267 筆頭聖女の最高の魔法 中
人々の期待値が最高に高まったところで、司会がアナウンスを行った。
「それでは、これよりデモンストレーションを始めます。まずは、我がナーヴ王国の筆頭聖女であられるイアサント王太后陛下より、一言ちょうだいいたします」
すると、王太后がその場で、集まった人々をゆっくりと見回した。
「本日はようこそお集まりいただきました。これから私が筆頭聖女の魔法をお見せします」
イアサント王太后の凛とした声が響くと、人々はそれだけで感激したように目を潤ませた。
それから、一言も聞き漏らさないとばかりに、王太后の言葉に耳を傾ける。
「私は聖女として、この国と国民を守ってきました。簡単なものではありませんでしたが、私の後ろにいるものたちを守ることこそが、私の使命だと常に自分に言い聞かせてきました。この心構えがあったからこそ、出せた結果だと思っています」
王太后の言葉に、人々は無言で大きく頷いた。
既に何人かは泣き出しており、耐えられないとばかりにハンカチで顔を押さえている。
「筆頭聖女というのは重く、大変な役割です。しかし、志を同じくする聖女が必ずや私の後を継ぎ、この国と国民を守ってくれると信じています。そうやって、聖女はこの国を守っていくのです。これから私がお見せするのは、次代の聖女たちに向けた、私の最後のはなむけです」
イアサント王太后が話し終えると、その場に大きな拍手と歓声が響いた。
「王太后様! 長い間、私たちをお守りくださいましてありがとうございます!!」
「イアサント陛下はずっとこの国を守ってきてくれた、聖女様の中の聖女様です!」
「王太后様がいる国に生まれることができた幸運に、心から感謝します!!」
人々の感激した姿を見て、王太后はものすごく人気があるのねと、改めて思う。
先日、王太后が離宮から王都に戻ってきた際も、大勢の人々が集まって大歓迎していた。
これだけ国民に慕われるのであれば、きっと本人も素晴らしいはずだけれど、サヴィス総長やシリル団長、騎士団長たちが王太后に近寄ろうとしないのはなぜかしら。
首を傾げて考えている間に、王太后は歩を進め、戦闘スペースの真ん中まで進み出た。
そのため、私はびっくりして声を漏らす。
「えっ?」
というのも、王太后の立ち位置は、ザカリー団長がいる場所から5メートルほどしか離れていなかったからだ。
一体何をするつもりかしらと、思わず前かがみになって見つめると、王太后専属の近衛騎士たちがばらばらと彼女の周りに散らばった。
もしかして王太后は戦闘に参加するのかしら。
そうだとしたら、ものすごいことだわ。
私はどきどきと高鳴り始めた胸を押さえると、目の前の光景に集中する。
しばらくすると、黄金色のグリフォンに追い立てられたフラワーホーンディアが、こちらに向かって走ってきた。
間近で魔物を見た恐怖から、あちこちで人々の悲鳴が上がる。
しかしながら、人々を守るように配置された騎士たちが、すかさず盾を構えて前に出たことで、人々の恐怖は収まったようで、次第に見学者たちは落ち着いていった。
黄金色のグリフォンはクェンティン団長の従魔よねと思っていると、1ダースほどの騎士を引きつれたクェンティン団長が現れた。
クェンティン団長は退路を断つ形で、少しずつ魔物をザカリー団長のもとまで誘導していく。
「ひえっ、何て大きな魔物だ!」
「すごいな! 騎士様たちはいつもこんな恐ろしい魔物と戦ってくださっているんだな!!」
初めて魔物を見たであろう人々が正直な感想を漏らす中、司会が大声で注意喚起を促した。
「鳥型の魔物は誘導役で、今回倒すのは鹿型の魔物のみになります! この魔物は動くものを追いかける習性がありますので、決して走ったりしないでください!!」
的確な指示に、人々は震えながら同意する。
「も、もちろん動くはずがない!」
「いや、動こうとしても動けないよ。足ががくがく震えて、使い物にならないからな」
人々が恐れるように、間近で見るフラワーホーンディアはすごい迫力だった。
この魔物は立派な体躯をした鹿型の魔物なのだけれど、成長するに従って、頭部の角がまるで花が咲くように広がっていく。
クェンティン団長が追い立ててきた魔物は、3メートルほどの大きさの立派な成獣で、発達した角を持つ容姿は凄みがあり、人々に恐怖を覚えさせるに十分な姿をしていた。
「この魔物は『星降の森』にしか棲まない固有種で、討伐するには30名の騎士が必要といわれるBランクに分類されるのよね」
目の前に見える魔物の迫力にびくりとし、思わず独り言を呟いてしまったけれど、この魔物は強力だから、普段はもっと森の奥深くに棲んでいる。
