30 第四魔物騎士団4
ぼんやりと、ギディオン副団長とパティ副団長補佐のやりとりを眺めていると、気付いた副団長に勢いよく怒鳴られた。
「お前、団の機密事項を盗み聞いているんじゃあねぇよ! どっか、行け!!」
「失礼いたしました!」
……わぁ、これは、正式に帰寮のお許しが出たってことで、いいのかしら?
急ぎの仕事はないってことだったし、今はざわついているみたいだから、ここにいて機密事項とかをうっかり聞いてしまうのはよくないわよね。
うん、これは帰寮のお許しだわ。
まだ勤務時間内の気はしたが、これ幸いと寮に帰ることにする。
同室のオルガが戻ってくる前にやりたいことがあったのだ。
途中、食堂に寄ると、バケツ一杯のお湯をもらってくる。
そして、バケツの中にザビリアが狩った2羽の鳥型の魔物をしばらく入れて置いた。
ザビリアは、まだ眠っているようだったので、動かさずに団服の中に入れたままにしておく。
バケツのお湯がぬるくなってきたので、鳥型の魔物を取り出すと、部屋を散らかさないように気を付けながら、その羽をむしっていった。お湯につけていたことで、簡単に羽が外れていく。
必要なだけ羽をむしると、バケツのお湯を捨て、魔物をその中に入れた。
よしよし、後は、この羽を洗って、乾かして、と。お肉は使わないから、食堂にでも寄付すればいいかな。
乾燥したタオルで何度も羽を包むようにしてぽんぽんと叩き、水気を取っていく。
羽根が渇くと、青い布を取り出し、その上に魔物の羽根を縫い付けていった。
ザビリアが身動きしたのは、太陽が地平線に沈みかける時間だった。
「昔の夢を見た……」
そう、ぼんやりした顔でつぶやくザビリアを見て、ふふっと思わず笑ってしまった。
「もう、ザビリアったら。0歳の昔っていつよ?」
私は得意げな顔をしながら、隠し持っていたものをザビリアの前に取り出す。
「じゃじゃ――ん! ザビリア専用の変身グッズで――す!!」
それは、布に青い鳥型の魔物であるブルーダブの羽根を大量に縫い付けたものだった。
ザビリアは、よほど嬉しかったのか、しばらくの間、絶句していた。そして、茫然とした声でつぶやく。
「フィーア、まさかとは思うけど、僕をブルーダブに擬態させようとしているんじゃないだろうね?」
「さすが、ザビリア! 正解よ」
ザビリアは何か言いたそうな表情をしていたけど、黙ることに決めたようで、私の膝の上で翼を広げた。
「どうぞ、フィーア。僕をブルーダブに変身させて」
私は、丁寧にザビリアを変身させていった。首の下とかお腹の下には紐があって結ぶようになっているけど、その上から羽根が被さるような造りにしているので、紐は見えなくなるはずだ。くちばしもきちんと付けた。
完成したザビリアを眺めると、私は満足気なため息をついた。
「完璧よ、ザビリア! もう、全く黒い色が見えないし、ブルーダブそのものだわ!」
「うん、僕の視界は不良で、よく見えないけど、それはいいのかな?」
「ああ――、2羽分の羽根を使っているからね。通常のブルーダブよりもこもこしているのよ。ふふ、豪華でよくない?」
「うん、ブルーダブに見えるかどうかに主眼を置くべきだと思うけど。でも、僕を豪華にしてくれて、ありがとう。嬉しいよ」
私はちょっとしょんぼりして、ブルーダブになったザビリアの青い羽根を撫でる。
「ほんとはね、シリル団長にすごい策を授けてもらったんだけど、失敗しちゃったのよ。人間の想像力は最強らしいから、ザビリアを見せるよりも、相手にどんな魔物かを想像させる方が、怖い魔物を想像して、恐れおののくんだって」
「ふ――ん。……面白い考え方だね」
「だけど、この作戦は上手くいかなかったから、もう、止めるわ。よく考えたら、私の従魔がすごいって恐れおののかれたとしても、別にいいことはないしね」
「従魔の強弱は騎士間の上下関係に影響を与えるだろうから、それがいいことだと思うけど? まぁ、フィーアはそんなことに興味はないよね」
「だから!」
私は、両手でザビリアを抱き上げると、目の高さを合わせた。
「だから、もう、ザビリアを連れて歩こうと思って! せっかく一緒に来てくれたんだもの、一緒にいたいわ。もちろん、私の側が退屈なら、部屋のベッドで眠っていても、王城の庭で遊んでいてもいいからね。ただ、ザビリアって思ったより強そうだから、しばらくは、黒竜ってことを隠しといた方がいいんじゃないかと思って。だから、念のために作ろうかなと思っていた、このブルーダブグッズを早速作ることになって、すぐに活躍するってわけよ! もちろん、他の騎士の従魔がザビリアくらい強くて、あなたを紹介しても悪目立ちしないようだったら、正式に私の従魔は黒竜ですって紹介するからね」
