……
私は思わずはぁ、とため息をついた。
……はぁ、ザカリー団長、あなたは本当に男前ですよ………









