250 聖女フィーアのお薬作り教室 2
はっ、閃いたわ!
そういえば、敷地内に臨時の薬草園が造られていたわよね。
ということは、そこに植えてある薬草は全部、今世で薬草だと認定されていて、使い放題ということだわ。
ほほほ、人間ってのは、ピンチの時に閃くものなのね。
私が摘んだ素材の山の隣にある、プリシラが薬草園から摘んできた素材に視線を移すと、私はにまりと微笑んだ。
それから、ぜーんぶ使い放題よと心の中で呟きながら手を伸ばすと、ひょいひょいと2種類の薬草を手に取り、大袈裟に褒めそやす。
「わー、これはいい薬草ね! この2つがあれば、魔力回復薬はできたも同然だわ」
プリシラたちが疑うような眼差しで見つめてきたので、さすが優秀な聖女ね、実のところこの2つだけでは全然足りないわ、と心の中で呟く。
それから、一体どうしたものかしらと、もう一度思考した。
せっかくいいことを閃いたと思ったけれど、薬草園の薬草だけでは全然足りなかったわ。
うーんと考え込んだところで、私がアナたちに魔力回復薬は王室特製だと説明したことを思い出す。
そうだわ、王室というのは門外不出の秘密をたくさん抱えているものだから、王室特製のレシピというものがあって、そこに必要素材が書いてあったことにしよう。
「ええと、王室特製のレシピによると……」
私は大きな声で呟くと、今度は自分で採ってきた素材に向き直り、その中から赤い実を手に取る。
すると、聖女たちは驚いたように目を見張った。
ほほほ、そんな顔には騙されないわよ。
私が優秀じゃない聖女だったら、薬草図鑑に載っていない素材を手に取ったのかしらと心配になるけれど、シャーロットに教えてもらったから、この実が現代の薬草図鑑に載っていることを知っているもの。
「この赤い実は苦いものと甘いものがあるの。そして、必要なのは甘い実なのよ」
自信満々に説明すると、プリシラが信じられないとばかりの声を上げた。
「フィーア、いきなり何てものを取り出すの!」
「えっ?」
「それは『赤甘の実』でしょう? 私は以前、『赤甘の実』はものすごいレア素材だって言ったわよね! 大聖堂でも滅多にお目にかかれない代物だって!!」
そういえば、そんなことを言っていたわね。
森の中では簡単に見つけられる実なんだけど、いかんせん私以外の聖女たちが摘むと、苦いものばかりに当たるのよね。
私はちらりと赤い実を見た後、プリシラに視線を移す。
それから、内緒話を話すかのように声を潜めた。
「プリシラはお友達だから、とっておきの情報を教えてあげるわね」
「な、何よ……」
「実は、この実は王城の敷地内で見つけたのよ!」
ああー、王城でどれだけでも採れると分かったから、もうレアものではなくなったわね、と思いながら笑みを浮かべると、彼女は私を疑うような表情で見てきた。
「は? そんなわけないじゃない! いえ、その木自体は特別珍しいものではないから、王城内に自生しているなんて偶然が、万が一にでもあったのかしら。い、いや、でも、フィーアが持っているのは甘い実なのよね」
「ええ、そうよ」
「だとしたら、やっぱりおかしいわ! 城内にある木から、そんなすごいものが採れるはずがないもの!!」
プリシラがきっぱり言い切ると、隣にいたアナもその通りだと、プリシラの意見に同意する。
「甘い実がなるのは特別な木だけだと聞いたことがあるわ」
プリシラは仲間を得た気になったようで、自信あり気に胸を張った。
「ええ、そう。アルテアガ帝国にある特別な森に生える木だとか、筆頭聖女様が自ら世話をした木だとか……はっ、まさかフィーア、あなたが育てたの!?」
プリシラから質問された私は、そうねと頷く。
「えっ? まあ、そういう言い方もできるわね」
『星降の森』から採ってきた『赤甘の実』を食べたら、たまたま種が入っていたので、「土に還りなさい」と王城の庭に捨てたのだ。
そうしたら、いつの間にか芽が出て、木になっていたのよね。
