32 第四魔物騎士団6
ええと、これが、従魔舎かしら?
第四魔物騎士団の建物に隣接する別棟を前に、私は立ち止まった。
きょろきょろと辺りを見渡すと、管理人部屋らしきものがあったので、扉をノックしてみる。
「こんにちは―――! 本日より、魔物の回復担当になりましたフィーア・ルードです!」
すぐに扉が開かれ、40代後半の恰幅のいい男性が出てきた。
「ああ、あんたが。パティ副団長補佐から、連絡をもらっているよ。じゃあ、早速、従魔舎を案内しようか」
そうして、連れ立って従魔舎に入る。
中は、天井が高い、だだっぴろい長方形の空間だった。
部屋には、3列に並べて檻が置いてあり、各檻に一頭ずつの魔物が入っている。
「この部屋が一番広くて、Dランク以下の魔物を管理している。その隣がCランクの魔物の部屋、さらに向こうがBランクの魔物の部屋で、それより先は空き部屋だな」
管理人は、おかしそうな表情をして話を続ける。
「どの魔物も怖そうに見えるだろう。けどな、これが案外寂しがり屋だったり、甘えん坊だったりして、おもしろいもんだよ。それで、魔物が主人を呼ぶと、主人の方もすぐに飛んでくるんだ。ほら、今も何人かの騎士が檻の前にいるだろう?」
「へぇ、かわいらしいですね」
確かに、部屋の中には数名の騎士がいて、檻の中の魔物に話しかけたり、体を撫でたりしている。
けれど、そんないかめしい騎士に交じって、白いローブを着た一人の少女がいることに気付く。
「あの少女は、どなたですか?」
管理人は、ああ、と言いながら目を細める。
「聖女様だよ。従魔舎は、第四魔物騎士団と聖女様だけが入舎可能となっている。第四魔物騎士団の騎士たちは従える魔物の世話をするため、聖女様は魔物に癒しを与えるため。だけど、実際にここを訪れる聖女様はあの方だけだ」
その小さな聖女は、檻の中の魔物をじっと見つめていた。
7~8歳くらいで、オレンジ色の髪を肩までのばしている可愛らしい顔立ちの少女だ。
気にはなったものの、管理人の説明が続いているので、そちらに集中する。
「あんたの仕事は、傷ついている魔物に回復薬を飲ませることだ。一瓶で3日くらいもつから、なくなったら、また聖女様のところに回復薬をもらいに行くといい」
あら、毎日もらいに行かなくてもいいのね。
でも、こんな大きくもない瓶で、3日ももつのかしら?怪我をしている魔物の数が少ないのかな?
「それは、人間用の回復薬だから、魔物に使う時は、10倍に薄めるんだ。魔物は、自己治癒能力が高いからね。怪我をしている魔物は、檻に貼ってあるネームプレートの上に赤いカードが差し込まれているから、それで見分けるといい」
言われてみると、それぞれの檻には、20センチ四方のプレートが張り付けてあり、プレートの下部には魔物の名前と契約主の名前、ちょっとした情報が記載されている。
そして、プレートの上部は、数枚のカードが差し込める仕様になっていた。
「ここにある皿に回復薬を入れて、赤いカードが差してある檻の餌の差込口に皿を入れれば、一応は完了だ。だがね、大変なのはここからなんだよ」
管理人は、ため息をつくと魔物の檻をぐるりと指し示した。
「それぞれの魔物は、契約主から回復薬を飲むように言い聞かされている。けど、回復薬は、物凄くマズいし、回復時に痛みを伴うから、なかなか素直に飲もうとしなくてね。ほぼ全ての魔物が威嚇してくる。だから、あんたは魔物が回復薬を飲んでしまうまで、檻の前に仁王立ちし、『飲め。契約主からの命令だ』って言い続けなければいけない」
「……なるほど」
そこまで言うと、管理人はがしがしと頭をかき、言いにくそうに続けた。
「……時々、魔物が言うことを聞かないことがあってね。どうも、魔物は回復薬担当の見た目で判断するみたいだから、普段は、第四魔物騎士団でも指折りの強面騎士が交代で担当しているんだが……」
