257 聖女フィーアによるデズモンド団長個人面談 3
「西部在住の貴族、それから帝国各地に住む上位貴族だけに見られる病……」
デズモンド団長の言葉を繰り返してみたけれど、思い当たることはなかった。
しかし、それも仕方がないことだろう。
「……私は帝国の西部地域や貴族について詳しくないのよね」
だから、共通項についてぴんとくることはないけれど、特定の人が病気になっているのだから、何らかの原因があるはずよね。
首を傾げて考えていると、ふと白い花のことを思い出す。
「そういえば、アルテアガ帝国の占い師が、『金持ち病にはこの白い花を使って作った薬が効く』と、白い花を示しながらお告げをしたんですよね」
プリシラから聞いたことを持ちだすと、デズモンド団長が頷いた。
「よく知っているな。占い師の言う白い花とは、帝国の西部地域にあるウレスース沼地にしか咲かない花のことだ」
「そうなんですね」
また西部地域だわ。これは偶然なのかしら。
思考を深めていると、デズモンド団長が必要な情報は全て話し終えたとばかりに椅子に深く座り、味覚回復薬の瓶を眺め始める。
その様子をちらりと横目で見ながら、私はぽつりと呟いた。
「病人の共通項が分かりません」
「それはこれから明らかになることだ」
さらりと答えるデズモンド団長を見て、おかしいわねと思う。
結局のところ、デズモンド団長は仕事熱心だから、共通項が見つかっていないのならば、ここで熱心に「そうなんだよ! オレはあれが怪しいと思う、これが原因だと思う……」と言い出すんじゃないかしら。
つまり、既に何らかの予想が付いているのでしょうね。
そう思った私は、本人にズバリと聞いてみる。
「それで、デズモンド団長はどんな共通項を見つけ出したんですか?」
デズモンド団長は動きを止めることなく、手の中の瓶を回し続けたけれど、一拍遅れて返事をする。
「……フィーア、お前はオレが持っている情報を出し尽くしたとは思わないのか?」
もちろん、思わないわ。
だって、今日のデズモンド団長はぺらぺらとしゃべり過ぎているもの。
「はい、思いません。デズモンド団長は危機管理能力が高いのに、今日は乞われたことについて、全てぺらぺらと答えています。恐らく、絶対に秘密にしたい極秘情報を持っていて、それさえ黙っていればいいと、それ以外のことは何だってしゃべっているんじゃないんですか」
「…………」
デズモンド団長は無言になったけれど、それが答えよね。
じっと見つめると、デズモンド団長は頑な様子で唇を引き結んでおり、これ以上口を開きそうになかった。
そのため、私はわざとらしい声を上げる。
「あっ、しまった!」
デズモンド団長が視線だけ動かして見てきたので、私はぽんと両手を打ち鳴らす。
「味覚回復薬を完成させるには、最後のひと手間が重要だと、例の本に書いてあったのでした! つまり、最後にこの果実を交ぜて、勢いよく振らなければ効果は出ないらしいんです」
私はポケットから小さな袋を引っ張り出すと、その中から紫色の果実を取り出した。
デズモンド団長が恐ろしい表情で睨んできたので、敵意がないことを示すため微笑みを浮かべる。
「とはいえ、これは王太后が隠し持っていた貴重な本に書いてあった果実です。この果実自体が大変な情報になりますから、大事な秘密を共有し合えるくらいの相手じゃないと、渡すことは躊躇われますね」
デズモンド団長はわなわなと震え出した。
「フィーア、お前は本当に何てやつだ! ここまでオレを脅した者など、他にはいないぞ! いや、一人いたな。お前のところの団長だ!!」
「私はシリル団長に半年以上仕えていますからね。敬愛するシリル団長の性質に似てきたとしたら光栄です。そして、私は同じようにデズモンド団長も敬愛していますから、脅すだなんてとんでもない言いがかりです」
悲しそうに俯くと、デズモンド団長がギラリとした目で睨みつけてきた。
「そうだろうとも! お前はたまたま絶妙のタイミングで、奇跡の薬が未完成だと伝えてきただけだよな!!」
私はその通りですと頷く。
「絶妙のタイミングで思い出してよかったです。人生において、美味しく物を食べるというのは、滅多にない幸福ですから、デズモンド団長に未完成の薬を飲ませずに済んでほっとしています」