だから、私が育てたというのは、あながち間違いじゃないわ。
私の返事を聞いたプリシラは疑わし気な表情から一転、納得したように頷いた。
理解してもらってよかったわと思いながら、魔力回復薬を飲んだことがあるアナたちに、『赤甘の実』について説明する。
「ほら、魔力回復薬を飲んだ時に、甘い味がすると言っていたでしょう。それはこの実の味だったのよ」
すると、アナ、メロディ、ケイティの3人は信じられないとばかりに自分の口を押さえた。
「えっ、な、何てことかしら!」
「私はそんな貴重な素材を、知らないうちに口にしていたの!?」
「フィーアは確かに王城の庭にあった素材を使ったとは言っていたけど、まさかこんなレア素材だなんて思わないわよね! あの時は皆で特産品自慢をしていただけだったもの!!」
3人の言葉を聞いて、どうやら『赤甘の実』が魔力回復薬の素材だと納得できたようねと嬉しくなる。
私は笑みを浮かべると、自分で採ってきた素材の山から2つの薬草を引っ張り出した。
すると、メロディが心配そうに私の袖を引っ張る。
「フィーア、薬を作る時の材料はきっちり決められているの。違うものを入れたら、失敗するわ」
顔を上げて聖女たちを見回すと、全員がメロディと同じように心配そうな表情を浮かべていた。
そのため、本当に誰一人、私が手に持っている植物を薬草だと認識していないのだわと悲しくなる。
ここにいるのは、筆頭聖女の候補になっている選りすぐりの聖女たちだ。
そんな彼女たちが誰一人ぴんときていないのだから、300年の間に聖女の力が衰えたように、薬草の知識も失われてしまったのだろう。
……仕方がないことなのかもしれないわ、と私は眉尻を下げる。
聖女の数が減り、力が衰えてしまったから、きっと300年前のようにあらゆる症状に対処する薬を作ることが難しくなったのだろう。
そのため、傷の回復や毒消しといった主な効能にのみ、対応を特化せざるを得なかったのかもしれない。
結果、比較的患者数が少ない病気に対応する薬は作られなくなり、使用しない薬草は意味がないものとなって、薬草としての指定を外れていったのだろう。
ああ、多くの聖女たちが長い時間を掛けて調べ上げ、薬草としての効能を発見していったものが失われてしまったなんて!
300年前に一緒だった聖女たちの姿が思い出され、悲しくなったけど、私はぷるぷると頭を振ると考えを切り替える。
……だとしたら、失われてしまった薬草の効能を知っている私が、次の世代の聖女たちに伝えるべきだと思ったからだ。
「プ、プリンセス・セラフィーナ直伝書!」
静まり返った部屋に、ローズの大きな声が響いた。
彼女が感情を露わにするのは珍しいわね、と思いながらローズを見ると、彼女は真っ青な顔で私が持つ薬草を見ていた。
あら、もしかしらローズはこれらが薬草だと認識できているのかしら?
ただし、前世の私の名前が呼ばれたのはすごく不穏よね。
嫌な予感を覚えて、ローズの発言を問いただせないでいると、代わりにプリシラが質問した。
「プリンセス・セラフィーナ直伝書? 何よそれ。初めて聞いたわ」
「…………」
動揺したように視線を彷徨わせるローズに、プリシラがさらに質問する。
「セラフィーナ王女というのは、300年前の大聖女様のことよね。まさか大聖女様が記した本が残っているの?」
セルリアンが王城の図書室から大聖女絡みの禁帯出の本を持ってきてくれたけど、それらは『大聖女様の夢見る詩歌集』とか『<真実版>騎士団長たちは見た! 大聖女様の危険なお茶会』といった、全く役に立たないものばかりだった。
それなのに、ここにきて役に立ちそうな書物が出てくるのかしら。
期待の眼差しを向けると、ローズは決意したような表情を浮かべ、彼女の荷物が置かれたテーブルに歩いていった。
それから、彼女はテーブルの上の袋から何かを取り出すと、再び戻ってくる。
ローズの手元に視線を落とすと、彼女は古びた一冊の本を抱きしめていた。