242 筆頭聖女選定会 二次審査 5
ああー、だいぶ出遅れてしまったわ。
そのことを自覚していたため、皆の注意を引かないようこっそり離宮の調合室に足を踏み入れたのだけれど、アナに目ざとく見つけられ、大きな声で指摘されてしまった。
「フィーア、遅いわよ!」
あっ、止めてちょうだい。全員の注目を集めてしまったじゃないの。
というか、アナはすごいわね。
私は聖女であり騎士でもあるという私だけの特性を生かして、こっそり離宮に侵入したというのに、扉から入った途端に気付かれてしまったわ。
「アナ、あなたはもしかしたら、100万人に1人の騎士になる才能を持った者かもしれないわ」
心底驚いてそう言うと、アナは何を言っているのとばかりに顔をしかめた。
「おかしなことを言っていないで、早くいらっしゃい。フィーアは昨日も薬を作っていないでしょう。いくら第一次審査がよかったとしても、順位をひっくり返されるわよ」
「そうだとしたら、それが私の限界だから、甘んじて受け入れるわ」
片手を胸に当て、殊勝な態度で返したというのに、なぜか近くにいたプリシラがふんと鼻を鳴らした。
「その前に、本気を出しなさいと、私が文句を言ってあげるわ」
「まあ、私はいつだって全力よ」
心外だわと言い返すと、プリシラは挑むような表情を浮かべる。
「だったら、どうしてこんなに遅かったか聞いていいかしら。私が晩餐室を出る時、フィーアはパンケーキを2回おかわりしていたけど、あれからさらにおかわりしたんじゃないでしょうね」
「……全力を出すためのコンディションは人によって違うでしょう? 私はコンディションがよくなかったと、負けた時の言い訳にしないために、最高の状態を保とうとしただけよ」
とても素敵な返答が浮かんだため、すらすらと言い返したというのに、プリシラは呆れたように腕を組んだ。
「フィーアの最高のコンディションは、パンケーキを5回もおかわりすることなのね」
「違うわ、4回しかおかわりしていないわよ」
慌てて言い返すと、プリシラはため息をつく。
「呆れた、4回もおかわりしたのね。せいぜい3回くらいだと思っていたのに」
「あっ、酷いわ。私を引っ掛けたわね」
プリシラったらわざと多めに言ったわね、と詰め寄ったけれど、彼女はにやりと笑って肩を竦めただけだった。
やられたわと思いながら皆のところに歩いていくと、メロディが私の手元を見て目を丸くする。
「フィーア、その大きな袋はなあに?」
やっと自慢できる場面が来たわ、と私は胸を張った。
「昨日、一日かけて、王城の庭に生えている薬草を摘んだのよ。その戦利品だわ」
メロディは感心してくれるかと思ったけれど、困惑した様子で眉尻を下げただけだった。
「でも、二次審査は今日を含めてあと4日しかないのよ。そんなにたくさん摘んでも、使い切れないんじゃないかしら」
「あっ、確かにメロディの言う通りかもしれないわ。組み合わせによるでしょうけど、余る薬草も出てくるはずだわ」
鋭い指摘にどきりとしながら答えると、メロディはそうじゃないと首を横に振る。
「いえ、私が言っているのは組み合わせの問題ではなくて、魔力量の問題よ」
「魔力量?」
首を傾げたところで、ケイティが話しかけてくる。
「フィーア、あなた、パンケーキを4回おかわりしたと言ったけど、それにしても信じられないほど遅かったわ! まさかとは思うけど、不審な2人に声を掛けていないでしょうね」
「不審な2人?」
誰のことかしらと聞き返すと、ケイティは真剣な顔で言い募ってきた。
「ええ、離宮に来るまでに出会わなかった? 一人はうずくまっていたし、もう一人は地面に寝そべっていたわ。選定会の第二次審査は離宮を中心に実施されるから、そのことを知って離宮への通り道に現れたのね。間違いなく、声を掛けられるのを待っている聖女ファンだわ」
あ、待って。ケイティの言葉に当てはまる2人が頭に浮かんだわよ。
でも、ウォーレンとカシミルは聖女ファンでなく、病人のはずよね。
「ええと、その2人はファンでなく病人じゃないかしら?」
当然の疑問を呈したけれど、アナが間髪をいれずに言い返してくる。
「いいえ、ファンよ! フィーアはちっとも自覚がないけど、選定会に出る聖女の人気はものすごいのよ! 『選ばれし聖女』というか、『ナンバーズの聖女』というか、国中の者が憧れる存在なの!!」
そうなのねと頷いていると、メロディが説明を補足する。
「だからね、選定会会場には、熱狂的なファンが時々現れるの。彼らの目的は選定会に出る聖女とお近付きになることだから、聖女の通り道に居座って、病人の振りをして声を掛けられるのを待っているのよ」
さらに、ケイティが見てきたように未来の話をする。
「そして、まんまと聖女に声をかけてもらったら、その聖女が誰だか確認して、『あの聖女に治癒してもらったんだ!!』と未来永劫吹聴するのよ」
「……そ、そうなのね。でもそれは、聖女のよさを無料で宣伝してもらえるのだから、いいことじゃないかしら」
3人の説明が上手いのか、話を聞いているうちに、もしかしたらあの2人は本当にただのファンだったのかもしれないという気持ちになってくる。
体にあった呪いの模様は置いておくとして、ウォーレンは空腹なだけだったし、カシミルはずっと昔に負った古傷を理由に倒れていた。
通常、聖女が治す傷病とは趣が異なるから、『聖女とお近付きになることが目的だった』と言われれば、そうかもしれないという気になる。
そのため、最初の頃のように勢いよく「ファンではなく病人よ」と言い切ることはできず、あいまいに呟いた。
「……そうね」
どうやら不審な2人の両方に声を掛け、薬の入った瓶を手渡してきたわ、とは発表しない方がよさそうだ。
よし、これ以上話をするのは止めて、薬作りに取り掛かりましょうと決意したところで、部屋の中にいる聖女たちが、天秤や計量用のカップを使用して、きっちりと薬草や水の分量を量っていることに気が付いた。
それから、事務官がそれらの様子をじっと観察していることにも。
あ、マズいわ。私は普段から分量を量ったりしないから、細かく量れと言われてもよく分からないのよね。
どうしたものかしら、と考えたところで、ふと自分の喉が渇いていることに気付く。
そうだった。ウォーレンとカシミルとずっとしゃべっていたから、喉がカラカラなのよね。
ちょっとお茶でも飲もうかしらと思ったところで、ああ、私には大聖女の薔薇があったわと思い出す。
実のところ、あの花びらで作った紅茶は、かなり美味しいのよね。
私は袋から薔薇の花を取り出すと、その花びらを千切ってポットに入れ、お湯を注いだ。
私に予知能力はないはずだけど、ここで椅子に座って紅茶を飲んだりしたら、間違いなく聖女たちに苦情を言われる未来が予見できてしまう。
「パンケーキを食べ終わったと思ったら、今度は紅茶を飲んでいるの?」
「紅茶を飲んでいないで薬を作ったらどうかしら」……とか何とか。
私は危機管理能力が発達しているから、文句を言われずに紅茶を飲める場所に移動するわ。
「ちょっと症状の聞き取りをしてくるわ」
私はできるだけ真面目な表情を作ると、聖女たちにそう宣言する。
それから、紅茶ポットとティーカップが載ったトレーを手にすると、騎士団長たちが待機している部屋に向かったのだった。
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