デズモンド団長が悔し気にぎりぎりと歯を噛み締めていると、それまで黙っていたカーティス団長が言葉を差し挟んできた。
「デズモンド、お前は立場上、様々な情報を扱う。その中には繊細な情報も多いから、五感の一つを失ったら、必要な情報を取り零す恐れがあるのじゃないか」
「ぐ……」
カーティス団長の一言はデズモンド団長の痛いところをついたようで、デズモンド団長は顔を引きつらせた。
言葉に詰まるデズモンド団長に向かって、カーティス団長はさらに言葉を続ける。
「お前はいずれ、ディタール聖国に『肉ツアー』に行くのだろう。あの地で楽しむことができるよう、万全の体調を整えておいたらどうだ」
「ぐぅ」
デズモンド団長は小さく唸った。
カーティス団長の言葉は、異国での食事を楽しめるようアドバイスをしただけ……のように聞こえるけれど、その実、騎士団長の立場にある者として、あらゆる情報を拾うことができるようコンディションを整えるべきだと言っているのだろう。
もしかしたら聖国行きに併せて、特別任務が課せられることだってあるかもしれないのだから。
そして、デズモンド団長は賢いから、カーティス団長の言葉の裏を読み取って、……己の味覚が回復すれば、今後もより多くの情報を集めることができるということを理解したのだろう。
というか、デズモンド団長のことだから、そのくらい初めから分かっていて、だからこそ、私の持ってきた薬を飲みたがったのかもしれない。
デズモンド団長の表情を目にした私は、どうやら結論が出たみたいねと思う。
どのレベルの秘密なのかは不明だけれど、『金持ち病』の情報とデズモンド団長の味覚であれば、団長の味覚の方が価値が高いようだわ。
そんな私の予想は当たっていたようで、デズモンド団長は悔し気に顔を歪めると、ワイングラスを掴んで中身を飲み干した。
それから、音を立ててグラスを置くと、覚悟を決めたように一気に話し始める。
「これは、現在検証中の案件だ。そして、オレは未確定事項について話すのは好きじゃない。が……フィーア、お前がそれほどオレを敬愛しているのであれば、大事な秘密を共有することもやぶさかではない」
デズモンド団長が私の言い回しを流用してきたので、これは極秘情報を話すという合図だわと気付く。
「ええ、お願いします」
話を促すと、デズモンド団長は口を開いた。
「帝国の西部地域には沼地があり、そこにしか棲まない魔物がいる。深泥亀だ。あの魔物は見つけにくいうえ、逃げ足が速く、攻撃も通りにくいから、捕獲数は非常に少ない。しかし、味は美味ときているから、貴族専用の高級食材となっている」
「そうなんですね」
「ただし、深泥亀は鮮度が大事で、傷みやすいから、基本的には地元の貴族が食す。もちろん例外はあって、大貴族になると、金と高位魔法を使用できる魔導士を抱えているから、氷漬けにして運んで食べる」
なるほど。デズモンド団長は深泥亀が、『金持ち病』の原因ではないかと考えているらしい。
そして、ここで話を終了させたということは、分かっているのはここまでだということだろう。
「深泥亀には他の魔物にない特殊な生態はないのか?」
カーティス団長が尋ねると、デズモンド団長は肩をすくめた。
「調査中だ。そもそも生態がよく分かっていないからこそ、捕獲数が少ないんだ」
なるほどねと頷いていると、デズモンド団長は頭を抱えて深いため息をついた。
とても疲れているように見えたので、私は持っていた小袋をデズモンド団長に差し出す。
「デズモンド団長、この果実をどうぞ。これは味覚回復薬の材料になりますが、そのまま食すこともできて、少しだけ疲労が回復するんですよ」
デズモンド団長は袋ごと受け取ると、中から果実を取り出したけれど、食べはしなかった。
代わりに、味覚回復薬が入った瓶の中に果実を入れると、がしゃがしゃと瓶を上下に振った後、中身を一気に呷る。
デズモンド団長はごくごくごくと瓶の中身を飲み切った後、空になった小瓶を音を立てて置いた。
「300年前の大聖女様といえば、この国で敬わない者はいない至上のご存在だ! その大聖女様の技術が記されたという本に敬意を表して、この薬を服用した。が、実際に作ったのはフィーアなんだよな」
