25 騎士団トップ3による面談
ザカリーが腹筋の話は二度としないと宣言した後、私はシリル第一騎士団長に回収された。
なぜだか、シリル団長はすごいおかんむりだ。
「嫁入り前の娘が」とか「成人後の娘が」とかぶつぶつ言っている。
そして、長い廊下を幾つも通り過ぎて、見るからに造りが違う豪華な部屋に連れていかれた。
どこだ、ここは?
だだっ広い部屋に、ふかふかの絨毯が敷いてあって、重厚な感じの本棚とか執務机とかが邪魔にならない感じで配置されている。
天井が高いなーと思って眺めてみると、天井に騎士団と聖女の絵まで描いてあった。
「フィーア、こっちだ」
声を掛けられて振り向くと、部屋の一角にローテーブルとソファが配置されており、総長とデズモンド第二騎士団長がソファに座っていた。
「こんばんは、サヴィス総長、デズモンド第二騎士団長」
きちんと挨拶をした後、にやりと笑って付け加える。
「うふうふうふ、デズモンド団長、私、極秘情報を手に入れましたよ」
「ほう? それが本当に極秘情報かどうか確認してやるから教えろ」
デズモンド団長は、ぴくりと頬を動かすと、真剣な目で私を見つめてきた。
……そうですよね、憲兵司令官ですものね。情報収集は大事なお仕事ですよね。
不肖フィーア・ルード、協力させていただきます!
「内容は、じゃじゃ――ん! 総長の個人エロ情報です」
「………………は?」
「なんと、総長は、お腹が6つに分かれているんです!!」
「……は? それだけか? いや、そんなことは、騎士団の連中なら皆知っているが……」
「えええええ! 騎士団って、そんなに乱れているんですか? 個人エロ情報が駄々洩れじゃないですか!!」
私は、驚いて素っ頓狂な声を上げた。
後ろからついてきたシリル団長が、ため息をつく。
「申し訳ありません、完全なる酩酊状態です」
「うふうふうふ、違いますよ。ただの、ほろ酔いです。ちょっとだけ、お酒で気分がよくなっているだけで、何の問題もありません。そして、総長とお約束した美味しいお酒は、どれだけでも飲めます」
「それは、頼もしいな。まずは、座れ」
総長は、私たちに着席の許可を与えると、ちらりとドアの方に視線を向けた。控えていた侍従が近付いてきて、新しいグラスの中に金色の液体を注いでくれる。
「貴腐ワインだ。甘くてお前向きの味だろう」
「………貴腐ワイン! なんてお高くて美味しいものを!!」
私は、グラスを両手で捧げ持った。
総長が、私を見つめて口を開く。
「フィーア、今日の討伐は見事だった。ここに集った皆でお前の雄姿を祝おう。……天と地の全ては、ナーヴ王国黒竜騎士団と共に」
「天と地の全ては、ナーヴ王国黒竜騎士団と共に!」
シリル団長とデズモンド団長、私で復唱すると、グラスを口に運ぶ。
あああ、美味しい。芳醇で甘い味がする。さすが、総長。そこらのワインとは、全然味が違う。……気がする。
「総長、今日は助けていただいて、本当にありがとうございました」
私は、にこりと笑って総長にお礼を言った。
結局のところ、フラワーホーンディアは総長の一振りで絶命したのだ。最大の功労者が誰かといえば、総長に違いない。
「……はっ! そ、そういえば、総長はフラワーホーンディアのお肉を食べました?! よく考えたら、総長が今日の最大の功労者なのに、私は自分のお肉を食べることに夢中で、総長のお肉を確保していませんでした。ど、どうしよう。まだ、残っているかな……」
お肉を取りに戻ろうと立ち上がった私を、総長は片手で制し、再度座るように促した。
「子どもが気を使うな。座っていろ」
テーブルの上を見ると、色とりどりの果実やチーズ、ハムなどが幾つも並べられている。
あ、十分ですね。失礼しました。
再度、ソファに座りなおした私を見つめると、総長は口を開いた。
「お前は、不思議なやつだな。データだけで初見の魔物と戦えるし、一見して魔物の生命力を数値化できるし、わずかな時間で魔物個体の特徴を見抜ける」
そして、グラスのワインを一口あおると、再度口を開く。
「きっと、お前の目は特別なのだろう」
「目? 目ですか? 確かに、視力はいいですけど」
「フィーア、黙っていなさい。あなたが口を開くと、ややこしくなります」
シリル団長に注意され、慌てて口を閉じる。
す、すみません。私が答えてよい場面かと思ったんです。
総長が考え込むように口を閉じたと思ったら、今度は、デズモンド団長の番のようで、彼は五本指でワイングラスのボウル部分を持つと、ゆらりゆらりとグラスを回す。
「オレには、お前の凄さはさっぱり分からねぇが、事実としてお前は幾つもやり遂げているし、特別な能力があるわけでも嘘をついているわけでもねぇ。……なぜ、お前にしかできないことが幾つもあるんだろうな。結果だけ見ると、お前がやり遂げたこと、できることはすげぇことばかりだ。……あー、もう、なんか、お前、ちっとも分かんねぇ。オレのこれまでの経験が、なんも役に立たねぇ。お前のせいで、オレのプライドはズタズタのボロボロだ」
「………………」
口を開くなと言われているけど、これは褒められているんじゃないのかな? お礼を言うべきじゃあないのかしら? あるいは、落ち込んでいるみたいだから、慰めてみるとか?
