48 第六騎士団長主催査問会1
遅くなってすみません。待っていただいた方、ありがとうございました。
「ザカリーに話をする……? 珍しいな、お前がオレの話を聞きたがるとは」
口火を切ったのは、クェンティン団長だった。
ザカリー団長を不審そうに見つめながら口を開いたクェンティン団長だったけれど、一瞬後には何かの場面を想像したようで、恍惚とした表情に変わる。
「ザカリー、お前も見ただろう! 黒竜王様の神々しいお姿を! 竜体が昇華され、あのようにお美しい古代種へと進化されるなんて!! あのお姿を見てしまったお前はもう、黒竜王様の完膚なきまでの壮麗さに跪くしかないな!! あの完全で完璧な……」
「よし、分かった! お前が、オレの言葉を全く理解していないということが分かったぞ、クェンティン!」
ザカリー団長はよくわからない感動に打ち震えているクェンティン団長を遮ると、私の方を向いた。
「フィーア、だったらお前からだ! オレに話すことがあるだろう?」
「ザカリー団長の聞きたいことは、分かっています! けれど、はっきりと否定します!」
私はザカリー団長を正面から見つめると、大事なことなので強い口調で言い切った。
「ほぅ、あれだけはっきりと関係性を見せつけておいて、無関係だと言い切るのか?」
ザカリー団長はわずかに目を細めると、組んだ腕に力を込めた。
「はっきりとした関係性って何ですか? 完全にザカリー団長の言いがかりじゃないですか!」
「いや、言いがかりじゃねぇだろう。どう見たって、お前と親しげだったじゃねぇか」
「言いがかりですよ! 実際、ザカリー団長が言うところの禿マッチョ教官と私は、親戚でも何でもありませんからね! 全くの他人です!!」
「待て! お前は何の話をしている!」
思わずといったように組んでいた腕を解き、驚いた表情で尋ねてくるザカリー団長に、私は負けてなるものかと勢いをつけて話し続ける。
「もちろん、禿マッチョ教官の話ですよ!! 私の髪をよ―――く見てください! ふっさふさですから!! そうして、私の父親であるドルフもふさふさですから! うちの家系は禿げないんですよ! だから、団長が言う禿マッチョ教官とは親戚でもないし、何の関係もありませんからね!!」
「……………………………………。よし、お前ら二人とも事の重大性を全く理解していないことが、分かったぞ! 二人とも、背筋を正せぇ!!」
ザカリー団長は一瞬絶句したものの、すぐに気を取り直すと大声で叫んだ。
クェンティン団長と私は両手を膝に乗せると、背筋を伸ばしてザカリー団長を見つめた。
けれど、そこで大事なことに気付き、あっと声を上げる。
「どうした? フィーア」
尋ねてくるザカリー団長に、慌てて取りすがる。
「ザ、ザカリー団長! 忘れていましたが、私は異常状態でした!」
「は?」
「錯乱状態ですよ! ザカリー団長が言ったんじゃないですか! 私は錯乱しているって! ……ああ、だから、うら若き15歳の乙女が禿マッチョに間違えられたなんて幻覚を見たんですね!! うわぁ、錯乱状態って、何て恐ろしいんだろう!!」
「いや、待て! そもそもオレはお前を禿マッチョと間違えてはいねぇし、オレの言った錯乱状態はそういうことじゃねぇ! つまり……いや、待て。何でオレだけ一生懸命なんだ? おい、クェンティン、後はお前が説明しろ!」
突然話を引き継がされたクェンティン団長は一瞬顔をしかめたけれど、さすがの騎士団長だけあって何事もなかったかのように話を続ける。
「つまり、跪きたいほど壮麗な黒竜王様を使役するフィーア様のことを、ザカリー団長は天上の女神のように崇め奉りたいと申し上げているようです」
「喝だ!! ……クェンティン、お前どうしたんだ!? それなりに優秀だったはずなのに、どうしてこんな風になってしまったんだ!? 総長が言われていた通りだな! 有能な騎士がフィーアに関わると、とたんにおかしくなるってのは」
電光石火の勢いで、ザカリー団長はクェンティン団長の言葉に物言いを付けたけれど、そのザカリー団長の言葉にこそ、私が反論する。
