246 聖女フィーアによる騎士団長面談 4
がっくりした私は、喉も十分潤ったことだし、騎士団長たちがいる部屋から退出しよう、と顔を上げた。
すると、デズモンド団長が視界に入ってきたため、せっかくだからデズモンド団長の症状も確認すべきかしらと考える。
じっと観察すると、デズモンド団長は昨日と同じく、髪の半分を隠すような形で頭に包帯を巻いていた。
先ほど、『星待の森』に入ったと本人が言っていたから、魔物との戦闘で負った傷なのだろう。
いや、それだけではないわね。第二次審査の説明時、事務官がデズモンド団長について、『その他にも、長年の体調不良に悩んでいるとのことです』と補足していたから、他にも傷病が隠れているはずだ。
それは一体何なのかしら。
「デズモンド団長、何か体に不調はないですか?」
いたって普通の質問をすると、噛みつくような声で返される。
「不調だらけだ! 朝からずっとこの硬い椅子に座りっぱなしだから尻が痛いし、カーティスもクラリッサもハチャメチャなことを言い出すから眩暈がするし、なんちゃって聖女様は恋の病と診断をくだしてご満悦だから頭痛がする。不調になる理由しかない!」
「いえ、そういう症状にかこつけた文句ではなく、聖女に治してもらうような病気はありませんか」
「ないな! オレはいつだって自己管理が徹底しているから、一切の不調はない!!」
頑ななデズモンド団長の表情を見て、ああー、デズモンド団長はこれっぽっちも私に協力する気がないわねと気付く。
というか、デズモンド団長は他人に弱みを見せたくないタイプなのかもしれない。
先日も、片方の耳が聞こえなかったのに、黙ったまま隠し通そうとしたのだから。
デズモンド団長が嘘を言うことはないだろうけど、私が団長の症状を聞き取ろうとした際に、ぎりぎりのところで誤魔化そうとするかもしれない。
それはとっても面倒ね、と私は顔をしかめた。
真実を隠す気になったデズモンド団長は職業柄、ものすごく厄介な相手だろうから、まともに相手をする気にはなれないわ。だから……
「ほほほ、こんなこともあろうかと、美味しい紅茶を淹れてあげた私は天才だわ!」
「紅茶? 確かに美味かったが、それくらいでオレがお前に手心を加えると思うなよ!」
私の言葉を聞きとがめたデズモンド団長が、警告するような言葉を発した。
私はにこやかに微笑むと、分かっているとデズモンド団長の言葉を肯定する。
「もちろんそんなことは思いませんよ。ただ、結局のところ、己を救ってくれるのは正しい行いだけだと考えていたんです」
「……当然だな」
デズモンド団長が用心するような表情を浮かべたけれど、紅茶を4杯も飲んだのだから手遅れだわ、と私は質問を開始する。
「デズモンド団長は最近眠れていますか?」
「いい質問だ! オレはなんちゃって聖女様が選定会に参加して以来、仕事が激増してずっと寝不足だ! いや、違うな。サザランドで新人騎士が大聖女様に認定された時から、オレはずっと寝不足だ!!」
私は顔をしかめると、デズモンド団長を注意した。
「ですから、ここは返答にかこつけて文句を言う場ではありません」
私がサザランドで大聖女の生まれ変わりだと認定されたのは、5か月も前の話だ。
デズモンド団長が5か月連続で眠れていないわけはない。
だから、嘘をついたと判定されて、踊り出してもよさそうなものだけど、まだ紅茶は効いていないのかしら。
意外と効き目が遅いのねと思いながら、次の質問を行う。
「それでは、次の質問です。最近、体力の衰えを感じることはありますか?」
私の発した質問は非常に一般的なものだったというのに、デズモンド団長の気に障ったようで文句を言ってきた。
「フィーア、お前いい加減にしろよ! オレは騎士だぞ! 体力が衰えるなんてことがあるはずないだろう!!」
「どこかに不調があれば、その限りではありません」
神妙な顔で返すと、デズモンド団長は腹立たし気に反論してきた。
「オレは甚だ元気だ! このまま丸一日剣の訓練をしても、一週間徹夜をしても、何の不調もない!!」
