【挿話】第四回騎士団長秘密会議 前
「シリルはどうした?」
筆頭聖女選定会の第二次審査が終了した日の夜、上級娯楽室にデズモンド第二騎士団長の不機嫌な声が響いた。
同じ部屋で酒を飲んでいた王都在住の騎士団長たちは、できるだけ関わり合いになりたくないとばかりに無言で肩をすくめる。
そんな中、ザカリー第六騎士団長が思い出したように答えた。
「シリルなら、ここに来る前に庭を歩いているところを見かけたぞ。しかし、この世の不幸の8割を背負ったような顔をしていたから、そっとしておいた。声をかけて、オレに不幸を肩代わりしろと言われたら嫌だからな」
デズモンドは顔をしかめたが、気を取り直すと、もう一度部屋の中を見回す。
それから、もう一人欠けている人物の名前を挙げた。
「カーティスもいないな」
すると、クラリッサ第五騎士団長が髪を後ろに払いながら答えた。
「カーティスならさっき、王城の前で見かけたわよ。フィーアちゃんを送っていたみたいだけど、2人ともおかしな雰囲気だったわ。例えるなら、なぜ相手が怒っているのか分からない彼女と、彼女の浮気を見つけて怒り心頭な元彼、といったところかしら」
すかさずザカリーが文句を言う。
「クラリッサ、ペアの男女を目にしたら、必ず恋人関係に例えるのは止めろ! しかも、元彼って何だよ。お前の妄想の中でくらい、カーティスとフィーアを付き合わせてやってもいいじゃねえか!」
あんなにフィー様、フィー様と慕っているんだから、カーティスがかわいそうだろう、と続けるザカリーを見て、デズモンドがわざとらしいため息をついた。
「全く、どいつもこいつも自由だな! 第二次審査が終わった後に、王都在住の騎士団長全員で話をすると、事前に連絡していただろう。それなのに、2人も欠けるとは!」
デズモンドはそう言うと、腹立たし気に娯楽室の中にいる騎士団長たちを見回した。
そのため、クェンティン第四魔物騎士団長がむっとしたように口を開く。
「きちんと言いつけを守ったオレたちに文句を言うな! 文句を言いたいのであれば、シリルとカーティスに向かって言うんだな」
ごもっともな意見に、デズモンドは「悪かった」と素直に謝罪した。
しかしながら、苛立ちを制御できないようで、手に持ったグラスの酒を一気に呷ったため、クラリッサが不思議そうに首を傾げた。
「いつも以上にイライラしているわね。何か嫌なことでもあったの?」
デズモンドは少し躊躇ったものの、一人で抱え込むのが嫌になったのか、苛立たし気に吐き捨てた。
「第二次審査の結果が出てこない! 当初の予定であれば、とっくに結果が提出されているはずの時間だが、順位付けが難航しているようで、未だに待たされている」
「それは……」
ザカリーが何か言いかけたものの、ぐっと言葉を呑み込んだため、代わりにデズモンドが言葉を続けた。
「分かっている! フィーア絡みの案件で想定外のことが起こった場合、ほぼ10割の確率で大爆発が起こるということは! あいつは一体何を引き起こす気だ!?」
「いや、今回はさすがに、どうもならねえだろう。第二次審査は薬草の知識を問うものだから、付け焼刃じゃ無理だ。だから、想定できる最悪のことは、第二次審査で1ポイントも獲得できず、フィーアが大恥をかくってことだろう」
ザカリーが安心させるような言葉を述べたけれど、珍しくデズモンドは乗ってこなかった。
それどころか、気まずそうに目を逸らしたため、ザカリーが訳を尋ねると、デズモンドは言いにくそうに口を開いた。
「……オレは第二次審査に被検者として参加した」
「そうだったな。お前はハズレくじを引いたものな」
その時のことを思い出しながらザカリーが相槌を打つと、デズモンドは口元を手でさすった。
「……言っていなかったが、オレの味覚には不調があった。しかし、フィーアに治癒された」
「は? お前には味覚障害があったのか? 全然気づかなかったぞ! それなのに、フィーアは気付いたってことか。意外とお前のことをよく見ているんだな。そして、例の聖石を使って治したのか」
ザカリーは一人でべらべらしゃべると、全てを理解した顔をしたけれど、肝心な部分の推測が外れていたため、デズモンドが唸り声をあげる。
「正確には違う。フィーアは聖石を使って薬を作ったんだ。だから、オレはそれを飲んで味覚障害を治した」
「おいおい、それは……」
騎士団長たちの望みとは異なり、フィーアが第二次審査でも好成績を収めそうな話を聞いて、ザカリーが顔を曇らせる。
しかし、デズモンドは安心しろとばかりに、拳でどんとテーブルを叩いた。
「大丈夫だ! フィーアだって第二次審査で高ポイントを取るのはマズいと分かっていたようで、事務官のいないところで薬を渡してきたからな。だから、この件が審査の点数にカウントされることはない」
