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【アニメ化】転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す  作者: 十夜


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【SIDE】黒竜ザビリア 中

名を得た瞬間、僕の体は深い青に色付いた。


体は大きくなり、誕生前に失っていた翼が生えてくる。

その翼で、僕は空に飛んだ。

―――初めての飛翔!それは、何と気持ちがいいことか!!


ぐんぐんと地上が遠ざかり、フェンリルたちが小麦程の大きさにしか見えなくなる。

「グオオオオオオオオ」

腹の奥底から声を出す。気持ちがいい。


僕は、高い位置から急降下した。

フェンリルに襲い掛かられて、飛ぶタイミングを失していた青竜に向かって一直線に。

後から思えば、その時の僕は自分の力を過大評価していた。

それまでの自分の力に頭領の力が加わったことで、物凄い力を手に入れたような気になっていたのだ。そして、それが幸いした。


基本的にフェンリルと青竜の力は均衡している。青竜一頭では、フェンリル一頭を相手にするのが常識的なのだが、その時はフェンリルの群れの中に一頭で突っ込んでいってしまった。

フェンリルたちは、頭がよいし勘も鋭いのだけれども、その時は、僕の異様な迫力に呑まれてしまったのだろう。


実際は、いくら頭領の力を上乗せしたとはいえ、せいぜい数頭程度のフェンリルしか一度に吹き飛ばせやしない僕を、10頭程度のフェンリルが一度に避けたのだ。

そうして、フェンリルたちは思わずといったように、咥え込んでいた青竜から退いてしまった。

その一瞬の隙を逃す仲間ではない。抑え込まれていた青竜は、あっという間に上空まで飛び上がった。


仲間が解放された今、もはや営巣地には興味がない。

僕は、再び空高く舞い上がった。そして、東を目指して飛び始めた。

仲間の竜たちは、僕が頭領から力を引き継いだことが分かったのだろう。

倒された頭領を眺めて所在なさげに上空を旋回していたけれど、僕が飛び立つと同時に、一斉に後についてきた。


僕が目指したのは、自分が生まれた洞窟だった。

生まれ出た場所には、無意識に安堵を感じるのだろうか。

営巣地を失い、どこか安全な場所へと考えた僕に思い浮かぶことができた場所は、そこだけだった。


僕が生まれた洞窟には、見知らぬ青竜がいた。その青竜は、次々と舞い降りてくる僕の仲間たちを見ると、威嚇の声を上げた。その声を聞きつけた別の青竜が洞窟の中から出てくる。

―――新たに洞窟からでてきたのは、兄竜だった。

兄竜は12年の間に立派な成竜となり、自分の群れを作り、その頭領となっていたのだ。

母竜もその群れの一員だった。


兄竜の群れは5頭程度の集まりだったが、この洞窟に関しては先住権がある。

僕らは、その場所の一角を間借りすることにした。

前頭領から力を引き継いだ僕は、新たな頭領としての義務と責任がある。

それは、仲間の青竜たちをまとめ上げ、彼らに平穏と安全を約束することだ。


僕には力があった。元々の力に加えて、前頭領の力を全て受け継いだことで、青竜としては類を見ない程の力を手に入れた。翼も生えた。

頭領の仕事は、力でもって皆を守ることだと信じていた僕には、頭領としての責任を果たすことは難しくは思えなかった。


10年前の僕は、片翼で体も小さく大した戦力にはなりえなかった。それなのに、群れの皆は受け入れてくれ、ずっと一緒に暮らすことを許してくれたのだ。今度は、僕の番だ。

どんなに幼い竜だろうとも、弱い竜だろうとも、僕が守っていこう。

それは至極当然のことに思えたし、ぼんやりと毎日を過ごしていた僕の目標になった。


しばらくぶりに会えた兄竜とも話をしてみたかったが、向こうはあからさまに僕を避けていた。

同じ卵から孵ったのだ。確かに片翼を食べられはしたけれど、魔物というのは元々、自分が生き残るためには何でもする種族だ。魔物の一員として兄竜の行動は理解できるものだったので、恨む気持ちにはなれなかった。


