46 黒竜探索6
遅くなってすみません。待っていただいた方、ありがとうございます。
私は情けなくも申し訳ない気持ちで、目の前に立ちはだかるザビリアを見上げた。
圧倒的に大きくて美しい、恐怖の象徴である「黒竜」がそこにいた。
ザビリアは、再度上空に飛び上がった2頭の青竜を睨むと咆哮を上げた。
咄嗟に、音声遮断の魔法を騎士たちの周りに展開させる。まともにザビリアの咆哮を聞いてしまったら、ただでは済まないだろうから。
青竜2頭は、ザビリアの姿を見ても退散する気配はなく、牙を剥き出しにして威嚇しながら上空を旋回していた。
……ザビリアは言った。
昔、ザビリアは青竜だったから、青竜とは戦いたくないと。
たった一つの望みも叶えてやれないとしたら、私は友達失格だ。
手を伸ばしてザビリアに触れると、ぽんぽんとその体を叩く。
「庇ってくれてありがとう。そして、威嚇してくれてありがとう。後は、私と騎士たちに任せてちょうだい」
そうして、騎士たちを振り返ると、全員揃ったように同じ表情をしていた。
ぽかんと口を開けて、目を見開いている。
「こ、こ、こ、こ、黒竜王……?」
「こ、こ、こ、古代種ので、で、伝説の竜。ほ、ほ、本当に実在した……!!」
そして、私を驚愕したように見つめてくる。
「フィ、フィ、フィ、フィーア! おま、おま、黒竜王って敵だよな? は、は、離れろ!!」
「こ、こ、殺されるぞ! は、は、は、離れろ!!」
一人だけ表情が違うのは、クェンティン団長だ。感極まったように両手を握りしめて、ザビリアを凝視している。
「何と……、何と気高きお姿か……! ああ、直接ご拝顔の栄に浴するとは、何たる僥倖か!! 美しい、雄大だ、神々しい、……ああ、言葉とは何と無意味なものなのだ!!」
……うん、安定の意味不明さね。
クェンティン団長につられたわけでもないだろうけれど、まるで感情が決壊したかのように、一人の騎士が笑い出した。
「………やべぇ。オレ、恐怖で幻覚と幻聴が始まった。フィーアが黒竜王の名前を呼んで、話をしたように聞こえたし、なんか、まるで親しいみたいに、フィーアが黒竜王をぽんぽんとしているように見える。やべぇ。オレの目と耳、壊れた!!」
うんうん、皆さん混乱しているわね。チャンスは今だわ。
……この混乱状態なら、騎士たちに強化魔法をかけても、気付かれないかもしれない……
私は騎士たちに向けて両手をかざすと、強化魔法を発動させようとした。
けれど、まさに発動させようとした瞬間、ザビリアが後ろからこつんと頭をくっつけてくる。
いつにない甘えたような仕草に、私は驚いてザビリアを振り返った。
「……ザビリア?」
「フィーア、僕の世迷いごとのような言葉を真剣に受け止めてくれてありがとう。僕はどうかしていたよ。大事なものを間違えるなんて。……間違ってはいけないものを、間違えるところだった」
そう言うと、ザビリアは空中を旋回している青竜たちに視線を向ける。
「あの2頭は、僕に任せて。ねぇ、フィーア、青竜と戦いたくないというのは、僕の勘違いだった。僕のやりたいことは、フィーアを守ることだったんだ」
そうして、私の返事も待たずに立派な翼を広げると、ばさりと上空に向かって羽ばたいていった。
ザビリアはほんの数回の羽ばたきで、青竜たちよりも上空に位置した。
青竜たちは突然距離を縮めてきたザビリアに警戒したようで、ザビリアの右と左に位置取りをすると、左右から大きな口を開けて威嚇してくる。
私は上空で対峙する3頭の竜を見上げながら、口の中がからからに乾いていくのを感じていた。
……どうしよう。ザビリアの方が体格がいいけれど、1対2というのは不利だわ。
