241 選定会におけるとある出会い 5
「隷属の証?」
思ってもみない言葉が飛び出したため、私は思わず聞き返した。
カシミルは一体、何に隷属しているのかしら。
驚きに目を丸くしていると、彼は悩む様子で口を開く。
「これはオレが未来永劫、教会に縛り付けられるという印なんです」
「教会? カシミルは教会の関係者なんですか?」
首を傾げて尋ねると、カシミルはしまったという顔をした後、歯切れ悪く答える。
「あっ! ええと、その……は、はい。少しばかりそうです」
そうなのねと思ったところで、選定会の開会式で、審査員として教会関係者を紹介されたことをふと思い出す。
5名の審査員のうち2名が教会の大主教で、それぞれガザード大主教とサザランド大主教だったはずだ。
「そう言えば、選定会の審査のため、サザランドの教会から大主教が来ていましたよね。もしかしてカシミルは」
「あああ!」
カシミルは顔をしかめると、両手で口元を押さえたけれど、私は構わず言葉を続ける。
「サザランド大主教のお付きの方ですか?」
すると、カシミルは拍子抜けした様子で後ろに倒れ込んだ。
「そ、そう来ましたかー!! いや、確かにオレには溢れるオーラはありませんが、それにしたって少しくらい気付いてくれても……開会式でオレの姿を見ているはずなのに……」
カシミルは何事かをぶつぶつ言うと、再び上半身を起こし、諦めた様子でため息をついた。
私は質問を続ける。
「その隷属の証は、そのままにしていて大丈夫ですか? 先ほど、同じ証を持っている人を見ましたけど、その模様は色んな人に刻まれるものなんですか?」
カシミルはぎくりとした様子で私を見た。
「えっ、ガザードの……に会ったんですか? そして、模様を見たんですか。ま、まあ、確かに模様自体は同じものかもしれませんが、彼は自ら望んで教会に隷属するドMタイプなんで、オレとはくくりが違うんですよね」
「そ、そうなんですね」
私がこれまでドMだわと思ったのはクェンティン団長なのだけど、団長と似たタイプということかしら。
気にはなるけど、これは追及しない方がいいやつだわ、とそのまま聞き流す。
「いずれにしても、この模様を持っているのは、自らの意思で体に刻むことを決断した者のみです。全て分かってやっているので、ご心配いただかなくて大丈夫です」
カシミルは安心させるようにきっぱり言い切ると、はあーっと大きなため息をついた。
「ですが、フィーアさんはやっぱり他の聖女とは違いますね。オレはうかつなんで、何度かこの模様を聖女に見られたことがあるんですが、皆、お洒落タトゥーだと思っていましたよ」
「お、お洒落ですか?」
ウォーレンも体の模様はお洒落なのだと口にしていたけど、私にはおどろおどろしく見えるし、好んで体に刻もうとは思わないわね。
そう考えて顔をしかめていると、カシミルは楽しそうな笑い声を上げた。
「ははっ、フィーアさんはこの模様が嫌いなようですね。その感覚は正常ですよ」
カシミルはそう言った後、ついと自分の足を見下ろした。
「ええと、そもそもどこが悪いのかと質問を受けていたところでしたよね。実のところ、オレは足を痛めていて、歩行に問題があるんです。だから、倒れていたんですよ」
「え? ですが、左足に残る後遺症は、随分昔からのものですよね」
だから、歩行に問題があるのは昔からのはずだ。
カシミルは長年、その状態とずっと付き合ってきただろうに、どうして今日に限って倒れていたのかしら。
不思議に思いながら質問すると、彼は驚いた様子で顔を上げた。
「えっ、オレが歩く姿を見てもいないのに、よく左足が悪いと気付きましたね! そして、随分昔のものだともよく分かりましたね! 言われる通り、3歳の頃に酷い火傷を負いまして、その後遺症で左足を引きずるようになったんです」
「そうなんですね」
3歳の頃から足を引きずっていたなんて、大変だったでしょうね。
彼の幼い頃を想像し、痛ましい顔をしたけれど、カシミルは明るい調子ではははと笑った。
