24 肉祭り3
今回のために、「肉祭り」を開催しました。楽しんでもらえると、嬉しいです。
会場中を美味しそうな匂いが埋め尽くす。
今か今かと待ち続けていた私の耳に、「フラワーホーンディアが焼けましたよぉ!」という料理長の声が届いた。
しゅたっとお肉の側に近づくけれど、あれれ、誰も並んでない?
不審に思って周りを見渡すと、第3小隊の騎士たちに周りを取り囲まれていた。
「フィーア、フラワーホーンディアの第一功労者はお前だ。お前が一番に食え」
えええええ。このお肉、本当に美味しいんですけど、いいんですか?
「では、遠慮なく。料理長! 背骨のところのロース肉をください!」
そして、渡されたお肉にかぶりつく。
「はふっ、おいしい! おいしい! おいしい! 熱いけど、おいしい!」
肉本来の美味しさが、完全に出ている。ああ、美味しいお肉を食べること以上の幸せってあるのかしら?
いつの間にか、第3小隊の騎士をはじめ、みんながフラワーホーンディアを食べ出している。
「これは! …………マジで、うまいな!!」
「肉汁がすげぇ! ドバっと出てきたぞ。そして、柔らけーな!」
「この脂身のなさがいいな。サッパリしているから、いくらでも食べられる!」
ですね、ですね。どれだけでも、食べられる気がします。
私は、とってもいい気分になって、第3小隊の騎士たちとお肉を食べてお酒を飲んだ。
「フィーア、マジでありがとな。はったりに基づいた指揮だったってのは驚いたが、お前の指揮は、すげー戦いやすかったぞ」
「ああ、シリル団長には、魔物について無知すぎるって怒られたがな。フラワーホーンディアは深淵に棲んでいて、普通なら絶対に遭遇することなんてない魔物だ。確かに、第六騎士団に配属された際に、魔物リストはもらったけどよ。そんな何年も前にチラリと見ただけの魔物の特性なんて、覚えているわけねぇって!」
「まじ、お前がいなかったら全滅もありえたわ。助かった! よし、飲め! そして、食え!」
それから、一人の騎士に肩をたたかれる。
「フィーア、お前は新人だが、もう立派な仲間だ! オレたちへの敬語はやめろ、いいな!」
「了解です! フィーア・ルード、今からは敬語を使いません!」
「「「いや、それ敬語だから!!」」」
みんなから一斉に突っ込まれ、大笑いする。
ふわーん、騎士ってやっぱり気持ちいいなぁ。男気があって、好き!
それから、どのくらい飲んだのだろうか。第3小隊の騎士たちから次々にお酒を注がれ、嬉しくなって全部飲んでいて……ん? 誰だコレ?
私の隣で、上半身裸の騎士が熱弁をふるっている。
あれ? 誰だっけ、コレ? 私、この騎士、知っているんだけど……誰だっけ?
さっき、シリル団長のちょい後ろで見たんだけどな――。
「だから……聞いているのか、フィーア!」
その上半身裸の、錆色の髪の騎士に怒られる。
「へ? いや、聞いていませんでしたよ。何でしたっけ?」
周りを見渡すと、第3小隊の騎士がげんなりとした表情でこちらを見ている。
はて? ……ああ、そうか。敬語は止めるんだったっけ。
「ええと、それで? なんで上半身が裸なの?」
くだけた口調で話してみると、なぜだか、第3小隊の騎士たちが慌てたようにこちらを見る。
なぁに? 敬語は止めろって言ったり、止めたら慌てたりって、どうすればいいのよ。
「だから、総長はシックスパックなんだよ!!」
「しっくすぱっく?」
6個のパック? パックって、あの女性が美容のために顔にはるマスクのことだよね? んんー? 総長は、パックを6個も顔に貼るってこと?
「ええ、総長って、そんなに顔が大きかったっけ?」
「何で、顔の話になるんだよ! お前、本当に人の話を聞いてないな!」
「えええ、聞いているでしょう! 心外! 侵害されて心外!! ぷふー、私、何言っているんだろう!!」
「もういい! だから、総長はな、腹筋が6個に割れているんだよ!!」
「えええ―――!! それは、ちょっと、個人エロ情報じゃないの? いいの? ばらしていいの?」
「え? これ個人エロ情報なのか? オレ、憲兵に捕まるパターン? お、おい、お前ら! デズモンドに酒を飲ませて、潰してこい!!」
錆色の髪の騎士は、慌てたように、周りの騎士たちに命令する。
「いいから、フィーア、オレを見ろ!! オレの腹を!! 腹筋がいくつに分かれている?!」
「ええと………、いち、にぃ、さん、しぃ。4つ! 4つに分かれているわ!!」
「そうだ、オレの腹筋は4つにしか分かれていねぇ。知っているか? 腹筋の形は、生まれつき決まっているんだ。どんなに鍛錬しても、死ぬほど魔物を狩っても、オレの腹筋は4つのままなんだああああああああ!!!」
そして、錆色の騎士は、男泣きに泣き出した。
「また、始まった」
「ザカリー団長が、お約束のくだを巻き出したぞ」
周りで、第3小隊の騎士たちが、諦めたようにため息をつく。
そんな中、一人の騎士が労わるように話しかけてきた。
「悪ぃな、フィーア。ザカリー団長は、こうなると、くだを巻き続ける。酒の席では、毎回この話題を持ち出し、毎回部下に絡んでは、毎回泣き出す。正直、みんなウンザリしているんだが、止めようがない」
「お前には悪いが、今日は、お前が相手をしてくれて助かったよ。オレらもみんな、何十回と相手をしている事実に免じて、勘弁してくれ」
……ふうん? みんな、大変ねぇ。
でも、腹筋が4つに分かれていることの、何が悪いのかしら?