ちらりとシリル団長を見ると、首を横に振られる。はい、黙っています。
その後、あまり話すこともなく4人で静かにお酒を飲んだ。
何だろう。偉い人っていうのは、あんまりはしゃがないものなのかな。
静かだとこう、瞼を閉じたくなるというか、ちょっと瞑想したくなるというか……くー。
布団が身じろぎした感じがして目を開けると、シリル団長にもたれかかっていた。というか、私はだいぶ倒れこんでいたようで、これは、もう膝枕だな。ふはは、シリル団長に膝枕してもらっていますよ。……ひー、殺される!!
私は、慌てて体を起こした。
「すみません、団長。ちょっと長めに瞑想していました!」
私の体から、誰かの上着がずり落ちる。見ると、シリル団長はシャツ一枚になっていた。
「ひ――、上着まで! すみません!!」
「私が自主的にかけたんですよ。それであなたを怒るとしたら、私は人格破綻者ですよ」
シリル団長はふふふと綺麗に笑った。
「よく眠っていましたね。サヴィス総長の、いえ、王弟殿下の私室で眠り込む人間を初めてみましたよ」
「ひいいい。総長の私室! ていうか、王族用の私室! どうりで煌びやかだと思いましたよ!」
慌てる私を見て、テーブルを挟んで反対側に座っていたサヴィス総長は小さく肩をすくめた。
「子どもは、よく眠るものだ」
総長の隣では、デズモンド団長が引き続きワインを飲んでいる。
良かった。どうやら、瞑想時間は、そう長くなかったみたいね。
私は、作り笑いをすると総長に話しかけた。
「うふふ、瞑想ですよ。隣にこの部屋最強の騎士がいたので、安心して瞑想していたのです」
瞬間、部屋が凍りついたのだけど、その時の私は気づかず、「もう一杯、貴腐ワインをもらえないかなー」と呑気なことを考えていた。
「………フィーア? この部屋最強の騎士とは、誰のことですか?」
優し気なシリル団長の声が頭上から降ってくる。なんだ? シリル団長は、褒めてほしいタイプなのか?
「もちろん、シリル団長ですよ。私は、皆さんが剣を振るうところをそれぞれ見ましたけど、スピードも攻撃力もシリル団長が一番でした。なぜだか、シリル団長は、要所要所で力を抜くという悪癖をお持ちみたいですけど、純粋に強さを競えばシリル団長が一番ですよ! ね、最強の騎士でしょう?」
私はにこりとシリル団長を仰ぎ見て、彼が真顔になっていたことに気付く。
あ、あれ?
「フィーア、あなたの目はどこまでも凄いのですね。……昼間、フラワーホーンディアに対峙した際、あなたが総長を認識するのが遅かったことに違和感を覚えたのですが……」
「そ、それは、大変失礼しました! シリル団長に来ていただいた時点で、あの魔物を倒す戦力は揃ったので、魔物を倒すことに意識が移ってしまったんです。……ちなみに、あの魔物も団長が一番強いことが分かっていたので、脇に控えた団長を警戒して、総長に正面から突っ込んで行ったんですよ。もちろんご承知の上で、あの位置に立たれたんでしょうが」
「……ええ、今はもう承知しましたよ。あなたの戦闘中の現場把握能力は完璧だということが。フィーア、あなたを見くびっていて、申し訳ありませんでした」
「は? は? は? な、な、な、いや、私こそ、勝手をしてごめんなさいです!」
えええ? 何で、団長が私に謝るの? 迷惑かけているのは、いつもこっちなのに??
「フィーアに一つお願いです。私が総長より強いことは黙っていてくださいね。トップである総長が一番強いと思われていた方が、強さを好む騎士たちには分かりやすいですし、そういった意味で目立つことを私は好みませんので」
微笑むシリル団長に、私は一も二もなく頷いた。
も、もちろんです。私、団長に迷惑はかけませんよ。
誠心誠意頭を上下に振り続けていると、それまで押し黙っていた総長から声を掛けられる。
「……フィーア、お前、しばらく第四魔物騎士団にいかないか?」
「はい?」
あまりにも突然の提案に、一瞬呆けてしまう。
ま、魔物騎士団ですか?
……あ、なんか、記憶の大事な部分に触れるんですが。私、大切な誰かを忘れていた気がします……









