254 聖女フィーアのお薬作り教室 6
「精霊に愛されている?」
どういうことかしらと聞き返すと、プリシラが考えるように中空を見つめた。
「昔の聖女たちは精霊と契約していたからこそ、強力な魔法を使えたらしいわ。ただ、それはもうずっと昔の話で、今は精霊を見た人なんていないのよね」
アナが同意するよう頷く。
「私も聞いたことがあるわ。大主教が言っていたけど、『赤甘の実』は苦いものの中に、甘いものが交じっているんですって。でも、精霊が悪戯をして、苦いものしか引き当てることができないらしいの。唯一、『精霊に愛された者』だけが甘い実を引き当てることができるんですって」
そういえば、サヴィス総長が似たようなことを言っていたわね、と思い出しながら相槌を打つ。
「ふうん、私はただの偶然だと思うけど。でも、その言い回しは素敵ね」
まるで、まだこの世界に精霊がいるみたいじゃないの。
生まれ変わったと気付いてから、私は色んな場所に行ったけど、一度も精霊の気配を感じることはなかった。
だから、精霊がまだどこかにいるというのは、素敵な話だわ。
「私が生まれて15年経つけど、一度も精霊を見たことがないわ。できるなら、会ってみたいわね」
300年前、私に付いてくれた精霊に会いたいと願うのは望み過ぎだろうけれど、彼の眷属に会えたら嬉しいわ。
そう考えていると、プリシラが思ってもみないことを言い出した。
「だったら、いつかアルテアガ帝国に行ってみたらいいわ」
「アルテアガ帝国?」
そこに何かあるのかしらと聞き返すと、プリシラが考えるように腕を組んだ。
「精霊がたくさんいた頃と今では国境が変わっているのよ。大聖女様が愛した森は、今はアルテアガ帝国の一部になっているわ。そして、その森ではまるで何かに悪戯されているような、不思議なことが起こるんですって。だから、おとぎ話のような話ではあるけど、その森には精霊が残っていて、フィーアなら会えるかもしれないわ」
「……そうなのね」
初めて聞く話に、私はびっくりして目を丸くする。
アルテアガ帝国の知り合いといえば、レッド、グリーン、ブルーの3兄弟だけだ。
彼らとは一緒に冒険をしたことがあるし、この間は霊峰黒嶽まで行って、一緒に魔人を倒しもした。
だから、いい仲間意識ができていて、私が帝国に行った際には、色々と案内してくれるんじゃないかしら。
そういえば、グリーンは私の希望を読み取って、大聖堂に行って調べ物をしてくれるって話になっていたわよね。
実現させるのは難しそうだけど、グリーンは真面目だから、一旦引き受けた以上、何とかしなきゃいけないと考えて、困っているんじゃないかしら。
だから、ひょっこり帝国に行って、「大聖堂の件は気にしなくていいからね!」と言ったら、グリーンもほっとするかもしれない。
問題は、帝国のどこにグリーンたちが住んでいるのか分からないってことよね。
うーんと考えたところで、ブルーの大袈裟な言葉を思い出す。
『もしも、仮に、万が一、フィーアが帝国に来てくれたら、いつだって歓迎するから! 君が一歩でも帝国に足を踏み入れたら、すぐに私に連絡が入るようにしてあるんだ。だから、私は君のもとに、疾風のごとく駆けつけるよ!!』
あの言葉はどういう意味だったのかしら。
まさか私を出迎えることを免罪符にして、ブルーは家業を手伝うことなく、日がな一日国境沿いでうろうろしているのじゃないでしょうね。
ああー、そうだとしたら、再会した時、レッドに謝らないといけないわ。
その時のことを想像して顔をしかめていると、プリシラが声をかけてきた。
「フィーア、魔力回復薬の作り方を教えてくれてありがとう! 今日はこれ以上、私たちにできることはないから、ここで解散させてもらっていいかしら。私たちは皆で、今日の振り返りをやるから、フィーアは自由にしてちょうだい」