青竜の2頭は番だし、連携して攻撃されたら迎え撃つのは簡単ではない。
ただでさえ青竜の鱗は固いというのに、ザビリアはまだ成竜にもなっていないのだ。ザビリアの牙は青竜に届くのだろうか。
心配し出すと、不安ばかりが頭をよぎる。
けれど、ザビリアは私の心配など知らぬ気に、ついと降下してきた。
青竜から挟まれる形になっている陣形を気にする風もなく、青竜たちが威嚇の咆哮をあげる中、無造作に降下してくる。
そうして、ザビリアは何の威嚇をすることもなく、突然片方の青竜に方向を定めると、青竜が身構えるよりも早く、その首元に牙を立てた。
「………………え?」
斜め下から戦闘を見ていた私には、ザビリアが青竜を一噛みすることで、怪我を負わせたように見えた。そうとしか、見えなかった。
なのに、見上げる私の先で、青竜はザビリアが噛んだ首元から真っ二つになり、二つに分かれた体が重力に引かれてばらばらに落ちてくる。
「おい、避けろ!!」
騎士たちは叫びながら、青竜の落下箇所から遠ざかろうと走り出す。
正に騎士たちが飛び退った場所に、二つに両断された青竜が轟音とともに落ちてきた。
ものすごい土埃が巻き起こる。
騎士たちの何人かは、青竜が落ちてきた衝撃で吹き飛ばされていた。
尻餅をつく形になった騎士たちは、茫然とした顔でザビリアを見上げている。
「………………な、な、な、なんだ、あれは?」
「こ、こ、黒竜王って、こ、こんなに強いのか?」
「き、き、き、恐怖だ! あ、あ、あれは、黒い恐怖だ……!!」
畏怖するように見上げる騎士たちの視線の先には、怒り狂ったもう一頭の青竜がいた。
繁殖の時期を迎えた青竜にとって、自分の番を殺された怒りはどれほどのものだろう。
大きく咆哮すると、青竜はザビリアに向かって上昇し、……待ち構えていたザビリアの尻尾で弾き飛ばされた。
そのままザビリアは飛ばされていく青竜に向かって大きく口を開くと、咆哮するかのような動作をした。
音声遮断魔法を展開しているとはいえ、ザビリアの咆哮は衝撃を伴う。私は咄嗟に体を強張らせた。
けれど、ザビリアの口から出てきたのは、耳をつんざくような咆哮ではなく、炎の柱だった。
炎の柱が青竜を目掛けて一直線に伸びていく。
炎の柱は、空中を斜めに弾き飛ばされていた青竜の喉元を正確に貫くと、さらに衰えぬ威力で背後の森を一部黒焦げにした。
絶命した青竜は、先の一頭と同じようにまっすぐ降下していき、轟音とともに地面に叩きつけられる。
「………………は」
ザビリアが戦うところを初めて見たけれど、あまりの強さに意味を成す言葉を紡ぐことができず、私はぱくぱくと口を動かした。
……なっ、なに今の?
ザ、ザビリアってあんなに強かったの?
で、でも、まだ子どものはずで……
驚いたのは周りの騎士たちも同じようで、誰一人動くこともできず、ただ茫然と立ち尽くしていた。
全員がぼんやりと見つめる中、ザビリアはゆったりと降下してくると、私の近くに舞い降りた。
そうして、行儀よく背筋を伸ばすと、静かに私を見つめてくる。
私はまだ茫然としていたけれど、助けてくれたお礼を言おうとザビリアを仰ぎ見た。
そうして、あれ?と、ザビリアの外見に違和感を覚える。
「……ザビリア、あなた、角が生えていたっけ?」
よく見るとザビリアの額の中心に、一本の立派な角が生えていた。
けれど、あんなの今までなかった気がするんだけど……え、あったっけ?
「……フィーア、僕は王になろうと思う」
混乱している私に向かってザビリアは、決意を込めてつぶやいた。
「え? お、王様?」
突然の話に、驚いて聞き返す。
え、というか、クェンティン団長とかは既にザビリアを黒竜王って呼んでいたと思うけど?