「しかし、人生何が幸いするか分かりませんよね! 数年前、大聖堂で火事が起こりまして、その時、他の者たちは皆、大慌てで逃げ出したんです。ですが、オレはこの足ですからね。走ることができず、大聖堂に取り残されてしまいました。そうしたら、最後まで大聖堂の総主教を守ったと評価されて、今の地位に押し上げられたんです」
まあ、そんなことがあるのね。
「それはよかったですね」
結果的に総主教を守ることができ、皆から感謝されたのならばよかったわと思ったのだけれど、カシミルは自信がなさそうな顔で見つめてきた。
「当時はそう思っていましたが、最近ではよく分からなくなってきたところです。何といっても、地位が上がったせいで大聖堂に呼びつけられ、フィーアさんと会う機会を逃したんですからね」
半年ほど前の出来事だというのに、当時のことを思い出しているのか、悔しそうに顔を歪めるカシミルを見て、私は取りなす言葉をかける。
「代わりに、今会えたじゃないですか」
すると、カシミルは途端に表情を緩めた。
「そうですね、会いたいと15万年間思い続けたおかげで、出会えた感動はひとしおです!」
いや、カシミルはまだ一日千秋式のカウントを採用しているみたいだけど、思い続けた期間は5か月だからね。
心の中でそう突っ込んだものの、口に出すとさらに言い返されて面倒なことになりそうだったので、私は無言のままごそごそとポケットを探った。
それから、小瓶を取り出すと、カシミルに渡す。
「それでは、15万年間思い続けて出会えた記念に、この小瓶を差し上げます。カシミルにとって、足の不具合は幸運でもあり、不運でもあるようですから、使用するかどうかの判断はお任せします」
カシミルは目を輝かせて、両手の上に載せた小瓶を見つめた。
「これはフィーアさん特製の薬ですか? それでしたら、使用することなく教会の祭壇に飾っておきます!」
「いえ、飾りたいのならば、別の小瓶を差し上げますので、それはカシミル専用として持っておいてください」
私の言葉を聞いたカシミルは、小首を傾げる。
「ということは、オレの足に効く薬なんですか? 飲んだら火傷の痕が薄くなるとか、そういうものですかね?」
「ええ、火傷の痕は消えますし、足を引きずることもなくなります。カシミルの古傷を完治させる薬です」
「は?」
カシミルはぽかんとして目と口を大きく開けた。
「……ですが、これはもうずっと昔の傷で……治るはずが」
うわごとのように呟くカシミルに向かって、私は悪戯っぽい表情を浮かべる。
「こう見えても、大聖女の生まれ変わりですよ」
カシミルはサザランド出身だから、私があの地の皆から大量に聖石をもらったことを、いずれ聞くんじゃないかしら。
そうしたら、この薬ができたのは聖石のおかげなのだと気付くでしょうから、今はせいぜい大聖女ぶっておきましょう。
そう思って得意気な表情を浮かべていたところ、カシミルは想像力が非常に豊かだったようで、思ってもみないことを言い出した。
「す、すごい。大聖女の生まれ変わりとはここまですごいんですか! オレと出会う前から、足に不具合があることを先読みして、専用の薬を作っているとはおみそれしました!!」
あ、それは偶然なのよね。
ウォーレンが気絶していた間に色んな薬を作っていて、その中にたまたまカシミルに合う薬があったというだけだから。
そう思ったものの、上手く説明できる気がしなかったため黙っていると、私の肩の上でザビリアが呆れたような声を出した。
「いつものことだけど、どうするのコレ。フィーアは『大変なことになったな、でも、この場だけやり過ごせばいいや』と思っているみたいだけど、この場だけじゃ終わらないからね。これまでの経験に照らし合わせて考えると、将来的に10倍になって返ってくるから」
「ザ、ザビリアったら、恐ろしいことを言わないでちょうだい」
私はザビリアに泣きついてみたけれど、私のお友達は前言を撤回してくれなかった。
そのため、この場だけで終わるわよね、と祈るような気持ちでカシミルを見ると、彼はちょうど天に向かって両手を上げたところだった。
「大聖女様、万歳!!」
それから、両手を上げたまま地面に突っ伏したので、私はザビリアの予想が当たりませんように、と顔を引きつらせながら祈ったのだった。









