252 聖女フィーアのお薬作り教室 4
アナやプリシラたちにつられたのか、その後、その場にいた全員が大聖女のやり方を学びたいと言い出した。
そのため、私は聖女たちの志の高さに感激する。
「どう考えても、量ったり、細かく折り曲げたりする方が大変よね。私のやり方だったら、ぐしゃりと握り潰すだけで済むのに、敢えて困難な道を選ぶなんて、何て志が高いのかしら!」
でも、そうよね。
そんな彼女たちだからこそ、多くの聖女の中から、筆頭聖女選定会に参加する聖女として選ばれたのだわ。
さすがねと感心していると、褒められることがこそばゆいようで、プリシラが顔を赤くして何事かをぼそぼそと呟いた。
「フィーアったら、どうしてこう好意的に解釈するのかしら。それに、独り占めしておくべき高度な製薬技術を、何の条件もなく皆に教えるなんて、お人好し過ぎるわ。ああ、本物の聖女ってのは、こんなにも純粋で、危なっかしいものなのね」
周りにいる聖女たちもうんうんと頷いていたので、どうやらプリシラの呟きは共感できるものだったようだ。
けれど、プリシラは私に背を向けていたため、私には彼女の言葉が聞き取れなかった。
きっと、私に志が高いと言われたことが気恥ずかしくて、言い訳をしたのだろう。
だから、私に背を向けたのだろうし、志の高い聖女たちも照れ隠しに同意したのだわ。
ふふふ、私にも聖女たちのことが、だんだん分かってきたわよ。
そう思いながら、私はお薬作り教室の続きに戻る。
汲んである水に素材を加え、聖女たちに魔力を流してもらうことにしたのだ。
私は第一次審査の時から聖女たちを見てきたから、ローズ以外の聖女の魔力量は把握している。
だから、それぞれの聖女の魔力量に合った分量だけ、魔力回復薬を作ってもらうことにした。
「ええと、アナとプリシラは一人前作ってちょうだい。ケイティとルドミラは、0.8人前ってところかしら。それから……」
一人一人、目安の分量を提案すると、聖女たちは文句も言わずに頷く。
最後のローズはよく分からなかったので、本人に任せることにした。
「ローズの魔力量は分からないから、自分ができると思った分をやってね。よく分からなかったら、一人前でいいんじゃないかしら」
筆頭聖女である王太后から直接指導を受けているくらいだから、ローズには十分な魔力があるはずだ。
そう考えながら、さきほど手でつぶしたり、伸ばしたりした素材を片手に載せる。
「じゃあ、混ぜるわよ。一人前の材料は全部合わせて片手にこんもり乗るくらいだから、そうなるように調整してね。ほら、これくらいよ。不思議なことに、先ほど加工した素材を全部合わせると、ちょうどいい分量になるのよね」
「いや、ちょうどいい分量になるのは、ちっとも不思議なことじゃないわよね。だって、どう見てもフィーアは調整していたもの」
「それぞれの素材を選ぶ時、常に手前にあるものを選ぶわけじゃなく奥にある葉を選んだり、1枚だったり、数枚だったりと、分量を調節していたわ」
「自分で素材を選別したことに、本人は気付いていないのかしら」
慣れてきたのか、アナ、メロディ、ケイティたちがぼそぼそと私語をし始める。
3人の表情は明るかったので、楽しい話をしているようだ。
よかったわ。何でも楽しくするのが一番よね、とにこりとすると、プリシラが質問してきた。
「『赤甘の実』はどのくらい混ぜるの?」
大聖女の直伝書に触発されて、細かい作業をやってみたいようだ。
でも、私の場合、そんな難しいやり方はしないのよね。
「『赤甘の実』は入れさえすれば、十分な効能が出るわ。だから、『赤甘の実』で一番大事な役割は、味の調整なの。甘いものを飲みたい気分だったらたくさん、そうでなければちょびっと入れればいいわ」
「絶対にそんなわけないわよね」
「えっ?」
プリシラは面と向かって、私のやり方を否定してきた。
どうやら直伝書の細かいやり方の方がお好みのようだ。
「多分、フィーアはよく分からない理論に基づいて、魔力量をコントロールして薬を作るのでしょうけど、私にはできないから、分量を正しく整えるしかないわ」
プリシラはそう言うと、ローズに顔を向けた。
すると、ローズは心得ているとばかりに直伝書に視線を落とし、書かれていることを読み上げる。
「混ぜる割合は、『宵待草』と『紫蔓モドキ』は1。それ以外の素材は、それぞれ0.6とすること」
プリシラは量りを取り出すと、丁寧に分量を計量し始めた。
