244 聖女フィーアによる騎士団長面談 2
私の完璧な作戦によると、まずは簡単に陥落しそうな人からヒアリングすべきだろう。
上手くいけば勢いがつくし、側で見ていた残りの団長たちも、釣られてぺらぺらとしゃべり出すかもしれないから。
ということで、ここはカーティス団長一択よね。
「カーティス団長、質問してもいいかしら?」
「もちろんです! 一番に選んでいただきありがとうございます!!」
名前を呼ばれただけで感激しているカーティス団長を、私は無遠慮にじろじろと見回した。
カーティス団長は昨日と同じように裸の胸にぐるぐると包帯を巻いていて、その上から騎士服を羽織っている。
『星待の森』で魔物と戦って怪我をしたのよね、と思いながらカーティス団長を頭のてっぺんから脚まで観察したところで、あら、と動きを止めた。
「カーティス団長は脚に怪我をしているの? というか、脚の怪我の方が胸のものより酷そうね。どうして胸の怪我は露わにしているのに、脚の怪我はズボンの下に隠しているのかしら?」
私の呟きを拾ったデズモンド団長とクラリッサ団長が、ぎょっとしたように目を見張る。
それから、2人が信じられないとばかりに見つめてきたので、私は慌てて言いつくろった。
「あ、いえ、独り言です! もちろん脚の怪我を隠した理由は分かっていますよ!!」
「怪我を隠した理由? いや、そうではなく、なぜお前がカーティスの脚の怪我に気付いたか……」
デズモンド団長が何か言っていたけれど、ここは私の淑女具合を強調する場面よね、と大きな声で団長の言葉を遮る。
「カーティス団長が脚の怪我を隠した理由は慎みですよね! 上半身裸なのはぎりぎり許容範囲ですけど、さすがにズボンを脱いで太ももを見せるのは破廉恥ですものね!!」
私の言葉を聞いた2人の騎士団長は、なぜかすっぱいものを食べたような顔をした。
「……いや、だから、そんなことはどうでもよくてだな」
「フィーアちゃんの言いたいことは分かるけど、騎士なんていつだって半裸で歩き回っているわ。カーティスの脚を見たくらいで、今さら破廉恥も何もないんじゃないかしら」
「さすが、フィー様! 何という慎み深さだ。よかった、私の教育は間違っていなかった!!」
なぜか一人だけ温度差があるカーティス団長が、感激したように目頭を押さえたので、デズモンド団長が荒げた声を上げる。
「いや、違うだろう! お前らフィーアに流されるな! オレたちがここにいるのは何のためだ!?」
「騎士団長くじでハズレを引いたからよね」
「フィー様と少しでも同じ時間を過ごすためだ!」
クラリッサ団長とカーティス団長は即答したけれど、しかめられたデズモンド団長の顔から判断するに、デズモンド団長の望んでいた答えではなかったようだ。
そのことに気付いたため、上司思いの私が代わりに正解を口にする。
「騎士団長たちがこの部屋にいるのは、第一次審査で一位を獲得した優秀な聖女に治癒されるためです!」
私の態度は部下として称賛されるべきものだったにもかかわらず、デズモンド団長は感謝を示すでもなく、さらに嫌そうな顔をした。
「第一次審査で一位! そうだ、それこそが最大の問題だ! フィーア、お前は選定会で一体何をやらかしたんだ! いや、分かっている。もちろん何をしたか分かっているぞ!! 開会式でぎらぎらと輝いていたネックレスの石が、半分の数になっているじゃないか! 何でそんなにたくさん使っちまったんだよ」
さすがデズモンド団長。細かいところまで目端が利くわね。
そして、私にとって都合がいいことに、第一次審査の結果は聖石のおかげだと考えているようね。
しめしめ、ここはデズモンド団長の意見を肯定する場面だわ。
私は片手を胸に当てると、控えめな表情で頷く。
「私の中に眠る聖女魂が、私を突き動かしたのです」
一位を取った聖女としては、非常に慎ましい発言だったというのに、デズモンド団長は勢いよく椅子から立ち上がると、腹立たし気な声を上げた。
