【挿話】第三回騎士団長秘密会議 後
騎士団長たちが絶望のうめき声を上げる中、デズモンドが考える様子を見せた。
「フィーアには悪いが、第二次審査で少しばかり名を落としてもらった方がいいんじゃないか」
皆が無言で見つめると、デズモンドは説得するような声を出す。
「ほら、聖女様たちは聖石のことを知らないんだろ。だとしたら、参加者はフィーアを本物の聖女様だと信じ込んでいるはずだ。いくら途中退場するとはいえ、あいつがものすごい聖女様だと思われたままでいるよりは、大したことなかったと思われる方がいいんじゃないか」
全員がデズモンドの言葉に頷く中、シリルが彼の言葉を訂正した。
「厳正なる筆頭聖女選定会に聖女様でない者が紛れ込んでいるとは誰も思わないでしょうから、フィーアが聖女様だと信じられていることは確かです。しかし、聖石については、今や全ての聖女様が理解しているはずです。第一次審査で、フィーアは聖女様たちに聖石を配っていましたから」
「は、何だと?」
「フィーアは一体何をやっているんだ!!」
馬鹿げたことを、とばかりに複数の声が上がったところで、それまで沈黙を守っていたカーティス第十三騎士団長が口を開く。
「騒ぐな! フィー様は聖女様たちの能力を底上げされたのだ! 先ほどからお前たちはどうでもいいことをぺらぺらとしゃべっているが、真に議論すべきはフィー様の偉業だ! 何と言っても病院にいた全ての患者を治癒されたのだからな!!」
一瞬にして高級娯楽室が静まり返り、しんとした中にカーティスの声が響く。
「選定会に参加している重症者を治すには、聖女様たちの魔力が不足していた! その魔力不足を補うため、フィー様は皆に聖石を配られたのだ!!」
「何だって!」
それまで一切口を開くことがなかったイーノック第三魔導騎士団長が、珍しく大きな声を出した。
それから、イーノックは悔しそうに両手で顔を覆う。
「くううっ、聖石にはそういう使い方があったのか! 私は閃きもしなかった!!」
続けて、ザカリー、クェンティン第四魔物騎士団長が感心したような声を上げた。
「へえ、イーノックが悔しがるくらいだから、フィーアは大したもんだな! すげえじゃねえか、新たな聖石の使用法を編み出すなんて!!」
「さすがはフィーア様だ! カーティスの言う通り、聖女様方の能力を底上げされている!!」
それから、クェンティンはグラスの中の酒を一気に呷ると、満足した様子で椅子に背中を預けた。
「それが何事であれ、一度成功したことは何度か繰り返すうちに必ずできるようになる。いずれ聖石で勢いをつけることなく、重症者を治癒できる聖女様が現れるはずだ。フィーア様は聖女様方を、新たなステージに押し上げられたのだ!」
クラリッサ第五騎士団長も感心した様子で笑みを浮かべる。
「少なくとも病院にいた患者が全員完治したのは事実よ。それだけでもものすごいことだわ」
それから、騎士団長たちは噂話に花を咲かせ始めた。
「ところで、聞いたか? 選定会の患者の中に、あのモーリスが交じっていて、しかも完治したらしいぞ! 正直、オレはその話を聞いて以来、ずっとビビってんだよ!!」
「は、欠損が治ったのか? フィーアが大当たりの聖石は欠損を治すと言っていたのは、マジだったのか」
「モーリスと言えば、かつての第八騎士団長だよな。ということは、東方の魔物討伐を担当していたんだよな」
「ああ、ディタール聖国は我が国の東方に位置するからな。10年前、シリルの両親の訃報を聞いたモーリスが心配して、東方地域の魔物討伐を口実に、聖国の竜討伐に途中参戦したんじゃなかったか」
昔話を始める騎士団長たちに、ザカリーが相槌を打つ。
「当時はオレも一騎士として、ディタール聖国の竜討伐に参加していたが、あれは苦しい戦いだった。実際にモーリスが参戦してくれたからこそ、サヴィス総長は助かったんだと思う。しかし、当時は総長もお若くて、今よりずっと感情表現が豊かだったから、モーリスが傷付いた時、誰が見ても分かるほど後悔されていたな」
