235 筆頭聖女選定会 二次審査 3
事務官が王城の敷地を案内してくれるというので、聖女たちとともにその後ろを付いていった。
そして、歩きながらきょろきょろと周りを見回した。
実のところ、王城内には色々な薬草が生えている。
第二次審査の期間は5日もあるのだから、普段行かないような場所まで足を延ばしてみたら、意外と面白い薬草を見つけられるかもしれない。
そう思ってにまにましていると、隣を歩くプリシラから話しかけられた。
「フィーアはどうして、いつだってそう楽しそうなの? 外を歩いているだけで笑っている人間なんて初めて見たわ」
「えっ、私はただ、王城にはどんな薬草が生えているのかしらと考えていただけよ。ふふ、でも、想像したら楽しくならない?」
「ならないわね」
あっさり答えるプリシラを見て、私はあちゃーと片手で顔を押さえる。
「ああー、プリシラは筆頭聖女の最有力候補として、大聖堂の奥深くで育てられた箱入り聖女だったわね。だから、現場の楽しさを知らないんだわ!」
何てもったいない人生を送っているのかしらと嘆いてみたけれど、プリシラはこれっぽっちも残念そうな様子を見せなかった。
それどころか、呆れたように言い返してきた。
「いや、浮世離れしているのは私よりもフィーアよね。あなただったら世界中を跪かせる至上の聖女になれるのに、これっぽっちも興味がない様子じゃないの。理解に苦しむわ」
「世界中を跪かせる至上の聖女? ふふ、プリシラったら大きく出たわね!」
プリシラの大袈裟な物言いがおかしくてころころと笑ったけれど、彼女は一緒に笑うことなく、じろりと私を睨みつけてきた。
「ちっとも大袈裟ではないわ。不治の怪我や病気で苦しんでいる人たちは世界中にいるのよ。そんなところに、これまで絶対に治癒できなかった傷病を治癒できる聖女が現れてごらんなさい! 治癒と引き換えに何だって差し出すわよ! フィーアなら、どんな我儘だって叶え放題だわ!!」
「ええー、だったら、『世界中のお肉とチョコレートを持ってきなさい!』なんて我儘も通るのかしら? 無理でしょう」
試しに無理難題を吹っ掛けてみたところ、プリシラはあっさり降参した。
「……フィーアが世界中を跪かせる聖女になれないことは分かったわ」
「ふふふ、遅いわね! 私は初めから分かっていたわ」
なんて会話を交わしている間に、敷地内の西側にある臨時の薬草園に到着した。
そこには事務官が説明した通り20種類ほどの薬草が植えてあり、瑞々しい葉を茂らせていた。
それから、薬草園の隣には、汎用性の高い素材となる実や葉を茂らせる樹木が10種類ほど植えてあった。
何気なくそれらの木々を見回したところ、見慣れない花が咲く木を見つけたため首を傾げる。
「あら、この木は『星降の森』のさらに奥にある、『星待の森』にしかないんじゃなかったかしら? えっ、ということは、わざわざ『星待の森』に踏み入って、あの森から運んできたの?」
ああー、だとしたら、デズモンド団長とカーティス団長が怪我をしたのも納得ね。
『星待の森』には強い魔物がたくさんいるから、きっとあの2人は『星待の森』まで遠征して、普段遭わないような強い魔物に遭遇したんだわ。
うーん、思い返してみると、デズモンド団長だけじゃなくカーティス団長もここ数日見ていなかったわね。
だから、やっぱり2人とも危険な森に踏み入ったんじゃないかしら。
……あっ、待って。嫌な予感がしてきたわ。
私はふと、カーティス団長が王城外で採取してきた薬草を、こっそり王城の庭に植えていた場面を思い出す。
あの時はたまたま目撃したのだけど、カーティス団長は明らかに外部から採取してきた薬草を、王城の敷地に移植していたのよね。
まさかとは思うけど、カーティス団長は今回も、『星待の森』から様々な薬草を採ってきて、王城の庭に移植したんじゃないでしょうね。
怪我の具合を見るに、相当無茶をしたように思うから、当たっていそうな気がするわ。
「フィーア、難しい顔をしてどうかしたの? 近くで見てきたけど、どの薬草もすごく青々としていたわ。いい薬ができそうよ!」
無言になって考え込んでいたところ、アナに話し掛けられたため、私は目を瞬かせた。
それから、たった今推測したことを、さり気なく口にしてみる。
「確かに、とってもいい薬草ばかりね。でも、もしかしたら王城の敷地内には、この庭園よりも珍しい薬草が生えているかもしれないわ。それを探してみるのも楽しいんじゃないかしら」
