258 聖女フィーアのお薬作り教室 7
第二次審査の最終日になった。
聖女たちは自ら宣言した通り、3日間魔法を使わなかったので、私も彼女たちにならった振りをして、表向きはおとなしくしていた。
実際には、事務官や他の聖女たちの目を盗んで、こっそり色々な薬を作ったのだけれど、魔法を行使した聖女はその後3日間、魔法を使わずに休むものだという考えが浸透しているらしい。
そのため、私が一日中調合室にいても、薬草を整理していると見做されて、怪しまれることはなかった。
そして、迎えた最終日に、今日は全員が薬を作るはずだから、私も好きなだけ薬を作るわよ、と意気込みながら離宮に向かう。
しかしながら、私が到着した時には、既に全員が揃っていた。
「ああー、やっぱりね。朝食の時に誰一人見当たらなかったから、早起きしたんじゃないかと思ったのよ。すごいわね、あのふわっふわのパンケーキの誘惑に耐えたのかしら」
さすが志が高い聖女たちだわと感心していると、アナが近寄ってきた。
「フィーア、魔力の戻り具合はどう? 私は魔力回復に効果がある食べ物をたくさん食べて、たくさん眠ったから、今日の体調は完璧よ! 中3日でなく中2日しか空けていないけど、ほぼ完全に魔力が戻っているわ」
後ろにいたメロディとケイティも、同じようなものだと頷く。
そのため、「私もたくさん食べて、たくさん眠ったから完璧よ!」と真似してみた。
すると、なぜか3人は疑うような目で私を見てくる。
「へー、そうなのね」
「どうしてかしら。今のフィーアの言葉を聞いたら、突然疑う気持ちが芽生えてきたわ」
「フィーアは本当にこの3日間、魔法を使わなかったの?」
同じことを答えたのに全然違う対応をされたため、私は不満の声を上げる。
「えええ、私は皆と同じように答えただけじゃない。それなのに、疑ってくるなんておかしくないかしら」
理不尽だわと苦情を言うと、アナが考えるように小首を傾げた。
「フィーアがあまりにも優等生的なことを言うから、『そんなことないわよね』と咄嗟に思っちゃったのよ。日頃のあなたの行いと比べて、違和感があったのでしょうね。それに、よく考えたら、フィーアは毎日一人で調合室に籠っていたわよね。邪魔をしてはいけないとそっとしておいたけど、まさか薬を作っていたんじゃないでしょうね」
ぎくりとしながらも、さり気なさを装って、疑われないような言葉を返す。
「まさかそんな。初日にたくさんの薬草を摘んだから、それらの整理をしていただけよ」
すると、メロディが分かるわと頷いた。
「そうよね、フィーアは大量の植物を集めていたから、整理をするのに多くの時間がかかるわよね。あら、でも、あれほど大量にあった植物が全部なくなっているわ。どこにやったの?」
すっきりした台の上を見ながらメロディが首を傾げたので、内心冷や汗をたらしながらも、私はにこやかに返す。
「えっ、ああ……この部屋に数日間放置していたら枯れると思ったの。だから、別の場所に移動したのよ」
好きに薬を作れる日が、3日もあったのだ。
あれっぽっちの薬草、使ってしまったに決まっている。
……のだけれど、余計なことを言わないよう、端的に返事をした後は沈黙を守ることにする。
無言のままにこにこと笑っていると、ケイティが驚いたように壁際にある棚を指差した。
「見て、作製した薬を入れるガラスの瓶が大量になくなっているわ! この部屋にずっといたのはフィーアだけよね。あなたが使ったの?」
「そうよ。いえ……ええと、どうだったかしら」
咄嗟に返事をしたものの、これはイエスと答えてもノーと答えても、私が困るんじゃないかしらと気付いたため、曖昧な回答に切り替える。
すると、私たちの話を聞いていたプリシラが近寄ってきて、尋ねるように首を傾げた。
「フィーアは摘んできた薬草を、趣味で使うと言っていたわよね」
「あっ、そ、そうなのよ! 第二次審査でがむしゃらに頑張ると疲れるでしょう。だから、気晴らしも兼ねて、趣味の一環で少しばかり薬を作って、それを瓶に詰めたのだったわ」