「まあ、何て勉強熱心なのかしら! だったら、私も参加しようかしら。実のところ、300年前の大聖女様も、志が高い時ばかりじゃなかったと思うのよね。そのため、私がやっているような志は低いけど、10倍速くできるやり方で薬を作ったこともあると思うわ。だから、私のやり方を振り返ってみるのも、役に立つかもしれないわ」
実際には、300年前の私は常に志が低かったのよね。
昔を思い出しながら、にこやかに提案したところ、なぜか聖女たちの声が揃ってしまう。
「「「いいえ、間に合っているわ!」」」
「え、そう?」
きょとりとして目を丸くすると、聖女たちは慌てたように言葉を重ねてきた。
「フィ、フィーア、最後まで親切な申し出をありがとう。でも、ほら、私たちの魔力量は限られているから、今日も明日も明後日も魔法は使えないのよ。だから、時間はたっぷりあるわ」
「そうそう。それに、時間をかけて薬を作った方が、大主教たちも大変な薬なのだと認識するだろうから、大聖女様のやり方をお手本にさせてもらうわ」
「なるほどね」
私は聖女たちの深い考えに感心して、大きく頷く。
無駄な手間と時間をかけて作るのが、権威作りには必要ってことね。
難しい世界だわ。
「フィーア、私たちは毎日ここにいるから、よかったら最終日にも来てくれて、薬作りを教えてくれると嬉しいわ」
プリシラに依頼されたため、念のため確認する。
「もちろんいいけど、全員が今日も明日も明後日も魔法を使わないの?」
すると、その場にいる全員が、その通りだと頷いた。
「ええ、魔力が一部しか回復していない状態では、大したことはできないもの」
「だから、ここは我慢をするところだわ」
「そうなのね」
だったら、やることがなくなったから、これからもう一度、デズモンド団長のところに行こうかしら。
味覚障害に効く薬を飲ませて、対価としてアルテアガ帝国で流行っているという『金持ち病』の話を聞き出すのよ。
でも、デズモンド団長の薬は事務官がいないところで作ったから、事務官がいないところで飲ませて、薬自体をなかったことにしようと考えていたのよね。
ということは、夕方にでも出直した方がいいのかしら。
だとしたら、どこかで時間を潰すべきね。
そう考えながら、私はちらちらと部屋の中に視線をやる。
……実のところ、この離宮は私にとって馴染み深い場所なのだ。
300年前、私の精霊とともに、この離宮でよく過ごしていたのだから。
そして、この離宮には秘密の鍵が必要な部屋があって……『次にあの部屋に入る時は一緒に入ろうね』と、私の精霊と約束したのだ。
先ほどの話では、アルテアガ帝国に精霊が残っているかもしれないとのことだったけれど、私の精霊と再会することは難しいだろう。
それでも、約束は守らなければならない。
だから、私の精霊と再会するまでは、この離宮について知らん顔で通すのよ。
そう決意したものの、私は誘惑に弱い聖女だから、用事もなくここにいると誘惑に負けるかもしれない。
だから、やっぱりどこかで時間を潰すのがいいんじゃないかしら。
「じゃあ、私は王城の庭に行って、薬草を補充してくるわね」
空っぽの袋を手に取ってそう言うと、メロディとケイティが目を丸くした。
「これ以上?」
「どのみち、そんなにたくさんの薬は作れないわよ!」
2人の言葉に頷くと、私はにっこり微笑んだ。
「大丈夫、私だって第二次審査のために、それほどがむしゃらに頑張りはしないわ。これから摘む薬草は、審査終了後の時間に趣味で使う分だから」
趣味であれば、失敗するかもしれない薬作りを色々と試せるわよね。
だから、お楽しみの分なのよと、茶目っ気を覗かせて片目を瞑ってみせる。
「……はぁ!」
聖女たちは納得するかと思ったのに、おかしな声を出すと、目を丸くして私を見つめてきたのだった。