「その考え方でいくと、僕はずっとこの青い鳥のままだね。ああ、フィーアの側にいられるのはものすごく嬉しいけれど、この最弱の魔物に擬態しないといけないってのは、魂を削られるほどの苦痛だよ」
ザビリアがぶつぶつと言っているけど、私の側にいられて嬉しいってところはちゃんと聞こえたわ。
連れてきて、よかった。あとは……
「……思わせぶりな態度か……。今後も必要になってくるかもしれないから、もっと練習しないとね」
「フィーア、それは誰のためにもならないから、やめた方がいいと思う」
「ふふ、ザビリアったら、まだまだ子どもで可愛いのね。でも、大人はもっと狡猾にならないといけないのよ」
「……うん、頑張ってね」
ザビリアは諦めたような声を出すと、目を閉じた。
大丈夫よ、ザビリア。
あなたは、私が守ってあげる。もう、誰からも虐めさせないからね。
翌朝、私は直接、第四魔物騎士団に向かっていた。
さて、どこに行ったものかな、と思いながら、取りあえず魔物騎士団専用の建物に入る。
廊下を歩いていると、通り過ぎる騎士たちにちらちらとお腹を見られる気がしたけれど、うん、まさかこれ自前のお腹と思われていないよね。
タイミングよく、廊下の向こう側からパティ副団長補佐が歩いてきたので、声を掛ける。
「パティ副団長補佐!」
パティは、ぎょっとしたように私のお腹を見つめると、小走りで近付いてきた。
「そ、そのお腹はどうしたのですか。食べ過ぎにしては、少々出過ぎているかと思うのですが……」
「今日は従魔を連れてきたんです。まだ、眠っているので、服の中で眠らせているところです」
「ああ、なるほど。フィーア、魔物騎士団の騎士は、多くの時間を従魔の世話に費やします。従魔舎は別館になっていますから、後で覗いてみたらいかがですか。本来なら、君にはまず、魔物騎士団の案内から始めないといけないのですけど、緊急の案件が入りまして、しばらくは案内する時間が取れそうにありません。申し訳ありませんが、案内は後日でもよろしいですか?」
「もちろんです! 許可をいただけるのであれば、一人で色々と見て回りますし、仕事を探してやっておきます」
私は、元気に答えた。
魔物を使役するって斬新な考え方よね。前世では、なかった技術だわ。
たまたまザビリアと契約できたけど、仕組みがよく分かってないから、魔物騎士団には、すごく興味があるのよね。
一礼してその場を去ろうとしたけれど、ギディオン副団長が歩いてくるのに気付き、挨拶をする。
「おはようございます、ギディオン副団長」
「お前、まだいたのか」
挨拶を返されるでもなく、苦虫を嚙み潰したような顔で見つめられる。
「ほんっと、お前って、ふらふらふらふらオレの目の前に現れるよな。なんだ、副団長であるオレの目に留まり、取り立ててもらおうと思っているのか? 言っておくが、オレは、完全に実力主義だ! 実力もねぇお前がへらへらと媚びへつらおうが、オレの靴をなめようが、優遇しようって気持ちには全くならないからな!」
ギディオン副団長の発言に、パティ副団長補佐が嫌そうな表情をする。
「副団長、あなたはもう少し礼儀を身に着けていると思っていましたが……」
しかし、副団長は、パティの発言を丸っと無視すると、何かに思い当たったような表情になった。
「そうだ、お前に仕事をやろう。従魔舎には、怪我をしている従魔が何頭もいる。城内にいる聖女様から回復薬をもらってきて、朝と夕方の2回、従魔たちに飲ませろ。しばらくは、毎日それをやっとけ!」
「副団長。それは、さすがに……」
「うるせぇ! パティ、お前は、今週の回復薬担当に、代わりができたと伝えておけ」
一気にまくしたてる副団長を見ながら、なかなかよそ者には厳しいなー、でもこういうタイプは案外、一度懐に入れた相手は面倒見がいいんじゃないかなーと考えていたところ、副団長のがなり声にザビリアが目を覚ましたようで、私の服の中で身じろぎをした。
そして、ぴょこりと私の首元から顔を出す。
「うおっ! 何だこいつは?!」
突然、私の服の中からの魔物の登場に驚いた副団長が、一歩後ろに飛びのいた。
おお、よくぞ聞いてくれましたね。
ザビリアを紹介できる嬉しさに、自然と顔がにこりとする。
「うふふ、私の強可愛い従魔ですわ」
私から得意気に紹介されたザビリアは、そのもこもこの羽の下から、澄んだ青色の瞳で副団長を横目に見ていた。
 