さすが、プリシラ。助け船を出してくれたわ、と感謝の気持ちとともに全肯定したのに、なぜか彼女を含めた聖女たち全員から呆れたように見つめられる。
「「「フィーアったら、本当に作ったのね!」」」
皆の表情を見て、どうやら私は返事を間違ったようだと悟り、目を丸くした。
「えっ、今のは、全肯定したら全てが丸く収まるという助け船じゃなかったの?」
騙されたのかしらと考えていると、プリシラが肩に手を置いてきた。
「いえ、助け船で合っているわ。安心して、これ以上は尋ねないから。正直なところ、フィーアはそれくらいハチャメチャなことをしてくれた方がありがたいわ。そうでないと、あなただけ体内の魔力量が突出してしまうから、薬作りを教わる際に無茶な魔力注入を要求されそうだもの」
「まあ、プリシラったら」
さすがは慈悲深い聖女だわ。
私がこっそり薬を作ったことを分かったうえで見逃してくれるなんて、何て優しいのかしら。
でも、私は無茶な要求なんてしないわよ、と心の中で言い返していると、プリシラが尋ねるように首を傾げた。
「それで、今日は何の薬を作るの?」
私は3日間ぼんやりと考えていたことを提案する。
「それなんだけど、皆が作りたい薬を作るのはどうかしら?」
「え、皆で相談して、作りたい薬を決めていいということ?」
期待するような表情を浮かべる聖女たちを見て、そうじゃないわと首を横に振る。
「違うわ。それぞれ作りたい薬を作るのはどうかしら、ということよ」
「……どういうこと?」
一斉に首を傾げる聖女たちを見て、私はにこりと微笑む。
実のところ、私はとてもいいことを思い付いたのだ。
つまり、聖女たちはあと1回しか薬を作れないのであれば、自分が作りたい薬を作るべきじゃないかしら、と。
「魔力回復薬は第三次審査の前に、全員が必要になるものだったでしょう。だから、皆で同じものを作ったわ。でも、今日作る薬は何でもいいのよね。だから、皆が作りたい薬を作るといいかなと思ったの」
聖女の振りをするのは、この選定会の間だけだから、皆に薬作りを教えるのはこれが最後になるだろう。
選定会終了後に、万が一聖女たちと出会ったとしても、「私は実は騎士で、選定会には聖石というすごい石の力を借りて参加していただけだ」と告白する予定だ。
聖石を使ったからこそ、選定会ではすごいポイントを獲得したし、だからこそ、最後まで残るわけにはいかず途中棄権したのだと説明すれば、皆納得してくれるだろう。
それに、300年前の聖女たちは、その数が多かったこともあり、自分の得意なことに特化した仕事をしていた。
聖女の魔法と一口に言っても、実際にはたくさんの種類があるし、一人の聖女が何もかも引き受けるのは効率的でないからだ。
だから、薬を専門に作る聖女や、怪我を専門に治す聖女、目だけを治す聖女、……と、それぞれ自分の得意な分野に特化して、魔法を使用していたのだ。
そのため、薬についても細分化して、それぞれが作りたい薬を作ったらいいんじゃないかと思い付いた。
300年前と比べると、今では多くの薬草や薬が失伝している。
それをカバーする意味でも、聖女たちが作りたいと思う薬を作って、その作り方をそれぞれの聖女がマスターすればいいのじゃないだろうか。
そうしたら、今ここにいる聖女の数だけ、新たな薬や良質な薬が誕生することになるのだから。
私は何て素敵なことを考えたのかしらと自画自賛していると、聖女たちは困ったように眉尻を下げた。
「でも、フィーアのやり方を見ないと、きっと同じものはできないわ。さすがにフィーアも全員に付き合うほどの魔力はないはずよ」
それくらいの魔力はあるけど、そこは認めるわけにはいかないわ。
後から聖石のせいにする方法もあるけど、それは最終手段に取っておきたいし、私は切り札を取っておくタイプの聖女なのよね。
「全員の薬作りには付き合えないけど、問題ないわ。何と私は教え方が向上したみたいなの! 多分、一緒に作らなくても、上手に教えられるわ」
自信満々に言い切ったけれど、なぜか聖女たちは絶望的な表情を浮かべた。
聖女たちは心配性ねと思っていると、アナが代表して口を開く。
