34 第四魔物騎士団8
シャーロットはぽかんとした顔で固まっていた。
「………………泉が全部、回復薬?」
そして、茫然とした声を出した後、申し訳なさそうな顔をする。
「え、ええと、フィーア。あのね、回復薬は透明な色をしているのよ。この泉は、緑色になっちゃったから、回復薬じゃあないと思うの」
「うふふ、透明の回復薬は失敗作なのよ。これが、本物で――す!」
私は得意げに言ったけれど、信じられていないようでシャーロットは申し訳なさそうな顔で黙っている。
ザビリアに至っては、草の上に体を伸ばして寝転がり、聞こえないふりをしている。
むむう。結構役に立つことをやったのに、こんなに関心を持たれないなんて……
私は、もってきた小ぶりの瓶に泉の水をすくうと、ザビリアを抱きかかえた。
「とりあえず、お昼を食べに行こうか。私、魔りょ……体力がからっぽになったから、お腹がぺこぺこだし、ふらふらなの」
「うん、魔力に関しては、相変わらず見事だね。フィーアの魔力は、ぴったり空っぽになっているのに、僕の魔力には1ミリも食い込んでいないなんて、どうやったらここまで正確にコントロールできるんだろうね」
感心したようにぼそぼそとつぶやくと、ザビリアが服の中に入ってきた。
「ええと、シャーロット。だいぶ遅くなって申し訳ないんだけど、一緒にお昼を食べない? 私、お昼の後に、もう一度従魔舎に回復薬をあげにいこうと思っているんだけど、よかったら一緒にどう?」
「行く!」
シャーロットはきゅっと私の手を握ってきた。
ああ、もう、可愛いなぁ。
シャーロットの魔力は使用量をコントロールしたから、2~3割は残っているはずだ。
だから、私のようにふらふらではないだろうけど、昼食の時間を大幅にずらしたことは反省しないと。子どもの食事って、一食一食が大事だからね。
ええ、昔っから、熱中すると周りが見えなくなるのは、悪い癖だわ…………
私は、シャーロットと城内の食堂に向かった。
お昼の時間からずれたせいで、食堂は閑散としている。
「あれ、フィーア?」
シャーロットと向かい合わせで食べ出したところで、聞き慣れた声がした。
振り返ると、トレーを持ったファビアンが立っていた。
「ファビアンも今からお昼なの?」
「副団長からの特命を処理していたら、ちょっとお昼がずれ込んでしまってね。でも、フィーアに会えたから良かったよ」
それから、ファビアンはシャーロットに向き直る。
「初めてお目にかかります、第一騎士団のファビアン・ワイナーです。ご一緒させていただいてもよろしいですか、聖女様?」
シャーロットが頷くのを確認すると、ファビアンは私の隣に座った。
そして、興味深そうに尋ねてくる。
「フィーアは第四魔物騎士団で仕事をしていると聞いていたのだけど、どうして聖女様とご一緒なのかな? それから、そんなにお腹が膨れるほど、何を食べたの?」
「いや、騎士の目って節穴よね。どうして、誰もかれもこのふくらみを自前のお腹と思うのかしら?仕事ばっかりしているから、一般常識が欠落してくるのかしら。これはねぇ、服の中に従魔を入れているのよ。そして、シャーロットとは、今までちょっとした練習をしていたのよ」
「……フィーアには、従魔がいたんだ。そして、聖女様をお名前でお呼びして、二人で時間を過ごすほど親しくなったんだ。フィーアって、本当に予想もつかないというか、ちょっと目を離しただけで、とんでもないことになっているよね」
ファビアンが、呆れたといった風に見つめてくる。
「まぁ、フィーアが元気そうで安心したよ。シリル団長も、フィーアが第四魔物騎士団にきちんと受け入れられているのかを心配されていたからね。ああ、シリル団長といえば、最近、少しお疲れみたいだから、心労を減らす意味でも、フィーアが早く戻ってこられるといいね」
私は、お肉をむしゃむしゃと咀嚼しながら首を傾げた。
……シリル団長が疲れているって、何かあったのかしら?
ああ、もしかして、例の面と向かって文句を言われたってのが、まだ効いているのかしら?
