232 筆頭聖女選定会 一次審査結果発表
「へっ?」
王城内の庭に張り出された審査結果を見た私は、驚きのあまり間抜けな声を上げた。
それから、見間違いに違いないわ、とぎゅっと目を瞑った後、もう一度目を見開いて審査結果が張られたボードを見つめる。
けれど、そこにはやはり、先ほど見た通りの内容が記されていた。
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◇筆頭聖女選定会 第一次審査 結果◇
1位 フィーア・ルード 242ポイント
2位 プリシラ・オルコット 225ポイント
3位 アナ 132ポイント
4位 メロディ 126ポイント
5位 ケイティ 125ポイント
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「い、一位?」
さすがにそんなことはあり得ないわ。だって、私は色々と画策したのに。
たとえばアナと一緒に治癒した際、手柄を押し付けてしまおうと、エフェクトのタイミングをアナの魔法発動に合わせたのだ。結果として失敗してしまったけど。
それから、立派な聖女だと思われないよう、重症者の治癒方法についてのレクチャーはプリシラに任せたのだ。実際に魔法を実践してみせたのは私だったけど。
……うーん、こうやって思い返してみると、結果は伴わなかったかもしれないけど、色々と頑張ったのは確かよね。
だから、その努力を認めて、私に高ポイントを付与するのは止めてもらえないかしら。
それに、他の聖女たちからすると、ぽっと出の私が一位だなんて、うさん臭くて堪らないはずよね。
そう思って、そろりと周りを見回すと、満面の笑みを浮かべたアナが抱き着いてきた。
「フィーア、あなたって最高だわ! 一位だなんて、何てすごいの!!」
「い、いや、これは何かの間違いじゃないかしら。だって、私はそんなに大したことはしていないもの」
「まあ、あれだけのことをしたというのに、フィーアにとってはまだ大したことじゃないのね!」
あ、ダメだわ。私の言葉がよくない方向に誤解されているわ。
「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
慌てて誤解を正そうとしたけれど、発言の途中でアナが言葉を差し挟んできた。
「フィーアがやったのは、とんでもない偉業よ! これまで誰もできなかった重症者の治癒方法を、私たちに伝授してくれたんですもの」
「レクチャーしたのはプリシラだわ」
さり気なく訂正するも、すぐに言い返される。
「そうね。でも、実践してみせたのはフィーアだわ! それに、フィーアは重症者を4人も治したのよ!! それも、1日に2人ずつ」
「いや、最終日は一人も治さなかったわ。ほら、魔法を使い過ぎたから、ちょっと体を休めておこうと思って」
自分でも少しやり過ぎたような気がしたので、最終日は自重したのだ。
だから、トータルポイントは低いはずだと思い込んでいたけれど、私が一位だなんてどうなっているのかしら。
集計係が計算を間違えたのかもしれないわねと考えていると、メロディが称賛するかのように微笑んだ。
「ふふっ、フィーアはそういうところがあるわよね。誰よりも抜きんでているのに、一歩引いて能力をひけらかそうとしないの。フィーアみたいに卓越した聖女は、ものすごく自己顕示欲が強いと思っていたけど、私の思い込みだったのね」
あ、本当にダメだわ。私の言葉が実際の30倍くらい良く解釈されているわ。
どうしたものかしらと頭を抱えていると、プリシラが現れた。
「メロディ、あなたの発言は私のことを当てこすっているのかしら! 卓越した聖女は自己顕示欲が強いって聞こえたけれど、実力のある者が自分のすごさを他者に知らしめたいと思うのは、当然のことじゃないかしら」
つんと顎を上げるプリシラはいつも通りだったため、まあまあとなだめながら、彼女の機嫌がよくなる情報を披露する。
「プリシラ、あのボードを見てちょうだい! 何と、あなたの一次審査の結果は2位だったわ!!」
ぱちぱちぱちと拍手をすると、プリシラは戸惑った様子で目を瞬かせた。
それから、ボードに顔を向けると自らの点数を確認し、考えるかのように口元に手を当てる。
「そう、一位はフィーアなのね。納得だわ。……不思議ね。私は何が何でも筆頭聖女になるつもりで選定会に参加したのに、フィーアに負けたことがこれっぽっちも悔しくないわ。それだけじゃなく、歴代の筆頭聖女のポイントを圧倒的に上回っているのに、ちっとも得意な気持ちにならないわ」
