40 騎士団長会議2
どの団長に付きたいかと尋ねられた私は、改めてぐるりと周りを見渡した。
円卓の周りには多くの椅子が並んでいるけれど、半分も埋まっていない。
ここにある椅子の数は騎士団長プラス総長の分なのだろうけど、本日集まっているのは、王都近郊で勤務している団長のみのようだ。
私の周りに立ち尽くすサヴィス総長、クェンティン第四魔物騎士団長、ザカリー第六騎士団長の他、椅子に座っている騎士団長は、たった4名しかいない。
見知っている団長が2名で、第一騎士団のシリル団長と、第二騎士団のデズモンド団長。
初対面の団長が2名で、団長服の上から掛けられた斜革の色から判断するに、長髪の男性騎士がイーノック第三魔道騎士団長で、女性騎士が王都警護のクラリッサ第五騎士団長だろう。
だろうが、最後に視線を移した女性騎士団長を見た途端、私は衝撃で目を見開いた。
長身で筋骨隆々とした騎士団長たちの中で、一人だけ異彩を放っていたからだ。
桃色の髪がふわふわと顔の周りを彩り、真っ白い肌によく似合っている。
大きな瞳は琥珀色で、まるで宝石のようにきらきらと輝いており、ぷっくりとした唇は髪と同じような桃色でぷるぷるだ。
騎士団長という高位の騎士が物凄い美少女だということにも驚かされたけれど、一番驚愕したのは、少女の容貌を否定するかのような団服から覗く上半身だ。
デズモンド団長ですらきちんと止めている団服のボタンを上から幾つも外しているし、下から覗くシャツも上の方のボタンは留められていない。そして、そこから、ものすごい谷間が覗いているのだ!
……ああ、いや、これはボタンを外しているというよりも、留められないと言う方が正確だわね。
え、何なのこれ。見た目は美少女なのに、体付きは豊満って。私の目指す最終形態じゃないの……!
私はふらふらと吸い寄せられるように、第五騎士団長に近寄って行った。
わぁ、近づくにつれて、いい匂いまでしてくるんだけど。
すると、後ろから、慌てたようなザカリー団長の声がした。
「お、おい、フィーア、騙されるな! それは騎士団一、残虐で、容赦がなくて、鋼のメンタルを持つ最強生物だ! それなのに、外見が弱々しいのをいいことに、弱者に擬態する。騎士団長としてあるまじき態度だぞ! そして、実際は、見た目ほど若くはない! ……つまり、お前が誤解しているような、少女と呼べる年齢では絶対にないぞ!!」
「ザカリーの言う通りです。フィーア、その方は『桃色の雌カマキリ』です! 最後は捕食されるのが明白なのに、年若い騎士たちがこぞって犠牲になり続けている、世にも恐ろしい生き物です。若い男性はもちろん、女性だって近付くものではありません! 恐ろしい悪影響を受けますよ!!」
シリル団長も立ち上がって、警告してくる。
おやおや、見苦しいですよ。同僚の騎士団長を非難するなんて、騎士の風下じゃあないですか。
正直、私は筋肉とか汗とかに食傷気味なのです。こんなふわふわでいい匂いがする方が、断然好みです!
「私は、第五騎士団長につきます!」
「「「いや、お前と何のかかわりもねーだろ!!」」」
皆に突っ込まれましたが、気にしません。私は、第五騎士団長に騎士の礼を取ると、挨拶をした。
「第一騎士団のフィーア・ルードです。騎士団長会議の間、後ろに控えることをお許しください」
第五騎士団長は長いまつ毛をぱちぱちとまたたかせると、花が開くようにふわりと笑った。
「まぁ、嬉しい。第五騎士団長のクラリッサ・アバネシーよ。よろしくね」
ほわわ、美少女は声まで可愛らしいですよ。語尾が跳ねる独特の話し方は、癖になりそうです。
私がクラリッサ団長の後ろに位置したことで一応の決着を見たようで、総長を始め全員が円卓の席に着座した。
「それでは、ただ今より騎士団長会議を開催します」
司会が会議の開催を宣言する。
どうやら、騎士団長会議は定期的に開催されているようだけれど、今回に限っては、クェンティン団長の帰城に合わせて急遽開かれたものらしい。
初めに、団長以上の今月の予定とか、騎士団の予算とか定例的な事案が幾つか片付けられ、その後、本日開催された理由である本題に移った。
「それでは、黒き王の捕獲についてですが」
議事進行を仰せつかったシリル団長が、新たな議題を提供する。
「元々の計画では、黒き王が幼生体である今こそが捕獲の絶好の機会ということで、彼の王の居場所が特定でき次第、第四魔物騎士団と第六騎士団を中心に300名の騎士を編成して対応することとなっていました。しかしながら、『星降の森』での目撃情報からは、彼の王が我々の想定よりも成長しているとの報告が入っております。クェンティン、このことについてあなたのご意見はいかがでしょうか?」
