42 黒竜探索2
「ザビリア、あなたは本当に可愛いわね!」
前回同様、聖女は遅れてくるようで、聖女待ちという余暇時間ができた私は、他の従魔たちに挨拶をしに行くことにした。
従魔の世界では、ザビリアは新人だ。新人から挨拶に行くのって基本だよね。
他の従魔たちに見劣りしないようにと、ザビリアの胸元のリボンを整えながら話しかけるけれど、改めてザビリアを見つめ直すと、すごく可愛いことに気付く。
「元々愛らしいのに、ちょっとリボンと花冠を付けただけで、凶悪なまでに可愛くなるなんて、素敵すぎるわ!」
「ありがとう。僕も長く生きてきたけど、愛らしいとか可愛いとか表現されたのは、フィーアが初めてだよ」
「ふふふ、何言っているの。0歳でしょう? 色々と他の人から言われるほど、長く生きてはいないじゃないの」
言いながらザビリアを肩に乗せて、従魔たちのもとに向かう。
「まぁ……」
従魔たちを見て思わず声が漏れたのは仕方がない。どの魔物たちも、揃って大きくて美しかったからだ。
クェンティン団長は本気で選んできたなと思う。
その中でも、ひときわ大きくて美しい魔物が私の目を引いた。
黄金色の翼を持つ、鷹の頭部に獅子の下半身を持つ凶悪な魔物、グリフォンだ。
……ああ、これがクェンティン団長の従魔ね。
ざっと見渡しても、グリフォンだけが頭一つ抜けて他の魔物よりも強い。
Aランクの名に恥じない、美しい魔物だわ……
一度、グリフォンを見つめてしまうと、その美しさからなかなか視線を引き離せない。
そういえば、挨拶って上位の者に対して、まずは行うべきよね。
「はじめまして、第一騎士団のフィーア・ルードです。こちらは、従魔のザビ……」
グリフォンに自己紹介を始めたものの、ザビリアの名前を名乗っていいのかが分からない。
……ええと?クェンティン団長にザビリアの名前を明かすなと助言されたけど、それは他の従魔に対してもなのかしら?……分かんないから、止めておこう。
「従魔で、通称、幸せのBドラゴンです」
グリフォンくらいなら、人語が分かるはずなので、できるだけ丁寧に自己紹介をする。
そうして、敵意のないことを示すため、両手を広げたまま近付いて行った。
グリフォンは用心深くこちらを見つめてきたけれど、攻撃してくる様子は見受けられない。
そういえば、クェンティン団長も初めて会った時、こんな風に警戒して見つめてきたなと思い出す。主人にそっくりな従魔だなとおかしく思いながら近くまで寄ると、立ち姿がおかしいことに気付く。
あれ?ケガしているな。
後ろ足の一本に力が入っていないし、翼も一部折れ曲がっている。
昨日、クェンティン団長と一緒に遠征から帰ってきたばかりだから、負傷しているのだろうか。
治りきっていないのに新たな探索について行こうだなんて、健気な従魔だな。
それとも、クェンティン団長がこき使うタイプなのかしら?
グリフォンは昨日従魔舎にはいなかったから、緑の回復薬を飲んでいないんだなと思いながら、足に触れる。
「回復」
発光エフェクトを抑えて術を発動させる。
うん、これなら私がただ、グリフォンに触れているという普通の光景に見えるわよね。
「フィーアが前世で倒してきた魔物の中では小物に分類されるのかもしれないけど、グリフォンって上位の魔物だからね? 近付いて触れるのは、既に普通の光景じゃないよ。それに、そんなに簡単に回復なんてさせると……」
ザビリアが忠告するように口を開く。
うん、ごめんね、ザビリア。ケガを見ると、反射で治したくなってしまうのよ。相手が魔物なら、そう不都合もないと思うし。
私が思ったことを理解できるらしいザビリアに、心の中で話しかけていると、グリフォンが甘えたように大きな頭をすりつけてきた。
えっ?と思っていると、他の従魔から威嚇のような、不満げな声が上がる。
視線を転じると、うん、他の従魔たちも何頭かケガしているね。どれも従魔舎では見なかったから、クェンティン団長の遠征に同行した騎士たちの従魔なのかしら。こちらも戻ってきたばかりだとしたら、疲れているわよね。
私は片手を掲げると、他の従魔たちにも回復魔法をかける。大なり小なりケガしているし、元気になるに越したことはないはずよ。
魔法をかけ終わり、状態を見るためにぐるりと魔物を見渡していると、なぜだか従魔たちが距離を縮めてきた。えっと驚いているうちに、足元にすり寄ったり、体をすりつけたりしてくる。
な、何コレ?大きな体に似つかわしくはないけれど、可愛らしいといえば可愛らしいような……
「そんなに簡単に回復させると、懐かれてどうしようもなくなるよ。……って言おうとしたんだけど、相変わらず魔物にモテモテだねぇ」
ふいっとそっぽを向いて、ザビリアがつぶやく。
あ、これは拗ねたな。
ザビリアをよしよしと撫でると、私は必死に言い募る。
「ザビリアが一番かわいいわ。何たって、私のつよかわいい子だもの! 一番強いし、一番可愛いわ! 私がリボンや花冠を付けたいと思うのは、ザビリアだけよ!!」
すると、ザビリアはまんざらでもなさそうに「ふうん」とつぶやいた。
そうだった、そうだった。子どもって、すぐ焼きもちをやくのよね。気を付けないと。
収拾を付けるために、すり寄ってきた魔物たちをよしよしと撫でていると、後ろから引きつったような声が掛かる。
「フィ、フィーア様……」
振り返ると、声と同じく引きつった表情をしたクェンティン団長とギディオン副団長が立っていた。
どうしたのかしら、と小首を傾げかけたけれど、はっとして思わず声を上げる。
「あっ! もしかして、他の騎士の従魔って触ってはいけないんですか? すみません、私ったら、不用意に触ってしまいました!」
クェンティン団長たちの顔が引きつっている理由に思い当たり、慌てて従魔たちから離れる。
魔物たちから不満そうな声が上がったけれど、いやいや、怒られそうな雰囲気なので、退避させてください!
