36 第四魔物騎士団10
「…………………………」
大型の肉食獣のようにしなやかな身のこなしをするクェンティン団長は、私が差し出したパペットに視線を落としたまま、しばらくの間一言も言葉を発しなかった。
……あれ? 私の発言って、返答が難しいようなものだったっけ?
会話を思い返していたら、ふいにザビリアに言われたことを思い出す。
……ああ、そうだった。まずは、このパペットについて丁寧な説明から始めろって、助言をもらっていたんだった。
私は、改めてクェンティン団長に向き直ると、にこやかに口を開く。
「このパペットには、実は二役あるんですよ。つまり、ブルーダブを模したパペットと、ブルーダブの防寒着という、2つの役割を兼ね備えているんです!」
それでもまだ、クェンティン団長は沈黙を守っている。
あれ? もしかして、クェンティン団長って寡黙なタイプ?
だったら、私はお呼びじゃないわね。
「まぁ、そういうことで……」とお茶を濁しながら後ろに下がろうとしたところ、突然、クェンティン団長が口を開いた。
「これは、まるで生きているかのような、素晴らしい造作ですね。芸術に造詣が深い方というのは、全てにおいてその傾向があらわれると聞きます。ことさら、あなたは言葉遊びに優れていらっしゃるように思います。『青い鳥』をモチーフにされるあたり、素晴らしい閃きです。青と黒のコントラストの妙ですよね」
「…………………………」
どうしよう。クェンティン団長が何を言っているのか、分からない。
対応に困って、しかし、いまさら皆の位置まで下がることもできずに返事を考えていると、ギディオン副団長が素っ頓狂な声を上げた。
「だ、団長、こいつは、ただの平の騎士ですよ。何で敬語なんて使っているんですか? それに、布の塊にしか見えないなら、正直に……」
しかし、ギディオン副団長は、自分の言葉を言い終えることが出来なかった。
なぜなら、話している途中で、だん! と思いっきりクェンティン団長に足を踏まれ、苦悶の表情を浮かべる羽目になったからだ。
……あらあら、ギディオン副団長。シリル団長に怒られてしょげていたかと思ったのに、もう普段通りですか。
というか、婦女子の製作品に対する口の利き方が、なっていないようですね。
紳士な直属の上司であるクェンティン団長から、お仕置きをされているじゃあないですか。
うんうんとクェンティン団長の行為を肯定しながらシリル団長を振り仰ぐと、どういう訳かこちらも首をかしげている。
「どうしたのですか、クェンティン? おべっかを使うなんて、あなたらしくもない。長期の遠征で、どちらかに不調がきているのでしょうか? この場合、どちらかというのは脳ですが」
シリル団長が発言した途端、クェンティン団長は鬼のような形相になり、シリル団長に向き直った。
「シリル、お前に話がある」
そうして、部屋の端までシリル団長を連れて行ったかと思うと、胸倉を掴み、小声で詰め寄っている。
「いいか、モンスターの扱いには、オレが一番長けている。命が惜しければ、オレのやり方に口を出すな!」
「あなたは、何の話をしているのです? まさか、ブルーダブを凶悪な魔物と誤認しているわけではないですよね? 魔物騎士団長ですもの、それはないでしょう?」
「だから! もうホント、お前は黙っていろ! どの言葉が刺激になるか分からないんだから、下手なことは一切話すな!!」
壁に背を押し付けられた形になっているシリル団長は、不思議そうにクェンティン団長を見つめていたが、従うことにしたようだった。
「いいでしょう。全く意味は分かりませんが、あなたの遊びに付き合いますよ」
「くっ、お前は真正の不感症だ! オレの苦労を全く分かっていない!!」
それから、シリル団長とともに戻ってきたクェンティン団長は、再度私に向き直ると今度はザビリアを褒め出す。
「シリルはしっかりしているようで、物事を何も分かっていないんです。この青いような黒いような魔物が、どれほど強大で美しく、気高いかということをね。失礼なことを申し上げて、誠に申し訳ない」
シリル団長は珍しく笑顔を消し、全く理解できないという顔で首をひねっている。
……大丈夫です、シリル団長。私も全く理解できません。
シリル団長が理解できないという状態は、至極普通だと思います。
クェンティン団長は、にこやかな笑みを作ると、ソファを指し示した。
「立ち続けているのも、疲れるでしょう? とりあえず、お座りになりませんか?」
しかし、視線をソファからローテーブルに移した途端、クェンティン団長は笑顔を消し去り、ぎくりと身を竦ませた。
「おい、待て! どうして、ローテーブルが真っ二つになっているんだ! お前か、シリル!!」
クェンティン団長は、確信を持ってシリル団長を弾劾した。対するシリル団長は、不満げな表情を作ると、言葉を返す。
「『疑わしきは罰せず』という法諺を知らないのですか? 犯罪の証拠がない者を、むやみに疑うものではありませんよ。たとえ私が犯人だったとしても、この非難の仕方は不愉快です」
「いや、これ、ブラックアイアンウッド製だからな! もっのすごく堅いから! ギディオンやパティが壊せる堅さじゃないから!! お前以外の誰が……」
淀みなくシリル団長を非難していたクェンティン団長だったが、突然、はっとしたように言いさした。
そして、バツが悪そうな顔をして私を振り返る。
「……もしかして、あなたが壊されたのですか?」
「え?」
わ、私?