サヴィスはそれがどんな感情であれ、ほとんど表情に表さないが、いつだって騎士たちのことを気にかけていることは周知の事実だ。
そのため、騎士団長たちはしんみりした様子で呟いた。
「……よかったな」
「ああ、モーリスの脚が再生したから、サヴィス総長も気が楽になられたはずだ」
総長の心情を思って騎士団長たちが言葉少なになっていると、クラリッサがとんでもないことを言い出した。
「やっぱりフィーアちゃんはサヴィス総長の救世主みたいね! だから、総長のお嫁さんはフィーアちゃんがいいと思うの」
皆はぎょっとしてクラリッサを見つめた。
「ク、クラリッサ、お前は何を言っているんだ! サヴィス総長の妃は聖女様じゃないとダメだと分かっているだろう!!」
「聖石を持ったフィーアちゃんと聖女様って何が違うのよ。聖石を持ったフィーアちゃんが、誰よりも多くの人々を救うのだとしたら、彼女の方が本物なのじゃないかしら」
クラリッサの反論に、騎士団長たちは言葉に詰まる。
「ぐっ!」
「ク、クラリッサに惑わされるな! そういうことじゃねえだろう!」
混乱する騎士団長たちを尻目に、シリルが冷静な声を上げた。
「サヴィス総長の婚姻相手は、人々を救う特別な御力を持った聖女様でなければいけません」
「……そうだ! それが元々のルールだ」
「シリルは聖女様に関しては融通が利かないが、言っていることは道理だ!」
本能的にフィーアがサヴィスの妻になれば大変なことになると察した騎士団長たちは、ほっとした様子でシリルに同意した。
「「「ルールには従うものだ!!」」」
話が一段落したところで、デズモンドが話題を元に戻す。
「ところで、シリル、さっきの話だが、フィーアは第一次審査で華々しい結果を残し過ぎた。お前はフィーアが第二次審査で恥をかくんじゃないかと心配しているが、このまま姿を消したんじゃあ、聖女様たちの印象に強烈に残ってしまう。だから、第二次審査に残って少々恥をかいてもらったほうが、今後のためになるんじゃないのか」
「私はフィーアの行動に口出しはしないと決めています。そのため、彼女自身の判断に委ねるしかありません」
シリルの発言に、デズモンドはむっとした様子で言い返した。
「お前、またそれか! 恐怖の天災にぴかぴかの金の棒を持たせて選定会に参加させたうえ、野放しにしてんじゃねえよ!」
睨み合う2人を取りなすように、ザカリーが言葉を差し挟む。
「まあ、いいじゃねえか。オレの見込みじゃ、フィーアは第二次審査に参加する。あいつに薬草の知識があるわけないから、断トツで最下位になるだろう」
デズモンドはほっとした様子で、ザカリーの言葉に頷いた。
「そうだよな……」
確かシリルは、フィーアが薬草図鑑を開きもしないと頭を抱えていたはずだ……と、デズモンドは己を安心させる情報を思い出す。
しかし、その時なぜか突然、王城の庭で雑草摘みをしていたフィーアの姿がデズモンドの脳裏に浮かび上がった。
……そう言えば、あいつの趣味は雑草摘みだったな。
雑草と薬草は全然違うが、意外と薬草を見分ける目を持っていたりして……いや、ないない!
デズモンドは必死になって脳裏に浮かんだ映像を払うと、はあっと大きくため息をついた。
「はあ、おかしいぞ。オレは今日、精一杯頑張って仕事をしたんだ! こんな日は酒が美味いはずだが、ちっとも美味しくないし、酔いもしない」
ぽつりと呟くデズモンドの言葉は、その場にいる騎士団長たちの心情を表していた。
今夜はどれほど飲んでも酒が美味くなりそうにないし、酔いそうにもなかったのだ。
そのため、騎士団長たちは普段より随分早く、高級娯楽室を後にしたのだった。