教会ナンバー1の聖女であるプリシラが率先して計量したことで、他の聖女たちも従わずにはいられなくなったようで、皆が同じ手順を取り始める。
「えっ、本当にその手順でやるの? ものすごく時間がかかるし、ぴったりの分量にはなかなかならないから、だんだん嫌になってくるわよ」
そこまで頑張らなくてもいいんじゃないかしらと思ったけれど、全員が「大丈夫よ」「憧れの大聖女様のやり方だから」と言うので、それ以上何も言えなくなる。
ああー、大聖女に憧れを抱いている聖女たちには言えないけど、実のところ皆がやっているのは大聖女のやり方ではないのよね。
私のやっている、至極簡単な方法が真の大聖女のやり方なのに……直伝書なるものが残されていたせいで、あちらが大聖女のやり方だと、皆が信じてしまったわ。
何度も何度も量り直す聖女たちを見ながら、私は皆に聞こえないよう小さな声で呟いた。
「これまでたった一人しかいない大聖女だから、権威を示すために格調高く、より難しい方法を示す必要があるのかもしれないけど……権威を守るのも大変ね!」
さて、私の想定より10倍の時間がかかったものの、聖女たちは無事に魔力回復薬を完成させた。
できあがった薬を前に、自分たちで完成させたことが信じられないとばかりに、聖女たちは目を丸くする。
そんな聖女たちに向かって、私は感激した声を上げた。
「すごいわ! 全員が成功するなんて、すごいことだわ」
一度で全員が成功するなんて、前世ではなかったことだ。
しかも、直伝書に従った、より難しい方法を選んだのに成功するのだから、彼女たちの実力と熱意は本物だろう。
素晴らしい聖女たちだわと感激していると、彼女たちも感激した様子で目をきらきらと輝かせた。
「フィーア! すごいわ! このとんでもなく貴重で、ものすごい効能を発揮する、伝説の魔力回復薬が私にも作れたわ!!」
アナは喜色満面でそういうと、勢いよく抱き着いてきた。
「ありがとう! 全部フィーアのおかげよ!!」
「いえ、私ではなく直伝書のおかげね」
だって、アナも直伝書通りに分量を量っていたもの。
もしも私の言う通りに作ったら、10倍速くできたのに。
志が高いのはいいことだけど、ちょっとばかり要領が悪いんじゃないかしら、と思いながらそう返す。
すると、近くにいたメロディとケイティがアナの言葉を引き取り、きっぱり否定してきた。
「いいえ、あなたのおかげよ、フィーア!」
「ええ、本には載ってないことを、細かく教えてくれたのはあなただもの!!」
2人はそう言うと、アナと同じようにぎゅっと抱き着いてきた。
プリシラも頬を紅潮させて近付いてくると、感激したように手を握ってくる。
「フィーア、あなたのおかげで、私は間違いなく聖女の階段を一段登ったわ!」
「私もよ! ありがとう、フィーア!!」
「心からあなたに感謝するわ!!」
その場にいる聖女たちから、口々にお礼を言われたため、私はびっくりして目を丸くする。
けれど、すぐに胸の奥がほっこりと温かくなったので、私は嬉しくなって微笑んだ。
全員が本に従って作ったのだから、私のおかげということはほとんどないはずだ。
それなのに、私にお礼を言ってくるなんて、思いやりのある聖女たちだわ。
多分、この優しさがあるからこそ、彼女たちは立派な聖女になっていくのでしょうね。
そう思ったので、私は素直に聖女たちを称賛した。
「皆が魔力回復薬を作れたのは、私のおかげというよりも、これまでの研鑽と努力の賜物だわ。おめでとう」
すると、なぜか聖女たちは全員で首を横に振った。
「いいえ、フィーアが惜しみなく、魔力回復薬の作り方を開示してくれたからよ!」
「そんなに躊躇なく、全部を教えてくれることなんて、普通はできないわ!」
「全部フィーアのおかげだわ!!」
聖女たちの全員が、本気でそう言ってきたように見えたので、本当に謙虚で素晴らしい聖女たちだわと、私は心から感心したのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
7/19(土)ベルサール秋葉原で出版社主催の夏祭りが開催されます。
フィーアの等身大フィギュアやグッズショップの出店などが予定されていますので、お近くに寄られた際は、ぜひ覗いてみてください!
https://www.es-novel.jp/special/10th/index.php#natsumatsuri
よろしくお願いします。