……いやいや、か細い新人騎士ですよ。そんな厚いテーブルを壊せるわけがないじゃないですか。
しかし、何かを誤解したようなクェンティン団長は、取ってつけたような笑顔を張り付けると、私に向かって話しかけてくる。
「……いや、あなたでしたか。それは、逆に助かりました。このテーブルは、少し大きすぎて困っていたのですよ。半分の大きさになったら、さぞ使いやすいだろうと常々思っていたのです。真っ二つに割っていただいて、ありがとうございました」
シリル団長は、いよいよ気味の悪いものを見る目つきでクェンティン団長を見つめ出す。
「クェンティン、あなた、何か悪いものを食べていますよ。自分では気付いていないようですけれど、あなたのそれは完全なる異常行動です」
「お黙りたまえ、シリル君。もうほんと、来年まで生き延びたければ、オレの言うことを聞いてくれ」
「あなた、普段使い慣れていないので、おかしな言葉遣いになっていますよ。……ええ、確かにあなたの遊びに付き合うとは言いましたけれど、私は未だに、あなたの遊びのルールを理解できていないのですけれど」
「そうだろうな。正直、オレも自分が何をやっているのか、正しく理解できてはいない」
「……あなたの言っていることは、支離滅裂です。やはり、長期の遠征で脳に不調をきたしているのではないですか?」
……う――ん。
私は困った思いで、言い合う二人の団長を見ていた。
シリル団長とクェンティン団長の仲が良いのは分かったけれど、このふざけた会話はいつまで続くのだろう。
私はそろそろ、シャーロットに会いに行かないといけないんだけどな。
困った思いでもじもじとしていると、シリル団長が気付いて、声を掛けてくれた。
「どうしました、フィーア。何か気になることでもありましたか?」
「ええと、シャーロットとの約束の時間が迫っているので、よければちょっと席を外したいなぁ、なんて」
「シャーロットとは、どなたです? 第四魔物騎士団の騎士ですか?」
「いいえ、王城住まいの聖女ですよ。今日は、これから一緒に怪我をした従魔に回復薬を投与する約束をしているんです」
正直に答えると、シリル団長は一瞬言葉に詰まったようだった。
「…………あなたは、聖女様からお名前を呼ぶことを許されたのですか? そうして、聖女様に同行することも許されたのですか?」
「ええと、まぁ、そうですね。シャーロットは家族と離れて暮らすことが寂しいようですので、私のことを母親みたいに思っているのじゃあないでしょうか」
シャーロットから名前を呼んでほしいと言われた時のことを思い出しながら答えると、シリル団長は酸っぱい物を飲み込んだような顔をした。
「その聖女様がおいくつか分かりませんが、どんなに幼くても10歳近くはあるはずです。あなたが5歳で子どもを産めるとも思いませんので、姉のように慕われているというのが的確かと思います……仮に、あなたが慕われていたらの話ですが。そして、姉役の方が私も安心できます。あなたに母親として教育された聖女様とやらは、恐ろしくてお近づきになりたくもないですね」
「まぁ、シリル団長ったら。強さを誇る第一騎士団長が面白い冗談ですね。あんな小さな聖女様を怖がるなんて」
私は、おかしくなってシリル団長の冗談にふふふと笑った。
笑いながら大事なことを思い出し、シリル団長に向き直る。
「シリル団長、紹介します。私のかわいい従魔のザビリアです。この子は0歳で従魔になったので、実質私が母親のようなものですよ」
言いながらザビリアの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めている。
ふふふと思わず笑っていると、クェンティン団長のかすれた声が聞こえた。
「フィ、フィ、フィーア様。……じゅ、従魔様は、頭文字のアルファベットで呼ぶのはいかがでしょうか?」
