31 第四魔物騎士団5
「つ、つよかわいい従魔って、何だこいつは? え? ブルーダブ……じゃあ、ないよな?」
ギディオン副団長が、ザビリアを見つめたまま動揺したように聞いてくる。
わぁ、さすが私の裁縫能力! 一発で当てられましたよ。
「正解です! ブルーダブですよ」
「いや、嘘だろう!! ブルーダブは、鳩型だろう! 何で、こいつはこんなに首が長いんだ!」
「え? 首? ……あ、ああ、それは、すごい戦いだったんですよ。従魔の契約を結ぶ際、それはそれは苦しい戦いが繰り広げられまして。まぁ、端的に言うと、首をひっぱったりひっぱられたりして、この子の首が伸びたんですよ」
「いや、お前の証はすげー細いだろ! 契約なんて、一瞬で終わっているだろうが!!」
「え? ええ、そう言われればそうですね。魔物の首が伸びるのは一瞬でしたね」
副団長は、ザビリアを見てしきりと首をひねっていたけど、ほんのちょっと首が長いだけで、どこからどう見てもブルーダブそのものの姿に、これ以上疑うことは止めたようだった。ふふふ、私の裁縫能力の勝利ですね。
「主が出来損ないだと、従魔もヘンテコになるのな。ただでさえ最弱な魔物だってのに、そんなバランスが悪ぃ姿をして、きちんと飛べるのか? 役に立たない従魔なんて、お荷物以外の何物でもないぞ!」
「まぁ、何を言っているんですか。こんなに可愛いんだから、強くて役に立つに決まっているじゃあないですか」
「お前の言っていることは、全ておかしい! 可愛いことと強くて役に立つことは関連性がないし、そもそもそいつは可愛くねぇ!!」
何を言っているのだ、ギディオン副団長は?
小さくてもふもふしているのに、可愛くないわけがないでしょう。副団長は、可愛いの定義を知らない、素人ですね。
私は、小さなため息を一つ漏らす。
ああ、可愛いの定義を一から教えないといけないのかな。面倒くさい。
「おい、お前! 訳が分からない理論を展開して、今オレを馬鹿にしただろう。オレは、そういうのはスグに分かるんだ! 何で、お前は最弱魔物を従えているのに、そう自信満々なんだ? お前の思考回路を、オレは疑うわ!」
相変わらず、副団長は勢いよくまくし立ててくる。
ザビリアはそれまでおとなしくしていたけれど、自分が関われない会話に飽きてきたのか、副団長をチラリと一瞥すると、私にすり寄ってきた。
そして、口を開けると、おかしな声で鳴き出す。
「ばーか、ばーか」
「……は? お前の従魔、今、何つった?」
副団長が眉間にものすごい溝を刻みながら、尋ねてくる。
「ばーか、ばーか、まぬけー」
ザビリアは、可愛らしい声でさえずり続ける。
もう、ザビリアったら。
縦社会の一員で、上官には決して逆らえない私の仇を討とうとしてくれているのね。何て、おりこうさんなの。
私は神妙な顔を作ると、副団長の質問に答える。
「どうやら、首が伸びた時に、鳴管を痛めてしまったようで、鳴き声が少しくずれるんです。お聞き苦しくて、申し訳ありません」
「まぬけー、まぬけー、おおまぬけー」
「いや、お前、これ鳴き声じゃねぇだろう!! 完全にオレの悪口を言っているよな?!」
「はは、何を言っているんですか。最弱魔物であるブルーダブが人語を話せるわけがないじゃないですか」
「………………」
副団長はぐっと奥歯を噛みしめると、ザビリアを睨みつけたが、彼はどこ吹く風とさえずり続ける。
「ばーか、ばーか、おおまぬけー」
ふふ、ザビリア。程々にね。
私は、よしよしとザビリアの頭を撫でると、副団長を正面から見つめた。
「それでは、フィーア・ルード、本日より魔物の回復を担当いたします。失礼します」
踵を返して、元来た道を戻り出した私の肩にこてりと頭を乗せたザビリアは、副団長の方を向いてさらにさえずり続ける。
「まぬけー、まぬけー、ひゃくばいまぬけー」
「こっっっっっの、くそ従魔―――――!!!」
後ろから、副団長の叫び声が聞こえた。
ふふ、さえずり一つに翻弄されるなんて、まだまだですね、副団長。
「さて……と」
一旦建物から出て周りを見渡すと、私はお城に向かって歩き出した。
ええと、まずは、聖女様から回復薬をもらってくるんだったよね。
聖女の多くは、未婚であれば教会、既婚であれば自宅で過ごすけれど、何かあった時のためにと城内にも一定数配置してある。正確には、王城の隣に位置する離宮に集団で暮らしているらしいが、離宮まで歩くとなると結構な距離がある。
そして、実際、30分程歩いたところで、やっと離宮に到着した。
お腹にザビリアを抱えているから、いい訓練になったんじゃないかしら。というか、ザビリアは動かなくなったし、また眠ったな。
離宮の入口で、パティ副団長補佐から受け取った回復薬の引換証を執事に見せる。
彼は、ちらりと私の襟章を不思議そうに見つめた後、入口近くにある来客用の応接室に通してくれた。
そうですよね、第一騎士団の騎士が、第四魔物騎士団の従魔用回復薬を取りに来ることって、滅多にないですよね。
応接室の窓際に立って、ぼんやりと外を眺めていると、数人の女性の姿が目に入った。
白いローブを着ているから、聖女だと思うのだけど、はて、何をしているんだ?
