249 聖女フィーアのお薬作り教室 1
「フィーア、何しているの! まずは薬を作るわよ」
台の上に載っていた素材を使い、デズモンド団長の薬を作り上げたところで、プリシラから声をかけられた。
プリシラの声が尖っていたので、遊んでいると誤解されたのかもしれないと、慌ててそうではないと説明する。
「それなんだけど、ちょうど薬ができたところよ」
頑張ったわと必死でアピールしたけれど、プリシラが疑うように見つめてきたので、さらに細かく説明する。
「デズモンド団長が困っていたから、専用の薬を作ったの」
「猫パンチを強化するための薬ということ?」
プリシラの言葉に、目をぱちくりする。
猫パンチ強化の薬、というと……
「見かけは猫パンチだけど、実際にはものすごい威力のパンチを打てるようになるという、幻の薬ね! 残念ながら、それは私にも作れない数少ない薬のうちの一つだわ」
プリシラが冗談を言っていると思ったため、私も冗談で返してみたけれど、なぜか顔をしかめられる。
「フィーアったら、そんな薬あるわけないじゃない! 需要だってないわよ」
プリシラの反応が本気のものに見えたので、もしかして彼女は冗談を言ったのではなかったのかしらと首を傾げる。
難しいわねと考えていると、プリシラが私の手元を見て、驚きの声を上げた。
「えっ、本当に薬を作ったの? でも、フィーアはずっと私と話をしていたわよね。魔法を発動させた様子もなかったのに薬ができたというの?」
「話はしていたけど、手は動かしていたわ。呪文だって唱えたわよ」
「呪文はさすがに唱えてないわ。あんな長い呪文を唱えたら、さすがに私だって気付くわよ」
うん、まあ、全文を唱えたわけではないからね。
心の中で言い訳をしていると、プリシラは心配そうに尋ねてきた。
「でも、薬を作る時は、事前に事務官を呼ばないといけないんじゃなかった?」
「あ、そうだったわ」
忘れていたわ。
プリシラの言う通り、薬を作る際には事務官に立ち合ってもらわなければならないのだった。でも……
「事務官立ち合いのもと、もう一度薬を作り直すのは面倒よね」
だから、この薬はなかったことにしてしまおう。
デズモンド団長に飲ませるのも、事務官が帰った後にすればいいわ。
いいことを思い付いたわとにまりとし、瓶に詰めた薬をこっそりポケットに入れたところで、プリシラが真剣な表情を浮かべた。
「フィーア、図々しいお願いをしてもいいかしら」
「ええ、何かしら」
小首をかしげると、彼女は言いにくそうに言葉を続けた。
「……よかったら、私に薬の作り方を教えてもらえないかしら。当然のことだけど、フィーアが教えてもいいと思うものだけでいいし、審査の邪魔にならない範囲でいいから」
さすが、プリシラね。勉強熱心だわ。
「もちろん、いいわよ。何を作りたいの?」
「何でもいいわ。フィーアが私に教えたいものがあれば、それを教えてちょうだい」
私が教えたいもの……といえば、汎用性が高くて、どの聖女でも作ることができるよう難易度が高くないものよね。
大聖堂に戻った後、プリシラが他の聖女たちにも教えてあげられるようなものが理想だわ。
「そうねえ……じゃあ、シンプルだけど回復薬を作りましょうか。それから、忘れないうちに魔力回復薬もね」
そういえば、魔力回復薬をアナたちに配る際、王室特製だと説明したわよね。
加えて、この薬は私が作ったんじゃないわ、とはっきり言ったのだったわ。
それなのに、実は私も作れます、というのはおかしくないかしら?
