269 精霊王の金の瞳
私は真っ青になると、がくがくと震え出した。
どうして王太后の右目で、ナーヴ王家の金の瞳が輝いているのかしら。
王太后は王家の出身ではないはずなのに。
そもそもあの瞳はサヴィス総長のものだわ……
ふらりとよろけたところで、シリル団長に支えられる。
「フィーア、顔が真っ青です。第三次審査開始までは時間がありますので、天幕で休んでください」
そう言ったシリル団長の顔色も悪かったけれど、団長は軽々と私を横抱きにすると、カーティス団長に指示を出した。
「カーティス、フィーアは気分が悪いので少し休ませると、選定会の事務官に伝えてください」
「分かった」
カーティス団長は短い返事をすると、即座に事務官のもとに向かった。
その姿を確認したシリル団長は、すたすたと歩き出す。
「フィーア、どうかしたの?」
プリシラが私に気付いて声を掛けてくれたけれど、シリル団長は静かながら反論を許さないようなきっぱりした声ではねつけた。
「フィーアは気分が優れないようですので、少し休ませます」
それから、シリル団長は私を抱えたまま、設営されていた天幕の一つに入っていった。
中は簡素ながら複数の長椅子が置かれていたため、その中の一つに下ろされる。
柔らかい長椅子に座ることができた私は、頭からベールを外すと、ほうっと大きく息を吐き出した。
けれど、どうしても先ほど目にした金の瞳が脳裏から離れず、体の震えを止めることができない。
落ち着こうと両腕で自分の体を抱きしめたところで、ばさりと音がして天幕の入り口が開き、サヴィス総長とカーティス団長が入ってきた。
「フィー様、大丈夫ですか!?」
カーティス団長は心配でたまらないとばかりに私のもとに駆け寄ってきたけれど、私の視線は入り口近くに立つサヴィス総長に引き寄せられた―――総長の右目を覆う眼帯に。
私はじっと総長を見上げると、感情も状況も整理できないまま、頭に浮かんだ疑問を口にする。
「どうして王太后の右目に、サヴィス総長の目が入っているんですか?」
その瞬間、その場にいる全員が息を呑んだ。
私の質問に答える声はなく、重苦しい沈黙が落ちる。
しばらくはその場にいる者の呼吸音しか聞こえなかったけれど、すぐに自分を取り戻したらしいサヴィス総長が落ち着いた声を出した。
「なぜそう思った?」
なぜそう思ったか、ですって?
「見れば分かります。あれはナーヴ王家が引き継いできた精霊王の金の瞳です」
サヴィス総長はわずかに目を眇める。
「……見れば分かる、か。普通は分からないものだが、慧眼の持ち主には野暮な話かもしれないな。なるほど、ナーヴ王家の者で隻眼なのはオレだけだ。そこから推測したというわけか」
そうではない。一目見てサヴィス総長のものだと分かったけれど、訂正すると本題がズレてしまいそうだったため、返事をすることなく口を噤む。
無言のままサヴィス総長を見つめていると、総長はため息をついた後、私と向かい合わせる形で設置された椅子に座った。
総長の隣にシリル団長が座り、私の隣にカーティス団長が座る。
「一目見ただけで言い当てられたのだから、お前の慧眼に敬意を表して事情を説明すべきだろうな」
サヴィス総長はそう言うと、まっすぐ私を見つめてきた。
「フィーア、オレがこの話を他人にするのはこれが初めてだ」
「……そうなんですか?」
驚いてシリル団長を見つめると、その通りだと頷かれた。
そのため、そんな大事な話を私が聞いてもいいのかしら、と焦って口を開く。
「い、いえ、あの、確かに私は不用意に、どうして王太后の右目にサヴィス総長の金の目が入っているのかと尋ねましたが、必ずしも答えを求めていないといいますか、言いたくない話を無理矢理させるのは本意でないといいますか」
及び腰になった私は、決して総長の告白を強要していないのだと繰り返した。
真実を聞けなかった場合、一体どういうことなのかしらとものすごく気になるだろうけど、無理矢理聞き出すのは間違っていると思ったからだ。
というか、誰も聞いたことがない告白を聞いてしまったら、何かを背負うことにならないだろうか。
私の言葉を聞いたサヴィス総長は、ふっと唇を歪めた。
「たとえ強要されたとしても、話をしたくない相手に話して聞かせることはない。そう考えると、一目で真実を見抜いた慧眼の持ち主に、オレが話を聞いてほしいのかもしれないな」
「……光栄です」
サヴィス総長にそこまで言われたら、ありがたいと受け入れることしかできず、居住まいを正す。
すると、サヴィス総長はじっと私を見つめた後、顔を上げ、考えるかのように中空に視線をやった。
「オレはずっと王太后との関係を勘違いしていた。10年前に右目を失うまで、王太后はオレのことを特別に扱っていると考えていたのだ」
サヴィス総長の言葉を聞いた瞬間、突然、色々なことを思い出した。
『さらに言わせていただくならば、サヴィス総長とシリルも同様です! あの2人も暗く重いものを抱えています! どうかこれ以上深入りなさいませんよう、心からお願い申し上げます』
カーティス団長からそう忠告されたことを。
『王太后は生まれてきたオレを見て、これ以上の子を持つことは不要だと判断したようだ』
サヴィス総長がそう話をしていたことを。
それから、総長の言葉を聞いた時、『どうか、その言葉が愛情に基づいたものであってほしい』と考えたことも思い出した。
王太后はサヴィス総長を慈しんでいて、生まれてきた総長が可愛くて愛しかったから、子どもはもう十分だと考えたのであればいいな、と。
間違っても、『2人目の男子が生まれたから、これ以上の子どもは王家に不要だ』という思考であってほしくない、と思ったけれど……
もしかしたらその考えですら、真実よりは優しかったのかもしれない。
そんな恐ろしい考えが頭をよぎり、私はぎゅっと手を握り締めたのだった。








