27 第四魔物騎士団1
従魔は黒竜ですと言っていいものかどうかの判断がつかないため、じっと団長を見つめてみる。
団長は、私の左手首の黒い輪を指でなぞると、考えながらゆっくりと口を開いた。
「ああ、魔物の種類は言わなくてもよいです。入団前に契約した魔物であれば、報告義務はありませんから。それに、万が一、契約した魔物が強かったり珍しかったりすれば、魔物騎士団からあなたを転属させろとの圧力がかかるでしょうから、不明の方が都合がよいですし」
そして、団長は私の頭をぽんぽんと叩いた。
「むしろ、魔物騎士団の誰かに尋ねられても、にやりと笑って黙っているのがいいかもしれませんね。連中は、使役する魔物の強弱で互いの上下関係を計るところがあります。あなたの従魔が弱いと分かったら途端に馬鹿にしてくるでしょうから、もったいぶって含みを持たせている方が効果的だと思われます」
「ええと、どうして私の従魔が弱いと思うんですか?」
私の質問に、団長はふふっと思わず笑みこぼれたようだった。
「そういう質問をしてくるあたり、従魔の契約について何も知らない証拠で、伏し従えさせた魔物は弱いのではと想像させるのですが。……一般的に、従魔契約の証の幅によって従魔の強さは計られます。つまり、幅が太い方が強い魔物で、幅が細い方が弱い魔物ということなのですが、最弱のHランクの魔物でも幅1センチくらいは、通常あるのですよ」
へっ? ということは、ああみえてザビリアって弱いのかしら?
見掛け倒し! ザビリア、見掛け倒しなのね!
「まぁ、正確に言うと、騎士が魔物を伏し従えさせようと従魔の契約を開始してから完了するまでの時間が証の幅となるのですが。……ですから、騎士がすごく強かったり、魔物が同調的だったりした場合は、通常よりは証の幅が細くなるようですね」
あ、なるほど。
そうよね。思い出したけど、ザビリアって私が眠っている間にAランクの魔物を倒していたよね。
ふふふ、分かっていました。ザビリアが強いのは、分かっていましたとも。
「だから、あなたは強い顔をして、思わせぶりな態度を貫いて、魔物の名前を出さない方がよいと思うのですが。……ですが、幅1ミリというのは、私も初めて見ましたし、どこまでブラフが通用するかですが……」
団長は、顎に指を添えると、何やら考え込み始める。
「普通に考えたら、怪我か何かの理由で弱っているHランクの魔物に、短時間で従魔の契約を行ったという風に考えるのが妥当ですよね――……」
団長が、何だかぶつぶつ言っているようだけど、大丈夫です。理解しましたよ、団長!
想像により生み出されるものが最強という、アレですね。
黒竜を実際に見せるよりも、相手にどんな魔物かを想像させた方が恐ろしいモノをイメージするということですね。
ええ、団長。あなたの賢明なる部下は、団長の言いたいことを完璧に理解しました。
にこりと笑って団長に理解を示してみたけど、なぜか、団長は大きなため息をついてくる。
あれ? 最初にも思ったけど、お疲れなのかしら。
「団長、今日はいつもよりも疲れているように見えますよ。無理はしない方がいいんじゃないですか?」
親切極まりない言葉をかけたというのに、団長はじとりと睨んでくる。
「あなたは、昨日のことは、ほとんど覚えていないのでしたね。……私は、昨日、面と向かって『くそったれ』と言われたので、少々こたえているのですよ」
「く、くそったれ?! 団長を相手に? どこの阿呆ですか!! というか、その人はまだ、生きているんですか?!」
「ええ、ぴんぴんしているようですね」
私をじろりと睨むと、団長は嘆息した。
あれ、本当に元気ないなぁ。ようし、ここは、直属の部下が慰めますよ!
「それは、ちょっと柄の悪い相手ですね。そんな相手の言うこと、気にすることはありませんよ! ちなみに、私は、そんな汚い言葉、人生で一度も使ったことがありませんけど」
「へー……」
団長が、わざとらしい棒読みで声を発する。な、何なんですか?
部下が必死で慰めているというのに!
