245 聖女フィーアによる騎士団長面談 3
「最強のカマキリの武者震い?」
デズモンド団長の言いたいことが分からず、私は首を傾げた。
私はクラリッサ団長の症状について話をしていたのに、どうしてデズモンド団長はカマキリの話を始めたのかしら。
男性の多くが昆虫好きなのは知っているけど、カマキリの話って……あれ?
そう言えば以前、シリル団長がクラリッサ団長のことを『桃色の雌カマキリ』と呼んでいたことを思い出す。
ということは、『最強のカマキリ』とは、クラリッサ団長のことを言っているのだろうか。
恐る恐るクラリッサ団長を振り返ると、好戦的な笑みを浮かべていたため、あちゃーと片手で顔を覆う。
どうやら私の予想は当たったみたいね。そして、クラリッサ団長はデズモンド団長にご立腹だわ。
「デズモンド、よく聞き取れなかったからもう一度言ってちょうだい」
極寒の地から響いてくるような声を聞いて、デズモンド団長は己の失言に気付いたらしい。
慌てて椅子から立ち上がると、言い訳の言葉を並べ始める。
「いや、クラリッサ、お前が最強のカマキリだと言うのは皆の共通認識だろう! お前が弱者として扱われたことが、一度だってあったか? オレだけが……」
「そこじゃないわ。どうして私が恋の病にかからないと言い切ったのかという話よ」
クラリッサ団長が冷たい目でデズモンド団長を見つめたので、私はなるほどと心の中で納得する。
どうやらクラリッサ団長が気に入らなかったのは、カマキリと呼ばれたことではなく、「クラリッサが恋の病なんて可愛らしいものにかかるわけない!」と言われたことらしい。
遅ればせながらデズモンド団長もそのことに気付いたようで、慌てて大きな声を出した。
「実際そうだろう! お前が一度でも恋愛の駆け引きを楽しんだことがあったか? ないだろう! お前はターゲットをロックオンしたら、次の瞬間捕獲している!! そんなお前に恋の病なんてものは存在しないんだ!!」
「…………」
クラリッサ団長が返事をすることなく、威嚇するようにデズモンド団長を見つめたけれど、さすが「王国の虎」と呼ばれる第二騎士団長は、一歩後ろに下がりながらもここぞとばかりに言い募った。
「そもそもお前はいつだって自分のことを見誤っている! 誤報だとは思うが、お前が自分のことをピンクのうさぎだと自称しているとの噂が出回ってきた。違うからな! 絶対にお前はそんな可愛らしいものではないからな!!」
デズモンドはびしりとクラリッサ団長を指差すと、声高らかに宣言した。
「捕食者だ! お前は自分の何倍も大きな獲物を捕獲する、無慈悲で絶対的な捕食者だ!!」
「……ええと、デズモンド団長、さすがにそれは言い過ぎではないですか。それに、特定の相手を見ると動悸が激しくなって、体がぶるぶる震えるとクラリッサ団長が申告しているんですよ。これまでがどうだったか知りませんが、これは間違いなく恋の病です」
デズモンド団長の発言は酷すぎるんじゃないかしらと、クラリッサ団長の援護射撃をすると、デズモンド団長からきっとした顔で睨みつけられる。
「フィーア! なんちゃって聖女様が適当な診断をくだすんじゃねえよ! お前はクラリッサの相手が誰だか知っているのか!?」
「いえ、知りません」
お相手が誰かというのは、すごく教えてほしいところよね、と期待を込めて見つめると、デズモンド団長はとんでもないことを言い出した。
「キマイラだ!」
「え?」
キマイラ?
「クラリッサが言っている『ある特定の相手を見ると動悸が激しくなって、体がぶるぶる震える』のも、『出会ったのはわずか数日前だというのに、寝ても覚めても相手のことが頭に浮かんできて、気付いたらずっと考えている』のも、『次に会った時にはどうやってお相手しようかしらと、頭の中で詳細にシミュレーションしちゃう』のも、全部相手は異質同体の魔物だ!!」
「えええええ!!」
そんな馬鹿なと思いながらのけぞると、デズモンド団長はぎりりと歯ぎしりした。
「数日前に王都在住の騎士団長全員で『星待の森』に入ったが、そこでクラリッサは変異種のキマイラに遭遇したんだ! その時、クラリッサは他の魔物数体と相対していたから、すぐにキマイラに手が回らなかった! 一方のキマイラは上位種にもかかわらず、鬼気迫る勢いで魔物を倒すクラリッサを見て、あろうことか逃げ出したんだ!!」
デズモンド団長が言うように、キマイラは複数の強い生物の特徴と力を併せ持つ上位の魔物だ。
通常であれば、人間を相手に逃げ出すなんてことはあり得ないだろう。
「クラリッサが魔物をむざむざ逃がすことなんて滅多にないうえ、相手はこれまで倒したことがない変異種だ。クラリッサはあの日からずっとアドレナリンが出っぱなしで、そいつを倒すことしか考えられないんだよ!!」
デズモンド団長の言うことは事実かしら、とそろりと視線を巡らせると、クラリッサ団長は皮肉気な表情を浮かべたまま口を噤んでいた。
その表情を見て、ああー、どうやら事実みたいねと思ったところで、デズモンド団長が追い打ちをかける。
「クラリッサ、お前は人間相手に感じるべき恋愛感情を、逃がした魔物相手に疑似的に感じているようだが、それは全然違うからな! お前が感じているのは恋心でなく闘争心だ! 捕食者として正しく獲物を捕獲しようとしているだけだ!!」
何てことかしら。わくわくする恋の話が、一気に全く面白くない仕事の話になってしまったわよ。
これがどんな面白いトピックですら一瞬でつまらないものに変えてしまう、という騎士団長マジックかしら。
がっくりと項垂れると、カーティス団長の気遣うような声が降ってくる。
「フィー様、本人は認めていませんが、これがクラリッサの役割です。彼女は『本人が病だと思い込んでいる場合であっても、実際には病でない場合がある』ということを聖女様に気付いてもらうための人員なのです」
「ああ……、そうなのね」
先ほど、クラリッサ団長は一見元気に見える人でも、何らかの傷病が隠れている場合があるのだ、と聖女に気付きを与えるための役割だ、と自ら説明してくれた。
けれど、その説明自体が間違っていたのね。
私はカーティス団長に力なく頷く。
それから、アナが『あの3名は引っ掛けだから、手を出さない方がいい』と言っていた言葉は正しかったわと、遅まきながら理解したのだった。