「計画は変更だ。報告を聞く限り、黒き王はもはや幼生体ではない。だとしたら、捕獲は不可能だ。周りの生態系を乱さないためにも、黒き王には速やかにねぐらである霊峰黒嶽に帰っていただくのが最善だろう」
それを聞いた、ザカリー第六騎士団長は残念そうな声を上げる。
「久しぶりに大きな捕り物ができるかと思ったのに、つまらねぇな。で? 何人で出る?」
クェンティン団長は、考え込む素振りで、長い指を髪に差し込んだ。
「あまり大人数は好ましくないだろう。黒き王に敵だと認定されたら、攻撃される恐れがある。彼の王を抑え込める程の人数を揃えることは、逆に危険を呼び込む。敵だと認識しないくらいの人数、……そうだな、魔物騎士団15、第六騎士団35ってところか?」
王都警護のクラリッサ第五騎士団長が口を差し挟む。
「まぁぁ、怖いわね。間違っても、黒き王が王都に彷徨い出ないようにしてね。私の可愛い王都民たちを危険にさらしたら、私はご機嫌が悪くなってしまうわよ」
「…………善処しよう」
ザカリー団長は、短く答えた後、先を続けた。
「生まれ変わってすぐは記憶が定着しないと言うから、黒き王が混乱して『星降の森』に彷徨い出たのかもしれねぇな。クェンティン、お前、黒き王のねぐらから洞窟の石とか遺体の一部とかを持ち帰ったんだろう? それを黒き王に見せたら、混乱している記憶が戻って、ねぐらに帰ってくれるんじゃねぇのか?」
「…………試してみよう」
クェンティン団長は目を伏せたまま答えていたが、一瞬だけ、伏せた視線を上げて私を見た。
――了解です、クェンティン団長。
騎士団で森を探索していると黒竜が現れて、クェンティン団長が石を投げて、黒竜がねぐらの方向に飛び去って行く。そういうことですね。
首元の隙間からザビリアを覗き込むと、私のお腹のあたりで気持ちよさそうにすーすーと眠っている。ふふふ、子どもねぇ。でも、きっと、ザビリアも反対はしないわよね?
了解したという合図で、私はにこりと微笑んだが、それを見とがめたシリル団長から苦言を呈される。
「クェンティン、会議中にうちの団員に流し目を送るのは止めてください。風紀が乱れます」
「ただの合図だ、シリル。黒き王探索にフィーア様のご同行を願ったところ、ご了承いただいただけだ。……はっ! オレは今日、フィーア様との初お目見えが叶ったばかりだというのに、視線だけで意思の疎通ができるようだ。お前は何倍もの時間を過ごしながら、まだそんなところにいるのか」
クェンティン団長が馬鹿にしたように答える。
瞬間、シリル団長は微笑みを浮かべたまま目を眇めた。
ちょ、も、子どもじゃないんだから、いちいち突っかかるのも、それを打ち返すのも止めてください!
張り詰めた空気にどうしたものかと困惑していると、クラリッサ団長がくすくすと楽しそうに笑い出す。
「モテモテねぇ、フィーアちゃん。でも、まだまだ焦らさないと。そうやって、止めに入ろうとソワソワし出すところは、我慢が足りないわ。もっともっと焦らして焦らして、耐えられないところまで二人を追い詰めてやらないと」
楽しそうにシリル団長とクェンティン団長を見比べているクラリッサ団長を前に、やってられないとばかりにデズモンド団長が嘆息する。
「ほら見ろ! 災厄を呼び込むのは、いつだって女性だ」
「……………………」
イーノック第三魔道騎士団長は、沈黙を守っている。
ザカリー団長は、ぐるりと周りを見渡すと、わざとらしいため息をついた。
「お前ら、サヴィス総長の御前だぞ。そのくらいにしとけ!」
そうして、一様に押し黙った団長たちをねめ付けると、「それじゃあ」と口を開いた。
「異論がなければ、出発は明朝だ。うちから35名を見繕ってくるから、クェンティン、お前も15名を選んで来い。オレとお前の出撃は必須。……さて、異論がある者は?」
しばらく待って、意見が出ないことを確認すると、団長たちは全員サヴィス総長を振り仰いだ。
総長は一つ頷くと、口を開く。
「それでいいだろう。……皆、無理はするな」
総長が承認したことにより、明日の出立は決定事項となる。
瞬間、団長たちは一糸乱れぬ動作で立ち上がると、拳を反対側の肩にあてた。私も含め、後ろに控えている騎士たちもそれに倣う。
総長は最後に立ち上がると、私たちを見つめながら浪々とした声を発した。
「天と地の全ては、ナーヴ王国黒竜騎士団と共に」
「天と地の全ては、ナーヴ王国黒竜騎士団と共に!」
総長の声に続けて唱和する私たちに軽く手を上げて応えると、総長は退出していった。
―――こうして、騎士団長会議は閉会した。









