26 聖女の形
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その後、総長が第四魔物騎士団を勧めた理由を、シリル団長が丁寧に説明してくれた。
「つまり、あなたは魔物の生命力を数値化できますからね。魔物騎士団の連中は、全員一頭以上の魔物を従属させていますが、その生命力については、大雑把にしか把握していません。魔物の生命力を数値として把握できれば、彼らの出来ることが増えるはずですからね」
「な、なるほど。でも、私の数値化は、半分以上は、勘と感覚ですからね」
だから、最後の一桁は、誤差が出ますよ。
シリル団長は、私の言葉に軽く頷くと、淡い微笑みを浮かべた。
「正式に転属させると、返してもらう時に困難が発生するかもしれませんので、所属は第一騎士団のまま、魔物騎士団で働いてもらおうと考えています」
返してもらうことに困難?あ、あれ?私、帰ってこられない程、トラブルを起こすと思われているのかしら?
「あなたは、うちの可愛い子ですからね。もはや、手放す気はありません。しかし、一時でもあなたを知ってしまうと、第四魔物騎士団長も同じように考えるかもしれません。馬鹿な子ほど、可愛いというでしょう? ですから、それを防ぐためにも正式の転属はさせません。もしかしたら、そのことであなたが客人扱いとなり、不当な処遇を受けることがあるかもしれませんが、その時は、すぐに言ってください」
「団長に言ったら、どうなります?」
途中、さり気なくディスられた気がしたけれど、私は大人ですから。聞き流すことに決めました。
「ふふふ、翌日には、あなたを不当に扱った連中はいなくなり、あなたは正しく扱われることになります」
シリル団長は穏やかに微笑んでいるだけなのに、あれれ、なぜだか背筋がぞっとするんだけど。
私は直感を大事にするタイプなので、よっぽどのことがない限りは、シリル団長には黙っていようと決める。
「もう、夜も更けました。そろそろお暇しましょうか」
そうシリル団長に言われ、デズモンド団長を含めた3人で退出しようとすると、総長も騎士団に用事があるとかで、結局4人で騎士寮に向かった。
月の美しい夜だった。風が通り過ぎ、夜の匂いを運んでくる。
お酒の酔いもあって、その静寂さにぼんやりとしていると、総長から話しかけられた。
「フィーア、お前は今日、初めて聖女と一緒に戦ったのだったな。どう思った?」
「くそったれ」
と言い切った後、ああ、言葉が乱暴すぎると気付き、「………………です」と付け加える。
私の発言に、シリル団長は凍り付いたようになり、デズモンド団長は頬をゆがめ、サヴィス総長は表情を変えない。
「聖女がか?」と総長に聞かれたので「いいえ」と答える。
「聖女をゆがめてしまった誰かがです。あれは、聖女のあるべき姿ではありません。……300年前の聖女が見たら、悲しむんじゃないでしょうか」
……いや、というか、私、大泣きしたよね。
「いいえ、悲しむというか、号泣するでしょうね」
「それも、本から得た知識か?」
そう、総長が静かに聞いてくる。
私は、おかしくなって、ふふふと笑った。
「いいえ。これは、私の個人的な意見です。ねぇ、総長。あなた方は、聖女をどうしたいのですか? 祀り上げて、女神にでもするおつもりですか? ふふふ、違いますよ。聖女は、そんな遠くて、気まぐれ程度にしか救いを与えない存在ではないんです。聖女はね、騎士の盾なんですよ」
私は、月を仰ぎ見ると、少しふらふらする体を自覚した。
うん、酔っ払っているな。
「まぁ、これは、あくまで私の個人的な意見です。聞かれたから、答えたまでですから」
私は、突然、裸足で歩きたくなり、靴を脱ぐと手に持ってふらふらと歩き出したけれど、誰にも咎められることもなく、それどころか、誰一人として口をきかないままに騎士寮に到着したのだった。
◇◇◇
翌朝、私は、酷い頭痛と吐き気に襲われていた。
な、な、何だこれは。頭ががんがんする。というか、誰かが私の頭の上で踊っている。痛い、痛い、どなたか知りませんが、私の頭から降りてください。ああ、吐き気がするのに、喉が渇く。なんだ、これは―――……
「二日酔いだな」
頭上から、同室のオルガが声を掛けてくる。
「ふつかよい……。とうとう私も大人の階段を登ってしまったのね」
「お前の大人の階段は、えらくチンケだな」
口では辛辣なことを言いながらも、オルガは水の入ったグラスを渡してくれる。
「がぶっ、がぶっ、ごくっ、あ―――、おいしい」
私は、グラスいっぱいの水を飲んでしまうと、すっきりした気分で起き上がった。
「は? 何で突然、元気になるんだ? お前、その回復力は異常だぞ」
「ふふふん。これが若さよ、オルガ」
「いや、お前、それ若さとかいうレベルじゃないから!」
そうオルガは言い募っていたけれど、私は気になることがあって、ふんふんと自分の匂いを嗅ぐ。
う――、体からアルコールの匂いがする。朝からこれって、ダメ人間だわ。
私は、タオルを手に取ると浴室に向かった。
「ちょっと、体についた大人の匂いを落としてくるね」
そして、シャワーを浴びてすっきりした後、訓練場に向かう。
ええと、まずは、剣の訓練で……
「あれ、フィーア」
訓練場に着くと、ファビアンが驚いたように声を掛けてくる。
「フィーアは、今日から第四魔物騎士団の手伝いに行くって聞いていたけど」
「第四魔物騎士団?」
……はて? そんな話、あったっけ?