なるほど。だから、パティ副団長補佐は、私が回復薬担当を仰せつかった時に反対しようとしてくれたのね。
上司である副団長に反対意見を言うなんてすごく勇気がいるだろうに、庇おうとしてくれるなんて、本当にいい人だな。よし、パティ副団長補佐の従魔は、特に大事に扱おう。
私は、説明してくれた管理人にお礼を言って別れると、早速、魔物に回復薬を与えることにした。
改めて見回すと、檻の中には様々な魔物が入っている。
「ええと、この部屋は、Dランク以下の魔物しかいないんだったよね」
きょろきょろと辺りを見渡し、赤いカードが差してある檻を探す。
「あら、バイオレットボアーじゃない」
赤いカードが差してある檻を覗き込むと、猪型の魔物が入っていた。最近ケガをしたのか、お腹の周りにぐるりと巻いた包帯に血が滲んでいる。
「早く良くなるといいね」
そう声を掛けながら、回復薬の皿を差し入れる。
瞬間、魔物は前足を蹴り上げて後ろ足だけで立ち上がると、威嚇してきた。
「グフウウウウウウ!!」
そして、檻にぶつかるほど接近してくると、牙をむいて唸り続ける。
「飲んでごらん。おいしくはないけど、ケガが治るよ。契約主も、早くあなたが元気になると、喜ぶんじゃないかな」
目を見つめて、話しかける。
しかし、魔物は大口を開けて、歯を噛み鳴らしてくるだけだ。
……困ったな。どうしたものかな。
お腹に傷を負っているし、興奮するのはこの魔物のためにもよくないんだけれどな。
ついつい気持ちが急いて、皿を魔物に近付けようと更に押し入れていると、檻の隙間から突き出された牙に手の甲を引っかかれる。
ああ、全治1秒のケガをしてしまった……
攻撃的な魔物を困った気持ちで見つめていると、ザビリアがぴょこりと顔を出してきた。
「フィーア、手伝ってもいい?」
「え? あ、うん?」
とっさに返事をしてしまった後で、手伝うってどうやって?と、疑問が浮かぶ。
ザビリアは、歯をむき出しにすると、息を吐き出すことで音を出した。
「スゥゥゥゥゥ………………」
その音を聞いた途端、目の前の魔物はぴたりと威嚇を止める。そして、そのまま皿の前まで歩を進めると、黙って回復薬を飲みだした。
「え? どうして?! ザビリアって、魔物を操れるの?」
驚きすぎて、思わず聞いてしまう。
「うん、それは無理かな。威嚇音だよ。僕が出す音は特殊だから、たいがいの魔物には効くと思うよ」
「へー、すごいのね! ザビリアって、魔物の王様みたいね!!」
褒めるつもりで言ったのに、ザビリアはびくりと体を強張らせた。
「……うん、ごめんね。僕は、まだ王にはなれていないんだ」
「あ、いや、王様みたいだな、似合うなって思っただけだから! 王様じゃなくても、大丈夫!」
「……フィーアは、僕に王になってほしい?」
ザビリアが目を伏せたまま聞いてくる。
「そうねぇ……」
改めてザビリアを見つめてみると、青いもこもこの羽の下から、青色の瞳がまっすぐに私を見返してきた。
「ザビリアは、可愛くて、強くて、優しくて、立派で、……うん、私には今のままのザビリアで十分! ……王様は、なりたいと思ってなれるものでもないし……、ザビリアが王様になるべきならば、必ずその機会が訪れるから、その時にどうするかを決めればいいわ」
「……うん。ありがとう、フィーア」
ザビリアは、甘えるように顔を擦り付けてきた。
うん、もう、本当に可愛いなぁ。
「じゃあ、残りの従魔にも、回復薬を飲ませていこうか」
そうザビリアに話しかけていた時。
「……あの、騎士様」
小さくて可愛らしい声が聴こえた。
振り返ると、幼い聖女が両手を握りしめて立っていた。
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