アナは考えるように首を傾げた。
「300年前の大聖女様は王女だったらしいから、その時に植えられていた薬草が、王城の庭に残っているかもしれないってこと? あるいは、たまたま飛んできた薬草の種が芽を出して、自生しているかもしれないってこと? どっちも可能性は低そうね」
メロディとケイティも寄ってきて、アナに同意する。
「第二次審査ではフィーア特製の魔力回復薬を使用できないから、魔力の使用をセーブしないといけないわ。だから、薬を作る時間はせいぜい一日一時間ってところかしら。そう考えると、時間はたっぷりあるから、王城内を探索するのも一つの手だとは思うけど……」
「今は選定会の最中だから、気持ちがざわざわして落ち着かないのよね。だから、空いた時間には薬草を摘んで加工したり、どうやって少ない魔力で薬を作るかを考えたりしたいわ」
「そうなのね」
人それぞれ選定会の過ごし方は異なるから邪魔はできないわね、と私は皆に同意した。
それから、薬草園の見学を終えると、事務官とともに離宮に向かって移動したのだった。
王城勤めの聖女たちは離宮で暮らしている。
だから、今日も聖女たちは離宮にいて、その中にシャーロットもいるのかしらと考えていると、正にその小さなお友達がそわそわした様子で離宮の前に立っていた。
「フィーア!」
シャーロットは私を見つけると嬉しそうに走ってきて、ぎゅっと抱き着いた。
「すごいわ、フィーア! 本当に選定会に参加しているのね。そして、聖女の服がとっても似合っているわ。ふふふ、フィーアったら、とうとう本物の聖女になったのね」
シャーロットは嬉しそうに笑ったけれど、それはどうかしらと首を傾げる。
私は聖女だけど、有能な騎士でもあるから、シリル団長が手放さないんじゃないかしら。
そう考えながら、案内されるまま離宮の部屋に入る。
すると、前回離宮を訪問した時同様、離宮で暮らす聖女たちの取りまとめ役であるドロテが前に出て、離宮についての説明をしてくれた。
あ、まずいわ。ドロテは私が騎士であることを知っているのよね、と思ったけれど、彼女は私がいることに気付かなかったようで、視線が合うことはなかった。
そのため、ほっと胸を撫で下ろす。
その後、ドロテは私たちを薬の調合室に案内すると、選定会の間はこの部屋を好きに使っていいと申し出てくれた。
さらに、調合室とその隣にある保管室に置いてある物を含め、離宮にある全ての素材を好きに使っていいし、離宮の周りに植わっている薬草も自由に使用していいと言ってくれた。
至れり尽くせりねと思いながら、ドロテの説明を聞き終わったところで、事務官が話を引き取る。
「筆頭聖女選定会第二次審査の説明は以上です。先ほどご説明しました通り、本日より5日間にわたって二次審査を行います。それでは、これより開始します!」
事務官の言葉が合図になったようで、聖女たちは座っていた椅子から立ち上がると、ぞろぞろと移動し始めた。
聖女たちの半分は離宮に残り、残りの半分は再度、薬草園を見にいくようだ。
どちらも聖女たちで渋滞しそうだから、私は城内を探索してみようかしらと思いながら、ふらりと離宮を後にする。
それから、普段は通らない場所を歩いてみようと、お城の南側に行ってみることにした。
すたすたと城外を歩きながら、傍から見たら、私はただ散歩をしているように見えるのじゃないかしらと気付いて眉根を寄せる。
でも、実際は薬草探しをしているのだから、この地道な努力が報われる日がきっと来るんじゃないかしら。
そう考えていると、顔馴染みの第六騎士団の騎士たちに出くわした。
「フィーア!?」
「お、お前は何て格好をしているんだ!!」
ぎょっとした様子で目を見開く騎士たちを見て、あっ、しまったと顔をしかめる。
今の私は騎士服でなく、赤と白の聖女用の服を着ているんだったわ。
まずいわね。全員が王城勤めの騎士だから、王城内で筆頭聖女選定会が実施されていることは知っているはずだ。
そんな中、聖女の服を着ている私を見たら、さすがにぴんとくるんじゃないかしら。
どうしようと青ざめたけれど、騎士たちは私が考えるよりも勘が悪かったようで、驚いた表情のまま言葉を続けた。
「フィーア、お前の格好は酷いな! オレたちじゃなかったら、なんちゃって聖女の格好だと気付かずに、本物の聖女様と間違えるところだぞ!!」
「へ?」
なんちゃって聖女?
