【SIDE】第四魔物騎士団長クェンティン
オレは、クェンティン・アガター。第四魔物騎士団の団長を務めている。
第四魔物騎士団は、騎士団の中でも異色だ。
当団の団員は、従魔とともに戦うことを常態としているので、自分の肉体一つで戦いに赴く他の騎士からは浮いている。
従魔というのは、ここ100年程の間にできた新たな技術だ。解明できていない部分も多い。
そのため、実際の戦闘において、魔物を完全に従わせることはできず、想定した戦い方を展開できずに歯がゆい思いをした経験は何度もある。
―――この場面で、あと一歩引かずに従魔が踏みとどまってくれたら。
―――このタイミングで、従魔たちが連動して攻撃をしてくれたら。
そんな想定とは異なり、ほんの少しだけ従魔の動きがずれ、結果が伴わないのだ。
実際に悔しい思いをしているのは、従魔を上手く扱えなかった我が団の騎士たちだ。
常日頃から世話をし、ともに訓練をしている従魔を上手く使役できず、結果として従魔たちの評判を下げてしまうことに痛恨の思いを感じている。
にもかかわらず、他団の騎士は、一律に第四魔物騎士団の力不足として扱う。
彼らには、従魔というものが新しい技術であるとか、解明できていない部分があり、現在も試行錯誤中であるとかは関係ないのだ。
―――結果が全て。
戦闘では死を伴うこともあるから、間違っているとは言えないが、一段格下に見られ、出来損ないの扱いを受けている我が団の騎士たちは、他団に対して不信感と猜疑心、さらには敵愾心を募らせてしまっている。
血気盛んなのが、副団長のギディオンだ。
奴は心根は悪くなく、単純で素直、正義の味方でもあるのだが、いかんせん直情的で短慮だ。一つの誤解で、長所が短所に切り替わる。
オレがコントロールして初めて、奴は上手く機能するところがあるのだ。
あるのだが、オレは特命のため、団を長期不在にすることが決まっていた。
その間の団運営をギディオンに任せることに心配が残り、補佐としてパティを付けた。
上手く機能してくれればよいのだが……
総長から受けた特命は、黒き王の捕獲だった。
魔物には、魔物の勢力図がある。この大陸を治めている三大魔獣の一角が欠けたのではないかとの情報がもたらされたのが、半年前の出来事だ。
大陸の北の端、霊峰黒嶽の上空に赤竜が飛んでいたとの目撃情報が入ったのだ。
その後、赤竜は彼の地に降り立ち、しばらくの時間を置いて、再び空に舞い上がったという。
霊峰黒嶽は、もうずっと長いこと一頭の黒き王が治めており、その絶対的な力によって他の竜族の立ち入りを一切許さなかった土地だ。
その上空に黒き王以外の竜が羽ばたき、さらにはその地に降り立って、生きて再び空を舞うことが出来たということ。
―――それは、即ち黒き王の不在を意味する。
「いつの間にか、千年経っていたのか……」
その話を聞いた時、オレは思わずつぶやいた。
人間の営みでは想像もつかないが、黒竜は千年生きる。
古代種で、他の竜種とは全く異なる黒竜。彼の黒き王は、千年の長きを生き、そして、生まれ変わる。
通常、竜種は卵生だが、黒竜は全く異なる生態をしていて、死の間際に自らを幼生体として産み落とす。そして、名と記憶を継承し、古き体は朽ちていくのだ。
魔物を従魔とする時には、魔物を完全に屈服させ調伏する必要がある。
これは、魔物と同等の強さでは成しえない。魔物が、絶対的に勝てないと思えるほどの強さが必要で、そのためには、魔物よりも数段上の強さが必要となる。
つまり、SSランクの黒竜を従わせるためには、それ以上の化け物的な強さが必要で、複数の騎士団で対応しても、調伏させられるとは言い切れない。なかなかに、非現実的な話だ。
しかし、黒竜には例外の時期がある。それが、幼生体だ。
成体となるまでの約一年間、黒竜の体は小さく能力も不完全だという。生まれてしばらくは、特にそれが顕著らしい。
そして、竜種が卵生である以上、刷り込みが有効である可能性が高い。