魔物騎士団の団長、副団長が二人掛かりで顔を引きつらせるなんて、よっぽどのことですよ。
私は慌てて飛び退ると、注意深く二人と距離を取った。
けれど、まずくなったら急いで逃げられるようにと十分に取っていたはずの距離は、たった数歩でクェンティン団長に詰め寄られる。そして、そのまま両手を掴み上げられた。
「ひっ、ご、ごめんな……」
「フィーア様の手は黄金か?!」
「……………………は?」
言われた意味が分からなくて、クェンティン団長を見上げると、ギラギラした目で見返される。
「ひいっ! や、やっぱり、怒っている……!!」
必死に両手を引き抜いて逃げようとするが、さすが騎士団長。軽く握っているようにしか見えないのに、どんなに力を入れても抜けない!くううっ!!
「オレの常識では、従魔は契約主にしか慣れないものだと思っていました。それなのに、全ての従魔が小動物のようにじゃれつくなんて……! オレは、魔物騎士団長として、浅薄な自分を恥じます!!」
「え? あの、よく分かりませんが、そんな大げさな話では……」
いつもながら、クェンティン団長の話は唐突すぎて意味が分からない。
だけど、本人の言葉通り、恥じ入ったように顔を歪めうなだれるクェンティン団長を見て、咄嗟になだめなければと口を開く。
そうしながらも、何か助けになるものはないかと周りを見渡していると、ギディオン副団長と目が合った。
ギディオン副団長は、目が合った途端、はっとしたように目を見開き、先ほどのクェンティン団長と同様に、大股で距離を詰めてきた。いつもよりは友好的な雰囲気だったので、助けてくれるつもりかと期待する。
けれど、ギディオン副団長は何を思ったか、私の目の前で立ち止まると、突然頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした、フィーアさん!!」
「……………………はい?」
クェンティン団長に続いて意味不明の行動を取られ、間が抜けた言葉しか出てこない。
「団長から、フィーアさんが我が団に来てくださったのは、騎士総長のご指示に拠るものだと伺いました! 総長が直接指示をされるなんて、深いお考えがあったに違いありません!! それなのに、たった今、契約主でもないフィーアさんに従魔たちがじゃれているという超越的な光景を見るまで、そのことに思い当たりもしないなんて! オレは自分を恥じます!!」
「え、いや…………」
「総長は我が団に最高の騎士を派遣してくれたというのに、オレは! オレは常々、我が団は他団から下に見られていると私憤を抱いていて、その感情のままフィーアさんに不当な扱いをいたしました!! かくなる上は、副団長の職を返上することで、謝罪の意を表します!!」
「待てええぇ!!!」
私は、慌ててギディオン副団長に向き直った。
ちょ、落ち着いてください、ギディオン副団長!
全ての言葉がおかしかったけど、最後の一言は特におかしかったです!!
確かに、ギディオン副団長から嫌味を言われはしたけれど、そう出来がいい嫌味でもなかったし、あまりダメージは受けてないんですよ。だから、ギディオン副団長が副団長職を辞めるって言われても、罪と罰が釣り合いませんから!
大体、降格希望理由をどうするんですか?新人騎士に嫌味を言ったので、降格したい?……しょぼすぎるわ!!