「あれ? 聞いていない? 朝からシリル団長が直接、言いに来られたのだけれど」
……うん、謎は解けました。きっと、聞いているのでしょうね。私が覚えていないだけで。
私は、にこりと笑顔を作ると、「ちょっと団長とお話をしてくる」とその場を後にした。
団長室のドアを叩くと、中から入室の許可が出る。
ゆっくりとドアを開けると、執務机に片肘をついた、気怠げな感じの団長がいた。
「あれ? 珍しくお疲れですね」
「……どうしました、フィーア? 何か確認事項ですか?」
いつもよりも少しだけ低い声で尋ねられる。
うん、何だか、本当に疲れているみたいね。きっと、働きすぎなのよ。
「ええと。今日から、第四魔物騎士団配属ということで、確認にきたのですが……」
「配属? 昨日、私は転属はさせないと言いましたよね?」
……ほう、そうでしたか。
これは、慎重に口を開かないと。
「失礼しました、言い間違えました。第四魔物騎士団にお手伝いにいくということでしたよね。それで、何か第四魔物騎士団にご伝言があればお伝えしようと思い、伺いにきたのですが」
「……フィーア。あなた、まさか、昨日私が出した指示を覚えていないわけではないでしょうね?」
団長の表情が、底冷えがする笑顔に変わる。
鋭い。相変わらず鋭いですよ! 流石、騎士団の筆頭団長です。
私は、是とも否とも答えず笑顔を保っていたが、団長は何かに思い至ったようで、じとりと私を睨んだ。
「フィーア、昨夜の出来事で、あなたが覚えている限りのことを話してごらんなさい」
「はい。肉祭りの途中で、団長に呼ばれてお説教をされました。フラワーホーンディアのお肉が美味しかったです。……以上です」
「ほぼ序盤だけの記憶しかないじゃないですか! あなた、泥酔して、昨夜の記憶がないのですね!!」
「団長、ごめんなさい!!」
そうなんです。私は、お酒が入ると、記憶がなくなるという最強のスキルを持っているんです! これで、酒の席で何かをやらかしたとしても、覚えていないからノーダメージなんです!
でも、周りには迷惑ですよね。ごめんなさい。
心の底から悪いと思い頭を下げていると、団長はため息を一つつき、諦めたように薄く笑んだ。
「いえ、宴席で仕事の話をした私が無粋でした。私の方こそ、失礼しました。あなたには、今日からしばらくの間、第四魔物騎士団で仕事をしてもらう予定です。内容は、魔物騎士団が使役する魔物の生命力把握です。一つ心配なのは、魔物騎士団は、魔物を使役してこそ一人前と思っている節があるので、あなたが不当に扱われないかということです。もし、不当な態度を取られたら、私に報告してくださいね」
それから、思いついたように私を手招きする。
「念のため、手首を見せてもらえませんか?」
んん? 昨日、フラワーホーンディアに付けられた傷の確認かしら?
ふふふ、私、跡形残らず治しましたよ。
ちょっと得意気に、団長の前に両手を差し出す。
私の両手を、やはり両手で握って眺めていた団長が、軽く目を見開いた。
「従魔の証。……フィーア、あなたには使役する魔物がいるのですか?」
私の左手首をぐるりと囲む、幅1ミリの黒い輪を見て、団長が尋ねてくる。
……ああ、なるほど。従魔の証を確認したのですね。
はい、いますよ。黒竜という、伝説級の魔物と従魔の契約を結んでいます。
ってのは、言ってもいいのかしら?