「ま、まぁ、でも、団長に対してそんな暴言をはくなんて、勇気があるというか、無謀というか、命が惜しくないというか、その全部のタイプですね」
「正確には、私だけにではなく、総長に対しても、その者は『くそったれ』と発言したのですけれどね」
「は?! そ、総長に対してですか? そ、それは、完全に不敬罪じゃないですか! 死罪ですね! というか、騎士のみんなから、ぼこぼこにされますね!」
こわー。言った相手、こわ――。ちょっと、正気じゃなかったんだろうな。そんな自滅的なことを言うなんて。うわー、想像しただけで、背筋が凍るんだけど。
けれど、団長は私の言を否定した。
「いいえ、お咎めなしですよ。相手が子どもだったし、そもそもは総長のご質問に答えただけでしたしね」
「ああ、子どもですか! 助かって、よかったですね! でも、その子どももどきどきしたでしょうね!」
「さて、案外何も感じてないし、既に忘れているかもしれないですよ。真に大変なのは、子どもの保護者だと思いますけれどね」
団長が、妙に実感を込めてつぶやく。
ふうん? でも、やっぱり、子どもの方がどきどきしていると思いますよ。
「ところで、フィーア。既に昨夜、あなたから承諾を得た案件ですが、覚えていないようですので、再度のお願いです。私が総長よりも強いことは、他言無用でお願いしたいのですが」
「分かりました! 私は、絶対に団長にご迷惑はおかけしません。約束は、守りますよ」
きらきらした目で団長を見つめたけれど。
「……多分、あなたの迷惑と私の迷惑にずれがあることが、最大の問題なのでしょうね」
そう言いながら、団長は大きなため息をついた。
◇◇◇
さてと……
第四魔物騎士団に向かって長い廊下を歩きながら、私は考えていた。
何事もはじめが肝心よね。ちょっと、魔物騎士団の好感度を上げるために手土産を持っていくべきじゃあないかしら。いや、でも、あと5分くらいで着くし、今更何も用意できないよね。うーん、手土産作戦は、諦めるか……
そうこうしているうちに、第四魔物騎士団の団長室に着いてしまったので、ノックをして声を掛ける。
「失礼します―――! 第一騎士団から参りました、フィーア・ルードです! 入室します!」
部屋に入ると、眉間にものすごいしわを寄せた一人の騎士が、手足を投げ出した行儀悪い態度で椅子に座っていた。
「はっ! 朝一番に来るって話だったが、エライ時間だな! これがお前らの朝一番ならば、第一騎士団ってのは、いいご身分だな!!」
うわああ、全くその通りです!
「大変、失礼いたしました! 時間に遅れましたこと、心からお詫び申し上げます!」
ぺこりと頭を下げると、その騎士ががんっと椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がる。
「第四魔物騎士団副団長のギディオン・オークスだ。団長は長期不在中のため、オレが実質的なここの責任者だ」
赤銅色の髪をした、30代半ばの大柄な騎士だった。体全体から傲岸不遜な雰囲気がにじみ出ている。
ギディオンは短めの髪をがしがしとかくと、面倒くさそうに私を見た。
「こりゃまた、すげぇ有能そうな奴がきたもんだ。シリル第一騎士団長のご推薦というから、どんな奴かと思ったら、まだ殻も外れてない雛鳥とはな!」
……うわー、不機嫌そう。朝が弱いタイプね、これは。
「大体、第一騎士団所属のまま、うちがしばらく預かるって何のつもりだ? 遊んでいるのかよ? ほんっと、第一騎士団ってのは、筆頭騎士団だけあって上からだし、てめえらの都合しか考えてないよな!」
う――ん、それは、ごもっとも。昨日の夜に決まったことが、今朝には実行されるなんて、すごく強引な話よね。シリル団長って、実はすごいやり手なのね。
「それで? 何でも、お前は魔物の生命力を量れるんだってな。わ――、ありがてぇありがてぇ。助かるわ――、なんて言うと思ったか!!」
ギディオン副団長は、両手を広げて嬉しそうな表情を作ったかと思ったら、すぐに怖い顔になってバンっと机をたたく。
……さっきから、忙しい人だな。
身振り手振りを交えて小芝居をするあたり、悪い人には思えないんだけど、さてどう対応したものかしら?
 









