39 騎士団長会議1
デズモンド第二騎士団長は、私を見ると口を開きかけたが、思い直したように頭を振った。
「どうしてクェンティンがびしょ濡れなのかとか、御前会議をすっぽかそうとしてまでフィーアとの食事を優先させているのかとか、疑問は山積みだが時間がねぇ。取りあえず急ぐぞ。だけど、後でまとめて聞くからな!」
デズモンド団長は、片手で食堂の入口を指し示すと、先に立って足早に歩き出した。
「くっ、どこかの団長が、らしからぬ行動を取っているかと思えば、またフィーアが関わってやがる……」
私の名前が聞こえた気がしたが、デズモンド団長のつぶやきは小さすぎて良く聞こえない。
仕方がないので、クェンティン団長とともにデズモンド団長の後を追いかける。
ザビリアは、定位置である私の団服の中にするりと入りこむと、お腹のあたりに顔をすりつけてきた。
これは、眠る気だな……
ぽんぽんと服の上からザビリアを軽く叩きながらしばらく歩き続けると、到着したのは騎士団の本棟だった。
多くの騎士が行き来する長い廊下を奥へ奥へと進んでいくと、ひときわ豪華な扉の前で立ち止まった。脇に控えていた2人の騎士が扉を開けてくれる。
扉の先にあったのは広々とした部屋で、中庭に面した一面には天井から床まで大きなガラスがはめられており、外からの光がきらきらと降り注いでいた。部屋の中央には、磨き抜かれた大きな円卓が置かれ、周りに並べられた椅子には数人の騎士が座っている。
「クェンティン、お前にしてはぎりぎりじゃないか」
着座している騎士のうち、錆色の髪の騎士が立ち上がって声を掛けてきた。その錆色の騎士は、数歩歩み寄ってきたところでクェンティン団長の後ろにいた私に気が付き、声を掛けてくる。
「フィーアじゃないか! 相変わらず、元気そうだな?」
「ええと、……」
どこかで会ったことがあったかなーと思いながら、ちらりと斜め掛けしているサッシュの色を確認する。
ああ、そうだ。フラワーホーンディアを討伐した夜の肉祭りで、部下を睨んでいた団長だわ。
「こんにちは、ザカリー第六騎士団長。はい、元気ですよ」
誰かと勘違いして親し気に声をかけられたようだけど、肉祭りの時にチラリと見かけただけの団長だ。口を利いたこともないので、当たり障りのない返事を返しておく。
「ははは、この前みたいにザカリーと呼び捨てないのか?」
言いながら、ザカリー団長は私の髪をぐちゃぐちゃにかき回す。
ちょ、止めてください。髪型がぐちゃぐちゃになりますから。
そして、誰と勘違いされているのか分かりませんが、私は騎士団長を呼び捨てにするような礼儀知らずではありませんから!
私が必死に心の中で言い返していると、ザカリー団長は腰をかがめ、私の首に腕を回して体を近付けると、耳元で囁いた。
「総長の個人エロ情報を共有する仲だ。お前なら、オレを呼び捨てても許すぞ」
ちょ、個人エロ情報って、何ですか、その頭の悪そうな単語は!
いや、もうホント、とんでもない人間と勘違いされているわよ、私!
慌てて言い返そうとしたけれど、既にザカリー団長はクェンティン団長に視線を移しており、その濡れそぼった髪に気付いて、驚いているようだった。
「おいおい、クェンティン! 水も滴るいい男とはこのことだな! どうした、頭から水を流して?」
対するクェンティン団長は、ああ、と言いながら何でもないことのように返事を返している。
「これか? フィーア様から、口に含んだ水を吹きかけられた」
瞬間、ザカリー団長は凄い勢いで私を振り返ると、素っ頓狂な大声を上げた。
「フィーア! お前はそんな趣味があったのか!!」
「ありません!!」
突然の言いがかりに、反射的に否定で返す。
な、なんてことを言うんですか、クェンティン団長! そして、大声をあげて注目を集めるのはやめてください、ザカリー団長!
誤解されてはたまらないと、慌てて説明を始めたけれど、ザカリー団長の大声にかき消される。
「というかクェンティン、お前もだ! なぜ、吹きかけられた水を拭わない! その状態が快適なのか?!」
快適な訳ないでしょう!! ザカリー団長は、言い方を考えてください!
ざわつき出した周りの騎士たちが、相手の女性を様付けで呼ぶなんて、クェンティン団長は完全ドMだな! と、つぶやいているのが聞こえる。
ちょ、待って、待って! この際、クェンティン団長の評判はどうでもいいとして、このままではペアだと思われている私の評判も悪くなるんじゃないかしら?
ダメダメ、そんなことになったら、オリア姉さんに怒られる!
というか、視線を合わせないようにしているからはっきりとは分からないけれど、あの斜め右から冷気を発しているのはシリル団長で、思い切り睨まれているような気がするんだけど。
「ちょ、ク、クェンティン団長、あれは不可抗力でしょう? 食事をしていた際に、たまたま、喉が詰まって、私が水を吹き出したんだったでしょ?」
必死になって言い募ると、ザカリー団長が驚いたような声を上げる。
「は? クェンティン、お前、フィーアと食事をしたのか? たとえ部下だろうが、お前は女性とは食事を一緒にしないんじゃないのか?」
え? 待って、待って! 何その、クェンティン団長専用ルール! そんなの後出ししてこないでよ!