生まれて初めてみたモノを親と思い、従順に従うというやつだ。
黒竜は単為生殖を行うため、どこまで有効かは不明だが、試してみる価値はある。
黒竜は、王家の紋章にもなっている通り、我がナーヴ王国の守護獣だ。
実際は、天災級の凶悪な魔物なのだが、王家の紋章として国中のそこここと示し続けた結果、国民からは王国の守護獣として崇めたてられるようになった。
黒竜が、ねぐらである霊峰黒嶽から滅多なことでは離れず、その凶悪さを目にする機会がないことも一因ではあるだろう。
何にせよ、黒竜が幼生体になるのは千年に一度で、今は、この絶対的な魔物を従えさせることができるかもしれない千載一遇のチャンスだ。
オレは、特命を受けるとすぐに、北方守護を担当する第十一騎士団とともに、霊峰黒嶽に向かった。
彼の地は、荒れに荒れていた。
―――絶対王の、突然の不在。
新たにその地の王を目指す魔物たちがひしめき合い、群雄割拠の様相を呈していた。
やっとの思いで、霊峰黒嶽の最奥にある洞窟にたどり着いたものの、中はもぬけの殻だった。
巨大で美しい、朽ちた黒竜の亡骸が横たわっていただけだ。
生まれ変わってすぐは、記憶も力も定着しないという。
混乱して、どちらかに彷徨い出たというのだろうか。
竜は基本的に陽の光を嫌う。だから、いずれかの洞窟、あるいは暗所に黒竜がいる確率が高い。
団の運営が気にはなったものの、それから半年間、オレは各地の騎士団とともに大陸中の洞窟を回り、黒竜の幼生体を探し続けた。
しかし、いずこからも、黒竜の痕跡すら見つからない。
そうして、またもや洞窟探索が空振りに終わり、意気消沈していたところに、王城から早馬が届いた。
なんと、王城に近い「星降の森」に黒竜が現れたという。
聞くところによると、黒竜は雷雨と黒雲をまとい、空を割って現れたという。
森の近くにいた複数の者からの目撃証言だ。
彼らは一様に、その竜は黒く、美しく、気高くて、正に竜王だったと口を揃えているという。
報告を聞いたオレは、胸躍らせるとともに、落胆した。
胸躍ったのは、伝説と言われる黒竜を実際に目にすることができるかもしれないという期待から。
落胆したのは、黒竜が想像以上に成長しており、捕獲は不可能になったのではと想定されたからだ。
色々な思いに苛まれながらも、オレは王城に取って返し、まずは、総長に帰城の報告をしに行った。
総長からは、長期の遠征を労う言葉をいただき、成果を出せていないオレは、ただ恥じ入るばかりだった。
疲労を感じながらも、慣れ親しんだ第四魔物騎士団の団長室に向かう。
ギディオンは、上手くやれているのだろうか。
幾ばくかの不安を覚えながらも、団長室の扉を開くと……
目に入ったのは、2体の天災級の化け物だった。
「勘弁してくれ。……少し不在にしていただけで、なんでオレの部屋に天災級の化け物が二体も引き入れてあるんだ?」
疲れもあって、思ったままの言葉が口から出てしまう。
……昔から、オレには相手のエネルギーがぼんやりと見えた。
強さだけではなく、その相手が持っている何がしかの能力が、エネルギーとしてぼんやりと見えるのだ。例えるなら、その者の体を煙が覆っているような風に見える。
その煙の多寡で、相手の力を量るのだが、実際の能力と比較した時に、いまだ大きくズレたことはない。
魔物騎士団に入隊して多くの魔物と接し、そのエネルギーを確認することで、オレの能力は更に磨かれてきたとも思う。
そんなオレの前に、見たこともない程のエネルギーの塊が2体も同時に現れたのだ。
初めての経験に、思わず顔が歪むのが分かる。
そして、全身が硬直するような緊張に襲われるとともに、瞬時に汗が噴き出してくる。
無意識のうちに一歩下がって距離を取ると、慎重に観察をし始めた。
少女騎士らしき者の首元から顔を出している青い魔物が、モンスターのうちの一体目だ。
一体目だが……―――何だ、コレは?