「ないだろ! お前の中には聖女魂なんてこれっぽっちもないだろ! あるのは、半人前の騎士魂だけだ! いいか、フィーア、お前はこれ以上何もするんじゃない! お前が何かやらかすたびに、オレの業務がどんどん増えていくんだ。オレはもう十分働いている!!」
デズモンド団長が十分働いているという意見には賛成だったので、否定することなく大きく頷く。
「デズモンド団長の言う通りです。ところで、大きな声を出したので、喉が渇いたんじゃないですか。紅茶をもう一杯いかがですか?」
空っぽになっていたデズモンド団長のカップに紅茶を注ぎ足すと、カーティス団長が心配そうな表情を浮かべた。
「フィー様、さすがにそれは飲ませ過ぎではありませんか。今日一日は紅茶の効果が続きますよ」
デズモンド団長はどすんと音を立てて椅子に座ると、カーティス団長に訝し気な顔を向ける。
「何の話だ? いや、それよりもカーティス! お前、フィーアに脚の怪我についてしゃべったな! そうでもなければ、フィーアがズボンの下の怪我を見抜けるはずがない。これは騎士団長として重大な規約違反だぞ!」
カーティス団長は不快そうに片方の眉を上げた。
「なぜ私がフィー様に、己の怪我について話をしなければならない。わざわざフィー様の時間をちょうだいして、そんなどうでもいい情報を流すはずがないだろう!」
「お前の怪我情報はどうでもいい情報じゃない! だからこそ、フィーアの歓心を買うために、流してはいけない情報を流したんだろう! いいか、フィーアの歓心を買いたければ、そこらに生えている草を摘んで、延々と草の話をすればいいんだ!! この前だってフィーアは楽しそうに草を摘んでいたんだから、草の話で十分だ」
言い合いを始めたデズモンド団長とカーティス団長を横目に、クラリッサ団長はテーブルに頬杖をつくと、呆れたようなため息をついた。
「デズモンドは忙しいのが常態だから、何もやることがないままこの部屋に閉じ込められているのが苦痛でしょうがないのよ。だから、暇すぎて喧嘩を始めちゃうんだわ」
クラリッサ団長は私に視線を移すと、内緒話をするかのように声を潜める。
「あのね、聖女様は患者の症状を自ら確認することはないらしいわ。それは誰もが知っている常識だから、患者自身が聞かれる前に傷病について全部しゃべるんですって。聖女様はその言葉に基づいて治癒を行うんだけど、患者によっては的確に症状を伝えられない人もいるわよね。だから、聖女様にヒアリングスキルを上げてほしいと事務方は思っているらしいわ」
「そうなんですね」
なるほどと思って頷くと、クラリッサ団長は悪戯っぽい表情を浮かべた。
「もしもフィーアちゃんが聖女様なら、とっても上手にヒアリングできそうね」
「私がですか?」
そうかしらと首を傾げたけれど、有能で優秀なクラリッサ団長が、私にヒアリング能力があると言うのならばそうなのだろう。
気をよくした私は、早速クラリッサ団長を相手に能力を解放し、ヒアリング能力を披露することにした。
というか、クラリッサ団長はとても元気で、どこも悪くないように見えるから、ヒアリングをしないことには悪い部分が分からないのだ。
私はごほんと咳払いをすると、質問を開始する。
「では、ヒアリング能力に長けた私が、質問を開始します。先ほど、クラリッサ団長は騎士団長くじでハズレを引いたと言っていましたが、どういうことですか?」
ヒアリングをする際には、相手をリラックスさせるため答えやすい質問からすべきだ、と聞いたことがある。
そのため、クラリッサ団長が答えやすく、さらに私が知りたかったことを質問してみる。
「ふふ、フィーアちゃんったら、思ってもみない質問をするのね。王都在住の騎士団長はことあるごとに、色んな役目で駆り出されるの。けれど、多くの場合、全員で対応する必要はないから、くじで対応する者を決めるのよ」
「そうなんですね」
