37 第四魔物騎士団11
従魔舎の前では、既にシャーロットが待っていた。
「シャーロット、ごめんなさい! 待たせてしまったわね!」
申し訳ない思いでシャーロットに駆け寄ると、彼女はにこりと微笑んだ。
「ううん、フィーアは絶対に来てくれるって分かっていたから、待つのも楽しかった。フィーア、待ち合わせって楽しいね」
「ちょ、なにこの可愛らしいセリフは。シャーロット、私は立派なお姉さんになるからね!」
シャーロットのあまりの可愛らしさに、一瞬で骨抜きにされてしまう。
シャーロットは胸に瓶を抱えていた。中には緑色の回復薬が入っている。
「まぁ、シャーロット。泉から回復薬を汲んできてくれたの? ありがとう!」
お礼を言うと、シャーロットは嬉しそうに笑った。
更に笑わせたくなって、左手にはめたパペットでザビリアの真似をしてみる。
「こんにちは、シャーロット。僕、ザビリ……」
言いかけたところで、人前ではザビリアの名前を言ってはいけないとクェンティン団長に助言されたことを思い出す。
「ザビリンリン・リンゴスキーだよ! 青い鳥型の魔物。僕は幸せの象徴だから、出会ったら幸せになれるよ。ほら、ハッピー☆」
頑張って両手を振りながらパペットを使ってみたけれど、シャーロットの微笑みは困ったような表情に変わり、ザビリアに至っては珍しく嫌そうな表情になっている。
……あ、あれ、不発?う、うん、やめとこう。
私は空気を読んで、深堀りはしないタイプなんですよ……
気分を変えてシャーロットと一緒に従魔舎に入ると、怪我をした魔物を見て回ることにする。
シャーロットは以前から従魔舎に入り浸っていたようで、この魔物は、あの魔物はと、それぞれの個体について詳しく説明をしてくれる。
シャーロットの話を聞きながら、一頭目、二頭目、三頭目……と魔物を見て回るうちに、にこにこと笑っていたシャーロットの顔からだんだんと笑顔が消えてくる。
そうして、四頭目の魔物の前に来た時、シャーロットはきゅっと口を引き結ぶと、私の服を掴んできた。シャーロットが歩みを止めたので、私も止まる。
「どうしたの、シャーロット?」
不思議に思って尋ねると、シャーロットはぎゅっと眉根を寄せて口を開いた。
「フィーア、魔物のケガが治っている……」
「うん? 回復薬をあげているから、治るのは当然よね?」
……そういえば、シャーロットはこの緑の回復薬の効き目に疑問を抱いていたんだったわね。
様子を見た魔物たちはきちんと回復していたようだったから、シャーロットも緑の回復薬の効き目を信じる気になったんじゃあないかしら、と思いながら答える。
「…………ぜんぜん、当然じゃない。こんな、こんなに早くは治らないわ。どの魔物も、あと1週間とか10日とか、治るまでにもっともっと時間が必要なケガをしていた。どうして、ほとんどみんな治ってしまっているの……?」
「緑の回復薬は、使用者本来の回復力を高めるから。魔物は元々回復力が高いから、そのせいじゃないかしら?」
至極真面目に答えていると、シャーロットは両手でぎゅっと私の服を握ってきた。唇がふるふると震えだす。
「……この緑の水は、本当に回復薬なの?」
「ええ、そうよ」
私がにこりと微笑むと、シャーロットはぽろぽろと涙を流し出した。
「え? シャ、シャーロット? ど、どうしたの?」
「この回復薬、……すごい。誰も苦しまないし、ケガがすぐ治る。……私はこんな回復薬が、ずっとずっと欲しかった」
私はシャーロットをぎゅっと抱きしめると、ぽんぽんと背中を叩いた。
「ふふふ、じゃあ私が第一騎士団に戻った後は、シャーロットが魔物騎士団の騎士に緑の回復薬について教えてあげてね。……さっき、うちの団長が私の様子を見に来てくれていたし、近々私は第一騎士団に戻ることになると思うの」
言うと、シャーロットは弾かれたように顔を上げた。
「フィーア、いなくなっちゃうの?」
「私は第一騎士団の所属だから、元の所属に戻るだけよ。第一騎士団の団舎も王城内にあるし、会おうと思えばいつだって会えるからね」
にっこりと笑うと、私はシャーロットの目線に合わせてかがみこんだ。
「シャーロットにお願いがあるのだけど。緑の回復薬の泉のことだけど、あの泉では常に新しい水が湧き続けているから、何もしないと回復薬が薄まっていくの。だから、毎日一回、シャーロットの練習も兼ねて、泉に回復魔法を流してくれない? 量はこの前一緒に練習をしたくらいでいいから。あんまり流し過ぎると、魔力切れを起こすから注意してね」
どうかな? とシャーロットに尋ねてみると、彼女は黙って私を見つめてきた。
「フィーアは、……聖女様なの?」
「え?」
「私は出来損ないの聖女だから、上位の聖女様から時々ご指導いただくの。その時、聖女様は私の手を握って、回復魔法の流し方を教えてくださるんだけど、私はいつもよく分からなくて、結局毎回何も学べてないの」
それから、何かを思い出すかのようにシャーロットは視線を少し上に向け、中空を見つめた。