彼女たちは、それぞれ庭に設えてある長椅子に座って談笑していた。その横で、従者が井戸水をくみ上げ、あらかじめ準備してあった複数の瓶に、井戸水を注ぎ込んでいる。
それから、別の容器に入っていた緑色の液体と混ぜ、蓋をして振った上で、聖女に渡していた。
瓶を渡された聖女たちは、だらしなく長椅子に横になりながらお腹の上で瓶を持ち、それぞれ何事かをつぶやくと、また談笑し始める。しばらくすると、手の中がうっすらと光り、その光を認めた従者が瓶を回収していった。
……あ―――、これは、もしかして……
しばらく待っていると、入口で出迎えてくれた執事が、きらきらと光る透明の液体が入った瓶を載せた盆を持って入ってきた。
……うん、これはやはり先ほど聖女が握りしめていた瓶だな。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、瓶を受け取って一礼し、離宮を後にする。
私は、歩きながら、もやもやとしたものを感じていた。
そのもやもやを打ち消そうと、心の中で何度も自分に言い聞かせる。
……うん、まぁ、現代風じゃないかな。
300年も経てば色々変わるし、聖女は数が少ないから、他にも色々とやることがあるだろうし、効率化って大事よね。
これが今の当り前、これが今の当り前……
けれど、自身への言い聞かせはあまり上手くいかないようで、前世の情景がちらちらと目の前をよぎる。
―――自然には力がある。
生き生きと生い茂る緑の木々、咲き乱れる花々。大地に根を張り巡らせ、踏まれても、雪に埋もれても、再び立ち上がり、成長していく不屈の生命力。自然は、美しさと力に満ち溢れている。
この溢れるほどの力を、体に取り込んだらどうなるだろう?
その、自然を畏れ敬う気持ちから、回復薬は生まれたのだ。
300年前の聖女たちは、時間を見つけては、湧水の地に赴いていた。
そこかしこに湧水の場所はあり、そういう場所には必ず、ちょっとした木々や花々、薬草が育っている。
彼女たちは、自然の美しさと力強さに畏怖しながら、薬草を摘んだ。
湧き出る水を汲み、その水に摘んだ薬草を浮かべ、自然の力を取り込むことで元気になる怪我人の姿を思い浮かべながら魔力を注ぐ。そうすると、薬草がきらきらと水に溶けだし、回復薬が作られるのだ。色は、薬草の葉の色を受け継ぎ、深い緑色になるはずだ。
……それなのにどうして、現在の回復薬は透明なのかしら?
私は、たった今受け取った回復薬の瓶を覗き込み、首をかしげる。
私には理解できないほど工程を変えてしまったおかげで、きっと効果の一部が消えてしまったのね。そして、その消えた効果は、間違いなく痛み消しの部分だわ!
私は、回復薬を使用した時の痛みを思い出して、ぷるぷるっと体を震わせた。
うん、ケガをしても、二度と回復薬は使わないことにしよう。
私はうんうんと頷きながら、従魔舎に向かって歩き出した。