ギディオン副団長の考えを改めさせようと口を開いたけれど、それよりも早く後ろから声がかけられた。
「お前ら何をやっているんだ?」
振り返ると、呆れたような表情で腕組みをしたザカリー団長が立っていた。
「クェンティンはフィーアの手を握りしめて何かを訴えているし、ギディオンは跪いて何かを乞うているし、……おいおい、フィーア。お前、取り合われているのか?!」
ザカリー団長の言葉にはっとしてギディオン副団長を見ると、謝罪のために頭を下げていたはずが、いつの間にか私の足元に跪いている。
「えっ、いつの間に……?!」
驚く私を無視して、ザカリー団長は呆れたように首を振った。
「女王様の信奉者が増殖中か? フィーア、お前はすげぇやり手だな!」
「ちが、ちが、ちょ、ザカリー団長!!」
「うん、分かった。どっちを選んでも角が立つなら、オレにしとけ」
言いながら、ザカリー団長はクェンティン団長から私を引き離してくれた。
「聖女様方のご到着だ。至上の扱いをしないとご機嫌を損ねられるからな。つまり、聖女様方をフィーアだと思って扱え、分かったな!」
ザカリー団長は取り残された形の二人に忠告するように告げると、皆の元に誘導してくれた。
従魔たちへのザビリアの紹介が中途半端に終わってしまったな、と思いながらも、促されるままザカリー団長について行く。
到着した聖女は7名で、シャーロットはいなかった。
まぁ、そうだよね。戦闘に同行させるには、シャーロットは幼すぎるもの。
全員で行動をするのは多すぎるということで、15名、15名、20名の小隊に分かれて行動することになった。定期的に笛を鳴らし合うことで、互いの距離を確認しながら移動するらしい。
それぞれの小隊を指揮するクェンティン団長とギディオン副団長は、私を隊員にしたいと主張したけれど、ザカリー団長の独断でザカリー隊に入れられた。
ザカリー団長、ご英断です!
そうして、騎馬と馬車で『星降の森』に向かうと、到着した小隊順に森に分け入った。
歩きながら、最近この森によく来るなーと考えていたところで、はたと思い当たる。
……あれ?待てよ?
そういえば、この行軍は黒竜が現れることで終了するんだったよね。そのタイミングはいつだ?
今すぐ……は、早すぎる?よね?
しまった、タイミングをクェンティン団長と打ち合わせていなかった!
うむむと思いながらも、まぁ、昼食で合流するだろうからその時に聞こうと思い直す。
ザカリー団長は1週間程泊まり込むつもりで準備をしているから、そんなにすぐじゃなくてもいいはずだし。
森に入って10分。初めに遭遇した魔物は、綺麗な虹色の鳥だった。
「おいおい、夢見鳥がこんな森の入り口近くにいるってのは、どういうことだ?」
ザカリー団長が驚いたように口を開く。
夢見鳥は、幻覚を見せる厄介な魔物だ。戦闘力は高くないが、いったん幻覚に襲われると、距離感や大きさを正しく認識できなくなり、うまく攻撃が当たらなくなる。
全ての距離感が狂うので、下手をすると、夢見鳥を攻撃しているつもりだったのに、仲間の騎士を攻撃してしまったということもあり得る。
ザカリー団長の指示で、4名の弓矢使いと3名の魔道士が遠隔攻撃を始めたが、致命傷にはなり得ていない。
私は「おとなしくしとけ」という言い付けとともに、聖女の護衛に任命されていたので、4名の聖女の側近くに立ち戦闘を傍観していた。
そういえば、魔道士って第三魔道騎士団にのみ配属されているかと思ったけど、各団にまんべんなく配属されていたんだな、と今更なことを考える。
前回の討伐時には、魔道士が索敵を担当していたから、攻撃魔法の使い手が討伐に同行しているって認識が低かった。誰が指揮を執るかで騎士の配置が変わり、戦闘方法も変わるのは興味深いなと思う。
……というか、こんなことを考えるくらい暇ってのは、どうなのよ?と顔をしかめながら、戦闘中のザカリー団長を見やる。
夢見鳥は、Bランクの魔物だったっけ?
騎士たちから一定の距離を取りながら、ふわりふわりと羽ばたき続ける夢見鳥を見ながら考える。
この魔物は、できるだけ早く倒すのが鉄則だ。
なぜなら、円を描くように周りを一周回られてしまったら、その円内にいる人間は幻覚を見始める。
そうして、幻覚空間という安全な場所を確保したら、夢見鳥の体は緑色に変化し出す。
完全に緑一色になってしまったら、夢見鳥は夢緑に成り上がり、強さはAランクだ。幻覚を見せる能力はそのままに、攻撃力と防御力が上昇する。並みの騎士では、傷も付けられないだろう。
……ああ、だめだ。致命傷を与えられない間に、周りを一周回られた。
騎士たちが、幻覚に囚われ始める。
視覚、聴覚、嗅覚が侵され始めている。距離と方向が狂い出す。
そして、騎士たちが見つめる中、膨れ上がり巨大化する夢見鳥。残念なのは、こちらは幻覚じゃあないことだ。実際に体長が大きくなり、力が増していく。
そうして、少しずつ体色が変わってきた。羽毛に覆われていた体表が、緑の鱗に変わっていく。
―――そうして、ほんのわずかの間に。
目の前にはオオトカゲよりも遥かに巨大な、緑の鱗に覆われた凶悪な魔物、『夢緑』が現れていた……