「この前、泉で回復薬を作る練習をした時、フィーアは私の手を握ってくれたよね。あの時、私は初めて魔力の流れを体の中に感じたの。フィーアが聖女様の訳はないって思い込んでいたから、あの時は気づかなかったけれど、あの後も左手から放出される魔力の量が多いとか調整をかけてくれたよね。……上位の聖女様たちからの教えとフィーアの教えが違い過ぎて気付かなかったけど、この緑の回復薬の凄さを見たら分かった。フィーアは、聖女様だわ。それも、私が見たこともないくらい強力な聖女様」
「あ―――……、シャーロット……」
「泉を丸ごと回復薬に変えてしまうなんて、上位の聖女様が10人がかりでもできやしない。……ねぇ、フィーア。教会には伝説の大聖女様の肖像画が飾られているの。膝まである鮮やかな深紅の髪に金色の瞳をした大聖女様。フィーア、あなたと同じ色をしているわ」
「…………」
「フィーア、あなたが聖女様と分かったら、その強大な力と伝説の大聖女様と同じ色合いの外見から、至高の存在と飾り立てられて、神殿の奥深くに隠され、崇め奉られるわ」
「あ――……。いや、それは、さすがに……」
勘弁だわー……と思って、思わず渋い顔になる。
前世でもそんな窮屈な生活はしていないのに。
シャーロットは何かを決意したような、きりりとした顔で口を開いた。
「私はフィーアの味方よ。フィーアが望まないことはやらないわ」
言いながら、小さな両手で私の手をぎゅっと握ってくる。
「ケガをした魔物のために回復薬の泉を作ったり、私に正しい聖女の力を導いてくれたり、フィーアの言動は聖女そのものだわ。それなのに聖女様であることを隠すのには、理由があると思うの。だから、私は誰にも何も言わない」
そこまで言うと、シャーロットはまっすぐに私を見つめてきた。
「お礼を言わせて、フィーア。私を聖女にしてくれて、ありがとう。私はずっと、聖女としての力がほしいって、聖女の力で皆を救いたいって思っていた。だから、聖女になれてとても嬉しい。ありがとう、フィーア」
シャーロットの言葉が、すとんと私の胸に落ちてくる。
「どういたしまして、シャーロット。立派な聖女になれて、おめでとう。私の思いを尊重してくれて、ありがとう」
しんみりと感傷に浸っていると、ザビリアが小さくつぶやいた。
「賢明だね、小さな聖女。もしもフィーアの望まないことをやろうとしたら、僕が相手をするところだったよ」
……ザビリアの言葉に不穏なものを感じたけれど、解決済みのようだったので口を差し挟まないことにする。
「じゃあ、シャーロット。残りの魔物の様子を見てみましょうか?」
気分を変えるために、あえて明るい声を出す。
そうして、シャーロットと残りの魔物の様子を見て回ったところ、ほとんどの魔物が復調しているようで、私はほっと胸をなで下ろした。
最後の一頭になった時、シャーロットがぽつりとつぶやく。
「この緑の回復薬は、本当にすごい。たった1回でほとんどのキズを治すし、使用した魔物がみんな友好的になるなんて……」
言われてみると、昨日の朝は牙をむき出しにしてきた魔物たちが、今日はおとなしく言うことを聞いている。
「フィーア……。あなたにとっては驚きでも何でもないみたいだけど、この回復薬は、出回っている透明の回復薬と比べると、別の物だと思えるくらい段違いの性能だわ。これは……こんな回復薬があるって分かると、大変なことになると思うんだけど」
「えっ? そんなに?」
……そう言われれば確かに、透明の回復薬を服薬した時は、信じられないくらいの激痛がはしったわよね。
ただあれは、私が回復魔法の使い手だからこそ、悪作用をして物凄い激痛になったのだし、普通の人が使ったら、そこまでの痛みはないと思うんだけど……
ああ、でも、回復速度は透明の回復薬よりはだいぶ早いのかしら?
自分で使った時は、効果を待たずに自己治癒しちゃったから、そこら辺は不明なままだったのよね。
うん、物事を改善する時は、現状把握が基本よね。ということは、やっぱり、あの透明の回復薬を1回は実体験してみるべきなのかしら……。うわあ、人体実験ね、気が進まないな――……
思考が別の方向に向かい出したところ、シャーロットに引き戻される。
「ねぇ、フィーア。しばらくの間、この緑の回復薬は、ここにいる魔物専用にした方がいいと思うのだけれど。魔物専用だから色が濁っているって言えば、みんなも納得するだろうし」
「なるほど。……何だか、シャーロットって、子どもなのによく考えているのね……」
私は、ちょっと驚きながら同意した。
ザビリアといいシャーロットといい、子どもたちは賢いわ……
私も頑張らなくちゃあ!
前向きにやる気を出していると、ザビリアがぽつりとつぶやいた。
「フィーアは、そのままがいいと思う。あなたがやる気を出すと、大変な未来しか見えない……」
まぁ、ザビリア。私だって、結構役に立つのよ!
私は「見てなさい」とつぶやき、ザビリアからは「勘弁してください」と返された。