―――兄弟なのだから、連携して仲間を守るために何かできないだろうか。

そう考えていたけれど、兄竜は僕に話をする機会を与えてくれなかった。

母竜ですら、僕が近くにいる間は、決して自分の洞窟からは出てこなかった。


しばらくは、上手くいっていたと思う。

仲間同士の小さな衝突はあったものの、問題になるほどではなかったし、餌となる魔物は十分に狩れていた。

途中、何度か他の魔物の急襲にあったが、ほとんど僕一人の力で追い払った。

2頭分の力を得たうえに、その使い方を覚えつつある僕は、どんどんと強くなっていった。そして、そのことが嬉しかった。


魔物は元々強さを好むから、純粋に強くなれたことに対する喜びもあったけれど、仲間を守れる力を持てたことが嬉しかった。

そして、僕が仲間を守ることで喜びを感じるように、仲間たちも、守られて安全と安心を感じることで喜びを感じていると、僕はそう信じていた。


その時、僕が問題を感じていたのは、暮らす場所だ。

この地は2つの群れが暮らすには、少し狭い。

だから、僕は新たな営巣地を探し始め、この場所をしばしば空けるようになった。



そして、あの夜だ―――

嵐吹き荒れる、月もない夜。


僕は、眠っているところを突然、兄竜とその仲間に襲われた。迂闊にも、首元にめり込んだ兄竜の牙の痛みで目が覚める。

一対一であれば兄竜には勝てるだろうが、相手は5頭だった。

竜族が新たな頭領を決める際は、仲間の前での一対一の対決で決める。

決して、こんな風に不意をつくようなやり方であってはならない。


フェンリルの急襲以来、外敵への見張りは強化していたが、内部への見張りは想定もしていなかった。


兄竜はぎらぎらした目で睨みつけてくると、僕を咥えたままの口で唸るように言った。

“卵の中で、片翼だけでなく、お前を全て喰らっておけば良かった”

そうして、怨嗟のこもった声で続ける。

“その力は俺のものだ。もともと俺の力だったものを、お前が俺から盗んだのだ。だから、返してもらう”


僕は激しい痛みの中、兄竜の狂ったような言葉を理解しようと努めていた。

……兄竜は何を言っているのだろう?僕を喰らったからと言って、僕の力が兄竜に移るはずもないのに。そんなことができるなら、誰も彼もが同族殺しを始めてしまう。


僕は初めて彼を兄と呼んだ。

“兄さん、落ち着いて。僕を食べても、僕の力が兄さんに引き継がれないことは、分かっているだろう? 僕たちは兄弟なんだ。力を合わせることで、できることがあると思う”

“そうだ、お前は片翼で矮小な出来損ないのゴミだった。だから、喰らう価値もないと、お前を捨て置いてきた。お前なんぞを喰らうことで、俺の価値が下がるとまで思ったさ。なのに、今のお前は何だ?! お前の群れの頭領だった竜を騙し討ちし、その力を奪い、借り物の力でもって威張り散らしてやがる!! ああ、お前は、俺が見た中で一番のくずで、下劣なごみ溜めだ!!”


そうして、兄竜の口からは止めどなく僕を罵る言葉が紡がれた。

とても話が通じる状況ではなかった。

僕は首の皮と肉の一部を犠牲にすることを決め、強引に兄竜の牙の下から抜け出た。

兄竜の口には、僕の首の肉が一部ひっかかっていた。


そのまま僕は、兄竜と彼の仲間を振り切って、洞窟の外に出た。

兄竜の群れは5頭、僕の群れは10頭。仲間が気付きさえすれば、僕の勝ちだ。


そう思いながら洞窟の外に出た僕は、僕が眠っていた洞窟の出口を囲むように多くの竜が立っていることに気が付いた。


雷がきらめくと、囲んでいた竜たちを照らし出す。

それは、どういうわけか僕の群れの竜たちだった。


―――どういうことだ?

仲間たちは、僕が兄竜に襲われているのに気付いていたのだろうか?

気付いていて、助けに来なかった?


状況が理解できずに立ち尽くす僕に向かって、仲間の竜たちは言った。

“俺はずっと、お前が上に立つことが気に入らなかった。序列が最下位だったくせに、前頭領の力を盗んで俺の上につくなんて、腸が煮えくり返るほどの屈辱だ”

“なぜお前が指示を出す?! なぜお前が決定する?! お前は、しょせん最下層の竜だったのに!”

“元々翼もなく、竜とも呼べないシロモノだったお前が、卑怯にも前頭領の力を盗んだのだ! 最下層として俺たちの言いなりになり、誰からも馬鹿にされながら、その裏では、虎視眈々と前頭領の力を盗む機会をうかがっていたのだ、この盗人が!!”


……皆は、何を言っているのだろう?


だったら、あの時、―――前頭領が半ダース程のフェンリルに引き倒され体中を噛みちぎられていた時に、僕ではなく君たちが助けに入れば良かったのに。


あの圧倒的な数で仕掛けてきたフェンリルの群れの中、剥きだされた幾つもの牙に、君たちが分け入れば良かったのに。


そうすれば、ほら。

今頃は君たちが、―――君が頭領で、僕の下に付くことなどなかったのに。


もしも……君が、あのフェンリルたちの牙の下、生き残ることができればだけど。


この竜たちは、分かっている。

自分たちではフェンリルに勝てず、あの場面に分け入ることなどできなかったと。

分かっていたからこそ、あの時、全ての竜は上空を旋回していたのだ。


僕は一縷の望みを持って口をひらいた。

“そんなに不満だったのならば、なぜ頭領争いの戦いを挑まない? 今からでも、いい。頭領になりたいのならば、正々堂々と僕に挑めばいい”


しかし、仲間は威嚇するように口を大きく開いた。

“卑怯な手で前頭領を殺し、その力を奪ったお前を、どうしてまともに相手をしなければいけない?!お前には名誉もなく誇りもなく、ここで誰ともわからぬ竜に殺され、無意味に死んでいくのがお似合いだ”


……そうだね。一対一ならば、僕に勝てる青竜はいないだろう。

けれど、一対一で頭領争いをすることは、誇り高き竜種のルールであるはずなのに。


僕は顔を上げると、僕を囲むように立っている竜たちを見つめた。


雄竜たちの気持ちは、分かった。

では、雌竜たちの考えは?僕の存在が不要というのは、皆の総意ということだろうか?