つまり、クラリッサ団長はそのくじでハズレを引いたからこの場にいるのね。
納得して頷いていると、クラリッサ団長が不満そうに大きく息を吐く。
「実のところ、私は他の2人と違って、大きな怪我をしているわけではないのよ。だから、聖女様の被検体になる資格はないと主張したんだけど、他の騎士団長たちから『資格はある! お前みたいな症状の者が一人くらいいるのがいいんだ!』と言われちゃったのよね」
「そうなんですね」
クラリッサ団長の謎かけのような言葉を聞いて、ますます分からなくなってくる。
さっきからどれだけ観察しても、クラリッサ団長に悪いところが見つからないのだ。
怪我も病気もしてないみたいだけど、一体どこが悪いのかしら。
もう一度、念入りにクラリッサ団長を観察していると、おかしそうに微笑まれた。
「『聖女様によって得意なことは異なるけど、それぞれの得意な部分を拾い上げて正しく評価すべきだから、ヒアリングが得意な聖女様のための場面を整える』と説明され、私たちは選定会の被検体となったの。建前はそうだろうだけど、私たちがこの場にいるのは、聖女様にヒアリングの大切さを学んでもらうためじゃないかしら」
クラリッサ団長の話によると、聖女は患者の症状を一切確認しないらしいから、『そのままの対応を続けていると、いずれ大変なことになる』と理解してもらうために、騎士団長が揃えられたらしい。
カーティス団長は、『目に見える怪我よりもさらに重篤な怪我が服の下に隠れている場合がある』と聖女に気付かせるための役割。
デズモンド団長も頭に派手な怪我をしているので、恐らくカーティス団長と同じ役割。
そして、クラリッサ団長は一見元気に見える人でも、何らかの傷病が隠れている場合がある、と聖女に気付きを与えるための役割らしい。
クラリッサ団長の説明を聞いた私は、うーんと考え込んだ。
第一次審査でも思ったけれど、今回の審査も聖女が成長することを願って、聖女に学習させる内容になっている。
第一次審査では聖女と医師が協力するようカルテを導入していたし、その場その場に応じて、聖女が成長するような仕組みが整えられているようだ。
こんなことができる人物は……セルリアンかしら。
彼は聖女のことを嫌っているけど、こうあるべきだという理想を掲げているから、少しでもその姿に近付けるようにと希望を込めて、聖女が成長するような仕組みを選定会の中に組み入れたのかもしれない。
「確かにそうかもしれないですね」
でも、困ったわ。選定会を通して聖女たちを成長させようという目論見は分かったけれど、ここには私以外の聖女は寄り付きそうにないわ。
それから、肝心のクラリッサ団長の悪いところがどうしても分からないわ。
仕方がないので、思ったままの言葉を発する。
「クラリッサ団長にも悪いところがあると言われましたけど、どれだけ観察してもすごく元気に見えます。いつも通り、とっても美人で健康的です」
クラリッサ団長はぱっと顔を輝かせた。
「まあ、何てヒアリングが得意な聖女様かしら! おかげで、私の症状について語りたくなっちゃったわ。じゃあ、フィーアちゃんにだけこっそり教えるけど、私はこれまでにない症状に悩まされているの。ある特定の相手のことを考えると、動悸が激しくなって体がぶるぶる震えるのよ」
「特定の相手について考えた時だけ症状が表れるんですか?」
小首を傾げながら尋ねると、その通りだと頷かれる。
「ええ、そう。出会ったのはわずか数日前だというのに、寝ても覚めても相手のことが頭に浮かんできて、気付いたらずっと考えているの。そして、次に会った時にはどうやってお相手しようかしらと、頭の中で詳細にシミュレーションしちゃうのよ」
うっすらと頬を染め、悩まし気な顔をするクラリッサ団長はとっても色っぽかった。
そんな団長を見たことで、勘のいい私はぴんとくる。
「ああー、分かりました! 完全に分かりました!!」
これはあれだわ、恋の病だわ!