ザカリーはひとまず安心した様子を見せたものの、すぐに意味が分からないとばかりに鼻に皺を寄せた。
「しかし、フィーアはどうやって薬を作ったんだ? 聖石は聖女様の魔力を蓄えるだけの石だよな。だから、薬を作るためには、正しい薬草を正しい分量で混ぜ合わせなければならないんだよな。フィーアにそれができたのか?」
不思議そうなザカリーを前に、デズモンドは秘密情報を少しばかり開示する。
「……これまで存在が確認されていなかった、大聖女様由来の本をローズ聖女が選定会に持ち込んだんだ。なぜかフィーアだけがその本を読み解けたらしい」
「大聖女様由来の本だって!?」
唐突に、イーノック第三魔導騎士団長が会話に割り込んできた。
それまでずっとイーノックは沈黙を守っていたが、派手な音を立てて椅子から立ち上がると、大声で問いただす。
「それはどんな本だ!?」
イーノックは基本的にほとんど全ての物事に興味を示さないが、大聖女様については異常なまでの興味を示す。
騎士団長であれば誰でもそのことを知っていたため、イーノックが突然興奮した理由にその場の全員が思い当たったようだ。
そのため、騎士団長たちは口々にイーノックをなだめ始めた。
「落ち着け、イーノック! 主題はそこじゃない」
「あなたは既に大聖女様関連の本を持っているわよね。だから、新しい本が見つかったくらいで、そんなに興奮しないでちょうだい」
しかし、イーノックは立ち上がったまま皆を睨み付け、仲間の言葉を受け入れようとしなかったので、デズモンドが諦めたように片手を上げる。
「分かった。話を聞くまでお前は納得しないだろうから、知っていることを全てしゃべろう。だから、まずは座るんだ。……いいか、その本は王太后の秘蔵書で、王太后の子飼いであるローズ聖女が、特別に借りてきたものだ。タイトルは『プリンセス・セラフィーナ直伝書』で、内容は300年前に存在した貴重な薬の製薬方法になる。しかしながら、いかんせん素材名と分量が不記載の不完全なものらしい」
イーノックは両手で口元を押さえると、興奮した声を出した。
「何てことだ! 世の中にはまだそんな素晴らしい本が残っていたのか! あああ、一度でいいからその本を読ませてほしいものだな。しかし、一体どういうことだ? その本をフィーアだけが読み解けたというのは本当なのか!?」
デズモンドは悩まし気に眉根を寄せた。
「聞いた話では、不記載の素材名と分量を言い当てたらしい。フィーアは『王家に伝わっている秘密の調合方法だ』と説明したらしいが、そんなものが残っているなんて話は聞いたことがないから、でたらめだろう」
だから、なぜフィーアが言い当てたのか分からないと顔を歪めるデズモンドに、ザカリーがあっさり言った。
「フィーアのことだから、当てずっぽうで言ったんじゃねえのか。そうしたら、たまたま当たったんだろう」
ザカリーの言葉は雑過ぎたようで、騎士団長たちが即座に反論してきた。
「さすがにそれは無理だろう!」
「偶然でそこまで当てるのは不可能だ!」
騎士団長たちの反論は当然のものだったが、ザカリーはむっとしたように言い返す。
「じゃあ、他にどんな説明ができるんだよ! 例えばフィーアが300年前に存在した薬の調合方法を、完璧に知っていたとでもいうのか!? それこそありえねえだろう!!」
「それはそうだが、偶然というのはあまりに……。だって、お相手は大聖女様なんだぞ!」
イーノックは恐れ多いとばかりに声を潜めると、ぶるりと震えた。
どうやらイーノックにとって大聖女様というのは雲の上の存在で、考えるだけでも震えがくるお相手らしい。
一方のクラリッサは、考えるように腕を組んだ。
「大聖女様は真の天才で、能力の高い聖女様たちですら、その教えを理解することができなかったのよね。それを、フィーアちゃんが理解できたというのは……さすがに突飛すぎるわよね」
でも、他にいい説明をしろといわれても浮かばないのよね、と続けるクラリッサに、ザカリーは肩をすくめた。
「フィーアくらいすっとぼけていると、一周回って天才の教えを理解できるんだろうよ」
全く論理的でない発言に、デズモンドが顔をしかめる。
「つまり、具体的にどういうことだよ」
「おう。大聖女様が『あれ』と言ったら、フィーアはなぜか正確に『あれ』を持ってくることができるってことだ! 100%直感と幸運の賜物だな!!」
ザカリーが返したのはやはり非論理的な回答だったが、なぜかデズモンドの中にすとんと落ちたようで、「なるほど」と呟いた。
それから、デズモンドは考えるように片手を顎に当てる。
