29 第四魔物騎士団3
「フィーア、呼んでくれてありがとう!」
けれど、混乱している私とは対照的に、黒竜は朗らかに声を掛けてきた。
「ザビリア……? だよね?」
うん、高くて透き通るようなこの声は、ザビリアのものだ。
「え? 僕、もう忘れられちゃったの?」
しょんぼりと大きくて美しい黒竜がうつむく。
私は、慌てて黒竜の鱗を撫でた。
「い、いや、そうじゃなくて。ザビリア、あなた大きくなってない? 翼も体も立派になったし、鱗はぴかぴか光っているし、4カ月前とは全然違うんだけど」
「ふふふ、成長期だからね。大きくもなるよ」
「成長期? え、ザビリア、あなたいくつなの?」
「0歳」
「ゼ、ゼロ―――!!」
まさかの、赤ちゃん宣言!
竜って長生きっていうから、もっと年を取っているかと思っていた。
「ザ、ザビリアちゃん、だいじょぶでちゅよ――。フィーアママが面倒みまちゅからね。まんま、たべゆ――?」
「ふふふ、竜と人間の年齢は異なるから、人間で言ったら12~13歳くらいはあるよ。あと半年もかからずに、成竜になるし」
「あ、そ、そうなのね。え、というか、まだ大きくなるの?」
「うん、今の倍くらいにはなるだろうね」
う――ん。私は、頭を抱えてしまった。
ザビリアが他の魔物に虐められないか心配だったから、本人の同意があれば連れて帰ろうと思っていたけれど、この大きさはちょっと難しいんじゃないかしら。そもそも、私の部屋に入りきれないし。
考え込む私を不思議そうに見つめると、ザビリアは尋ねてきた。
「何か困ったことでも起きた? 僕が手助けできる?」
「ザビリアさえ良かったら、一緒に帰ろうかと思ったんだけど、あなたが思ったより大きかったから、建物に入らないなーと思ってね」
「え? 僕を連れて行ってくれるの?」
ザビリアの青色の瞳がキラキラと輝き出す。
「うん、そのつもりだったんだけど、ザビリアの大きさが……」
「だったら、僕、小さくなるよ!」
そういうと、ザビリアは、ぐんぐんと小さくなった。そして、最終的には、私の両の掌に乗るくらいの大きさになった。
「ザ、ザ、ザ、ザ、ザビリア。あ、あなた、何やっているの? え、ええ、体は大丈夫? そんなことして、成長期に影響はないの?」
「うん、大丈夫。これは、怪我をした時に行う幼体化ではなくて、縮小化だから」
「へ、へ――……」
正直、違いがよく分からなかったけど、話を合わせてみる。問題は、それよりも……
「ザビリア、色は変えられる? 黒い翼持ちの生物って黒竜しかいないから、いくら縮小化しても黒色はまずいんじゃないかしら」
言うと、ザビリアは見るからにしょんぼりとした。
「……ごめん、フィーア。僕は、黒い色に誇りを持っていて、その気持ちが邪魔をして、色は変えられないんだ」
「そっか。だったら……うふふ、いいことを考えたわ! ザビリア、鳥型の魔物を狩ることってできる?」
「簡単な話だけど、ねぇ、フィーア。僕は、あなたの良い考えが良い結果に繋がった例を見たことがないのだけど」
言いながらも、ザビリアは元の大きさに戻る。そうして、「ちょっと耳をふさいでいてくれる?」と言われたので耳をふさぐと、ザビリアはかぱっとその大きな口を開け、咆哮した。
「グオオオオオオオオォォ―――――!!」
大地が揺れ、空気が震える。
そして、遥か遠くの木から何かがぼとぼとと落ちていく。
「ああ、やっぱり入口近くには魔物はいなかったね。ちょっと、回収してくる」
そう言うと、茫然としている私を残して、ザビリアは大きな翼で飛び立って行った。
はは、は、咆哮一つで魔物を倒しちゃったわ……
私は脱力して、くてっと地面に座り込んでしまった。
どうしよう。ザビリアって、思っていたよりすごく強いんだけど。
まずい、この前見た時と全然迫力が違う。
前のザビリアなら、従魔と紹介してもまだ何とかなった気がするけど、今のザビリアはダメだ。これは、大問題になるレベルな気がする。
他の騎士たちの従魔のレベルが分からないから、はっきりとは言えないけど、明らかにマズい予感がびんびんする。……と、取りあえず様子を見ようっと。
しばらくすると、ザビリアは1ダース程の魔物を咥えて戻ってきた。
私は、その中から2羽の青い鳥型の魔物を選ぶと袋に入れた。
「ザビリアは、今すぐ私と来て大丈夫なの? 誰か声を掛ける相手とかがいるなら、都合がいい時に迎えに来るよ?」
私の質問を聞くと、ザビリアはしょんぼりとしてうつむく。
「大丈夫。僕は、ずっと一頭きりだから……」
「そ、そうか……。じゃ、小さくなれる?」
言いながら、団服のボタンを上から幾つか外す。
そして、小さくなったザビリアを団服の内側に入れると、留められるところまでボタンを掛けた。
「苦しくない、ザビリア? お城に着くまで、我慢してね」
「フィーア、あたたかい……」
そう言ったっきり、ザビリアはぴくりとも動かなくなったので、すぐに眠ってしまったのだろう。
うんうん、子どもってすぐ眠くなるよね。
私は、馬に乗ると、できるだけ揺れないようにゆっくりと走らせた。
寝る子は育つって言うものね。ザビリアが、健康に育ちますように。
王城に着くと、すぐに魔物騎士団へ向かったが、途中で第六騎士団の騎士たちとすれ違った。
「フィ、フィーア、その腹はどうしたんだ?」
「おま、食欲があるのは分かるが、少しは我慢しろ?」
……もしもし? いくら何でも、こんなに膨れていて、自前のお腹のわけがないでしょ。
第六騎士団の騎士たちって、私のイメージが悪すぎるんだけど!
