239 選定会におけるとある出会い 3
ウォーレンは片手を喉元に当てたまま、息苦しそうな呼吸音を漏らした。
それから、必死な様子で声を絞り出す。
「こ、これは……お……」
「お?」
「お洒落です!!」
まあ、とんでもない答えが返ってきたわよ。
手首部分を見る限り、私にはおどろおどろしい模様に見えるけれど、ウォーレンにとってはお洒落なのね。
でも、人の好みはそれぞれだから、何とも言えないわ。
「なるほど、ウォーレンはこういうのが好みなんですね」
「そ、そそそ、そうです! 僕はこういう自分を強く見せるような模様が好きなんです!!」
必死に言い募るウォーレンに、私は小さな小瓶を差し出す。
「そうですか、確かにその模様があると、ほんの少しだけ腕が太く見えるような気がするので、強く見えるかもしれないですね。あと、こちらは私が作った薬です。ウォーレンが眠っている間に作っておきました」
「えっ?」
びっくりするウォーレンの手に、私は小瓶を握らせた。
「その模様が原因で、時々、発熱したり体が痛んだりするんじゃないですか。その時に飲んでください。症状が消えてなくなるはずです」
ウォーレンは目を丸くすると、片手でもう一方の手首を握った。
「いや、これはとても複雑なものなので、症状が消えてなくなるはずは……」
「ええ、複雑なのは見て分かります。ですから、模様を消す薬を作ることはできませんでした」
そう言った時のウォーレンの表情を見て、あらと思う。
「ウォーレンは模様を消すことを望んでいないんですね」
彼はしばらく考える様子を見せた後、おずおずと頷いた。
それから、私の顔をまじまじと見つめる。
「聖女様、……必要があれば、神は必ず僕とあなたを再会させてくれると信じています。そして、あなたとはいずれ、再びお会いできる気がします」
聖女様と呼ばれたことで、まだ名前を名乗っていなかったことに気付く。
「失礼しました、フィーア・ルードです」
遅ればせながら名前を名乗ると、ウォーレンは言いにくそうに口を開いた。
「フィーア、その……言い訳をすると、普段の僕は必ず手袋をしています。ですから、手首の模様が見えることはないのです。あなたに手首を見られたのは、僕の不覚でした。ただ、もしよければ僕の体に模様があることは、できるだけ他言しないでもらえるとありがたいです」
「分かりました」
了承の印に頷くと、ウォーレンはほっとしたように微笑んだ。
「できるだけ、で結構ですから。僕が何者であるのかを明かさずに交わすには、重すぎる約束です。ですから、僕が何者であるか分かった後は、僕の秘密を公言するもしないもあなたの自由です」
私の肩の上で、ザビリアが鼻の頭に皺を寄せる。
「こういう風に思わせぶりなことを言う相手に限って、小物なんだよね」
ザビリア、悪口は小声で言ってちょうだい。
慌ててお友達の口元を押さえたけれど、ウォーレンにもばっちり聞こえていたようで、彼は苦笑した。
「確かに、黒き災いを肩に乗せた地獄の使者に比べれば、僕は間違いなく小物でしょうね」
それから、ウォーレンは手首に視線を落とすと、体に刻まれた模様について説明を始める。
「この模様は呪いの一種ではありますが、体に刻むことを選択したのは僕自身です。模様の範囲は少しずつ拡大していきますが、せいぜい上半身くらいまでで、体の全てが覆い尽くされることはありません。そして、拡大する際に発熱や痛みを伴いますが、命に別状はありません」
ウォーレン自身が体に模様を刻むことを選択したということは、何らかの必要に迫られたか、あるいは模様から恩恵を受けているかのどちらかだろう。
「僕には信念があります。そして、それに基づいて行動しています。フィーア、僕が何者であるのかが分かった時、どうかこの言葉を思い出してください」
ウォーレンの言葉は、彼の立場が分かれば、彼が体に模様を刻んだ理由も理解できる、と暗に言っていたので、私はふむと考え込む。
―――ウォーレンの体に刻まれた模様は、呪いの一種だと彼自身が言った。
通常、呪いを受けた状態というのは忌避されるから、彼はそのことを隠して生活しているのだろう。
けれど、彼の口ぶりから推測するに、呪いを受けるのも仕方がないと思われる立場に、彼自身がいるのだろうか。
答えは分からないけど、聖女である私にできることは一つよね。
「ウォーレン、もしも気が変わってその模様を消したくなったら、私に相談してください」
ウォーレンは目を真ん丸くすると、びっくりした様子で絶句した。
それから、おかしそうに微笑む。
「フィーアは……とんでもない聖女なんですね」
ウォーレンは片手を胸に当てると、深々とお辞儀をした。
「美味しい食事をありがとうございました。また、お手製の薬をありがとうございました。フィーア、またお会いしましょう」
ウォーレンは再会を確信しているような口調でそう言った。
それから、彼はザビリアに向かってひらひらと手を振りながら去っていったので、なかなか肝が据わっているのかもしれない。
「面白い人だったわね。初対面だけど、どこかで見たことがある感じがするのよね」
ウォーレンが去った方向とは反対方向に歩いていきながら、私は肩に乗ったザビリアに話しかけた。
すると、ザビリアがふうんと言いながら首をすくめる。
「フィーアの認知能力はすごいから、そう思うのなら実際にどこかで会ったことがあるんじゃない。でも、興味がないから記憶に残っていないんだろうね」
「つまり、ウォーレンとは楽しくない状況で会ったことがあるってこと?」
首を傾げながら尋ねると、その通りだと頷かれた。
「そうだね。たとえば説明会の場とか、偉い人を紹介されている場とかじゃないの」
ザビリアは具体的な状況を口にしたけれど、ちっとも思い当たることがなかったため、「そうなのね」と返すに留める。
それから、空に向かって手を上げると、縮こまっていた体をぐっと伸ばした。
「ウォーレンの口ぶりでは、また会えるみたいだったから、その時までには思い出せるんじゃないかしら。それに、彼は問題ないと言っていたけど、体の模様は気になるのよね。状況を確認するためにも、もう一度会いたいわ」
ウォーレンは体の模様について落ち着いて語っていたし、最終的にどのような形で固定化するのか分かっている様子だった。
つまり、同じ症例を見たことがあるのだろう。
今すぐどうこうなるものではなさそうだし、本人が希望して体に刻んだと言っていたから、とりあえずは様子見よね、と考えながら離宮に向かって歩いていく。
けれど、離宮が見える場所まで来たところで、私は驚きの声を上げた。
「えっ」
なぜなら、またもやぐったりした男性に遭遇したからだ。
というか、その男性は通路を塞ぐようにして地面の上に横たわっていた。
男性の体格がいいので、通路が完全にふさがれてしまっている。
「一日2回も体調が悪い人に遭遇するなんて、今日はどうなっているのかしら」
びっくりしながら男性に近付くと、恐る恐る上から覗き込む。
「あの、大丈夫ですか?」
声を掛けると、うつ伏せに横たわっていた男性がごろりと反転し、顔を上に向けたため、紺碧の髪と褐色の肌が露わになった。
その特徴的な色を見て、つい最近訪れた南部地域の住民たちの姿が脳裏に浮かび上がる。
「もしかしてサザランドの方ですか?」
その男性は私の言葉に呼応するかのようにパチリと目を開けると、無言で見上げてきた。