「ザカリーの例え話には何の根拠もないが、そういうことかもしれないな。当てずっぽうの発言が、たまたま奇跡的に一致した、か。……普通に考えたらあり得ない話だが、フィーアだからな。これまでのでたらめ具合を見ていたら、あり得そうな気がしてきた。少なくとも、フィーアが300年前に存在した薬の調合方法を完璧に知っていた、という話よりは信憑性があるな」
デズモンドはしばらく考えていたが、何かを思い出したように、はっと目を見開いた。
「そうだ、思い出したぞ! フィーアは暇さえあれば、王城内で草を摘んで遊んでいたよな! そして、第二次審査で使用した素材は、全部城内に生えていたものだよな。ということは、フィーアの草摘みが意外と役に立ち、薬草の知識を独学で身に付けたってことじゃないのか?」
デズモンドはさも重要なことを思い出したとばかりに語ったが、他の騎士団長たちにとっては突飛過ぎたようで、デズモンドの言葉を理解することはできなかった。
そのため、代表してクェンティンが聞き返す。
「どういうことだ?」
デズモンドは皆を見回すと、興奮したように両手を広げ、大きな声を出した。
「フィーアのことだから、摘んだ草をそのままにしておくはずがない! きっと食べてみたはずだ! その際、『食べたら少しだけ傷が治ったような気がする』とか、『舌が敏感になった気がする』とか、野生の勘で感じ取って、自力で学習したんだよ! それが今回の結果につながったんだ!!」
ザカリーが盛大に顔をしかめる。
「いや、さすがにフィーアでも、そこまで人間離れしていないだろう。……まあ、ここまできたのだから、結果が出るのを待ってみようぜ。薬の素材と分量を言い当てたのはすげえことだが、薬作りは繊細なものだ。いくらフィーアが悪運の持ち主とはいえ、第二次審査で高ポイントを取るのは無理だろう。皆でフィーアの低い順位を見て安心し、ぐっすり安眠しようぜ」
「それもそうね。フィーアちゃんには聖石があるけれど、それだけで完全な薬を作れるわけがないわよね」
クラリッサが同意すると、デズモンドもその通りだと頷いた。
「恐らく、フィーアが言い当てたという素材や分量も、完璧ではなかったはずだ。それを、聖女様方がこれまでの経験と高い能力でカバーしてくださったのだ。しかし、フィーアにはそれらのどちらもないから、上手く作れずに終わるはずだ」
基本的に騎士団長たちは思ったことを言葉にする。
しかしながら、今回に限っては、発言内容のせいぜい半分くらいしか信じていなかった。
深夜を過ぎて疲労を感じていたこともあり、彼らの発言の残り半分には、こうであってくれという願望が込められていたのだ。
そのため、思ったことだけを言葉にするクェンティンが反対意見を述べた。
「お前たちの言葉は常識的でまともなものだし、納得できないものではない。しかし、フィーア様であれば、高ポイントを取るとオレは思うな」
すかさず、他の騎士団長たちが反論する。
「黙れ、クェンティン!」
「思ったことを何だって言えばいいというものじゃないんだぞ!」
「空気を読みなさいよ」
全員がクェンティンを非難する中、デズモンドがぽつりと呟いた。
「……言っていなかったが、フィーアは他の聖女様方の数倍もの薬を作ったらしい」
デズモンドの声は小さいものだったが、部屋の中にいた全員がデズモンドの言葉を聞き取ったようで、声を合わせる。
「「「……何だって!?」」」
それから、ザカリーがデズモンドに詰め寄った。
「デズモンド! お前はさっき、『フィーアだって、第二次審査で高ポイントを取るのはマズいと分かっている』と言ったじゃないか! それなのに、他の聖女様の数倍の薬を作っただと? それのどこが分かっているんだよ!!」
もっともな反論に、デズモンドは顔を歪めながら言い返す。
「……わ、分かっている……はずだ! いくらフィーアだって、さすがに分かっているだろう。それに、大事なのは薬の効能であって量ではない。オレがフィーアなら、自分の立場を理解して、これっぽっちも効果がない薬を作って提出する!!」
「だが、お前はデズモンドで、フィーアじゃないからな! フィーアなら全力で明後日の方向に頑張って、そうしたら、なぜか本当にすげえ薬が作られて、それらを笑顔で事務官に提出したとしても不思議はねえぞ!!」
ザカリーの言葉を聞いたデズモンドは、その通りかもしれないという気になったため、情けない顔で言い返した。
「頼むから、そんな偶然は起きないでくれ! オレの胃に穴が開くぞ!!」
ザカリーは同情したように深く頷くと、親切めかしてデズモンドに助言した。
「それは大変だな。その時は、当てずっぽうですげえ薬を作ることができる優秀な聖女様に、胃痛の薬を作ってもらうんだな!!」
いつも読んでいただきありがとうございます!
できれば、次回は11/25か26に更新したいと思います。よろしくお願いします。