プリシラの静かな声を聞いて、ぎょっとする。
「えっ、プリシラから誇り高さと闘争心がなくなってしまったの? それは大変だわ! プリシラは50%が誇り高さで、40%が闘争心でできていると思っていたのに」
それなのに、彼女を構成しているもののうち90%がなくなってしまったら、それはもうプリシラじゃなくなるんじゃないかしら。
心配になってプリシラを見つめると、彼女は呆れた様子で髪を払った。
「フィーアは綺麗な言い方をしているけど、つまりは虚栄心と敵愾心ってことでしょう? はあ、気付かなかったけど、私の50%は虚栄心で、40%は敵愾心でできているのね。私ったらすごく無駄なものを、これまですくすくと育ててきたのだわ」
やだわ、プリシラが本格的におかしなことを言い出してしまったわ。
いつだって自信満々のプリシラが、自分の過去を後悔しているように見えるわよ。
もしかして1位を取れなかったショックから、普段にないことを口走っているのかしら。
だとしたら、第二次審査で挽回できると分かったら、普段通りに戻るのかしら。
「プリシラ、安心してちょうだい! 私の薬草の知識は大したことないから」
正直に伝えたというのに、プリシラは疑わしそうに目を細めた。
「……そうなの?」
私はその通りよと大きく頷く。
「ほら、私は騎士でしょう。日常的に薬草を取り扱っているプリシラたちの足元にも及ばないわ」
というか、私は色んな薬自体はきちんと作れるのだけど、なぜか作り方が評価されないのよね。
どうしてその薬草を混ぜるのですかとか、手順を省略し過ぎですとか、前世で散々言われたもの。
それに、私の調合は感覚に頼るところがあるから、正確な分量を聞かれてもさっぱり分からないのよね。
ああー、嫌なことを思い出したわよ。
前世で聖女騎士団の団長に、『そんな調合方法を答えたら、テストなら0点ですね』と言われたのだったわ。
うーん、やっぱり私が全力で取り組んだとしても、第二次審査では大した結果を残せそうにないわね。
そう考えて顔を曇らせると、プリシラがそうだったわと呟きながら顔をしかめた。
「どういうわけか、フィーアは表向き、騎士をやっているのよね。詳しく聞きはしないけど、そもそもそこが間違っているわ。フィーアみたいな聖女が、聖女以外のことをやっているなんて、世の中どうなっているのかしら」
まあ、プリシラったらいいことを言うわね、と思いながら胸を張る。
「うふふ、プリシラが疑問に思うのも当然だけど、実のところ私は優秀な騎士なのよ! それはもう、騎士団長から特別任務を申し付かるくらい優秀なのよ」
私の言葉に嘘はないのだけど、ちょっと自慢し過ぎたかしらとプリシラの様子をうかがうと、彼女はこれっぽっちも感銘を受けた様子がなく、白けた表情をしていた。
「え?」
もしかしてよく聞こえなかったのかしらと心配になったため、私はもう一度同じ言葉を繰り返す。
「あのね、私は優秀な騎士なのよ! それはもう騎士団長から特別任務を……」
「聞こえているわ」
けれど、プリシラはあっさり答えると、呆れた様子で頭を振った。
「たとえフィーアが優秀な騎士だとしても、それ以上に優秀な聖女だと思うわ。フィーアはあれね。天才にありがちな、自分の身の振り方を理解していないタイプね」
まあ、天才って言われちゃったわ。
「プリシラったら褒めすぎだわ」
「見解の相違ね。私はこれっぽっちも褒めていないわ」
プリシラは渋い表情でそう答えたけれど、いつものように照れているのに違いない。
プリシラらしいわと考えていると、アナが笑顔で言葉を差し挟んできた。
「まあまあ、取りあえず第一次審査は終わったし、結果も確認したわ。第二次審査が開始されるまで数日あるから、ゆっくり体を休めたらどうかしら」
「そうね」
プリシラが頷いたので、皆でお城の中に戻ることにする。
プリシラやアナ、メロディ、ケイティとともに踵を返すと、その場にいた他の聖女たちが声をかけてくれた。
「フィーア、おめでとう! 一位だなんてすごいわ!!」
「あなたが一位になると思っていたわ!」
「第二次審査も頑張ってね!」
「えっ、あ、ありがとう」
まあ、ぽっと出の私が一位になったのだから、他の聖女たちにとったら、うさん臭くて堪らないんじゃないかしらと考えたけど、とんでもなかったわ。誰もが喜んでくれるじゃないの。
やっぱり聖女って素敵ね。
そう考え、私はとっても嬉しくなったのだった。