「はい? 頭文字のアルファベットですか?」
私は、何かを思い出しかけて記憶をたどる。
……そういえば、ギディオン副団長の従魔もアルファベットで呼ばれていたような。
「そ、そうです。直接名前を呼ぶと、周りにいて偶然聞き知った者が従魔様のお名前を呼んでしまうかもしれませんよ。……はは、不覚にも一瞬想像してしまいましたが、背筋が凍るような恐ろしい話ですね……」
言いながら、クェンティン団長は前髪をかき上げる。
「契約主以外から名前を呼ばれることを従魔は嫌いますから、我が団の魔物は全てそうしています。い、いや、でも、あなたの従魔様はお名前に誇りを持っていらっしゃるかもしれませんし、そうだとしたら、アルファベットで呼ぶのはお勧めできませんね。その場合は、絶対に、決して、何があろうとも、他人の前で従魔様のお名前を呼んではいけません」
物凄く力を込めて、クェンティン団長から力説される。
ふむふむ、やっぱり魔物騎士団長だけあって魔物の取り扱いには一家言があるのですね。素敵です、クェンティン団長!
「なるほど。言われてみれば、その通りですね」
言われたことに納得してうんうんと頷いていると、ギディオン副団長が馬鹿にしたような声を上げる。
「団長、こんなラッキーチャンスで従魔を手に入れた奴にまで、ウチのルールを教えてやる必要はありませんよ! 第一、こんな最弱魔物の名前を呼んだからと言って、大したことは起こらないでしょう。せいぜい、つつかれるくらいだ。なぁ、ザビ……げぼおっ!!」
ギディオン副団長は最後まで言い終えることができなかった。なぜなら、クェンティン団長がすごい勢いで自分の膝を副団長の腹部にめり込ませたからだ。
「……な、ぐ……っっ、……だ、だ、だんちょ……?」
苦悶の表情を浮かべ、意味が分からないといった風にクェンティン団長を見上げながら、ギディオン副団長は床に沈み込んだ。
そんなギディオン副団長を冷たく一瞥すると、クェンティン団長は激高して叫び出した。
「どいつもこいつも不感症か! もう、お前らまとめて全員口を開くな!! それとも肉塊か? お前らは、まとめて肉塊になりたいのか?!」
……あれれ、大型の獣が咆哮し出しましたよ。
空腹か何かで機嫌が悪いのかしら?
私はさり気なく出口に向かうと、扉の前で小さな声を出した。
「これからお取り込みそうなので、私はお暇しますね。シリル団長、業務の進捗確認にきていただいてありがとうございました。進度が見えたら、改めてご連絡に伺います。パティ副団長補佐、回復薬投与について進展があったら、またご報告に伺います。クェンティン団長、……お疲れのようですから、お腹いっぱいごはんを食べて、たっぷり眠ることをお勧めします。ギディオン副団長、床で眠ると風邪をひきますよ。では、フィーア・ルード、失礼いたします!」
最後の一言だけ声を大きくすると、何かを言われる前に素早くドアから外に出る。
はぁー、危ない危ない。シャーロットを待たせるところだったわ。
私はザビリアを肩にのせたまま、できるだけ速足で歩き出した。
歩きながら、クェンティン団長の助言について尋ねてみる。
「クェンティン団長はああ言っていたけれど、ザビリアは頭文字で呼ばれるのをどう思う?」
「フィーアが呼びたいように呼んでいいよ。でも、長い間、誰も僕の名前を呼ばなかったから、名前を呼んでもらえると嬉しいな」
……そうか、だったら私はザビリアの好みでいくわ。
「じゃあ、ザビリアはザビリアってことね」
私はにっこりと笑うと、ザビリアとともに従魔舎に向かった。
お読みいただき、ありがとうございます。
おかげさまで、ブックマークが2万件を超えました。
評価も入れていただいて、5.5万ポイントを超えました。
また、感想・誤字脱字のご報告もたくさんいただいています。新しいレビューも。
皆さま、本当にありがとうございます!