「ちょ、ザカリー団長! 訂正を求めます! クェンティン団長は出会った最初から今まで、徹頭徹尾おかしかったですよ! ただの一度もおかしくない時なんてありませんでしたから! これは、私のせいではなく、クェンティン団長の元々の資質ですからね?」
「ははは、フィーア様。私がフィーア様だけ他とは異なって見えるように、あなた様には私が他の者とは異なって見えるのですか。これは、非常に光栄ですね」
私の苦情を斜めから受け止めたクェンティン団長は、いつも通り見当違いな返事をしてくる。
「ほら、聞きましたよね、ザカリー団長! クェンティン団長を明らかにおとしめているのに、この前向きな捉え方!! これは、普通じゃないですよね!!」
クェンティン団長と私は2人でザカリー団長に向き直り、互いに自分の正しさを主張したけれど、ザカリー団長はじとりと私たちを見つめたまま、しばらく声を発しなかった。
「……ザ、ザカリー団長?」
心配になって声を掛けると、ザカリー団長は目を瞑る。
「オレは今、お前らの常識レベルを把握しようと鋭意努力中だ。お前らの会話が、オレには全く理解できない。すげぇな、オレの分からない話をこれだけできるとは、……お前らは、マジすげえわ」
「え、そ、そうですか? ザカリー団長に褒められると、嬉しいですね……」
褒められて思わず顔がにやけると、ザカリー団長はかっと目を見開いた。
「よし、オレが悪かった! 今のは、婉曲な嫌味だ!! お前に通じると思ったオレが、間違っていた! フィーア、オレはお前を褒めていない。褒めたように見せかけて、真逆を表現する高等テクニックだ……というか、頼む、こんなことを説明させないでくれ。もう、オレはどうすればいいか分からねぇ!」
頭を抱え込むザカリー団長の肩に手を置くと、慰めるかのようにクェンティン団長が声を掛ける。
「ザカリー、お前は今まで見えるものしか受け入れられない不感症だった。だが、ここで、お前は大きく飛躍するんだ。フィーア様の偉大さを感じろ! そして、受け入れろ! そうしたら、お前もオレのように世界を正しく理解できるようになるぞ!!」
「うるせーよ! 既に、お前が何を言っているか分からねーから!! いいから、お前は黙っていろ!!」
言い争う2人の騎士団長を前に、駄目だなこれは、と私は建設的な提案をすることにした。
「二人ともいい加減にしてください。……こうなったら、ご飯を食べるしかないですね」
「……は?」
言われた意味が理解できないようで、ぱちぱちとまばたきを繰り返すザカリー団長に向かって私はにこりと微笑んだ。
「ザカリー団長もクェンティン団長も空腹で、ちょっとしたことでイライラしているんですよ。ぷふふ、子どもみたいですね。まぁ、待っていてください。私が団長たちのお昼をもらってきてあげますから」
「いや、待て、フィーア……!」
後ろでザカリー団長が叫んでいたけれど、私は聞こえない振りをして食事を取りに行った。
……ふふ、います、います。お腹がすいたら機嫌が悪くなる人って。
まさか、ザカリー団長がそのタイプだったとは思いませんでしたけど。
ザカリー団長って、騎士団長なのに子どもみたいですね。
おかしく思いながらも、一番近くにいたクェンティン隊の騎士たちに近付き、3人分の昼食をもらう。
「ありがとうございます! 準備も手伝わずに、食事だけもらいにきてすみません」
申し訳ない気持ちで謝罪をすると、なぜだか恐る恐るという感じで私をちらちらと見ていた騎士たちが、勢い込んで話し始める。
「ばっ、な、何を言っているんだ! お前にお礼を言いたいのはオレたちの方だから。フィーア、お前は………………、い、いや何でもない。つ、つまり、あれだ。いっぱい食え!」
「そ、そうだ。足りなくなったら、取りに来いよ。絶対に、遠慮なんかするなよ!」
「はい、ありがとうございます! ふふ、騎士の皆さんって、親切ですね」