うーん、と考えたけれど、いい考えが浮かばなかったので、成り行きに任せることにする。
意外と聖女たちは細かいことを気にしないタイプばかりだと思うのよね。
だから、私が魔力回復薬を作れても、そんなものかと受け流すんじゃないかしら。
そう考えながら周りを見回すと、いつの間にか聖女たちが私の周りに集まっていて、期待するような眼差しを向けていた。
どうやら聖女たちは、魔力回復薬を作りたい気分のようだ。
この情景は前世でも見覚えがあるわ。『大聖女のお薬作り教室』ってやつね。
ただ、聖女の数が一人足りないわ。
私は部屋の隅で黙々と作業を行っているローズに視線をやる。
しばらく見つめていたけれど、ローズはこちらをちらりとも見なかった。
この調子ならば、私が誘い掛けてもすげなく断られそうだ。
「プリシラ、私はローズ聖女とも一緒に薬を作りたいんだけど、何かうまい方法はないかしら?」
いい考えが浮かばなかったので、隣にいるプリシラに尋ねることにする。
すると、プリシラは考えるように首を傾げた。
「ローズ聖女と?」
プリシラはローズと一緒にやることに不満のようで、一瞬顔をしかめたけれど、すぐに真剣な表情になると考え始める。
「……彼女は自分が一番だと思っているから、『一緒にフィーアに教えてもらいましょう』と誘い掛けても、絶対に反発するはずよ。反対に、ローズ聖女に教えてもらおうとしても、『なぜ私があなた方に筆頭聖女直伝の魔法を教えないといけないの!』と拒絶されそうだわ」
「プリシラったら、すごいわね。ローズの考え方を完璧に理解しているじゃないの」
ローズの行動をすらすらと予想するプリシラに感心すると、彼女は複雑な表情を浮かべた。
「これはあくまで私の想像よ。でも、当たっていると思うわ。フィーアに会う前の私の思考を思い浮かべたら、ローズ聖女の思考になるのよ」
「へー、面白いわね」
「ローズ聖女がフィーアの話を聞けばいいんでしょう? だったら、彼女の近くで手順を事細かに説明しながら薬を作るのはどうかしら。ローズがこちらを見ることはないでしょうけど、一言一句漏らすことなく聴いていると思うわよ」
そうなのかしらと思ったところで、目の前をアナが通ったので、彼女の意見を聞いてみる。
「プリシラ聖女の案は間違いないと思うわ。ただ、冒険をしてみたいのだったら、ローズ聖女にフィーアが直接誘い掛けるのがいいんじゃないかしら。相手のプライドをくすぐるように、『筆頭聖女直伝の御業を参考にしたいわー』という下心をわざと覗かせながら、共同で薬を作ろうともちかけるの」
「なるほど?」
「フィーアは第一次審査で一位だったから、ローズ聖女はあなたの魔法に興味津々のはずよ。ただし、プライドが邪魔をして、その気持ちを隠そうとするんじゃないかしら。だから、フィーアの方から近寄っていったら、すぐに同意すると思うのよね。ほら、フィーアは計算高そうに見えないから、御しやすそうと考えるはずよ」
アナがさり気なく私を貶したように思ったのは、気のせいかしら。
せっかくのアドバイスだから、試してみるけど。
私は一人で薬草を選り分けているローズのもとに歩み寄ると、声をかける。
「ローズ聖女、よかったら一緒に薬を作ってくれない? 筆頭聖女直伝のお薬作りがどんなものか興味があるし、私も色々と教えられることがあるかもしれないわ」
ローズは顔を上げると、考える様子を見せた。
即座に拒絶されないだけでも進歩だわと思っていると、ローズはものすごく妥協をしているわと言わんばかりの態度で代替案を示してきた。
「私のやり方は他にない唯一無二の方法なのよ。まずはあなた方の方法を見せてもらって、私のやり方を教えてもいいと思うほどの価値を見いだせたら教えるわ」
それは楽しみだわ。
「だったら、ローズ聖女のやり方を教えてもらえるよう頑張るわね!」
両手で握りこぶしを作り、頑張るアピールをしてみたところ、なぜかプリシラやアナ、メロディ、ケイティが呆れたように見つめてきた。
あらあら、私の実力ではローズから教えてもらえない、と思っているのかしら。
でも、実のところ私は薬を作るのが好きなのよね。
「好きこそものの上手なれ」と言うことだし、それなりに上手なんじゃないかしら。
そう希望的観測を抱きながら、聖女たち全員で一つのテーブルを囲む。
「せっかくだから、まずは魔力回復薬を作ってみましょうか」
全員が作らなければならないものだから、興味を持って聴いてもらえるんじゃないかしら。
そう考えながら、周りに集まった聖女たちを見回すと、彼女たちは同意するように頷いた。
そのため、私は笑顔で開始を宣言する。
「それでは、始めるわね」
けれど、薬草に手を伸ばしかけたところで、はたと動きが止まる。
あっ、しまった。分かっていると思って、勉強をしなさ過ぎたわ。
今の薬草は82種に限られるということだったけど、その種類を押さえていなかったわ。
私の薬草の知識は300年前のもので、当時は400種類以上の植物が薬の素材と見做されていたのよね。
うーん、どうしよう。今世の聖女たちにとって、どれが薬草で、どれが雑草だか分からないわ。
こうなったら、聖女としての勘に頼るしかないのかしら。
私は前世で大聖女だったから、意外といけそうよね。
私はテーブルの上に山と積まれた薬草たちを、鋭い目で見つめたのだった。