ヒアリングが大得意な聖女、フィーア・ルードが詳細な聞き取りの結果、正解に辿り着きましたよ!!
私はまるで教師を前にした生徒のように、「はい!」と大きく手を上げると、自信満々に病状を説明し始める。
「それは恋の病です! クラリッサ団長は数日前に一度会っただけのお相手に恋をしているのです!!」
私は自分の回答に100%の自信があったのだけれど、なぜかその場にしんとした沈黙が落ちる。
それから、デズモンド団長がカーティス団長との言い合いを中断すると、心底くだらないといった表情を浮かべて私を見た。
「フィーア、クラリッサが恋の病なんて可愛らしいものにかかるわけないだろう! そうではなく、最強のカマキリが獲物をロックオンする際に武者震いをするという話だ!!」
いつも読んでくださりありがとうございます! 4つお知らせです。
1 アニメ化します!!!
ひとえに応援くださる皆さまのおかげです。本当にありがとうございます!!!
アニメ公式Xが開設しましたので、詳細はこちらをご覧ください。
https://x.com/daiseijo_anime
2 ノベル新刊発売日(3/14)より、大聖女オンラインくじが実施されます!
詳細は3/12に公表されますので、こちらをご覧ください。
x.gd/EVdEj
3 コミックス&ノベルが発売されます!
〇3/12(水)コミックス12巻(通常版、特装版)
コミックス12巻は鳥真似編クライマックスのわくわくドキドキの一冊です!
最高に面白い「フィーア&ファビアン、騎士団長たちと食事する」の漫画も入っています。
また、通常版に加えて、小冊子(漫画「【SIDEシリル】騎士の誓い」+SS「【SIDEシリル】遥か遠い空の下でフィーアを思う」)付きの特装版もあります!
〇3/12(水)コミックスZERO3巻
シリウスとセラフィーナの絆がどんどん深まっていき、魅力的な近衛騎士が大量投入されるお楽しみ満載の一冊です!
私の大好きな「詩歌鑑賞の悲劇」の漫画も①から⑤まであります!
〇3/14(金)ノベル11巻(通常版、特装版)
★今回、通常版に加えて、初の小冊子(超美麗カラーポストカード+SS「フィーア、シリル団長の騎士服に刺繍をする」)付き特装版もあります!!
※特装版は紙のみの販売になります。
★加筆しました。
(1)【SIDEプリシラ】ナンバー1聖女とは
(2)【SIDEオルガ】騎士オルガは同室者の教育を諦める
(3)【SIDEザカリー】国宝の鎧を真っ二つにしてしまったオレの顛末
(4)続・シリウスと恋人デート(300年前)
(5)『大聖女様の夢見る詩歌集』発刊(300年前)
★初版特典SS(※初版のみ、別葉ではさみこんでもらうペーパーです)、書店特典SS
※特装版は紙のみの販売のため、電子書店特典はありません。
詳細は出版社の特設ページをご覧ください
https://www.es-novel.jp/special/daiseijo/
4 3/10(月)より、シリーズ累計340万部突破フェアが全国書店で開催されます!
ありがとうございます! 皆様のおかげで340万部突破したので、フェアが実施されます。
ノベル・コミックスともに購入特典があります。
・ノベル特典:SS「フィーア、部分痩せダイエットを試みる」
・コミックス特典:青辺さん書下ろしサヴィスカラーイラストカード
詳細は下記ページをご覧ください。
https://www.es-novel.jp/special/daiseijo/news/#p20250306004
厳選して4つお知らせしましたが、その他にも出版社の夏祭り(大聖女ステージあり)とか、各種プレゼント企画とかありますので、よかったら私のXを覗いてみてください。
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どうぞよろしくお願いします。