そういえばこの衣装は、道化師に弟子入りした時にロイドからもらったものだったわ、と記憶を辿っていると、騎士たちが大袈裟に騒ぎ始める。
「聞いたぞ! お前はこともあろうに宮廷道化師に弟子入りしたらしいな! しかも、その赤い髪を見込まれて、なんちゃって聖女に扮装しているらしいじゃないか!!」
「というか、馬子にも衣裳だな! 意外だが、薄目で見ると聖女様に見えなくもないぞ」
「何といってもぽっこり救世主だからな! 救世主つながりで聖女様というのもあながち間違いでは……」
一人の騎士が発言の途中で、考えるかのように言葉を止めたけれど、すぐに全員でじっと私を見つめてくると声を揃えた。
「「「いや、間違いだな!!」」」
それから、全員でげらげらと楽しそうに笑い出したので、ああ、助かったと胸を撫で下ろす。
騎士たちが想像以上にポンコツでよかったわ。
いえ、違うわね。セルリアンたちに弟子入りして、道化師仲間として活動した私の実績が役に立ったんだわ。
なるほど、偉い人が言っていた『世の中に無駄なことは一つもない』という話は本当だったのね。
ということは、ここで「なんちゃって聖女です」と認めるのも面白くないので、聖女だという演技を続けてみたらどうなるのかしら、ときりりとした表情を浮かべてみる。
「酷いお言葉ですね。皆さんの目の前にいるのは本物の聖女ですよ。さて、せっかく優秀で有能な聖女が目の前にいるんですから、何かお困りのことはありませんか?」
すると、騎士たちは呆れた様子で顔をしかめた。
「いや、お前は聖女様じゃなくてフィーアだろう!」
「はあ、騙されてやるから、なんちゃって聖女様、どうか痛みのない回復薬をください」
「えっ、痛みのない回復薬ですか?」
誰か怪我をしたのかしらと思いながら騎士たちを見回すと、そうじゃないと首を横に振られる。
「怪我をしたのはオレたちじゃない。ここだけの話、実は各団の団長たちが選定会のために無理をして、全員で『星待の森』に入ったんだ」
まあ、何てことかしら。聖女の振りをしたら、騎士団の秘密情報が手に入ったわよ。
そして、話を聞くに、私の予想が当たったみたいだわ。
「あの森には凶悪な魔物がたくさんいるから、騎士団長たちはボロボロになっちまった。しかし、団長たちは第三次審査で役回りがあるから、それまでに怪我を完治させる必要があるんだ。それなのに、回復薬は苦いうえに激痛を伴うから、団長たちは皆、薬を飲むことを拒否してんだよ」
そういえば、クェンティン団長が第三次審査は騎士団長が聖女とともに魔物討伐に向かうと言っていたわね。
だから、それまでに万全の体調を整えていなければならないということね。
なるほどと納得しながらも、一つだけ納得できないことがあったので質問する。
「ところで、クラリッサ団長も『星待の森』に入られたんですか? 先ほど見かけましたけど、一切怪我をしていませんでしたよ」
私の言葉を聞いた騎士たちは、苦笑しながら顔を見合わせた。
「それは、ほら、クラリッサ団長は最強生物だから!」
「もちろんクラリッサ団長も『星待の森』に行かれたが、怪我一つない状態で戻ってきたぞ!!」
なるほど。どうやらクラリッサ団長は本当に最強生物のようだ。
私は今度こそ完全に納得して、大きく頷いたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
「このライトノベルがすごい!2025」で、大聖女が2位、大聖女ZEROが21位にランクインしました!!
キャラ男性部門でシリウス30位、女性部門でフィーア6位です。
昨年に引き続き全く同じ順位で作品がランクインしており、全ては投票してくださった皆様のおかげです。変わらぬ応援を本当にありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*.゜
感謝の気持ちを込めて、XにSSを投稿していますので、よかったら読んでください。
https://x.com/touya_stars
「フィーアとザビリア、『理想の恋人』について語る」