こんな森の入り口近くにねぐらを作るなんて滅多にないことだから、魔物の好物を近くに植えるなどして、今日のために呼び寄せたのだろう。
「皆さん、決して動かないでください!」
近くに迫った魔物を前に、司会が再び見学者に警告する。
いつの間にかクェンティン団長たちとグリフォンは後方に下がっており、広場にはフラワーホーンディアとザカリー団長を中心とした第六騎士団の騎士たち、王太后だけが残っていた。
人々は魔物の恐ろしさを感じ取り、恐怖のあまり顔色を悪くしたけれど、本当に恐ろしいのはこれからよねと、ごくりと唾を呑み込んだ。
フラワーホーンディアがBランクに認定されているのは、巨大な体躯に加え、魔法を行使できることが理由なのだから。
フラワーホーンディアの瞳は通常青色をしているけれど、赤に変わった際に炎を操ることができるのだ。
幸いなのは、炎を操ることに多大な集中力が必要なようで、瞳が赤い間は決して攻撃してこないことだ。
「だから、最良の戦い方はしっかり瞳の色を確認して、青ければ攻撃する、赤に変化したら瞬時に離れるということよね」
とはいえ、この魔物の皮膚はすごく硬いから、仕留めるのに時間がかかる。
厄介な魔物だわと思っていると、ザカリー団長と向かい合っていた魔物の瞳が赤に変わった。
その瞬間、魔物を中心に半径3メートルほどが炎に包まれる。
「ひゃあ!」
「な、何だあ!?」
魔物の生態を知らず、初めて炎を見た見学者たちが、恐怖の声を上げた。
「ほ、炎を操る魔物だって?」
「何て恐ろしい魔物なんだ! こんな凶悪な相手を倒すことができるのか!?」
ぶるぶると震え出した見学者たちを見て、彼らの心配はもっともだわと思う。
この魔物は見た目が派手だし、炎を使うという滅多にない特性を持っているから、デモンストレーション用の魔物としては最適だ。
しかしながら、本当に強いため、魔物が大勢の見学者たちを攻撃することがないよう気を配りながら戦うことは至難の業だ。
それなのに、どうしてフラワーホーンディアと戦うという計画が実行されちゃったのかしら。
この無茶な計画を聞いた時に、反対する騎士団長はいなかったのかしらと考えたけれど、……挑戦を突き付けられて、「できない!」と答える人物が一人も思い浮かばなかったため頭を抱える。
あああ、そうよね。騎士団長たちが「できない」と答えるはずがないわよね。
だとしたらもうどうしようもないから、できるだけ怪我をしないよう頑張ってちょうだいと、祈りながら騎士たちを見つめていると、彼らは素早くフラワーホーンディアを取り囲んだ。
それから、炎が消失したタイミングを見計らって、剣を繰り出す。
フラワーホーンディアの体の中で、唯一柔らかい腹の白い部分を狙っているあたり、熟練の騎士たちだわと、少しだけほっとする。
とはいえ、やはりBランクの魔物だけあって相手は強く、時間が経過するにつれ、騎士たちは魔物の角に引っ掛けられ、腕や体に傷を負っていった。
服が破れ、血が飛び散る様子を見て、見学者たちが顔を青ざめさせる。
「……き、騎士様は大丈夫なのか?」
思わずそんな声が零れるほど、騎士たちは劣勢に見えた。
そんな中、再び魔物の瞳が赤く変わり、魔物の周りに炎が出現する。
その際、騎士の一人が距離を測り損ねたようで、体の一部が炎に包まれた。
「ちっ!」
即座にザカリー団長が手を伸ばすと、炎に包まれた騎士の襟首を掴んで引き離したけれど、その際、団長の腕にも炎が燃え移ってしまう。
「あっ!」
その様子を目撃した私の口から、思わず声が零れた。
大変だわ。
この魔物の炎は特殊だから、一度燃え出すとなかなか消えないのだ。
思わず数歩前に出たところで、シリル団長から腕を掴まれる。
「フィーア、落ち着いてください!」
同時に、反対側の腕をカーティス団長から掴まれた。
「フィー様、ザカリーであれば大丈夫です!」
「あ、は、はい」
そうだった。私は見学者に徹しなければいけないんだったわ。
私はぐっと奥歯を噛み締めると、元いた場所まで下がり、騎士たちに視線を戻す。
ザカリー団長が特殊な布を腕に巻き付けると、炎は消えたけれど、その腕は焼けただれていた。
同じように、炎に包まれていた騎士の体にも布が巻き付けられ、炎は消失したけれど、首や体には痛々しい火傷の痕が残っていた。
火傷を負った騎士はこれ以上戦えないと判断され、後ろに下げられたけれど、ザカリー団長は戦いを続行するようで、普段通りの顔付きで剣を構えた。
しかしながら、ザカリー団長は両手で剣を持つから、普段通りの立ち回りはできないんじゃないかしら。
そう心配していると、5メートルほど後方にいたイアサント王太后が天に向かって手を掲げた。