笑顔で騎士たちにお礼を言うと、顔をしかめられ、もごもごとくぐもった声で何事かをつぶやかれる。
「いや、それ、お前に言われても……」
「ああ、くそ。……沈黙の誓いってやつは、厄介だな。お礼も言えねぇ」
「はい? 何か言いました?」
上手く聞き取れなかったので聞き返すと、ぶんぶんと手を振られた。
「い、いや、何でもねぇ。まぁ、お前は、まず自分を守ることを覚えろってことだ」
「守っていますよ? だから、きっちり食事を取ろうと、準備も手伝っていないのに図々しくも昼食をもらいにきたじゃないですか?」
「……はぁ。もう、いいわ。とりあえず団長たちにお昼を持って行ってやりな。結果として日帰りの行程になったが、食料は1週間分準備してある。どれだけでも食べていいからな?」
「はい、ありがとうございます!」
一気に疲れたような様子を見せる騎士たちを不思議に思いながらも、3人分の昼食を持って意気揚々と団長たちのもとに戻ろうとしたところ、ザカリー団長がすぐ後ろに立っていることに気付く。
「あら、待ちきれなかったんですか? もしかして、朝食を食べてこなかったでしょう?」
おかしくなって問いかけると、一拍の間を置いて呆れたように返される。
「……お前は、平和だな。うらやましいわ」
言いながらザカリー団長は私が持っていた3人分の昼食を受け取ると、先に立って運んで行ってしまう。
「ちょ、止めてください。騎士団長に運ばせるなんて、言語道断ですよ。新人騎士の仕事を取り上げないでください」
ザカリー団長は振り返りもせずに、わざとらしく嘆息した。
「お前を新人のくくりに入れていいかが、オレには判断できねぇ。時々お前はすげえ落ち着いているから、退役間近って言われた方が納得できるんだが」
「ちょ、ザカリー団長はどうしても私を禿マッチョに分類したがるんですね。上等ですよ!」
言い返した私に対して、ザカリー団長は軽く首を振ると肩を落とした。
「はぁ、フィーア、お前禿マッチョからいったん離れろ。……分かった、確かに食事は大事だな。お前の頭に栄養が足りてねぇ気がする。オレの分まで食べていいから、飯を食え」
そうしてすたすたと大股でクェンティン団長の元まで戻ると、立ち尽くしていた私に気付き大声で叫んでくる。
「早く来い! お前が座らねぇと、オレが座れねぇだろう!」
おやまあ、ザカリー団長。婦女子が座るまで座らないなんて騎士の風上ですね。
ただ、遠くからがなり立てるのはいただけませんよ。
私はザカリー団長の元まで走っていくと、少しだけジャンプをして、「じゃ――ん」と言いながら座った形で着地をする。
「どうです? ジャンプをしたと見せかけて座る高等テクニックです!」
「………訂正する。お前は、ただの子どもだ」
ザカリー団長は疲れた様にがくりとうなだれると、私の分のお昼を手渡してくれた。
渡された包みを開けると、大好きな白パンが入っていた。
嬉しくて、にまにましながらゆっくり食べる。
小さくちぎったパンを口の中に放り投げていると、私を見つめているザカリー団長と目が合った。
「どうして食べないんですか? 私は2人分を食べられるほど大食漢じゃありませんので、食べてください。騎士たちも1週間分の食料を用意したのに、日帰りするから食料が余るって困っていましたよ。不足したなら、またもらってきますし」
そう首を傾げながら尋ねると、ザカリー団長は嘆息した後、昼食の包みを開け出した。
そうして、中から白パンを取り出すと、たった二口で食べてしまう。
「まぁ、ザカリー団長、大きな口ですね!」
驚いて目を丸くすると、ザカリー団長は深いため息をついた。
「……ほんっと、お前は何から何まで楽しそうで、何よりだな。だが、脳に栄養が足りていなかったのは、オレも同様だ。……フィーア」
改まったように名前を呼ばれたので、背筋を真っすぐに正して「はい」と返事をする。
するとザカリー団長も背筋を伸ばし、両手を座った膝の上に置くと、深く頭を下げてきた。
「お前に礼を言う」
「……ふぇ?」
びっくりして口の中に入れていたパンを、そのまま飲み込んでしまう。