それは明らかに誇張された言葉だったため、私はもとよりカーティス団長とクラリッサ団長も無言でデズモンド団長を見つめる。
デズモンド団長は自分をよく見せようとして、結果として虚偽を口にしているわよね。
これは紅茶判定でセーフなのかしら、それともまだ紅茶が効いていないのかしら……と思ったところで、デズモンド団長が座っていた椅子から立ち上がった。
「あ、効いてきたのかしら?」
期待を込めて見つめると、デズモンド団長は仁王立ちした後、さっと両腕を天に掲げた。
それから、奇妙な踊りを踊り始める。
それは舞踏会で披露されるダンスとも、お祭りで楽しむ踊りとも異なっていて、たとえるなら猫が恋敵の猫と喧嘩をしているような動きだった。
デズモンド団長の突然の奇行にクラリッサ団長は目を丸くし、カーティス団長は軽蔑するような視線を向ける。
「デズモンド、一体何をやっているの? それは何かのジェスチャーなの? 全然意味が分からないわ! 突然どうしたのよ」
「フィー様に虚偽を述べたりするから、罰が当たったのだ!」
自業自得だと言いたげなカーティス団長の言葉を聞いて、クラリッサ団長が驚いたように振り返る。
「え? カーティスったら、どうしてデズモンドが嘘をついたって分かったの? あっ!」
クラリッサ団長は何かに思い当たったように目を見開くと、はっとしたように紅茶のカップを見つめた。
「思い出したわ! これは『大聖女の薔薇』じゃないの!!」
「何だって!?」
おかしな踊りをやっと止めることができたデズモンド団長が、大きな声を出す。
おかしな踊りを踊らされ、怒り心頭なデズモンド団長に対して、クラリッサ団長は勢い込んで説明を始めた。
「ほら、薔薇の花びらが浮いているじゃない。裏返してあったから気付かなかったけれど、表にすると特徴的な色をしているから一目瞭然だわ」
「ということは……」
デズモンド団長は自らの意思に反して不可思議な踊りを踊ってしまった理由に思い至ったようで、顔を真っ赤にすると私を睨みつけてきた。
「フィーア、だからお前はオレにがぶがぶと紅茶を飲ませたんだな! 全部お前の策略か! くそう、オレは絶対にお前を許さないからな!」
激高するデズモンド団長を前に、私は弱々しい表情を作ると、恐る恐るといった様子で手を上げ、部屋の隅に座っている事務官に訴える。
「事務官、こちらの騎士の方が脅してきました」
すると、それまで黙って成り行きを見守っていた事務官が、厳しい顔をしてデズモンド団長を叱責した。
「デズモンド第二騎士団長、不穏当な発言はお控えください! それから、聖女様に無礼な言葉を述べられたことについて謝罪をしてください!!」
正義の味方である事務官が、恐ろしい恐喝者であるデズモンド団長に厳しく注意してくれたので、どうやら正義の鉄槌がくだされたようね、と思いながら団長を見つめる。
デズモンド団長は必死で感情を抑えつけているようで、噛み締めた奥歯の間から、途切れ途切れの声で謝罪してきた。
「ぐ……ぐ……せ、聖女様、大変失礼しました」
「ええ、大変失礼でしたが、私は心が広い聖女ですから許します」
心が広い聖女として、静かな声で許しを与えたというのに、デズモンド団長は真っ赤な顔で私を睨むと、再び荒げた声を出した。
「オレは許さない!」
「事務官、ちっとも反省していないようです!」
もう一度言いつけると、事務官が厳しい声で団長の名前を呼んだ。
「デズモンド騎士団長!」
「……ぐぐぐぐっ、こ、心から謝罪します」
心底悔しそうな表情を浮かべるデズモンド団長を見て、この辺で許してやりましょうと思った私は、慈悲深い表情を浮かべる。
「過ちは誰にでもあるものです。慈悲深い聖女、フィーア・ルードが許しましょう」
私は最大限の優しさを見せたというのに、デズモンド団長は未だ感謝が足りていないようで、真っ赤な顔で睨みつけてきた。
一方のカーティス団長は、当然の鉄槌がくだされたとばかりに満足した表情を浮かべる。
さらに、クラリッサ団長は面白いものを見たとばかりに目を輝かせると、口の端を上げたのだった。