……ええと、今、この錆色の騎士は何て呼ばれたっけ?ああ、そうそう、ザカリーね。
「ザカリー! 私を見なさい!」
私は、男泣きに泣き続けているザカリーに呼びかける。
そうして、彼が私に視線を向けたのを確認すると、おもむろに騎士服の上着のボタンを外し出した。
「お、おい、フィーア、お前、何やっているんだ!!」
ザカリーが慌てたような声を出す。
私は、ボタンを外し終わった上着の前身頃を両手で掴むと、挑むような表情でザカリーを見つめた。そして、「見なさい!」と言いながら、一気に上着を脱ぎ棄てる。
騎士服の下は、ピッタリとした胸当付きのシャツ一枚で、お腹のラインがよく分かる。
「フォーパックが何なのよ! 私なんて、ワンパックよ!! 毎日、騎士の訓練をしているのに、筋肉がつかないんだからああああ!!!」
そうして、自信満々にぽっこりとしたお腹を突き出した。
視界の端で、遠くから私を見守っていたシリル団長が、ぶ――っと口からお酒を噴き出すのが見える。
……あらら、礼儀正しいシリル団長らしくもない。何をやっているのかしら。
「おま、おま、おま、それは……」
目の前でザカリーがあわあわ言い出したので、視線を戻す。
「はん! 4つの筋肉で文句を言うなんて、恵まれた人生ね! 私なんて1つよ! というか、筋肉ですらないわ!!」
「フィ、フィーア、それは、さすがに……。い、妹のところの3歳の姪がそんな腹をしていて、幼児なら可愛くも思えるが、お前、成人していてそれはさすがに……」
ザカリーが酷いものを見る目で私のお腹を見つめる。
「だったら! どうしたらいいのよ!! 私は、小さい頃からず―――っと騎士になりたくて、毎日、訓練をしてきたわ。騎士になれた今だって、日課の訓練は欠かさないわよ。なのに、筋肉が付かないんだもの。これ以上、どうすればいいのよ!!」
まぁ、ちょっと、大げさだけどね。
普段は、さすがにここまではぽっこりしていない。今日は、際限なくお酒を飲んで、お肉を食べたから、限界まで膨らんでいるのだ。
ぷふふ、でも、ザカリーを驚かすには、これくらいでなくちゃあ効果がないわよね。
ザカリーは、私の顔とお腹を交互に見つめると「うぐ―――」と唸っている。
そして、苦渋の表情で口を開いた。
「フィーア、そりゃあもう、どうしようもない。諦めろ」
そして、言いにくそうに続ける。
「お前、その腹は人に見せない方がいいぞ。そして、その話題もやめとけ」
「なんですって――」
私は、不愉快極まりない気持ちでザカリーを睨んだ。
「自分は! お酒の席で、その4つの筋肉を自慢して! 見せつけられた私が、愚痴を言うことは禁止するって、どんだけ自分勝手なのよ!!」
「い、いや、オレはお前のためを思って……」
「思いやり! だったら、私のお腹とその4つの筋肉を交換してちょうだい!!」
「いやだ!! ……あ、いや、だが、さすがに、その腹は……」
私は、もごもごと言い淀むザカリーに、びしりと人差し指を突きつけた。
「だったら! もう二度と、4つの筋肉自慢は止めてちょうだい! 持たざる私にとっては、自慢話以外の何物でもないし、不愉快だわ!!」
「………………それは、オレが悪かった。わ、分かった、約束する。二度と、腹筋の話はしない」
がくりと床に膝を突き、ザカリーが宣言した瞬間、周りにいた第六騎士団全員の口から、歓声が上がった。
「すげえすげえ、フィーア。お前、マジすげえよ!!」
「救われた! あの地獄の永遠リピート話から救われたぞ!!」
……そして、実際にザカリーは、二度と腹筋の話はしなくなったようで、後日、私は第六騎士団から「ぽっこり救世主」という二つ名をいただいた。
いらんわ!!