何とかこの話題を鎮静化させたいと、次の言葉を探す私の気持ちも知らずに、クェンティン団長はうっとりとした顔で、好き勝手な言葉を続ける。
「フィーア様から誘われたんだ、オレに断る権利はない。それに、正確に言うと食事はしていない。フィーア様と同席して、食事が喉を通るものか。しかし、ご一緒できて本当に良かった。あの食事時間は、値千金だった。あんな時間を持てるなら、何を犠牲にしても本望だ。頭から水を吹きかけられることだって、いいアクセントだ」
周りの騎士たちは、クェンティン団長のうっとりとした表情と病的な発言に怖気を感じたようで、ぞっとしたような表情をしながら、全身で後ずさっている。
ええ、そうですね! ぞっとする気持ちは分かりますよ! 聞きようによっては、口から吹き出した水をかけられて喜んでいる、おかしな嗜好の騎士団長に見えますよね!
私は思わず一歩前に出ると、クェンティン団長を非難した。
「や、もう、ホント、いい加減にしてください! クェンティン団長、あなたの言葉選びのセンスは最低です! どうやったら、ここまで酷い話に持っていけるんですか!」
突然私から非難される形になったクェンティン団長は、おろおろしながら謝罪の言葉を口にする。
「フィ、フィーア様、怒らないでください! 心から謝罪しますから!!」
「だから、その言葉のセレクトが最悪なんですよ! もう、ホント、これ以上口を開かないでください!! 私の方こそ、勘弁してくださいよ!」
必死に叫んでいると、後ろから静かな声が響いた。
「相変わらず楽しそうだな、フィーア。騒がしいと思うと、必ずお前がいる」
振り返ると、部屋に入室してきたサヴィス総長と目が合った。どうやら、出席者が全員揃ったところで案内されてきたらしい。
「サ、サヴィス総長!」
私は救い主を見つけたとばかりに、サヴィス総長の名前を呼んだ。
総長は、片方の眉を上げると話の続きを促してくれる。
「どうした?」
話を聞いてくれそうな雰囲気に、思わず総長の足元まで走り寄る。
新人騎士が総長に相談事なんて、分不相応じゃないかなと思ったものの、今の私を救えるのは総長だけなので、必死に縋りつく。
そして、不敬だと誰かに咎められる前に、勢い込んで話し出した。
「聞いてください、サヴィス総長! 予定がかち合ったので、たまたまクェンティン団長と昼食をご一緒したんです! そして、食事中に突拍子もない話が出たので、思わず飲んでいた水をクェンティン団長に向けて吹き出してしまったんです。もちろん、吹き出した私が悪いのは承知していますよ。でも、なぜだかクェンティン団長がその話を再現すると、クェンティン団長と私は変態の一味みたいな話になるんです! このままでは、話を聞いた騎士はみんな、私に変な嗜好があると勘違いします! この魔物騎士団長の表現力を、どうにかしてください!!」
サヴィス総長は黙って私の話を聞いていたが、聞き終わると、聞いた言葉を咀嚼するかのように小首を傾げた。
「お前が関わると、有能な騎士たちがそろって不審な行動を取り出すことは承知している。初めて経験する刺激への反応なのだろうな。まぁ、クェンティンも疲れがたまって、おかしな方に振り切れてしまったのだろうし、しばらくすれば、元に戻るだろう」
「ありがとうございます、サヴィス総長!!」
我が意を得たりと、私は得意気に皆を振り返った。
クェンティン団長の奇行は、長期遠征による疲れによるものだとサヴィス総長が発言してくれましたよ。聞きましたね、皆さん!
「あなたが納得する形で話がついたようですね。だったら、こちらへいらっしゃい」
ふっと力が抜けたところで、涼し気な声が響いた。
声のした方を振り向くと、シリル団長が静かに微笑みながら手招きをしている。
「御前会議には、部下を一人二人同行させるものですが、今回私は一人でしてね。あなたは第一騎士団所属ですから、こちらへどうぞ」
言われて周りを見渡すと、円卓の周りに着座しているのは各団の団長のみで、それぞれの団長の後ろには一人か二人の騎士が立っている。
なるほどと思い、足を踏みだそうとしたところ、クェンティン団長に腕を掴まれた。
「何を言っているんだ、シリル。フィーア様はオレが連れてきたんだ。そして、現在進行形で当団の業務をしていただいている。オレと一緒にいるのが筋だろう」
クェンティン団長の言葉を聞いたシリル団長は、微笑みを浮かべたまま目を細める。
す、すごいですね、シリル団長! 微笑んでいるのに不愉快さを伝えてくるなんて、すごい高等テクニックです!
「はは、どちらについても角が立ちそうだから、オレのところにこい、フィーア!」
ザカリー第六騎士団長が声を掛けてくる。
……あ、あれ? 騒動を鎮静化させることに成功したと思ったのに、また新たな騒動に巻き込まれているような気がするんですけど? ……いつの間に??
状況が理解できずに立ち尽くす私に対し、サヴィス総長はおもしろそうに声を掛けてきた。
「さて、フィーア、お前はどこに行きたい?」
……いい質問です、総長。
正直に言うと、帰りたいです。