「はい、そうです」
正直に答えると、デズモンド団長はきっとした目で睨んできた。
「さっきは聞いたこともない本の話が出てきたから、うっかりお前の話を信じそうになったが、聖女様が作る薬はすべからく素材の配合や魔力の流し具合が細かく定められていると聞いた。お前のような素人がちょっとばかし真似したからといって、成功するような簡単なものじゃないんだ! ましてや大聖女様の薬だなんて、お前に再現できるはずがない!!」
デズモンド団長の言うことはその通りだったので、素直に頷く。
そうなのよね。素材の配合や魔力の流し具合によって、薬が成功したり失敗したりするから、作るのは簡単じゃないというのはその通りだわ。
一方のカーティス団長は、「底が浅いな」と聞こえよがしに呟くと、じろじろと無遠慮にデズモンド団長を見つめた。
そのため、デズモンド団長が荒らげた声を上げる。
「カーティス、オレはお前と違って三文芝居なんてしないからな! 味覚が戻っていないのに戻った振りをしたら、またもやフィーアが勘違いするだろうからな」
カーティス団長がデズモンド団長を見つめているのは、三文芝居を強要するためだと、デズモンド団長は勘違いしたようだ。
カーティス団長が呆れたように見つめていると、デズモンド団長は給仕係が新たに持ってきた骨付き肉を手に取った。
それから、腹立たしさをぶつけるように、勢いよくお肉にかぶりつくと、カーティス団長に文句を言い始める。
「だいたいお前を筆頭に、クェンティンもシリルもフィーアを甘やかし過ぎるんだ! いつだって大袈裟に褒めそやすから、こいつが自分の力量を把握し損ねて、大変なことになるんだぞ!」
カーティス団長が無言で肩をすくめると、デズモンド団長はもう一度お肉にかぶりついた。
「それに、オレの味覚が戻らない場合、お前が言うような弊害はあるだろうが利点もある。何といっても、味がなければ食べ過ぎることがないからな。……あ? 美味いな」
デズモンド団長は話を続けていたけれど、突然動きを止めると、意味が分からないとばかりに最後の一言を呟いた。
それから、もう一度お肉を噛み切ると、もぐもぐと咀嚼する。
「は、美味いぞ? どういうことだ??」
恐らく、デズモンド団長は先ほど自分で述べた通り、味覚回復薬の効能を信じていなかったのだろう。
あるいは、信じていたとしても、これほど早く効果が表れるとは考えていなかったに違いない。
そのため、意味が分からないとばかりに、デズモンド団長はきょとりと目を丸くする。
私はそんなデズモンド団長に向かって身を乗り出すと、小声で囁いた。
「デズモンド団長には『金持ち病』についての極秘情報を教えてもらいました。ですから、私も極秘情報を教えますね。うっふっふ、これがサザランドで大聖女様の生まれ変わりと見做された私の実力ですよ!」
お前は何を言っているのだ、とばかりにデズモンド団長が顔を歪め、戸惑った声を上げたけれど……話をしている途中で、私が言いたいことを理解したようで、今日一番の大声を上げる。
「フィーア、お前は一体何を……は? マジか!? お前はもしかして本当に、大聖女様の薬を再現させたのか!!」
驚愕のあまり大きく口を開けるデズモンド団長を見て、カーティス団長は呆れたように顔をしかめた。
「デズモンド、お前の演技は大袈裟過ぎるな。それでは三文芝居以下だ」
いつも読んでいただきありがとうございます!
10/10(金)大聖女コミックス13巻 & 大聖女ZEROコミックス4巻が、
10/16(木)大聖女ZERO6巻が出ますので、よろしくお願いします。
それから、皆様お忙しいでしょうが、お願いをさせてください。
ただいま、「このライトノベルがすごい!」WEBアンケートが実施されています。
★転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す
を加えてもらえると嬉しいです。
明後日までになっていますので、どうぞよろしくお願いします。
〇「このライトノベルがすごい!」(9/23までお一人様一回限り)
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