「ふぐ、ぐふ、ぐふぅぅぅぅ……」
けれど、ザカリー団長は私の苦しみに気付かずに話を続ける。
「オレは騎士団長として騎士たちの命に責任がある。だが、夢緑、フラワーホーンディア、バイオレットボアー、青竜と次々に魔物が現れた今日、一人の死者も出なかったのはお前のおかげだ。騎士団長としてお前に深く感謝する」
言いながらも、ザカリー団長は深く頭を下げ続ける。
「いや、げほ、げぼ、げほ、ザ……カリー団長! 私は何もしていませんよ。ザビ……黒竜と騎士たちが頑張ったんですよ。……あの、ホントに頭を上げてください」
やっとのことでパンを飲み込んだ私は、頭を下げ続けるザカリー団長という、どうしてよいか分からない光景を前に動揺してしまう。
どうしたものかと困り果てる中、ザカリー団長はやっと頭を上げると、真顔のまま口を開いた。
「フィーア、お前は騎士たちを守るため、隠している力を使ったな?」
「ふぁい!?」
ザカリー団長の言葉に驚いて、思わず叫んでしまう。
「え、え、え、あ、あの、私は何かをかく、かく、隠しているんですか? そ、そして、それを使いました?」
ザカリー団長の突然の告発にあわあわと慌てふためいて返すと、隣でクェンティン団長が驚いたような声を上げた。
「は!? フィーア様は力を隠そうとしていたのですか? いや、全てをつまびらかにして、何一つ隠そうとしない態度はご立派だなと感心していたところですが、……え? どの部分を隠そうとしていたのですか?」
教えていただければ力を隠すことに協力しますよ、とクェンティン団長は小声で囁いてきたけれど、もちろんその声はザカリー団長に届いている。
私はどうしようもなくなり、「あああああ」と言いながら両手で顔を覆った。
え? 何、この状況??
ザカリー団長は、何を知っているの?
そうして、クェンティン団長は味方なの? それとも、邪魔をしている敵なの?
どうしてよいか分からず両手で顔を覆い続ける私の上から、ザカリー団長の声が降ってくる。
「夢緑の討伐方法を知っていたこと、フラワーホーンディアの特性を知っていたこと、他小隊が遭遇した魔物の種類と数を遠地から把握したこと、他騎士の従魔を統制できたこと、そして黒竜を使役すること、……全部、お前以外の誰にもできないことだ」
「………………」
「だが、お前は今まで特殊な力を顕在化させたことはなかったから、隠していたと推測する。それなのに今回、全ての場面でお前は、力を隠すことではなく、騎士たちを救うことを選んだ。……フィーア、オレはお前の選択を尊敬する。そうして、そんな選択をしたお前に不利益は被らせねぇ」
決意したような力強い言葉を前に、私は恐る恐る顔をあげると、顔を覆っていた指の間からザカリー団長を窺った。
「ザカリー団長……?」
広げた指の間から覗き見るという無作法な私に対して、ザカリー団長はひどく真剣な顔で見返してきた。
「オレの根幹は騎士であることだ。そして、騎士団入団時に『騎士の十戒』を誓った。命の恩人を害するならば、オレは十戒破りだ。……もう、騎士ではなくなる」
「………………」
「だから、ナーヴ王国黒竜騎士団長の名の元にお前に誓う。お前が隠したい秘密は守るし、お前を守護すると」
「……ザカリー団長」
「騎士団長の名の下の誓いだ。破る時は騎士を辞める時で、つまり死ぬ時だ。……悪かったな、フィーア。まずはこの話をお前にしてから、お前の状況を尋ねるべきだった」
ザカリー団長はいったん言葉を切ると、少しだけ表情を緩めた。
「お前は話せること、話したいことだけを口にしろ。何を聞いたとしてもオレは口外しないし、お前を守護しよう。だからといって、全てを話す必要はない」
一言一言に重みを持たせて口にすると、ザカリー団長は口を閉じた。
そうして、腕を組んで、私の言葉を待っている。
……決意した眼差しで見つめてくるザカリー団長を前に、私は胸が一杯になって、しばらく声を出すことができなかった。
……ザカリー団長、男前すぎます……