不愉快な気分になりながら、魔物騎士団の建物に入っていくと、前からギディオン副団長が歩いてきた。
彼は、私を見つけると、腰に手を当て、馬鹿にしたように斜め上から見下ろしてきた。
「はっはあー、第一騎士団長ご推薦の有能な騎士様じゃあないですか。ごきげんよう、お散歩ですか?」
「用事があって、近くの森まで出ていました。ただいま戻りました」
ギディオン副団長は、ふんと鼻をならすと、そのまま通り過ぎようとしたが、思い直したように立ち止まり、私の腕をつかんだ。
「そういやお前にも、従魔がいるんだってな。腕、見せてみろ」
そうして、私の返事も待たずに、袖をたくし上げられる。
パティ副団長補佐といい、魔物騎士団の騎士って強引だなと思いながらも、されるがままになっていると、ギディオン副団長は私の左手首にある従魔の証を見つけ、数回瞬きをした。それから、顔を近づけて、まじまじと証を見ると、意味が分からないという風につぶやく。
「何だこれは? こんな細くて、証として成り立つのか? というか、どんな魔物が相手なら、こんな細くなるんだ?」
ジロリと私を睨みつけると、馬鹿にしたような声を出す。
「お前すげえな。滅多にないことだが、死に損なっている魔物に出合わせたんだろう。それで、従魔の契約を行ったな?」
「えっ?! 何で分かるんですか?」
驚いてギディオン副団長を仰ぎ見ると、心底馬鹿にしたような顔をされる。
「なぜなら、オレはお前の100倍、頭がいいからだ。お前、そんな弱小魔物を一頭従えているからって、オレらと対等だなんて思うなよ。お前が100頭の魔物を従えたとしても、オレの足元だからな」
どんと肩を押されたが、私は首をひねるしかない。
あれ?想像に勝るものはないというシリル第一騎士団長の作戦は、合っているのかしら?
何か今、ザビリアがすごく弱いと断定された気がするんだけど、気のせいかしら?
私は、必死にシリル団長との会話を思い返してみる。
ええと……
(フィーア回想)
シリル団長「だから、あなたは強い顔をして、思わせぶりな態度を貫いて、魔物の名前を出さない方がよいと思うのですが。……ですが、幅1ミリというのは、私も初めて見ましたし、どこまでブラフが通用するかですが……」
……そうだった。強い顔をして、思わせぶりな態度を貫けって言われたんだった。
これこれ、これが足りてなかったんだわ。
私は、ギディオン副団長に向き直ると、ふふんと顎を上げてみる。
「お言葉ですが、ギディオン副団長。私の従魔は、そんじょそこらにいる魔物とは違いますよ。最強で最古の…………おおっと、あまり話し過ぎるべきではありませんね」
わざとらしく口を手で押さえてみたけれど、ギディオン副団長は馬鹿にしたような目で見下してくる。
「お前、馬鹿だろう。お前は、絶望的に体格に恵まれてねぇ。小せえし、細え。間違いなく、全騎士の中で最弱だ。そんで? 騎士としてはやっていけないから、従魔の力でも借りようと思ったか? だがな、魔物は主を見る。お前につく魔物は、お前相当だ。つまり、最弱で口だけの、みっともねぇ従魔ってことだ」
そして、顔を近づけてくると、至近距離から憐れむような眼で見られた。
「ほんっと、お前みたいなやつってどんな組織にでもいるんだよな。上に取り入って、実力もないのに、上手く取り立てられる奴って。シリル団長の靴でも舐めたのか? そんで、魔物騎士団に遊びに行きたいって我儘でも言って、それが通ったのか? はは、は、お前にしたらよくやったつもりなんだろう。死にぞこないの従魔を手に入れたから、ラッキーチャンスとばかりに魔物騎士団にきて、価値を上げようと思った? お前って、心底、下種なのな」
一瞬、言われたことがよく分からなくて瞬きをしてみたけれど、ぎらぎらした目で見返されただけだった。
……あれえ?これ、間違えたのかしら。
本来なら、ギディオン副団長は、私の従魔にスゴイモノを想像して恐れおののいている予定だったんだけど、どう見ても、恐れてもおののいてもない。というか、怒っている。
……シ、シリル団長、ごめんなさい。素晴らしい策を授けてもらったのに、上手く生かせませんでした。というか、私の態度が悪くて、怒らせてしまいました。結果、思わせぶりな態度、失敗です!
がくりとうなだれていると、廊下の向こう側から足早に誰かが近付いてきた。
「副団長!」
緊迫した雰囲気で声を掛けてきたのは、パティ副団長補佐だった。
「大変です! 『星降の森』にかの黒き王が現れたとの情報が入りました!!」
「なにぃ?! そんな馬鹿な!!」
ギディオン副団長は、先ほどまでの表情を吹き飛ばし、驚愕して叫んでいる。
……星降の森? さっき、ザビリアを迎えにいった所じゃないか。
何か、起こったのかしら?









