41 黒竜探索1
翌朝、私はいつもよりも早く目が覚めた。
もちろん、黒竜探索という名の『星降の森』探索が楽しみで、自然と目が覚めてしまったのだ。
前回の討伐同様、新人騎士なので戦力外扱いだけれど、クェンティン第四魔物騎士団長が私を指名した形になっているので、参加することに文句は出ないだろう。
騎士団内部で訓練をしたり、魔物の世話をしたりすることも重要だけど、やっぱり騎士は現場が大事よね!
探索の実施は急遽決まったため、聖女の派遣依頼を教会に出す時間がなく、王城内から来てもらうとのことだった。
そして、魔物騎士団からは、15名の騎士が15頭の従魔を連れて参加するとのことで、初めて見る従魔の戦いが楽しみで仕方がない。
前世では、魔物はただひたすら倒す相手だった。それを味方に付けて、一緒に戦おうという発想はすごいなと素直に感心する。
自分の準備が終わると、次はザビリアに取り掛かる。
何たって、今日の主役はザビリアなんだから、いつもよりもお洒落にしておかないと。
「……ねぇ、フィーア。首にリボンを付けるのはまだいいとしても、頭に花を飾るのはどうかな? 僕は何を目指しているのだろう?」
「もちろん、ナンバーワンのつよかわいい従魔よ! 今日は、魔物騎士団から選びに選ばれた15頭の従魔が参加するんだから、足元をみられないようにしないと!!」
「フィーアが望むなら、15頭程度の魔物なんて、一瞬で蹴散らすけど?」
「あ――、それはダメよ。それじゃあ、ただの強い魔物だわ。可愛い部分もアピールしないと」
「……なるほど。色々と悩ましいことだね」
そうして、首に真っ赤なリボンをつけて、黄色い花冠を被ったザビリアを肩に乗せると、私は部屋を出た。
集合場所には、予定時間よりもだいぶ早く到着したというのに、既に何人もの騎士が集まっていた。
その中に、第六騎士団の見知った顔を見つけ、声を掛ける。
「おはようございます。今日は、よろしくお願いします!」
「フィーアじゃないか! はは、お前が一緒だとは頼もしいな。こちらこそ、よろしく頼む」
そうして、旧知の騎士たちと話をしていると、いつの間にかほとんどの騎士が集合していた。
騎士は縦も横も高さも全てが大きいけれど、ザカリー第六騎士団長とクェンティン第四魔物騎士団長は特に大きく、圧倒的な存在感を放っていた。
うーん、木を隠すなら森の中と言うけれど、これはダメだな。こんな大木たち、どんな森でも目立って仕方がない。
同種の中に隠せば見つからないってのは、もう少し平均的なものの場合で、これだけ傑出していると逆に違いが際立ってしまうのね、と新たな発見をする。
私は小木で良かったわ、と胸を撫で下ろしていると、集まっている騎士たちを掻き分けながら、クェンティン団長が真っ直ぐ私の前にやってきた。
「おはようございます、フィーア様、従魔様。早朝から、ご足労をお掛けします」
「おはようございます、クェンティン団長。離れているのに、よく私の場所が分かりましたね? 背の高い騎士たちに囲まれると、遠くからは見えないし、気づかれないはずなんですけど」
不思議に思って尋ねると、おかしな話を聞いたとばかりにクェンティン団長に高笑いされる。
「ははは、おもしろい冗談ですね! あなたの存在は圧倒的なので、どんな遠くからでも分かりますよ。よろしければ後程、少し打ち合わせをさせていただいてもよろしいですか?」
私が頷いたのを確認すると、クェンティン団長は再びザカリー団長の元に戻っていった。
クェンティン団長が去っていくのと同時に、周りの騎士たちが驚いたように尋ねてくる。
「フィーア、お前はクェンティン団長とも知り合いなのか?! というか、あの方は魔物にしか興味がないんじゃないのか? 他団の騎士に話しかけている姿なんて、初めて見たぞ!」
「それよりも、お前、様付けされていなかったか?! 一体……」
「フィーアはクェンティンの女王様なんだよ!」
嫌な感じで、ザカリー団長が会話に割り込んでくる。
クェンティン団長といい、ザカリー団長といい、騎士団長の表現力はどうなっているのかしら?!
「な、なるほど。女王様か……」
「クェンティン団長は大きくて、強くて、圧倒的だからな。お前みたいな真逆の奴が好みだったのか……」
ザカリー団長の意味不明な発言を、全力で受け入れる騎士たちが腹立たしい。
縦社会の弊害について文句を言いながらザカリー団長の後について行くと、クェンティン団長の元に連れていかれた。ギディオン第四魔物騎士団副団長も側に立っている。
「これは、フィーア様! お呼び頂きましたら私の方から伺いましたものを、ご足労いただきまして!」
……改めて聞いてみると、クェンティン団長の話し方はおかしいわね。
縦社会の理不尽さに不満を持っていた私は、その頂点近くにいるクェンティン団長に反発を覚え、普段は気にならない話し方が気になり出す。
そもそも………
遥か上位の職位である騎士団長の立ち居振る舞いに、一介の騎士である私が口を出すのもおこがましいからスルーしてきたけれど、このクェンティン団長の言動が全ての原因じゃないかしら?