シリル団長って、ずっと一位を取ってきたタイプだろうから、打たれ弱い気がするのよね。
それから、ファビアンは、私にばかり話しかけていたことを申し訳なく思ったようで、きらきらスマイルでシャーロットに話しかけていた。シャーロットは真っ赤になって、言葉少なに答えている。
まぁ、ファビアンのきらきら光線は、こんな少女にも効くのね。ホント、無敵だな。
その後、ファビアンと別れた私は、シャーロットと手をつないで従魔舎に向かった。
魔力が枯渇した時のふらふらした感じがなく、体が軽い。
あれ?私、今、魔力が空っぽのはずなのに、何でこんなに元気なのかしら?
というか、魔力が半分くらい戻っているな。あれ……
襟の隙間からちらりとザビリアを覗き込む。
うん、これは、ザビリアが分けてくれたのね。ふふ、優しい子。
従魔舎に着くと、なぜだか、一斉に魔物が振り向いてきた。
そして、私たちの方を向くと、檻に鼻先をくっつけて、甘えたような声を上げ出す。
「え? な、何? これは、どういうことなのか分かる、シャーロット?」
「わ、分かんない。私もこんな魔物たちは初めて見た……」
結構な勢いで甘えてくる魔物たちを前にちょっと腰が引けてしまい、思わず後ずさる私とシャーロット。
けれど、仕事、仕事。仕事をしないと。
私は、お皿に先ほどシャーロットと作った回復薬を入れると、ケガをしている魔物の檻に入れる。
また、ザビリアに手伝ってもらわないとダメかなと思っていると、どういうわけか、魔物はさっさと回復薬を飲みだした。
へ? 何で?
首をかしげていると、服の中でザビリアが私にだけ聞こえる声でささやいた。
「フィーアはさっき、回復魔法を使ったでしょ。だから、魔力があなたの中を巡って、甘い匂いがそのケガした所から溢れ出ているんだよ。聖女の血の匂いって、魔物にとっては極上だから。普通の魔物なら、フィーアを食べようとするところだけど、人間の契約主を持っている従魔は、ただあなたと仲良くしたいみたいだね」
「へ、へぇ……」
そういえば、さっき、バイオレットボアーに引っかかれた傷を治してなかったな。うん、血が出ているね。
それに、思い出したけど、以前、ザビリアに攻撃されて死にかけた時に、ザビリアはたくさんの魔物を倒していたわよね。
あの魔物たちも、聖女の血の匂いに魅かれて寄ってきたってザビリアは言っていたなぁ……
ん――? でも、前世では、魔物が私の血に魅かれるってことは、なかったと思うんだけれど……
不思議に思っていると、心を読んだかのようにザビリアが答えてきた。
「前世では、精霊と契約をしていたんでしょう? 精霊が力を貸していたんだと思うよ」
……なるほど。私は、知らないところで、色々と助けられていたのね。
それから、ケガをしている魔物に緑の回復薬を飲ませて回った。
魔物たちは、借りてきた猫のようにおとなしくなり、というか甘えん坊になり、檻越しにすり寄ってきて甘えた声を出す。
な、なんだこれ。可愛いんだけど……
そして、今回は、回復薬を飲んだ魔物はちっとも苦しまなかった。
いくら時間が経っても、ただ甘えるだけの魔物たちを前に、シャーロットが困ったようにつぶやく。
「……フィーア、やっぱりこの緑の水は、回復薬じゃあないと思う。だから、薬が効いてなくて、痛みもないんじゃないのかなぁ……」
「ふふ、私は、シャーロットは立派な聖女で、この緑の水は回復薬だと思うけどね。一晩様子を見てみましょう」
そうして、翌朝一緒に魔物の様子を見る約束をすると、シャーロットと別れた。
その夜、突然思い立って、ザビリア用に新たな裁縫製品を一つ作った。
満足した気持ちで出来上がった製品を見つめた後、既に眠っていたザビリアを起こさないように、静かにベッドに横になる。
そして、眠る直前にふとシリル団長のことを思い出した。
ファビアンが疲れているって言っていたけど、大丈夫かしら?
よく眠れているといいんだけ…………
そこで、私は眠りに落ちた。はい、私は健康体のようね。