体積は小さいが、尋常じゃない程の圧がある。エネルギーの凝縮の程度が、度を超えている。
きっと、コレ一体で、この建物くらいは軽く吹っ飛ばすんだろうな……
はあ……、困った。
コレが何かなんて、分かりたくはなかったが、答えが分かってしまった。……気がする。
オレは、何度かSランクの魔物を見たことがあるが、こんなレベルには到底達していなかった。
Sランクの魔物が数体現れた方が、まだ可愛いと思える。
分かりたくはないが、……多分、コレはSSランクの魔物だ。
……そうして、今、この時期に、「星降の森」に近いこの場所に存在しているとしたら、……黒竜じゃないか?
ははは、困ったな。
何で、探し求めていた黒竜が、よりにもよってオレの執務室にいるんだ?
絶望的な思いで黒竜らしき魔物を見つめていると、少女騎士らしき者の首元からぴょこりと飛び出し、肩にのってじゃれている。
……そういえば、絵本にあったな。幸福の象徴である青い鳥を探し求める話が。
あの結末は、青い鳥を探せず意気消沈して家に戻ったら、その家の中にこそ、青い鳥がいたってやつだった。幸福は、実は身近にあるということを示唆する童話だ。
はは、は、よく見たら、この黒竜と思われるモンスターは、青い鳥を模しているじゃあないか。
あの童話を踏まえて模しているとしたら、とんだブラックジョークだ。悪趣味極まりない。
探し求めていた黒竜が、実は、オレの執務室にいました。
狭い執務室の中で黒竜に襲われ、逃げ場がない騎士たちは全滅しました。
黒竜という名の絶対的な死は、オレの身近にありました。
―――ああ、すごいブラックジョークだな。
そして、このブラックジョークを組み立てたのが、2体目のモンスターだとしたら……
オレは、血の気が引いて冷たくなってきた両手を握りしめると、見たくもなかったもう一体に目を向ける。
ソレは一見、青い騎士服を着た少女騎士だった。だが……
……こっちは、本当に、………………何なのだろう。
……エネルギーが大きすぎて、輪郭も見えない。
何で、みんな、コレと同じ空間にいて平気なんだ。
………無理だろ、コレ。背中がぞくぞくして、耳鳴りががんがんして、とても立っていられないレベルだ。
見えるモノしか見えない奴らが、羨ましい。
多分、オレ以外の奴には、小さな青い魔物を肩に乗せた少女騎士が見えているのだろう。
だが、肩に乗せているのはSSランクの黒竜で、本人は黒竜以上のモンスターだ。
何より、黒竜が小さな雛のようにじゃれて遊んでいるなんて、このモンスターが黒竜よりも圧倒的なパワーを持っているという証拠じゃないか。
……コレは、どうやって収拾をつける?
そもそも、結末に選択肢があるのか?
何をやっても全滅の未来で、このモンスターは足掻くオレたちを嘲笑うために、ここにいるのじゃあないのか?
「青い鳥」に模した「黒い竜」のブラックジョークを仕掛けてくるような悪趣味なモンスターなら、十分にあり得る話だ。
震える手で髪をかき上げ、取りうるべき最善の一手を探し続けていると、その少女騎士らしきものは、不用意に距離を縮めてきた。そして、嬉しそうな表情を作って、口を開いてくる。
「初めまして、クェンティン団長。第一騎士団のフィーア・ルードです。ふふ、魔物二体と言われましたが、実は、一体は私が作ったパペットなんですよ!」
そう言いながら、左腕にはめた不格好な布の塊を突き出してくる。
―――これは、罠か?
正解があって、それ以外の答えを口にしたら、その瞬間に肉の塊にされるのだろうか?
背中を気持ちの悪い汗が流れ落ち、からからに乾いていたオレの団服が、ほんの数分で汗まみれになる。
一見、何でもない会話に隠された、死を賭けた高等な言葉遊び、なのか?
―――それは、人生で最も難しい発言を求められた瞬間だった。