目があった雌竜たちは皆、さり気なく視線を外してきた。

“……悪く思わないで。でも、もしもあなたが全ての雄竜を倒したならば、私たちはあなたの(つがい)になる”

“……うん、それは考え方の相違だね。僕は、そんな君たちはいらない”


おかしな竜たち。


雄竜は、正々堂々と力でもって頭領を決めるという、竜族の誇りともいうべきルールを曲げて、僕を殺そうとしている。

雌竜は、力でもって勝ち残った強い竜に従うという、竜族のルールに盲従しようとしている。

……ふふ、雌竜たちは僕が勝ち残るなんて万に一つも信じていないだろうから、結局は僕が殺されるのを黙認するってことかな。


自分たちの都合に合わせて、ルールに従ったり、従わなかったり。

何て自由で自分勝手な竜たち。


……僕が、この群れに受け入れてもらったと思っていたのは、守られ庇護されていたと恩義を感じていたのは、勝手な思い込みによるものだったのかな?

ただ、歯向かわず、言いなりになり、皆の盾になる僕を、「便利」だと、「役に立つ」とは思っても、「仲間」だとは思っていなかったのかな?


僕は、至極冷静な気分で他の竜たちを眺めていた。


僕対残りの竜全て、という構図で間違いないかな?

雌竜たちは積極的に僕を攻撃してはこないだろうけれど、僕を助けることもしないだろう。

僕が一頭という構図は変わらない。


―――これは、勝ち目がない。どの手を取ったとしても。


だから、離脱をするのが最善の手だろうけど……


僕は、まだ迷いを捨て切れなかった。


僕は、この群れで一番の戦力だ。

そして、結局のところ、10年間も仲間でいてもらった恩義がある。

僕の力は、群れの仲間を助けるためのものだと思っていたのだけれど……


心を決めきれない僕に対して、周りの雄竜たちが威嚇の咆哮をしてきた。

「ウグアアアアアア!」

「ギィィィイイイイイイイ!!」


そして、そのうちの一頭が僕の腕に噛みついてきた。


―――僕は、不思議なほど冷静な頭で、僕の腕に喰らいつく仲間を見つめた。


落雷の光で映し出される彼の顔は、狂気じみているようにも、至極冷静にも見えた。

……ああ、きっと、僕の仲間たちは、自分たちが何をしているのかを十分理解している。その結果も。


だったら、僕がここに留まる意味はない。彼らは、僕の守護を必要としていないのだから。


僕は尻尾を払うことで、腕に喰いついてきた仲間を弾き飛ばすと、空を見つめた。

ぼたぼたと体に落ちてくる生温かい雨が、まるで絡みつく蛇のようだ。

―――ほら、また雨だ。雨の日は必ず、悪いことが起こる。


僕は翼を一振りすると、高く飛翔した。一瞬にして、仲間の竜たちが、小麦のように小さくなる。

僕は、もう二度と会わない仲間だった竜たちを見つめ、一度だけ咆えた。

「グオオオオオオオオ!!」


―――さようなら。ありがとう。そして、元気で。


……10年も共にいたけれど、決別は一瞬だった。

どの竜にも―――僕にも、惜別の情すらない。

僕は魔物だから、仲間への情が薄いのかな。10年も一緒にいた仲間と別れたのに何の感慨もない。双子の兄や母との別れですら、一片の痛みすら感じない。

裏切られたことも、二度と会えないことも、もはや何の痛痒も感じないなんて……


僕は、北へと方向を定めることにした。

大陸の最北には、凶悪な魔物たちの棲み家である霊峰黒嶽がある。

一頭になった僕には、おあつらえ向きの場所じゃあないか。


―――そして、僕は霊峰黒嶽に辿り着き、その場所で千年近くを過ごした。


青竜の寿命はせいぜい500年だから、千年生きるということ自体が常にないことではあった。

きっと、元頭領の力を受け継いだ時に、彼の生きるべきだった時間も受け継いだのだろう。


そうして、千年が経ち、いよいよ死期が近付いて最期かなと思われた瞬間、不思議なことに、―――僕は僕を産み落としていた。


生まれてきたのは、小さく、ひ弱で、……しかし、美しくも、黒い……そう、黒い竜だった。


伝説の中にしか存在しないと言われた「黒竜」。

―――それが僕だった。



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