「もちろん、フィーアはとても上手に教えてくれるはずよ。でも、私たちが上手く教われない気がするわ」
「そんなことないわ」
聖女たちはよく人の話を聞くし、熱心だもの。問題ないはずよ。
そんな私の心の声を読み取られたようで、アナが丁寧な説明を始めた。
「たとえばフィーアは最初から、理屈抜きで10という答えを知っているの。そして、2×5でも、5+5でも、12ー2でも、その場にある素材に合わせて、的確な数式を当てはめることができるのよ。でも私たちにはできないの。そもそも2×5も、5+5も、12ー2も難しくてできないの。1+1+1+1+1+1+1+1+1+1しかできないの」
アナったら難しいことを言うわねと思ったけれど、聖女たちは頷いていたので、分からない私が問題なのかしら。
返事ができずに黙っていると、ケイティがおずおずと口を開いた。
「でも、フィーアの提案はとてもありがたいわ。私には……耳が聞こえない姉がいるの。私は聖女だから、ずっとお姉ちゃんの耳を治したいと思っていたわ。だから、選べるのなら耳を治す薬を作りたいわ」
すると、ケイティに触発されたのか、アナも自分の希望を口にする。
「確かに、ずっとほしかった薬が作れたら嬉しいわよね。私は……教会の大主教が長年頭痛に悩まされているから、それを治す薬が作りたいわ」
さらに、聖女たちの一人が希望を述べた。
「私……キノコの解毒薬がほしいわ。秋になると、村の子どもたちが山に登ってキノコを採るのだけれど、必ず毒におかされる子どもがいるから」
口々に希望を述べる聖女たちを見て、彼女たちは長年、聖女として作りたい薬があったのだわ、と遅ればせながら気付く。
プリシラも同じように皆の気持ちに気付いたようで、何かを考えるような表情を浮かべた。
それから、確認するように皆を見回す。
「あなたたちの気持ちは分かったわ。最大限尊重するつもりだけど、せっかくの機会に失敗しては何にもならないから、ルールを決めましょう。まず、ローズが持っている本に記載されている薬のみを、作製の対象にすること。それから、もしも上手く作れなくても誰も恨まないこと」
プリシラがいったん言葉を切ると、聖女たちは同意するように頷いた。
そのため、プリシラは再び説明を続ける。
「希望が出ている聴力回復薬、頭痛薬、キノコ専用の解毒薬は、多くの場面で使用できる薬だと思うわ。だから、もしも特定の薬を作りたいという希望がない者は、この3つのうちのどれかを作ってみてはどうかしら。繰り返すことで成功率が上がるだろうから、1人目で失敗したとしても、2人目、3人目では成功するかもしれないでしょう」
聖女たちは少し考える様子を見せたけれど、すぐに全員でプリシラの考えに賛成した。
「とてもいい考えだわ!」
「ええ、どれもこれまでなかった薬だもの。そんな薬を作れるようになったら、多くの者が救われるわ」
「キノコの被害は、私の村でも毎年出ているの。だから、私はキノコの解毒薬を作りたいわ」
嬉しそうに同意する聖女たちの中、ローズだけは黙っていたので、プリシラが質問する。
「ローズもそれでいいかしら?」
すると、ローズは本を抱きしめながら頷いた。
「……いいわ! 王太后様からお預かりした大聖女様縁の貴重な本を、私は読み解けなかったの。だから、書かれていない素材について知ることができるなら、私にとっていい話だもの。それに、王太后様の素晴らしさを皆が理解するいい機会だわ!」
「……ちょっと面倒くさいけど、悪い子じゃないのかしら」
独り言というには大きな声を出したプリシラを前に、私は顔をしかめる。
プリシラ、声が大きいわよ。
でも、プリシラのことだから、わざとやっているのかしら。
ちらりとローズを見ると、むっとしていたけど言い返さなかったので、我慢を覚えたのかしらと小さく微笑む。
全員が仲良くなってくれればいいのだけど、と思いながら私はお薬作り教室を始めることにしたのだった。
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