シリル第一騎士団長のように、誰にでも丁寧な口調なのかと思いきや、そうでもないようだし。
……ああ、そういえば、クェンティン団長と初めて会った時、シリル団長がクェンティン団長に対して、新しい遊びがどうのって言っていたわよね。
これ、クェンティン団長の遊びなの?
……ほんと、クェンティン団長って、私とは感性が違い過ぎてよく分からないわね。
小さくため息をついたけれど、ザカリー団長の大声にかき消される。
「クェンティン、フィーア限定のそのおかしな話し方は、まだ治らねぇのか? シリルなら分かるが、お前がそんな話し方を総長以外にすると、気持ちが悪くて仕方がねぇ。悪いことがおこる予兆じゃないかと、うすら寒くなるわ!」
「ふん、お前も不感症か、ザカリー! なぜ誰も彼もフィーア様の偉大さに気付かない!!」
「あ、ああ……。確かにオレは不感症なようだな。フィーアの偉大さとやらが、ちっとも分からねぇ」
クェンティン団長に同意しながら、ザカリー団長はギディオン副団長を手招きする。
そして、小さな声で問いかけていた。
「おい、ギディオン、クェンティンの奴はマジなのか? クェンティンを思いっきり揺さぶって目を覚まさせるのと、見て見ぬふりをして放置するのと、どっちが正解だ?」
「揺さぶっても、目は覚めないと思いますよ。オレもあのような団長は初めて見たので、対応方法は全く不明です」
さすがのギディオン副団長も、丁寧な口調で答えている。
ザカリー団長は頭を一つ振ると、諦めたような声を出した。
「……よし、放置だ! 取りあえず、お前ら座れ! 作戦会議だ」
集合場所の一角にしつらえられた簡易なテーブルと椅子を指し示すと、ザカリー団長はその一つに座る。
そうして、ザカリー団長とクェンティン団長、ギディオン副団長に私というメンバーで作戦会議が開始された。
ザカリー団長が口火を切る。
「一週間程度の野営を見込んで、荷物を準備した。第六から選定した35名は精鋭揃いだ。仮に、黒き王に遭遇したとしても、上手く立ち回れそうな奴らばかりだから安心しろ」
「そうか。オレは従魔を基準に、騎士を選定した。従魔は、10頭が翼付き、5頭が翼なしだ。黒き王にねぐらに帰っていただく際の先導役として、翼付きの従魔が多い方が良いだろうとの判断だ」
「なるほどな。ところで、お前の見立てでは、黒き王に遭遇する確率はどのくらいだ? 1割くらいか? ……いや、それ以下だろうな。あの広い森の中で、たった一頭の魔物を探すなんて、干草の山で針を探すようなものじゃねぇか。そもそも、既に森を抜けたって可能性もあるしな」
ザカリー団長が顎を撫でながら、クェンティン団長に問いかける。
「10割だ」
「…………は?」
「10割の確率で、黒き王に遭遇する」
クェンティン団長は、確信を持って言い切っている。
「いやいや、お前が焦がれ続けた黒き王に会いたいっつう気持ちは分かるがな! まぁ、あれだ。過度に期待はしすぎず、夢かなわなくても落ち込むな!」
ザカリー団長は、ばしんとクェンティン団長の肩を叩くと、話を続けた。
「それじゃあ、黒き王に遭遇した暁には、攻撃を受けない距離で向かい合い、……この場合、敵意を見せないためにも囲い込まねぇ方がいいな。……上手く配置が終わったら、お前が黒き王をねぐらに帰るよう説得しろ。黒き王くらいになると、当然、人の言葉が分かるんだろ? お前の誠意が伝わり、理解してもらったら、ねぐらの石だか黒き王の遺骸の欠片だかを従魔が咥えて、霊峰黒嶽の方向に飛び去って行くってのが一応のシナリオでいいか? まぁ、どうせ、これ通りはいかねぇだろうから、実際はその場で調整する形になるだろうが……」
「異論はない」
クェンティン団長は短く答えると、ザカリー団長を見つめた。
「黒き王以外の魔物とは、できるだけ接触を避けるぞ。黒き王の突然の出現で、なわばりを荒らされた魔物たちの行動範囲が狂っているはずだ。普段は見ないような深淵の魔物たちが現れる可能性がある。黒き王が立ち去れば元に戻るはずだから、無用な争いは避けるのが得策だ」
「そうだな。索敵担当に言っとこう」
ザカリー団長は言いながら立ち上がると、私の髪をかきまぜた。
「まぁ、そうは言っても完全に魔物との遭遇を避けられはしねぇだろうから、いくつか戦闘を重ねることで第六と第四の騎士たちの立ち回りを調整していこうぜ。……フィーア、お前は前回の討伐時に活躍したようだが、今日はおとなしくしとけ。普段はお目にかかれないような、上位の魔物に遭遇する可能性があるからな」
……確かに、私の剣の腕前は大したことないですからね。
はい、おとなしくしていますよ。
こくこくと素直にうなずいたのに、肩の上のザビリアは小さくため息をついている。
……まぁ、この最初から信じていないって態度はどうなのかしら?