驚く私を見て、ザビリアは「うん」と小さくつぶやいた。
「群れで行動する魔物は大勢いるから、僕だけでは、数の力に負ける時がいつかくる。だから、僕は竜王になって全ての竜を従えてくるよ」
「え……、あ……、うん。ザビリアがそうしたいなら……」
そういえば、前にも王になるべきかどうかって話をしていたわよね。ザビリアの希望なら……肯定するしかないわ。
私はザビリアの希望を認めなきゃと思いながらも、離れていく寂しさにしょんぼりとする。
「フィーア、黒竜はね、王になると角が3本生えるんだよ。僕はずっと王になりたいと思ったこともなかったし、なり方も分からなかったけど、あなたを守ろうとしたら1本生えた。……そうだよね。一人きりの王なんていないから、僕は大勢の竜たちを守り従えた時に初めて王になれて、証としての角が3本生えるのだろうね」
ザビリアはじっと私を見つめると、ふふふと笑った。
「フィーアの無茶っぷりは、僕の想定を上回るからね。あなたを守れる存在になって、出直してくるよ」
そう言いながら、ザビリアは前足を使うと、額の中心から生えていた角をごきんと折った。
「……は?!」
私は驚いてザビリアを振り仰いだけれど、その時には既に重々しい音とともに、大人の背丈ほどもある角が地面に突き刺さっていた。
「せ、せっかく生えたのに……! なんてことを……」
「こ、こ、こ、黒竜王様の角がぁああああああああああああ……!!」
私の声が完全にかき消えるほどの大声で、クェンティン団長が叫ぶ。
ザビリアはクェンティン団長とザカリー団長を交互にねめつけると、まるで威嚇するかのように口を開いた。
「フィーアを預けていくよ。僕が戻るまで、必ずその命をつないでね」
そうして、落としたばかりの角を団長たちの前まで蹴りやる。
「それは駄賃だよ。フィーアを守るため、あんたたちのなまくらな剣の代わりにするといい」
「こ、黒竜王様の角をオレの剣に……!!」
クェンティン団長が感極まったように絶句した。
「フィーア様は必ず、必ず、オレの命に代えましてもお守りします!!」
そうして、ザビリアの角欲しさに大変な約束を簡単にしている。
「ちょ、クェンティン団長、魔物との約束は破れませんよ! 契約になりますから!! もっと、考えてから……」
「心配ご無用です、フィーア様! オレは黒竜王様の角のためならば何でもできます!!」
「そ、そうですか……」
本人の希望ならどうしようもないわねと思っていると、ザビリアは首をぐぐっと下げて私の近くまで顔を近づけてきた。
そうして、真剣な目で私を見つめると、口を開いた。
「フィーアと僕は繋がっているから、フィーアに何かあった時は、まず僕が絶命する」
「えっ?!」
あまりの話に驚いて声を上げると、ザビリアはふふふと笑ってきた。
「だからね。僕はまだフィーアと色々なことをしたいから、無茶をしないでくれると嬉しいな」
「しない! 絶対におとなしくしているわ!!」
「ふふ、それはフィーアらしくないね。フィーアはフィーアのままでいてくれれば、良いんだよ。呼んでくれたら、僕はいつだって駆けつけるから」
ザビリアは器用に片目を瞑ると、おどけたように首を傾げた。
「フィーアが僕のことを忘れないうちに、すぐに戻ってくるよ。……またね」
私は両手でザビリアの顔に触れると、こつんと額を押し付けた。
「……ええ、ザビリア。大好きよ。あなたが帰ってくるのを、待っているわ」
私の言葉を聞き終えると、ザビリアはばさりと空に向かって羽ばたいた。
そうして、あっという間に飛び去って行った。
騎士団長会議で決まった段取りを思い出したのは、ザビリアが見えなくなってからだった。
「ク、クェンティン団長、い、石を投げないと! 霊峰黒嶽の石を投げてください!!」
私の声にはっとしたクェンティン団長は、ザビリアが消え去った方角へ向かって、遅まきながら石を投げた。
「ま、まぁ、順番はあれですけど、手順は踏んだということでよいですかね?」
呟いた私に対して、返ってくる声はなかった。
周りを見渡すと、ザカリー団長以下全ての騎士たちは、ぼんやりとした表情でザビリアが飛び去って行った空を眺めていた。
……ああ、うん、ザビリアは鮮烈すぎたよね。
私も騎士たちに倣い、ザビリアが飛び去って行った空を、―――ザビリアも見つめているであろう同じ空を眺める。
美しくも恐ろしい、伝説級の古代種である「黒竜」。
容易く青竜を倒す強さを持ち、王を目指す誇り高さを持つ、未来の竜王。
そして、甘えん坊で、眠たがりで、やきもち焼きで、皮肉屋の、いつだって味方をしてくれる、私の可愛いお友達。
待っているから、早く帰っておいでね。









